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1章 ルロワ王国編

1話 異世界に召喚されたようです

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 眩い光が収まると、照明の明かりを鈍く銀色に反射させ、西洋甲冑たちが今にも剣を抜こうとしている。
 
 あまりの出来事に状況を飲み込むまで少し時間を要したが、俺はようやく自分が命の危機に瀕していることを理解した。
 
 え、殺される?
 
 待て、落ち着こう。しかし、剣先が向けられているわけではないのに、背の高い甲冑たちに囲まれているだけで、こうも圧迫感があるのか。剣を抜かれる前に何か言わなければ、と必死に声を絞り出そうとした時。
 
「よい、下がれ」
「はっ」
 
 よく響く低い声に反応し、甲冑たちはガシャガシャと音を立てて引いていった。
 
 一度落ち着き、改めて辺りを見回すと、ここはどうやら漫画などでよく見る謁見の間のような場所であった。
 
 左右に見えるのは貴族的な服装のおじさん連中、正面には先ほど声を発したであろう王様のような人、そのすぐ手前に魔法少女の格好をしたハゲたマッチョの男性。
 
 待て、落ち着こう。まだ慌てるような時間じゃない。

 俺は、熊井理くまいおさむ。どうやら異世界に召喚されてしまったらしい。俺がどうしてこんな目に遭っているのか、順を追って思い出していこう。
 
 三日前の金曜日、予備校で夜遅くなってしまったが、ネットニュースを見ながら家に帰っているところからだ。
 
 「タガッシー仕事しろ」

 最寄り駅からの帰り道、つい口をついて出てしまったが、大人気漫画タンター×タンターの作者がどうやら失踪したらしい。
 
 飼っていた猫を誰が保護するか親類で揉めてると記事には書いてあるが、記者ももっといいネタ持ってこいよ。取材に気合いが入ってないと思う。

 「うぅ寒い。俺はどうして受験勉強なんてしてるんだろうな」ふと、またつい独りごちる。

 そもそも俺は大学なんぞに行く必要がない。高校一年の時に作ったブログ収入だけでも既に十分な稼ぎがある。そのお金も今では株の運用でとてつもない数字になっている。

 もうお金を稼ぐ必要などなく、後は趣味の漫画やゲーム、ラノベ漁りで余生を満喫するつもりだった。

 社会生活で最も煩わしい人間付き合いも気にする必要がなく、たまにアイツと魔法科学談議をしているだけで良かったのだ。

 それを、アイツが搦手で……。
 
 決まったことを覚えるだけの受験勉強はとても退屈で、あと一ヶ月程度のこととはいえ、俺にとっては億劫以外の何物でもない。

 寒さも相まって少しイラつきながら歩いていると、先ほど失踪事件なんていうニュースを見てしまったからだろうか、ふと街灯の明かりが心許なく感じた。
 
 古い住宅街が夜の色に飲み込まれたように見え、いつも通っているはずの道がなにか不気味であり少し歩調を速める。

 結局何事もなく自宅の前に到着したが、すぐそばでダンボールに入った捨て猫を見つけてしまった。
 
 白色と灰色の毛がとても綺麗に混じり、どこか高貴さすら感じるイケメン猫ちゃんだが、サイズに違和感を感じる。

 とにかくデカイのだ。

 人間の幼児くらいはありそうなサイズで、本当に猫か不安になるレベルだったのだが、ネットで調べて見るとノルウェージャン・フォレスト・キャットという種類にとても似ていると思う。

