この声が君に届くなら

折原さゆみ

文字の大きさ
72 / 72

72新たに歩み始める

しおりを挟む
『お゛れ、4月から……』
【知ってますよ。県外の大学だから下宿するんですよね。もしかして、離れるのは嫌だとか、駄々をこねると思ってました?】

『別に、そん゛なことは』
【そこまで子供じゃないですよ。私は、むしろ光詩先輩の進路を応援してます!】

 部屋に入ると、光流とアリスはベッドに腰掛ける。光流はそのまますぐに本題を切り出した。せっかくアリスが家に来ているのに、こんな話はどうかと思うが、大学については話しておかなくてはならない。光流の言葉に対して、アリスは冷静に答えていく。二人の背筋は自然と伸びていた。

『お゛れは』
【そんなことより、先輩、先輩が陸上部のマネージャーとして入ってきたときのことを覚えていますか?】

 光詩がアリスの言葉にこたえようと口を開くが、アリスに遮られる。急に話題を変えてきたアリスに首をかしげるが、黙って話を聞くことにした。

【あの時、私は忙しいと言って、夏休みにデートしませんでしたけど、あれにはちゃんと理由があったんですよ】

 実は夏期講習に通っていたんです。私も光詩先輩みたいに、第一志望の大学に合格できるように頑張ろうと思って。

 今、そんなことを語って何のつもりだろうか。突然の話題転換についていけずに戸惑う光詩だが、気にすることなくアリスは話を続ける。

【今も、塾に通っています。私も頑張って光詩先輩と一緒に大学に行けたらなって。あと、あの時の光詩先輩、私をデートに誘ってくれましたけど、夏休みに行けてよかったですよね。何とか夏休み明け直前に行った水族館、とっても楽しかったです。それから、二学期にあった大会では、光詩先輩の応援が……】

 話しているうちに、アリスの声がかすれていく。どうしたのだろうと顔を覗き込むと、アリスは泣いていた。

『あ゛、あ゛りす……』

【ええと、その、何を言いたいかというと、ひ、光流先輩との高校生活がと、とても楽しかった、ということです。だ、だから、これからも、あえなくなっても、つ、つきあっていけたら、とおもって】

 泣きながらも必死で言葉を紡ぐアリスをそっと抱きしめる。

『お゛れ゛のこえ、とどいたんだね』」

【はい。ちゃんと光流先輩の声、届きましたよ】

 アリスのおかげで、光流は自分の声のことをあまり気にすることなく高校生活を送ることができた。直たちとの出会いもあったが、アリスと出会えたことで、光詩の人生が大きく変わった。

『俺は、アリスのことが好きだよ゛』
【私も光流先輩のことが……】

 お互いの顔が近づき、唇を重ねる。軽く触れあった唇を外すと、アリスの顔は赤く染まっていた。光詩の顔もまた赤くなっていると自覚する。

【これは、夜奏楽ちゃんがいたらできませんね】
『い゛もうとの゛前とか、恥ずかしすぎて、む゛り。見ら゛れ゛たら、恥ずかしくて、死ね゛る』



「トントン」

 タイミングを見計らったように、ドアがノックされた。慌てて姿勢を正したアリスに苦笑して、光流はドアの外に返事する。

『入っても゛いいぞ』

「まったく、イチャイチャしているのもいいけど、この家にいるなら、私の存在も忘れないでいただきたい」

 入ってきたのは予想通り夜奏楽だった。手には学校の課題だと思われるテキストを持参していた。いつものように、光詩の部屋で宿題をしようとやってきたのだろう。もしかしたら、光詩たちが家でいちゃつかないように見張るという理由もあるかもしれない。

【ふふふ】
『あ゛ははは』

 光流とアリスは夜奏楽の行動に笑ってしまう。笑われた夜奏楽は頬を膨らませて不機嫌になっている。

(本当に俺は恵まれている)

 声がおかしくても、自信をもって生きていけるようになった。今度は自分が新たに出会った人たちの支えになりたい。

 光詩はアリスから離れても、大学生活をやっていけそうな気がした。新たな生活が始まる4月に思いをはせながら、アリスと夜奏楽に勉強を教えるのだった。
  
しおりを挟む
感想 2

この作品の感想を投稿する

みんなの感想(2件)

このユーザは退会済みです

これだけのステキな長編、大変だったでしょう?本当お疲れ様でした。

ありがとうございました!

2022.09.07 折原さゆみ

感想ありがとうございます!
読んでくれる人がいるのがわかると、頑張れる気がします。
今後も頑張っていくのでよろしくお願いします。

解除
このユーザは退会済みです

良作を平行して書き続けて大変だね。体調に気をつけてね。俺は去年、ストレスで初期癌になったから。

2022.05.17 折原さゆみ

感想ありがとうございます。
無理せず、自分のペースで頑張っていきたいと思います!

解除

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

40歳のおじさん 旅行に行ったら異世界でした どうやら私はスキル習得が早いようです

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
部長に傷つけられ続けた私 とうとうキレてしまいました なんで旅行ということで大型連休を取ったのですが 飛行機に乗って寝て起きたら異世界でした…… スキルが簡単に得られるようなので頑張っていきます

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…

しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。 高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。 数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。 そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

俺を振ったはずの腐れ縁幼馴染が、俺に告白してきました。

true177
恋愛
一年前、伊藤 健介(いとう けんすけ)は幼馴染の多田 悠奈(ただ ゆうな)に振られた。それも、心無い手紙を下駄箱に入れられて。 それ以来悠奈を避けるようになっていた健介だが、二年生に進級した春になって悠奈がいきなり告白を仕掛けてきた。 これはハニートラップか、一年前の出来事を忘れてしまっているのか……。ともかく、健介は断った。 日常が一変したのは、それからである。やたらと悠奈が絡んでくるようになったのだ。 彼女の狙いは、いったい何なのだろうか……。 ※小説家になろう、ハーメルンにも同一作品を投稿しています。 ※内部進行完結済みです。毎日連載です。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

ヤンデレにデレてみた

果桃しろくろ
恋愛
母が、ヤンデレな義父と再婚した。 もれなく、ヤンデレな義弟がついてきた。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。