有能でイケメンクズな夫は今日も浮気に忙しい〜あら旦那様、もうお戻りですか?〜

秘密 (秘翠ミツキ)

文字の大きさ
77 / 105

七十六話〜母の記憶〜

しおりを挟む

 二十年程前、ユーリウス四歳ーー

 勉強を終えたユーリウスは、母ベティーナの部屋を訪ねた。

「母上、今日はこの本を読みました。それでドルフからほめられーー」

 家庭教師のドルフから褒められた事を報告しようとユーリウスは嬉しそうに手にした本を見せながら話していたが、途中で話のを止めた。何故ならベティーナはユーリウスには目もくれず、ひたすら鏡台で自らの顔を眺めているからだ。

「嫌だわ、肌が少し荒れているみたい。早く治さないと、痕になりでもしたら大変だわ」

 物心ついた時から母の関心は自身の容姿と夫からの愛だけだった。そこに息子の存在はない。ただ気が向いた時は話をしてくれた。それが無性に嬉しかった。だから相手にされないと分かりながらも毎日母の部屋に通った。
 今は構って貰えないと察したユーリウスは大人しく窓辺に座りベティーナが自分へ気を向けてくれるのをひたすら待つ。

「まだダミアン様は戻られないの?」

「はい、そのようです……」

「きっとまたあの女の所ね」

 苛々した様子で側で控えている侍女に話す。
 二年前に愛人に子供が産まれてから父は外出する時間が長くなった。その事で母は機嫌が悪い事が増えた。



 ユーリウスが六歳になったある日ーー
 その日は、ベティーナの気まぐれで二人で街へ買い物に行った。
 馬車から降り宝石商へと入ろうとした時、少し離れた建物から子連れの男女が出て来た。
 それは父と愛人、そしてその子供だった。

 父と愛人は寄り添い、子供は父と手を繋いでいた。
 私は父と手を繋いだ記憶もないのに。
 ぼんやりとそう思った。

 酷く滑稽だった。
 まるで向こうの方が本物の家族に見えた。
 ふと隣にいる母を見るとただ黙って父達を眺めていた。
 いつもなら苛々してユーリウスに八つ当たりでもするのに今日は静かだ。
 ただ涙は流れていないのに、母が泣いている気がした。

「母上……」

 ユーリウスはベティーナの手を握ろうとするが無言で払われてしまった。

 
「貴方の出来が悪いから、ダミアン様は私を愛してくれないのよ」

 それから暫くしたある日、いつものように部屋を訪ねたユーリウスにベティーナはそう言った。
 その日を境に母からユーリウスへ向けた言動は目に見えて厳しくなっていった。

「貴方に可愛気がないから、ダミアン様は会いにきてくれないの」

「どうして貴方みたいな出来損ないが私の子供なの⁉︎」

「貴方が生まれる前はダミアン様も私を愛してくれていたわ。ユーリウス、全部貴方のせいよ」

 母が自分へ向ける目は憎しみの籠った冷たいものだった。顔を合わせる度に、暴言を浴びせられた。
 以前はもう少しマシだった気がする。
 それでも幼いユーリウスは母恋しさに毎日ベティーナへ会いに行くのを止めなかった。

 そしてそのまま月日は流れ、ユーリウスは九歳になった。  

「母上、何処へ行くんですか?」

 その日も変わらず母の部屋を訪ねると使用人達が次々に荷物を運び出し馬車に積んでいた。
 呆然としながらも、側にいたベティーナにユーリウスは声を掛ける。

「屋敷を出て行くのよ」

 母はこちらを見る事もなく背を向け窓の外を眺めていた。

「そんな……。それなら私も一緒に連れて行って下さい!」

 その言葉に母が一人で屋敷を去ろうとしている事は明らかだった。

「どうして?」

「え……」

「どうして連れて行かなくてはならないの? 私が屋敷を出て行かなくてはならないのは、貴方のせいなのに」

「私のせい……」

「貴方がもっと優秀で可愛げがあったなら、ダミアン様だってあんな女を相手になんてしなかったわ。彼はあの女を愛している訳ではないの。あの女が産んだ子供は優秀で媚を売るのが上手なのよ。だから彼はあの女を選んだの。そうじゃなければおかしいもの。私があんな女に負ける筈がないわ」

