この声が君に届くなら

折原さゆみ

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12妹たちの志望校

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 家に帰ると、玄関にはこの一年で見慣れた家族以外の靴が置かれていた。今日もまた、夜奏楽の親友のアリスが来ているのだろう。アリスは一カ月に二度ほど光詩たちの家にやってくる。光詩の時間があうときは、二人は光詩の部屋に来ることが多かった。

 部屋にやってきた妹とアリスは各自の宿題に取り組んだり、光詩も入れて三人でゲームをしたりとたわいない時間を過ごしていく。今日もまた、同じように夜奏楽たちは自分の部屋にやってくるだろう。

 光詩にとって、その時間は自分の声についての悩みを忘れられる大事な時間だった。家族以外で自分の声をさらしても失笑されないのは、アリスが初めてだった。

「ねえ、お兄ちゃん。私たち、お兄ちゃんの通っている高校を受験することにしたから」

 いつものように、夜奏楽とアリスは光詩の部屋の簡易机で宿題をしていた。光詩は授業の復習を自分の机でやっていた。壁時計の秒針を刻む音と、シャーペンのカリカリとテキストに書き込む音が静かな部屋にやけに大きく聞こえた。



 部屋にやってきてから30分程立ったころ、唐突にテキストに視線を向けたまま、夜奏楽がぼそりとつぶやいた。

『お゛れの通ってい゛る゛高校の゛、どこがいいん゛だ』

 光詩の通う高校は制服が可愛いわけでも、家から近いわけでもなく、学力もそれなりの高校で、通っている光詩でさえ、おススメできない高校だった。

「いいや、もう、私とアリスで話し合って決めたことだから。別に高校の特徴で選んだわけでもないから、制服が可愛くなくても、遠くても近くてもどっちでもいいんだ」

【夜奏楽ちゃん!その言い方は】

「だって本当でしょう。それとも、アリスはお兄ちゃんの通う高校に行きたい本当の理由を話せるの?」

【……】

 光詩の言葉にようやく顔を上げた夜奏楽はじっと兄の顔を見つめる。その瞳からはどんな気持ちかを読み取ることはできなかった。その隣ではアリスが夜奏楽の言葉に唇をぐっとかみしめているのが見えた。相変わらず、クールな見た目に反して、とても可愛らしい声だった。

『も゛も゛しかして、お゛お゛れの高校に、誰かあ゛こがれ゛の先輩がいる゛とか?』

 高校の特徴で選ばずに、何を基準に高校を選ぶというのだろうか。普通は大学の進学率とか、制服とか、学校の校風、家からの通学距離などを総合的に見て、自分の志望校を決めるはずだ。

 学校以外で高校を選ぶとしたら、思いつくのはこれくらいしかない。光詩は頭に浮かんだ考えを口にする。

「ううん、どうでしょうねえ。アリスさん」

【わ、私に振らないでよ】

「だって、ねえ」

 意味深に妹に見つめられた光詩は困惑する。いったい、憧れの人物とは誰なのか。兄としてとても気になる。



『確か、よ゛そら゛たちは、陸上部にはい゛っていたよ゛な』

「陸上部にそんな憧れるような先輩はいない。お兄ちゃんだって知っているでしょう?」

 憧れの人と言って、真っ先に思い浮かんだのは夜奏楽たちの部活の先輩だった。しかし、すぐに妹に否定される。他に自分より年上の人で憧れるような人と言えば。

「わかんなくていいよ。とりあえず、私たちは来年から、お兄ちゃんと同じ高校に通うために、受験勉強頑張ることにしたから」

 話しながら、夜奏楽は立ち上がり、部屋の本棚から一冊の参考書を取り出した。それは、高校入試の過去問が載ったものだった。光詩が去年、お世話になったものである。

「今の学力で充分合格範囲だけど、念には念を入れて勉強しないとね。だから」

 今後も、三人で勉強会をしよう。

 どうやら、今後もアリスとの交流は続きそうだ。光詩は知らず知らずのうちに顔がにやけてしまう。

 アリスとお兄ちゃんのために、私は頑張るよ。

 夜奏楽の最後の言葉は独り言のようで、光詩には聞き取れなかった。アリスはただ、二人の兄妹の様子を黙って見守っていた。
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