33 / 63
32
しおりを挟む
焦げた臭いと煙と焼け付くような熱さに顔を歪ませながら、布で顔を覆う。煙で視界は遮られ真っ直ぐ歩く事すら難しい。
僕は、何をしているんだー。
気付いたらユスティーナを追って炎の中へ飛び込んでいた。身体が勝手に動いた。まさか自分が、こんな風に自制が効かない日が来るなんて思いもしなかった。
自分は王太子なんだ、絶対に死ぬ訳にはいかない。それなのに、自ら危険を冒すなんて莫迦過ぎる。
『ヴォルフラム、お前が王太子として先ずしなければならない事は生きる事だ』
この言葉を、嫌と言う程叩き込まれた。王太子に生まれ、周りは常に敵だらけだった。命を狙われたのも一度や二度ではない。毎日が死と隣り合わせだ。
『常に疑え。人を信じるな』
誰も信じない。信じてはいけない。それが親だろうが兄弟だろうが友人知人、誰でもあろうが関係ない……全て敵だ。何時裏切られるかなど分からない。信じられるのは、自分だけだ……。だが彼女だけは違う。そう思った。そう思えた。いや、思いたかっただけかも知れない。
「ゴホッ……」
煙を少し吸い込んでしまいヴォルフラムは咳をする。
物心ついた時から様々な訓練を受けて来た。その中には、毒に耐性をつける為に毎日少量の毒を摂取するというものがあり、数日にわたり高熱や痛みに苦しみ、時には痛みに耐え切れずベッドから転げ落ち床で一晩中悶え苦しむ事もあった。それに比べたらこれくらいならどうって事はない。ただ流石のヴォルフラムも、身体が燃えてしまったら成す術はない。
「ユスティーナッ……」
煙と炎、建物が崩れており自分が何処へ向かっているのか分からなくなる。そもそも彼女は何処へ向かったのか……ヴォルフラムには想像が付かない。本当ならこのまま彷徨い続ける事に意味はない。炎は益々燃え広がり建物はもう間もなく限界に達するだろう。このままなら確実に自分は死ぬ。
『ヴォルフラム、良く覚えて置け。自分以外は全て、国を動かす為の駒だ』
分かってる。自分以外の人間は駒だ。使える駒か、使えない駒の二つしか存在しない。それは平民だろうが貴族だろうが関係ない。ユスティーナだってヴォルフラムの駒の一つに過ぎない……。そんな駒の為に自らの命を掛けるなんて愚かだ……。彼女の代わりなんて幾らでも……。
今直ぐに引き返して、此処から脱出して、そうなればヴォルフラムは危険を顧みず、炎の中婚約者を助けに行った勇敢な勇士となる。それと同時に婚約者を助けられず失った悲劇の勇士にもなり、ヴォルフラムの周囲からの評価は上がり……。
「っ……ユスティーナッー‼︎」
そこまで頭の中で筋書きを書き、やめた。何時もの自分なら直ぐに踵を返している。なのに足は勝手に前へ前へと進む。口が勝手に彼女を呼んでいる。もはや、自分が自分で分からない。
「っ⁉︎」
ヴォルフラムが彷徨い続けていると、近くで大きな音が響いた。同時に悲鳴の様な声がする。ヴォルフラムは声の方へとひたすら駆けた。
「うわあぁぁぁー‼︎」
子供の泣き喚く声が一際大きく聞こえた瞬間、視界に横たわるユスティーナとその側に蹲るリックが映った。
「ユスティーナッ‼︎」
「お兄ちゃん⁉︎ユスティーナお姉ちゃんがっ、お姉ちゃんが僕を庇ってくれてっ、うっ……」
ユスティーナは瓦礫の下敷きになり、微動だにしない。出血が酷い。このままでは……。
「っ……」
彼女が死んでしまうー。
人の死など別段、珍しいものではない。人が死ぬ様など見慣れている。……初めて人を斬ったのは何時だっただろう。十歳くらいだった気がする。相手は罪人で、父に斬り捨てる様に言われた。横たわる死体を見ても何の感情も湧く事もなかった。
「ユスティーナッ‼︎ユスティーナッ‼︎っ……ユティッ‼︎」
必死にヴォルフラムは瓦礫を退けようとするが、思いの外重量があり上手くいかない。早くしなくてはと焦り、柄にもなく動かす手が震えた。
「お兄ちゃんっ、僕も手伝うっ」
泣いていたリックは、涙を拭うとヴォルフラムと共に瓦礫を退かし始めた。
「ユスティーナッ……」
大した時間ではなかっただろうが、ヴォルフラムには酷く長く感じた。何とか瓦礫を退かす事が出来た。直様自分の外套を脱ぎそれで彼女を包み、ゆっくりと抱き抱える。
「リック、一人で歩けるかな」
「うん、大丈夫」
「そうか、なら僕の服を掴んで、離さない様にね」