 ベティーナは振り返りユーリウスを見据えると鮮やかに微笑んだ。

「ユーリウス、私はね、貴方が嫌いなの」

「っ‼︎」

「息子だからって無条件に愛して貰えているとでも思っていたの?」

「ーー」

「貴方の事なんて誰も愛していないわ。……私を不幸にした貴方に愛される資格なんてある筈ないでしょう? ーーユーリウス、さようなら」

「母上っ」

 扉へと向かうベティーナのスカートをユーリウスは無意識に掴んだ。だが直ぐに振り払われてしまう。
 ベティーナはそのまま一度も振り返る事なく屋敷を去っていった。








しおりを挟む
感想 210

あなたにおすすめの小説

新婚初夜に『白い結婚にしてほしい』と言われたので論理的に詰めたら夫が泣きました

ささい
恋愛
「愛人がいるから、白い結婚にしてほしい」 政略結婚の初夜にそう告げた夫ルーファス。 妻カレンの反応は—— 「それ、契約不履行ですよね?」 「あなたの感情論、論理的に破綻してますよ?」 泣き落としは通じない。 そして初夜の翌朝、夫は泣いていた。 逃げ道は全部塞がれ、気づけば毎日論破されていた。 これは、論破され続けた夫がなぜか幸せになる話。

短編【シークレットベビー】契約結婚の初夜の後でいきなり離縁されたのでお腹の子はひとりで立派に育てます 〜銀の仮面の侯爵と秘密の愛し子〜

美咲アリス
恋愛
レティシアは義母と妹からのいじめから逃げるために契約結婚をする。結婚相手は醜い傷跡を銀の仮面で隠した侯爵のクラウスだ。「どんなに恐ろしいお方かしら⋯⋯」震えながら初夜をむかえるがクラウスは想像以上に甘い初体験を与えてくれた。「私たち、うまくやっていけるかもしれないわ」小さな希望を持つレティシア。だけどなぜかいきなり離縁をされてしまって⋯⋯?

【完結】「お前とは結婚できない」と言われたので出奔したら、なぜか追いかけられています

22時完結
恋愛
「すまない、リディア。お前とは結婚できない」 そう告げたのは、長年婚約者だった王太子エドワード殿下。 理由は、「本当に愛する女性ができたから」――つまり、私以外に好きな人ができたということ。 (まあ、そんな気はしてました) 社交界では目立たない私は、王太子にとってただの「義務」でしかなかったのだろう。 未練もないし、王宮に居続ける理由もない。 だから、婚約破棄されたその日に領地に引きこもるため出奔した。 これからは自由に静かに暮らそう! そう思っていたのに―― 「……なぜ、殿下がここに?」 「お前がいなくなって、ようやく気づいた。リディア、お前が必要だ」 婚約破棄を言い渡した本人が、なぜか私を追いかけてきた!? さらに、冷酷な王国宰相や腹黒な公爵まで現れて、次々に私を手に入れようとしてくる。 「お前は王妃になるべき女性だ。逃がすわけがない」 「いいや、俺の妻になるべきだろう?」 「……私、ただ田舎で静かに暮らしたいだけなんですけど!!」

一年後に離婚すると言われてから三年が経ちましたが、まだその気配はありません。

木山楽斗
恋愛
「君とは一年後に離婚するつもりだ」 結婚して早々、私は夫であるマグナスからそんなことを告げられた。 彼曰く、これは親に言われて仕方なくした結婚であり、義理を果たした後は自由な独り身に戻りたいらしい。 身勝手な要求ではあったが、その気持ちが理解できない訳ではなかった。私もまた、親に言われて結婚したからだ。 こうして私は、一年間の期限付きで夫婦生活を送ることになった。 マグナスは紳士的な人物であり、最初に言ってきた要求以外は良き夫であった。故に私は、それなりに楽しい生活を送ることができた。 「もう少し様子を見たいと思っている。流石に一年では両親も納得しそうにない」 一年が経った後、マグナスはそんなことを言ってきた。 それに関しては、私も納得した。彼の言う通り、流石に離婚までが早すぎると思ったからだ。 それから一年後も、マグナスは離婚の話をしなかった。まだ様子を見たいということなのだろう。 夫がいつ離婚を切り出してくるのか、そんなことを思いながら私は日々を過ごしている。今の所、その気配はまったくないのだが。

氷の騎士と契約結婚したのですが、愛することはないと言われたので契約通り離縁します!

