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4.これはフィクション?
その5、久遠専務はウワサされている②
しおりを挟む「は?」
「タシカニケイリノシゴトハ、ヘタダケド、ソンナ、マクラデシゴトトルヨウナコジャアリマセン」
「えっ、ちょ、なに……」
「ヘンナウワサ、ナガサナイデクダサイ」
きっぱり言えた、と思う。
明らかに取り巻き二人の顔色が変わった。
「いや……私たちが言ったわけじゃ、ないし……」
「ジャアダレデスカ?」
「え」
「ダレガイッタンデスカソンナバカナコト。ワタシ、テイセイシテモラウヨウ、イッテキマスカラーー」
「久遠専務なの」
しっとりとした声だった。
しなを作って、視線を落として。
洗練された動き、人を惹きつけるカリスマ性。どこからどう見たってモブの敵う相手ではない。
ああ、かなしきかな。
「久遠専務がね……私を秘書にできないって、大塚さんと懇意にしてるって、おっしゃってたの」
こんなに何もかもを持ってるのに、空虚だなんて。
「だからーー」
「久遠専務は言いませんよそんなこと」
「ちょ、ちょっと田中さん、さっきからどうしたの? セザキさんが嘘つくはずないじゃない」
「でも、嘘ですよ」
ああ、こわい。
すごく怖いなあ。
食堂中の視線があつまってる。取り巻きはもはや睨んでる。気絶したい。今すぐ帰りたい。でも逃げちゃダメ。逃げちゃダメだ……なんかこういうセリフ、あったよね?
「どうして? どうして嘘だなんて、ひどいわ」
誰も助けにはきてくれない。
モブだから、一人でやる。
いつだってそうしてきたんだから。
「うちの大塚は見た目派手ですけど、そういうことできるタイプじゃありません。枕営業なんてふっかけられた時点でキレます。そういう子です。
それに久遠専務もそんなこと、しません」
「しませんって……田中さん、久遠専務のことなんてなにも知らないでしょう?」
「知ってます、あなたたちよりかは、多分」
「なにそれ? 田中さん、ちょっといい加減にした方がいいよ」
「そうよ、セザキさんに失礼よ。大体あなたが久遠専務のなにを知ってるっていうのよ。あの人はねえ、コネで入社したような」
「 コネじゃない! 」
ぐわん、と、大きく響く、変な声。
うわあ、これ、私の声?
最悪だ。立っちゃってるし。怒髪天ってこういうことを言うんだ。理性的な私が引いて見ているのに、震える口からは変な声があふれて止まらない。ちょっと、どうにかしてよ、理性的な私。
「ああああなたたち、ほんっと下品! そんな綺麗な顔してるくせに根性ひん曲がってる! 秋人さんが単にコネで上がってきたんだったら、この会社もう傾いてるでしょ、そんなのも分からないの?!」
「はあ? ……田中さん、ちょっと変だよ」
「ってか何、『秋人さん』って。恋人でもないんだから」
「恋人です!」
しん……と静まって。
そうじゃない事に、気付く。
「……元……恋人です……」
「え……ええ? 嘘でしょ」
身体から力が抜ける。
座る。
そりゃそうだ、信じてなんてもらえない。私が一番信じてなかったんだもの。でも、セフレですなんてことも言えない。そんな事を言えば、彼の名誉に傷が……
「ほんとです……」
ううん、違う。
私が、言いたくないだけ。
ちっぽけな私が、それでも与えてもらったものを、手放したくないだけだ。
「ねえ、田中さん」
「はい」
「お疲れなら……医務室までご案内しましょうか?」
クスクス、クスクス。
取り巻きはもちろん、周りまでが笑っていた。ああ、これでこの会社にはいられない。頭のイカれたモブ女は、自主退職を願わなくては。
「いえ、結構です。もう戻ります」
「その方がよろしいわね。仲良くしていただけなくて残念だわ」
「はあ……」
「それから……久遠専務の恋人だなんて、おっしゃらない方がいいと思うの。久遠専務が聞けば、どこかへ飛ばされるかも知れませんし」
食器トレーを両手で持つとカタカタ震えていた。
情けない。結局なにも撤回できなかった。
くやしいなあ。
「元、恋人です……」
まだ言うか、という意味合いの笑い声が取り巻き二人から聞こえて、もう顔を上げられなかった。せめて泣きたくなくて、でも泣きそうで、くるりと踵を返す。食器の返却棚はすぐそこだから、早足で、はやく、はやく戻ろう。モブのところにはヒーローなんて……
「人のこと、勝手に振らないでよ」
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