ユスティーナを抱き抱えリックを連れたヴォルフラムは、暫くして炎の中から生還した。
僕は、何をしているんだー。
気付いたらユスティーナを追って炎の中へ飛び込んでいた。身体が勝手に動いた。まさか自分が、こんな風に自制が効かない日が来るなんて思いもしなかった。
自分は王太子なんだ、絶対に死ぬ訳にはいかない。それなのに、自ら危険を冒すなんて莫迦過ぎる。
『ヴォルフラム、お前が王太子として先ずしなければならない事は生きる事だ』
この言葉を、嫌と言う程叩き込まれた。王太子に生まれ、周りは常に敵だらけだった。命を狙われたのも一度や二度ではない。毎日が死と隣り合わせだ。
『常に疑え。人を信じるな』
誰も信じない。信じてはいけない。それが親だろうが兄弟だろうが友人知人、誰でもあろうが関係ない……全て敵だ。何時裏切られるかなど分からない。信じられるのは、自分だけだ……。だが彼女だけは違う。そう思った。そう思えた。いや、思いたかっただけかも知れない。
「ゴホッ……」
煙を少し吸い込んでしまいヴォルフラムは咳をする。
物心ついた時から様々な訓練を受けて来た。その中には、毒に耐性をつける為に毎日少量の毒を摂取するというものがあり、数日にわたり高熱や痛みに苦しみ、時には痛みに耐え切れずベッドから転げ落ち床で一晩中悶え苦しむ事もあった。それに比べたらこれくらいならどうって事はない。ただ流石のヴォルフラムも、身体が燃えてしまったら成す術はない。
「ユスティーナッ……」
煙と炎、建物が崩れており自分が何処へ向かっているのか分からなくなる。そもそも彼女は何処へ向かったのか……ヴォルフラムには想像が付かない。本当ならこのまま彷徨い続ける事に意味はない。炎は益々燃え広がり建物はもう間もなく限界に達するだろう。このままなら確実に自分は死ぬ。
『ヴォルフラム、良く覚えて置け。自分以外は全て、国を動かす為の駒だ』
分かってる。自分以外の人間は駒だ。使える駒か、使えない駒の二つしか存在しない。それは平民だろうが貴族だろうが関係ない。ユスティーナだってヴォルフラムの駒の一つに過ぎない……。そんな駒の為に自らの命を掛けるなんて愚かだ……。彼女の代わりなんて幾らでも……。
今直ぐに引き返して、此処から脱出して、そうなればヴォルフラムは危険を顧みず、炎の中婚約者を助けに行った勇敢な勇士となる。それと同時に婚約者を助けられず失った悲劇の勇士にもなり、ヴォルフラムの周囲からの評価は上がり……。
「っ……ユスティーナッー‼︎」
そこまで頭の中で筋書きを書き、やめた。何時もの自分なら直ぐに踵を返している。なのに足は勝手に前へ前へと進む。口が勝手に彼女を呼んでいる。もはや、自分が自分で分からない。
「っ⁉︎」
ヴォルフラムが彷徨い続けていると、近くで大きな音が響いた。同時に悲鳴の様な声がする。ヴォルフラムは声の方へとひたすら駆けた。
「うわあぁぁぁー‼︎」
子供の泣き喚く声が一際大きく聞こえた瞬間、視界に横たわるユスティーナとその側に蹲るリックが映った。
「ユスティーナッ‼︎」
「お兄ちゃん⁉︎ユスティーナお姉ちゃんがっ、お姉ちゃんが僕を庇ってくれてっ、うっ……」
ユスティーナは瓦礫の下敷きになり、微動だにしない。出血が酷い。このままでは……。
「っ……」
彼女が死んでしまうー。
人の死など別段、珍しいものではない。人が死ぬ様など見慣れている。……初めて人を斬ったのは何時だっただろう。十歳くらいだった気がする。相手は罪人で、父に斬り捨てる様に言われた。横たわる死体を見ても何の感情も湧く事もなかった。
「ユスティーナッ‼︎ユスティーナッ‼︎っ……ユティッ‼︎」
必死にヴォルフラムは瓦礫を退けようとするが、思いの外重量があり上手くいかない。早くしなくてはと焦り、柄にもなく動かす手が震えた。
「お兄ちゃんっ、僕も手伝うっ」
泣いていたリックは、涙を拭うとヴォルフラムと共に瓦礫を退かし始めた。
「ユスティーナッ……」
大した時間ではなかっただろうが、ヴォルフラムには酷く長く感じた。何とか瓦礫を退かす事が出来た。直様自分の外套を脱ぎそれで彼女を包み、ゆっくりと抱き抱える。
「リック、一人で歩けるかな」
「うん、大丈夫」
「そうか、なら僕の服を掴んで、離さない様にね」
