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昼休み、フィオナは何時も通り図書室へと来ていた。この時間は皆昼食を摂っている為誰もいない……筈だったが、今日は違った。

「あれ」

フィオナは何時も図書室の一番奥の棚の影に座っている。例え誰かが入って来ても直ぐには気付かれない特等席だ。だがそこに先客がいた。

「あぁ、もしかして此処君の場所だったかな?ごめんね」

何と無しにそう言って彼は席を立つ。そして何故か、椅子を引いて待っている。

「どうぞ」

「え、あの……」

驚きの余り声が出ない。こう言う時はどうしたらいいのか……頭が混乱した。彼を見遣ると優しい笑みを浮かべている。一体何が目的なのだろう……フィオナは身構えた。きっと何か裏があるに決まっている。

「怖がらないで、フィオナ嬢。私は君に悪意がある訳じゃないんだ」





彼の名前はハンス・エルマー子爵令息だ。歳はフィオナの一歳上らしい。

「実は私もたまに昼休みに図書室へ来るんだけど、そこでたまに君を見かけて……ずっと気になってたんだ」

如何にも好青年な印象のハンスは、フィオナと普通に話している。確りと仮面の奥に覗き見える目を見て、嫌悪感を示す訳でもなく、ただ普通の人間と話す様に。
だが変な話なのだが、慣れない事態に逆にそれが居心地悪く感じてしまう。フィオナは戸惑い、困惑して、混乱していた。

「君が読んでいる本の趣味と私の趣味がピッタリ合っていて、機会があれば話してみたいと思っていたんだよ」

これがフィオナとハンスの出会いだった。彼とはこの後意気投合し、昼休みに図書室で彼と会うのが日課になった。

優しくて、話も面白く、趣味も合う。何よりフィオナを一人の対等な人間として扱ってくれる。
そんなハンスにフィオナは自然と惹かれていった。そして彼もまた同じ気持ちだったらしく三ヶ月が過ぎた時「フィオナ、君に結婚を申し込みたいんだ」少し照れ臭そうに言いながら彼は笑った。

上手く返事が出来ずに、フィオナは何度も頷いただけだった。情けないが、言葉が出なかった。だってそれは、まるで夢でも見ているのではないかと思えたからだ。諦めていた結婚が出来るのだ。この時フィオナは、舞い上がり過ぎて、ただただ幸せな未来を思い浮かべた。

ーハンスとならきっと、私は幸せになれるー

その後正式にエルマー子爵家からヴォルテーヌ家へフィオナとの縁談話がきた。両親は呆気に取られていたが「まあ、お荷物がいなくなるなら」と縁談話を受けた。

ハンスの婚約者となったフィオナは、結婚する前に彼には本当の自分を見て貰おうと考えた。彼の前で仮面を取るのは初めてだ。正直怖かった。だが、彼なら受け入れてくれるだろう、そんな思いが強くあった。

後から思えば、なんて莫迦で浅はかだったのだろうと思える。そしてフィオナはハンスの前で仮面を脱いだ。

私は気にしないよ、フィオナはフィオナだから。

だが現実はそんな風に、何時もみたいに彼が笑って言ってくれる事はなく、彼は目を見開き息を呑んだ。そして直ぐにあからさまに顔を背けこう言った。

「ごめん、フィオナ……。やっぱり、私には君を幸せに出来そうにない」

翌る日、ハンスはフィオナと婚約破棄を申し出た。こんな結末は想像に容易かった筈なのに、舞い上がり過ぎていた……自分が情けない。暫くフィオナは塞ぎ込み、自室へと引き篭もった。
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