柚屋志宇
恋愛
「お前を愛することはない」 『氷の騎士』侯爵令息ライナスは、伯爵令嬢セルマに白い結婚を宣言した。 セルマは家同士の政略による契約結婚と割り切ってライナスの妻となり、二年後の離縁の日を待つ。 しかし結婚すると、最初は冷たかったライナスだが次第にセルマに好意的になる。 だがセルマは離縁の日が待ち遠しい。 ※小説家になろう、カクヨムにも掲載しています。

白い結婚を告げようとした王子は、冷遇していた妻に恋をする

夏生 羽都
恋愛
ランゲル王国の王太子ヘンリックは結婚式を挙げた夜の寝室で、妻となったローゼリアに白い結婚を宣言する、 ……つもりだった。 夫婦の寝室に姿を見せたヘンリックを待っていたのは、妻と同じ髪と瞳の色を持った見知らぬ美しい女性だった。 「『愛するマリーナのために、私はキミとは白い結婚とする』でしたか? 早くおっしゃってくださいな」 そう言って椅子に座っていた美しい女性は悠然と立ち上がる。 「そ、その声はっ、ローゼリア……なのか?」 女性の声を聞いた事で、ヘンリックはやっと彼女が自分の妻となったローゼリアなのだと気付いたのだが、驚きのあまり白い結婚を宣言する事も出来ずに逃げるように自分の部屋へと戻ってしまうのだった。 ※こちらは「裏切られた令嬢は、30歳も年上の伯爵さまに嫁ぎましたが、白い結婚ですわ。」のIFストーリーです。 ヘンリック(王太子)が主役となります。 また、上記作品をお読みにならなくてもお楽しみ頂ける内容となっております。

私を簡単に捨てられるとでも?―君が望んでも、離さない―

喜雨と悲雨
恋愛
私の名前はミラン。街でしがない薬師をしている。 そして恋人は、王宮騎士団長のルイスだった。 二年前、彼は魔物討伐に向けて遠征に出発。 最初は手紙も返ってきていたのに、 いつからか音信不通に。 あんなにうっとうしいほど構ってきた男が―― なぜ突然、私を無視するの? 不安を抱えながらも待ち続けた私の前に、 突然ルイスが帰還した。 ボロボロの身体。 そして隣には――見知らぬ女。 勝ち誇ったように彼の隣に立つその女を見て、 私の中で何かが壊れた。 混乱、絶望、そして……再起。 すがりつく女は、みっともないだけ。 私は、潔く身を引くと決めた――つもりだったのに。 「私を簡単に捨てられるとでも? ――君が望んでも、離さない」 呪いを自ら解き放ち、 彼は再び、執着の目で私を見つめてきた。 すれ違い、誤解、呪い、執着、 そして狂おしいほどの愛―― 二人の恋のゆくえは、誰にもわからない。 過去に書いた作品を修正しました。再投稿です。

王太子妃は離婚したい

凛江
恋愛
アルゴン国の第二王女フレイアは、婚約者であり、幼い頃より想いを寄せていた隣国テルルの王太子セレンに嫁ぐ。 だが、期待を胸に臨んだ婚姻の日、待っていたのは夫セレンの冷たい瞳だった。 ※この作品は、読んでいただいた皆さまのおかげで書籍化することができました。 綺麗なイラストまでつけていただき感無量です。 これまで応援いただき、本当にありがとうございました。 レジーナのサイトで番外編が読めますので、そちらものぞいていただけると嬉しいです。 https://www.regina-books.com/extra/login

処理中です...