桜に酔いし鬼噺

末千屋 コイメ

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第二話

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◆◇◆◇◆◇
 茶屋に赴けば宴会をしていた。どんちゃん騒ぎとはよく言ったもので、正しくこれがそうである。
 幇間ほうかん都都逸どどいつを披露し、芸者が舞を見せ、どんちゃん騒ぐ中心に父様がいた。
 父様は私の来訪に気付いたようで、座布団に静かに座った。私も座る。
「よう小焼! 三月ぶりだなぁ!」
「ええ、こんな所で会うとは思いませんでしたけどね」
「そう怒るな。父様は久しぶりに可愛い息子に会えて嬉しいんだからな!」
「……」
「睨まないでくれぇ!」
 睨んでいるつもりはないのだが、父様には睨んでいるように見えたようだ。溜息を吐いていると、横からくすくす笑う声が聞こえた。先程道中をしていた片目の花魁だ。新造や禿は、少し離れた場所で鮨や蕎麦を食べている。青い少女だけは花魁のすぐ横にいた。
「まぁまぁ、坊ちゃま。そう怒ってやりなさんな。久しぶりに会ったざんしょ?」
「貴女には関係無いでしょう」
「そうさねぇ。わっちにゃ関係無い話でありんすなぁ」
「そう言うなよぉ、錦」
「あっはっはっは。親子の会話をわっちが邪魔しちゃ悪いさね」
 片目の花魁は狼の口の開いたような笑いをする。長い前髪で片目を隠していているが、蠱惑的な雰囲気を身に纏っており、何人もの男を手玉に取っているであろうことはわかる。
「それより、さっきは助けてくれてありがとうございんす。あんままじゃ、この子がまたひどい折檻を受けるところでございんした」
「あ、あの、助けていただき、ありがとうございます……やの」
「助けたつもりはありませんが」
 私の声で青い少女は小刻みに震える。大きな目に涙を湛えている。
 泣かせるようなことを言っただろうか? いや、まったく心当たりがないな。
「そういや名乗ってなかったねぇ。わっちは錦でありんす。こちらは景一。まだ水揚みずあげをしていない可愛い娘でありんす」
「はぁ。私は小焼と申します」
 名乗られたので、礼儀として名乗っておく。それにしても……青いな。とても、青い。俯いて涙を零しながらも、ちらりちらり見てくる。
「で、小焼! お前に良い話があるんだ」
「そう言われると、私には悪い話に感じられますよ」
「いいや、良い話だぞ。何と言ったって、景一の水揚をお前にしてもらいたいからな」
「は?」
 いきなり何を言い出すんだこいつは。錦が微笑み、私の耳元で囁く。
「見てのとおり、わっちの可愛い妹は青い色をしていんす。気心の知れたお客でも水揚をしてくれる旦那がいなくてねぇ。坊ちゃまの父様――宗次郎そうじろう様に頼んでございんしたが、ちょうどお前さんが帰ってきてくんなしたし、良い機会かと思ってねぇ」
「何が良い機会なんです」
「こう言っちゃなんだが、じじいよりも似たような年頃の若い男に割ってもらったほうが、景一には良いと思ってねぇ。場数巧者ばかずこうしゃだろうが、傷つける輩はいるもんでありんす」
「小焼。滅多にできることじゃないぞ!」
「はぁ……」
 この二人は何を言ってるんだ。水揚といえば破瓜はかのことだろう。景一を見ると俯いて手遊びをしていた。改めて見ると、肌がすごく白いな。まるで陶器のようだ。乳白色の肌が灯りでほのかに赤みを帯びていて、ひどく気が悪くなる。涙で潤んだままの瞳がきらきら光って見えていた。
「ずぅっと見ていたら気が悪くなるざんしょ? もう木のようになりんしたか?」
「っ、なってませんよ。珍しい色をしていると思っただけです」
「わっちから見れば、坊ちゃまも他人のことを言えない色でありんす」
「そうだろ! 小焼は母様に似てとても綺麗な黄金色の髪をしているんだ!」
「父様は黙っててください」
 何の話をしているのかわからなくなる。私の髪色についてはどうでも良い。この子の色についても良い。問題は水揚をどうするかだ。通常なら場数巧者で初老の馴染み客がやることのようだ。が、どうしてか私が頼まれている。父様にやらせるくらいなら、とは思ったが……。
「景一でしたっけ? 貴女はそれで良いんですか?」
「え、え、……ウチ、ウチは……」
 顔を上げて頬が更に赤く染まった。耳まで真っ赤になっている。まるで茹で蛸のようだ。蛸と言えば……先月、茹で蛸を酢で食べたが、あれは美味かったな……。今度は味噌でも食うか。