 胸の内にまた黒いものがせり上がってきた。

 捨てたの身勝手さにもそうだが、ダンボールに毛筆で書かれた『拾ってください』という字が達筆であることも怒りを助長させる。

 色々な葛藤はあったものの、この寒い中放っておく事は出来ず、家に連れて帰ることにした。家族はもう寝てしまっている時間なので、起きてから説明すればいいだろう。

 一旦猫を自分の部屋に閉じ込め、先程より明るく感じる街灯の下、付近のスーパーまで餌やトイレなどを買いに行き既成事実を整えておいた。
 
 足早に帰り餌をあげたにも関わらず、残念ながら餌も食べないし、水も飲まなかった。ワクワクを返して欲しい。
 
 当の猫は部屋の隅に座り込み、ジッとこちらを見てくるため警戒しているのだと思い、その日は寝ることにした。

 翌朝、なにか布団とは違う重さを感じ、恐る恐る覗いて見ると、俺の上で猫が寝ていた。撫でさせてくれるし、もう全然警戒してないようだ。
 
 心地の良い重みを名残惜しみながら布団から出て、家族に猫を紹介したところ、案外あっさりと許可がおりてしまった。

 これで問題の一つは解決したのだが、餌はなかなか食べてくれない。色々な餌を試したが、結局土曜日は丸一日何も食べず、水だけ少し飲んだ様子だ。
 
 日曜日にはあげられる範囲で人間の食材も色々と試してみたところ、なぜかワカメだけもしゃもしゃと食べた。

 時間のある週末中に食べるものが見つかって、ひとまずは安心である。今朝も、ワカメを食べながら大変ご機嫌だ。

 「クルルルル」
 
 ワカメだけでは明らかに栄養素が良くないので、他の餌も同時にあげているのだが、断固としてワカメしか食べないらしい。

 食べ終わると部屋の隅にあるタンスの上に移動し、真っ直ぐにこちらを見つめてくるまでがルーティンになりそうだ。

 猫の世話だけで週末が終わってしまったのを残念に思いながらも、久しぶりに週末を短く感じた気がする。

「さて、と」

 週明けから鉛を張ったような曇り空に気分を落としつつも、通学のため駅に向かった。

 あれ、座れる。というかやけに人が少ないな。
 
 普段であれば満員電車で押しつぶされながら通学しているため、いつもより明らかに少ない乗客に違和感を覚えながら座席に座る。
 
 何度もスマホと電光掲示板、構内アナウンスを確認したが、間違いはないようだ。

 不思議に思ったのは最初だけで、電車が出発してからは、スマホでECサイトを調べて時間を潰していた。
 
 無塩わかめってどこで大量に売ってるんだろう。あげすぎは良くないって言われても、それしか食べないんだよな。などと考えていると、見ていたページが一瞬文字化けしたような気がした。

 そして、耳に響く音がやけに大きくなり周りを見ると、地下鉄のような風景になっていた。

 うわ!やっぱり違う電車だったのかよ。電車が予定と違うならちゃんとアナウンスして欲しい。

 駅に着いたらすぐに降りようと、座席を立って他の乗客を見ると、いつの間にか自分以外の乗客はぐっすりと眠った2人しかおらず、何か分からない不気味さに鳥肌が立った。

 地下鉄の駅に到着すると、車内放送が鳴った。

「テンイゲート、テンイゲートに到着しました。次は※○△+※□に止まります」

 は!?

 降りるかどうか悩んだが、電車の進行方向からは、何か生理的に絶対近寄りたくない、身震いするような気配を感じ、そのまま乗っているのはため降りることにした。

 一度は自分だけで降りたが、明らかな異常事態に単独行動は危険だと思い、他の乗客を起こすことにした。

 寝ている乗客は同じ歳くらいの男の子と女の子だったが、声を掛けても、結構強めに揺らしても全く起きる気配が無かったため、無理やり引きずって降ろした。

 何かに巻き込んでしまったような罪悪感はあったが、あの全てを飲み込むような闇の先には行かなくて正解だと、感覚が告げている。

 テンイゲート、か。

 にわかに信じ難いけど、ラノベとかにある転移ゲートってことだよな?頬っぺたを自分でつねりながら考えてみる。

 地下鉄の駅のようであるため辺りを見回したが、電光掲示板や看板などは何もなく、階段の上り口のようなものも見当たらなかった。

 電車のドアが閉まり発進したのと同時に、二人とも目を覚ましたようだ。

 「あの、えっと、ここどこですか?というか、僕なんでこんな所で寝て、あ、オサム君?」

 この僕っ子女子は知っている。東部美砂とうぶみさ、小学校からの知り合いで、高校でも同級生だ。

 先ほどの質問に対して、首を横に振りながらゆっくりと状況説明をする。

「分からない、電車に乗っていて突然地下鉄になったから降りたんだ、社内アナウンスではテンイゲートって言ってた。行先も不明だったから、悪いけど勝手に降ろさせてもらった」

 もう一人、背が高く黒髪短髪のイケメンをチラリと見ると見知った顔をしている。名前はなんだったか、クラスは違うはずだがまあ同級生だな。

「ねぇ、テンイゲートってもしかして」
 
「転移するゲートを連想するよな?」
 
「そうだね。というか僕自転車通学なんだけど、なんで電」

 何かとても気になるような発言を聞いた瞬間、足元に白く輝く幾何学模様のようなものが出現したのだ。
 
 目の前がぐにゃぐにゃと揺れ、いよいよ立っているのも難しく感じたとき、身体が浮くような感覚に襲われた。

 そして、光が収まったと思ったら、冒頭の状態だ。うむ、思い出してみたが全くもって分からないな。
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