優しさを君の傍に置く

砂原雑音

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僕と、勝負してください。5

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「慎さん、俺っ」
「閉店間際に、と言ったのに。仕方ない人ですね」


カウンターに早足で近寄った俺に、すっとオシボリが差し出され反射的に受け取った。
座るとすぐ、いつもなら何か作ってくれるのに。


「佑さん、ここお願い」


と言って、すぐに離れて行ってしまった。

今すぐ、出来る話じゃないことくらいはわかってる。
だけど早く謝罪だけでもしたかったのに、慎さんの方は今は何も聞くつもりはないということだろうか。

他の客の話相手をする慎さんの横顔を見て、酷く寂しくさせられたけど、少しだけ安心もした。

良かった、泣いてない。
いつもと変わらず、彼女はちゃんとバーテンダーを熟していた。


「見過ぎだっつの」
「佑さん」
「ちょっと飲んで落ち着けよ。何にする?」



作ってもらったモヒートは、いつもと少し違う気がした。
作り手によって違うんだろうか。

……あれ?

アルコールが、少し薄いように感じて首を傾げる。


「黙って飲んどけ」


佑さんが、ぼそっとそう言った。
この後話をするのだから、酔う訳にはいかないしそういう意味かもしれない。

納得して、ちびちびと、時間を潰すつもりで飲んでいて、時折慎さんを目で追うけれど少しも目を合わせてくれなかった。
慎さんが喋ってくれない。
それだけでこんなにも居心地が悪くなるのかと充分身に染みた、日付が変わってすぐの頃。
ちょうど客の切れ目になった時だ。


「うし。閉めるぞ」


と、週末にしては随分早く佑さんの合図が入った。


「まだ早くない?」
「いいだろ別に。意地悪してないでちゃんと話聞いてやれよ」


佑さんに諭されて慎さんの視線が向く。スツールに座ったまま自然背筋が延びた。
慎さんの顔からは営業スマイルも消えて、少し気まずそうに視線も逸れてしまう。
だけど、ずっと距離を置いて近づいてもくれない雰囲気だったのが、漸くカウンターを挟んで真正面まで来てくれた。


やっと話せる!
気負った勢いでカウンターに手を突くと、ぶつける寸前くらいまで思いきり頭を下げた。


「すみませんでした!」


じっと頭を下げたまま、きつく目を閉じて慎さんの言葉を待つ。
いや、言葉じゃなくて平手打ちとかでもいい、拳入れてくれてもいい。

怒ってくれた方がいい。
何もなかったようにされることの方が怖い。
そうなったらもう一歩も、近づけなくなりそうで。

数秒経ってから、ぽつ、と落ちてきた言葉はどこか、寂しそうな心許ない声だった。


「そんな、必死になって謝らないといけないくらい、後ろめたいことでもあるんですか」
「えっ?」

「男のフリをする女が物珍しかっただけ、とか?」
「ちっ、違います!」


んなわけあるか!
と平伏したときと同じくらいの勢いで顔を上げる。
訝しい表情でじっと見つめられ、それは慎さんが懸命に俺の気持ちを探してるみたいに見えた。


「だったらなんで。抑々、男のフリして騙してたのは僕の方です。陽介さんがそこまで謝る必要ないでしょう」


謝罪は必要ない。
そう言いながら、慎さんの声は酷く淡々として、温度がなかった。


「あります。何にも気付いてないふりしてキスまでして……最低なことをしたと思ってます。でも、好きだって気持ちは本気です。
 慎さんが女だって気付いた時、どうしたらいいのかさっぱりわからなかった。ただもし……傷を抱えてるなら、無遠慮に踏み込んだらいけないと、思って」

「だから、黙ってた?」
「いつか、慎さんから話してくれるような人間に、なりたかったんです」


そこまで話して、ふと気が付いた。


そうか、俺。
慎さんに、信頼されたかったのか。

好きになっても欲しかった。
けど、一番に信頼されたかったのだということに、今初めて気が付いた。


なのに、信頼を失ったのか。
そう思ったらもう、ヤバいくらいに目の前が真っ暗になった。
でも、気持ちだけは、これだけは信じて欲しい。
もう一度、深く頭を下げて、祈るように言葉を絞り出す。


「好きです。泣かせてすみません。でも好きなんです。
 もう絶対泣かせたくないし、そんな風に男のフリしないといけないくらいに不安なことは、全部消してあげたいしそれは俺の役目じゃないと嫌だ。
 だから、どうか、どうか。
 俺と、付き合ってください!」


正直、此処に来るまで謝ることばかりで慎さんが泣いてないかばっかり心配で、会ってどんな話になるのかをさっぱり考えられていなかった。

ただ、俺はずっと言っていなかった。
「好き」は言えても「付き合ってください」とは今まで言えてなかった。

俺は、貴女と、そうなりたい。
それだけは、はっきりと伝えたかった。

シンと静まり固まった空気に、不安が募る。
余りにも反応がないことが怖くて、じわじわと視線を上げた。


「ま……慎さん?」
「ぼっ、僕は」


慎さんの顔は、今まで見たことがないくらいに真っ赤だった。



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