ユスティーナを抱き抱えリックを連れたヴォルフラムは、暫くして炎の中から生還した。
125
あなたにおすすめの小説
【完結】どうやら私は婚約破棄されるそうです。その前に舞台から消えたいと思います
りまり
恋愛
私の名前はアリスと言います。
伯爵家の娘ですが、今度妹ができるそうです。
母を亡くしてはや五年私も十歳になりましたし、いい加減お父様にもと思った時に後妻さんがいらっしゃったのです。
その方にも九歳になる娘がいるのですがとてもかわいいのです。
でもその方たちの名前を聞いた時ショックでした。
毎日見る夢に出てくる方だったのです。
報われなかった姫君に、弔いの白い薔薇の花束を
さくたろう
恋愛
その国の王妃を決める舞踏会に招かれたロザリー・ベルトレードは、自分が当時の王子、そうして現王アルフォンスの婚約者であり、不遇の死を遂げた姫オフィーリアであったという前世を思い出す。
少しずつ蘇るオフィーリアの記憶に翻弄されながらも、17年前から今世まで続く因縁に、ロザリーは絡め取られていく。一方でアルフォンスもロザリーの存在から目が離せなくなり、やがて二人は再び惹かれ合うようになるが――。
20話です。小説家になろう様でも公開中です。
私は本当に望まれているのですか?
まるねこ
恋愛
この日は辺境伯家の令嬢ジネット・ベルジエは、親友である公爵令嬢マリーズの招待を受け、久々に領地を離れてお茶会に参加していた。
穏やかな社交の場―になるはずだったその日、突然、会場のど真ん中でジネットは公開プロポーズをされる。
「君の神秘的な美しさに心を奪われた。どうか、私の伴侶に……」
果たしてこの出会いは、運命の始まりなのか、それとも――?
感想欄…やっぱり開けました!
Copyright©︎2025-まるねこ
ご安心を、2度とその手を求める事はありません
ポチ
恋愛
大好きな婚約者様。 ‘’愛してる‘’ その言葉私の宝物だった。例え貴方の気持ちが私から離れたとしても。お飾りの妻になるかもしれないとしても・・・
それでも、私は貴方を想っていたい。 独り過ごす刻もそれだけで幸せを感じられた。たった一つの希望
【完結】恋が終わる、その隙に
七瀬菜々
恋愛
秋。黄褐色に光るススキの花穂が畦道を彩る頃。
伯爵令嬢クロエ・ロレーヌは5年の婚約期間を経て、名門シルヴェスター公爵家に嫁いだ。
愛しい彼の、弟の妻としてーーー。
真実の愛のお相手様と仲睦まじくお過ごしください
LIN
恋愛
「私には真実に愛する人がいる。私から愛されるなんて事は期待しないでほしい」冷たい声で男は言った。
伯爵家の嫡男ジェラルドと同格の伯爵家の長女マーガレットが、互いの家の共同事業のために結ばれた婚約期間を経て、晴れて行われた結婚式の夜の出来事だった。
真実の愛が尊ばれる国で、マーガレットが周囲の人を巻き込んで起こす色んな出来事。
(他サイトで載せていたものです。今はここでしか載せていません。今まで読んでくれた方で、見つけてくれた方がいましたら…ありがとうございます…)
(1月14日完結です。設定変えてなかったらすみません…)
旦那様は離縁をお望みでしょうか
村上かおり
恋愛
ルーベンス子爵家の三女、バーバラはアルトワイス伯爵家の次男であるリカルドと22歳の時に結婚した。
けれど最初の顔合わせの時から、リカルドは不機嫌丸出しで、王都に来てもバーバラを家に一人残して帰ってくる事もなかった。
バーバラは行き遅れと言われていた自分との政略結婚が気に入らないだろうと思いつつも、いずれはリカルドともいい関係を築けるのではないかと待ち続けていたが。
旦那様、政略結婚ですので離婚しましょう
おてんば松尾
恋愛
王命により政略結婚したアイリス。
本来ならば皆に祝福され幸せの絶頂を味わっているはずなのにそうはならなかった。
初夜の場で夫の公爵であるスノウに「今日は疲れただろう。もう少し互いの事を知って、納得した上で夫婦として閨を共にするべきだ」と言われ寝室に一人残されてしまった。
翌日から夫は仕事で屋敷には帰ってこなくなり使用人たちには冷たく扱われてしまうアイリス……
(※この物語はフィクションです。実在の人物や事件とは関係ありません。)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる