九龍懐古

カロン

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青松落色

抜刀術と熊猫曲奇

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青松落色3





いで成金なりきん風な男達が扉から店外に現れる。

飲んでいるうちに揉めたのだろうか。フードで顔はよく見えないが、転がり出てきた男の身体のいたるところにガラスの破片が突き刺さっている。灰色のアスファルトに真っ赤な血が飛び散っていた。
成金なりきん風の奴らは血まみれの男を囲んで、周りも気にせず怒鳴り散らしはじめる。

マオが舌打ちをし口を開いた。

「おい、うるせぇぞクソカスが。裏でやれよ裏で。俺のいい気分が台無しだろ死ねボケ」

歯にきぬ着せなさすぎである。

しかも、裏でならいいのか。やられている男を助ける気など微塵みじんもなく、壊れた店や周囲をおもんぱかるでもなく、ただただ自分が気分を害されたから言った迄だ。実にマオらしい。

中華風の丸いサングラスをかけた成金なりきんが声を張る。

「なんだチビ、お前から殺すぞ」
「テメェこそケツの穴みてぇな顔して喋んじゃねぇよ。目障りだから消えろつってんだ」

どんな顔だというのだ。

そのマオの返しに、燈瑩トウエイが咳払いのフリをして笑いを誤魔化している。

「口の形かな…」
「くはっ」

真剣に考えたイツキが呟くと、こらえきれなかった燈瑩トウエイから笑い声が漏れた。
ますます怒りを買ったようで、暴言を吐かれた男はわめきながらこちらへ歩いてくる。

燈瑩トウエイが笑うから。どうするの?」
「え?俺のせい?どうしよっか」
「ハッ、このマオ様が直々じきじきに相手してやるよ」

言うなり、マオも男へ向かって歩き出す。

なんと。これは意外な展開だ、自分が蒔いた種とはいえあの面倒くさがりのマオが先陣を切るなんて。どうやら老酒で相当酔っているとみた。

燈瑩トウエイイツキに耳打ちする。

「アレ、見られそうだね」
燈瑩トウエイ見たことあるの?」
「見たことはあるけど…」



キンッ。



マオと男の距離が1メートルほどに縮まったところで、かすかな音がした。なにかがぶつかったような金属音。
と…成金男がかけているサングラスが、急に上下に真っ二つに割れ地面に落ちた。その鼻背びはいに横一文字に出来た傷から血がしたたる。

「ちゃんと見えたことはないね」

燈瑩トウエイが言い終わった時には、マオの手はすでに羽織りの下────腰のあたりにある鞘に刀を戻したところだった。

斬られたと気付いた男が、慌てて顔に手をやって後ずさる。もうちょい前に出てたら目玉切れてたぜ、お前足が短くて良かったなとマオはケラケラ笑った。


‘居合’だ。


マオは刀剣の扱いにけており、普段は脇差わきざしを好んで持ち歩く。打刀うちがたなは邪魔だし、腰刀こしがたなはリーチが短けぇとのことだ。
居合術に関しては達人の域で、抜刀から納刀までが恐ろしく速い。来るとわかっていればギリギリ視界にはとらえられるが、避ける事はまず不可能。不意打ちであれば刀が見えすらしないだろう。

「次は誰が斬られてぇんだ?」

薄笑いを浮かべるマオイツキが声をかける。

マオ
「あ?」
「丸腰の相手に、武器はよくない」
「真面目か!!」

思ってもない事言いやがって、いや思ってるホントホント、嘘つけ思ってねぇって顔に書いてあんぞ、などとギャアギャアしているうちに、成金達はスタコラ逃げ出していた。

連中を追いかけようとしたマオイツキ燈瑩トウエイは捕まえて──若干、手子摺てこずったが──大通りまで引きずった。拾った的士タクシーに何とか押し込んでその場を離れる。

「なんで追っ掛けようとすんの、あんまり暴れたらレストラン出禁になっちゃうでしょ」

車が発進してからもまだ不満げな表情のマオいさめる燈瑩トウエイ

「店内で暴れたんじゃねぇし平気だろ。なったら燈瑩おまえが金でも積めよ」
「俺とばっちり過ぎない?」
「笑ってたじゃねーか、あれが引き金だぞ」
「それは…そうかもね。あははっ」

お土産の熊猫曲奇パンダクッキーを食べながら会話を聞いていたイツキが首をかしげる。

「てか、あそこの地域にもああいう荒っぽい感じの喧嘩あるんだね」
「そりゃ九龍なんだからあんだろーよ」
「けど確かに、あの辺では珍しいかな…他の街から来たか最近金持ちになった人達なんじゃない?」

マオは舌打ちをし、燈瑩トウエイは私見を述べた。


住んでみるとわかるのだが、九龍は各地域によって住人も犯罪もタイプが違う。

スラムでは殺人や人身、臓器売買などの凶悪犯罪が蔓延まんえんし、血の気が多い人間ばかりで人が死ぬような喧嘩も日常茶飯事。
一方、富裕層地域では詐欺や脱税等金融関係の犯罪に関わる者が大半で、表立った争いを避ける傾向にあるため路上では口論すらあまり起こらない。

燈瑩トウエイのいう通りさっきの奴らは九龍外の人間か、もしくはもともとスラムか貧困街にいたけれど金回りが良くなったので富裕層地域に来るようになった人間なのだろう。


ふとイツキ熊猫曲奇パンダクッキーの袋に目をやると、すでに中身が半分以下に減っていた。考えごとをしているうちに結構食べてしまったようだ。
ひとつちょうだいと燈瑩トウエイが横から手を伸ばし、俺にもよこせとマオが袋ごとかっさらう。
イツキのもとへ返ってきた袋の底では2匹だけ生き残ったパンダが寂しげに身を寄せ合っていた。

この子たちはアズマに持って帰ろう。まぁ、最初は全部アズマへのお土産のはずだったんだけど。


イツキは袋を閉じ、残された2匹の小さなパンダをそっとポケットにしまった。
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