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第6話【求める色は】

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「リップでございますね。それではこちらでございます」

 研修で習った通りの案内を、ぎこちなくも女性に伝える。
 案内しながら、マニュアルを思い浮かべていた。

 その時の女性の顔は、少しの桃色と喜びを意味する黄色が混ざった色をしていた。

「リップはこちらでございます。こちら、ただいまの人気のカラーとなっております」
「そう、ですか……」

 私はひとまず、マニュアル通りに会社おすすめのカラーを紹介する。
 しかし、どうやらお気に召さなかったようだ。

 明らかに顔色が悪くなっている。
 確かに、今年の流行はオレンジなどの少し難しい色だ。

 見たところ、化粧はあんまりしていなかっただろうこの女性には適さないのかもしれない

「どのような色がお好みですか?」

 私は直接聞いてみる。
 何より、本人の希望を聞くのが一番だろう。

 ところが……。

「それが、あんまり化粧のこと詳しくなくて。お姉さんなら、どんな色、私に似合うと思いますか?」

 一番恐れていた事態が起きてしまった。
 つまり、私に選べということらしい。

 悩みながらも、私は研修を再度思い出す。
 確か、若い人、特に化粧に慣れていない人には明るめで薄めの色をお勧めするのが良かった気がする。

「こちらなどいかがでしょう? 春色らしく、淡いピンクで艶のある感じでございます」
「えーっと……」

 私は内心頭を抱えてしまう。
 どうやらこれも相手が求めるものではなかったようだ。

 先ほどよりも、顔色が暗くなる。
 結局、人の顔色なんて分かるようになっても、何も役には立たないのだ。

「愚かじゃのう。お主、本当になんも見とらんのう。あの童が最初に来た時の色を思い出さんか」

 突然神様がそんなことを言う。

 色って、どんな色だったかな。
 確か、喜びの黄色に……。

 そこで私は理解した。
 良く考えれば、この年代の女性が、しかも普段化粧をしない女性がわざわざ百貨店の化粧品売り場に来るという意味。

 そして、最初に見た顔色に含まれていた桃色の感情。
 つまり、この女性は恋をしているのだ。

 そして、その意中の人に振り向いてほしくて、普段付けない紅を口にひこうとしているのだ。
 そんな女性が最初に思いつく色は何だろう。

 口紅と言って、最初に思いつく色。
 それを内心求めているに違いなかった。

 私はその色を数種類取り出すと、女性の前に並べる。
 その中でも、グロスが乗ったものを最初に見せてみた。

「こちらなどは、お客様にお似合いだと思いますよ」
「ほんとですか?」

 どうやら今度は求める色だったらしく、女性の顔色が明るくなった。
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