 何か言いかけたようだが、景一は手遊びをしている。どうも内向的なようだ。ずっともじもじしている。これで一人前の女郎になれるのか? 器量は良い。声も鈴を転がしたように消え入りそうではあるが、悪くないと思う。耳にキンキンくるような声ではないので、悪くないだろう。
「景一。きちんと答えないと、この坊ちゃまは他の客のように一方的に話してくれないさね」
「は、はい、姉様。……ウチ、ウチは……その……あの…………」
 視線が定まらない。挙動不審だ。仕方ないので、まずは手遊びを止めさせようと手首を掴む。
 彼女の身体が驚いた猫のように跳ね上がる。
「人と話しているのだから、手遊びをやめなさい。こっちを見ろ」
「ふぇっ、ごめんなさい……ごめんなさい……」
 こちらを見たが、大粒の涙が頬を伝って落ちていく。
 また泣かせてしまったな……。私が悪いのか? いや、どう考えても私は悪くないな。
 これを見て父様が慌てて彼女に近付き、紅白のねじり棒の飴を渡していた。子供か。
「おいおい、女を泣かせるなよ」
「泣かせたくて泣かせたのではありませんよ」
「坊ちゃまの気持ちもわからんでもないが、わっちの可愛い妹を泣かさないでくれないかい。ほれ、景一も早く泣き止んで、答えてやりなんし」
 錦が背をぽんぽんと叩けば、ぐずぐずと鼻をすすり、涙を袖で拭い顔を上げた。元の器量が良いから見ていられるが、悪ければ目も当てられないな。
「……ウチ、ウチは……小焼様に……その……えっと……あううぅ」
「は?」
「悪いねぇ。まだ生娘おぼこだからはっきり言えないのさ。仕方ないから今回はわっちが代弁してやりんす。この子はね、坊ちゃまに割ってもらいたいんだと。初めての人になって欲しいってさ」
 また手遊びをしてもじもじしているな……。錦はかまわずに話を続ける。
「楼主にはわっちから話をしといてやるさね。なぁに、あいつはわっちの言う事をだいたい聞くからねぇ、もしも駄目だって言うならば、金玉を蹴り上げてやりんす」
「あっはっはっは。亡八ぼうはちも錦相手にゃ強く出れねぇかぁ」
 なんだかわからないまま話が決まってしまったようだ。勝手に水揚の相手を変えて良いのかとは思うが、錦が話を通すようだから大丈夫か。今、物騒な言葉を聞いたような気もするが。
 父様と錦は顔を見合わせて笑っている。こうしていると、母様の事を思い出す。私が七つの頃に流行病はやりやまいに罹って帰らぬ人となったが……こんな風に笑っていただろうか。
「用事が済んだなら帰って良いですか?」
「おおっと、せっかくの親子の再会なのに、酒も飲まずに帰るのか?」
「まだ荷の整頓が終わっていないんです。父様が遊んでいるから、ちっとも終わらない。丁稚も働いているというのに、父様がこんな所で女郎遊びをしているから――」
「ひー! 説教はやめてくれ! 父様が悪かったから!」
「でしたら、今すぐ帰ってください」
「い、いやあ、そいつはお勤め代が勿体ないからなぁ」
「わかりました。それでは私は帰ります」
 立ち上がって、踵を返し、進もうとすれば、袖に重みを感じた。引っ張られている?
 視線を落とせば、景一が私の袖を掴んでいた。
「何ですか?」
「あ、あの、その……ウチ、助けてくれたお礼が、したくて、その……」
「私は助けたつもりもありませんし、仕事を残してきているので誰が何と言おうと帰ります」
 何を言ってるんだこの子は? 振り払えば、悲しそうに俯いた。涙が畳に落ちている。泣かれると困る。錦も父様もこちらを見ているし、からかわれる前に帰りたい。だが、泣かせたままなのもまずいだろう。
「はぁ……。とりあえず泣き止んでください。困ります。あと、せっかく可憐な顔をしているのに、泣いていては、勿体ないです」
「ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……」
 とりあえず座りなおし彼女の顎を掴んで顔を上げさせ指で涙を拭ってやった。驚いたような表情をした。また顔が赤くなっている。もしかすると、この子はずっと顔が紅潮しているのだろうか? 堪らなく穢れた劣情を誘う。久しくしていなかったからだろうな。
「小焼様、ウチ……お礼がしたいの……」
「貴女のお礼をしたいという気持ちは後日受け取りますので、私は帰ります」
 二人にからかわれる前に帰らなければ……それにこのまま彼女を見ていると気が悪くなると思った。


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