この声が君に届くなら

折原さゆみ

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19どうして言わなかったのか

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 ガチャリ。夜奏楽の言葉を聞いて、母親が部屋に入ってきた。

「前々から、うちに泊まってほしいと言っていたものね。準備はできているから大丈夫よ。もう、こんな時間でしょ。夕飯ができたことを呼びに来たんだけど、もう少し後の方がよかった?」

「大丈夫だよ。ちょうどキリが付いたところだし。ねえアリス、お兄ちゃん」

【ハイ。ちょうど課題の問題集が終わったところなので大丈夫です】

 光詩は目の前で繰り広げられる会話をただ黙って聞いていた。どうしてリスを家に泊めようと思い始めたのだろうか。夜奏楽の今までの言動や行動を振り返るが、友達を家に泊めるという話をしていた記憶がない。

 戸惑う光詩に3人の視線が突き刺さる。突然、妹の親友が家に泊るのだ。いくら妹の同級生とはいえ、相手は他人である。他人の、しかも自分と同じ年頃の異性が家に泊ることに、戸惑わない方がおかしい。

 しかも、相手は光詩が好意を持ち始めた少女だ。光詩の様子がおかしいことに真っ先に気付いたのは身内ではなく、赤の他人のアリスだった。

【夜奏楽ちゃん。光詩先輩に私が泊まることを話さなかったの?先輩、かなり動揺しているみたいだけど】

「ああ、まあ、その、実は……」

アリスのもっともな指摘に、妹の夜奏楽は急に視線を泳がせてしどろもどろになっていた。

「てっきり、夜奏楽がアリスちゃんが泊まることを話しているものと思っていたけど、違っていたみたいね。でもまあ、お母さんは夜奏楽から事前に今日、うちに泊まることは聞いていたから、今日、アリスちゃんがうちに泊まるのは決定事項だから」

『べ、別に゛、アリスがとま゛る゛のが嫌なわ゛けじゃ、な゛い゛から』

 光詩はアリスが泊まることに反対なわけではない。ただ、気恥ずかしいだけだ。自分のこの気持ちをどう伝えたらいいだろうか。光詩が言葉を選んでいる間に女性同士の会話は進んでいく。

「とりあえず、夕食が冷めちゃうから、さっさと一階に下りてきなさい。そこで固まっている光詩も連れてくるのよ」

「わかってるよ。お兄ちゃんが、アリスがうちに泊まることにこんなに驚くとは思ってみなかった」

【夜奏楽ちゃん、何か企んでいたんでしょ。顔がにやけてるよ】

 母親は光詩の部屋から出ていった。階段を下りる足音がやけに大きく光詩の耳に響いた。


「ねえ、お兄ちゃん、お腹が減ったんだけど、そろそろ一階に下りない?アリスのことを話さなかったのはごめんだけどさ、そこまで放心状態になることないでしょ」

 しばらくその場から固まって動けなかった光詩だが、妹の言葉にようやく我に返る。目の前には心配そうな顔をした妹とアリスの姿があった。

『ご、ごめ゛ん』

「謝らなくていいよ。とりあえず、ご飯食べに行こう」

【夜奏楽ちゃんのお母さんのご飯、楽しみです】

 光詩は妹とアリスの楽しそうなやりとりをしながら部屋を出ていく様子をじっと眺めていたが、自分も空腹だったことを思い出し、慌てて後を追った。

(後で話さなかった理由を問い詰めてやる)

 妹に忘れずに言わなかった理由を聞きだそうと決意した。

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