九龍懐古

カロン

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往事渺茫

蒼然と静寂

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往事渺茫3




ある年、村は不作に見舞われる。

気候が安定しなかったのだ。作物は減り、家畜は育たず、ただでさえ貧困な村はますます苦境におちいった。
川魚も獲り尽くすと次は山菜。しまいには、雑草のようなものまで煮て食べる始末。

この頃にはアズマはいくらか離れた町まで出稼ぎに行くようになっていた。
様々な場所の賭場を荒らして帰ってくる。素人から玄人、カタギからマフィアにまで誰にでも喧嘩を売った。もちろん博打の話、拳での殴り合いには自信が無い。たまにワザと負けもした、あまりに勝ちが過ぎると刺されたり撃たれたりするからだ。出禁なんてめちゃくちゃマシなほう。

持ってきた勝ち金は村人達の飯代に使う。全部をまかなえはしないがそれでも足しにはなる。
どうにか次の実りの時期までたせれば…祈りながら日々を重ねていた。





◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇





「ちょ、ちょっと待ってアズマ…早い…」
「なによ?体力無いねぇお医者サマは」

大荷物を抱えヒィヒィ言いつつ山道を歩くトキアズマがからかう。そのアズマの肩にも大荷物。

今回の出稼ぎには、珍しくトキが同行した。村の危機に何も出来ない自分が悔しかったのか、一緒に連れて行ってくれとアズマに頼んできたのだ。

2人でなら、1人よりやれるイカサマの幅はもちろん広がる。気心が知れている相手とのタッグはやりやすい、それにトキはなんといっても頭が良い。
だったら尻の毛まで根こそぎ抜いてやる…フルモンティだ。アズマはもうそこの賭場には戻らないつもりで、舞台に普段よりかなり遠くの町を選ぶ。

思惑通り、2人はしこたま金を稼いだ。
逃げるように賭場を後にし、儲けた金で帰りに周辺の町を回って色々な物を買い叩く。
おかげで行きよりは帰りに時間がかかり、徒歩で往復2日の大遠征。アズマトキもヘトヘトだった。

「でもさ、これでしばらくは村のみんなも大丈夫だよね」

トキがはにかむ。調達した物品を村に持ち帰りまた他の町に転売すれば、利益はかなり出るだろう。

「だな…おまえのおかげだよ」
アズマでしょ」
「違うって。1人じゃ出来なかったもん」

アズマがシシッと笑うとトキも照れたように微笑んだ。
度胸が無いなんて言っていた割にはトキの腕は素晴らしかった。教えた事はすぐに飲み込むしハッタリも上手い、こちらの意図も一瞬で理解してくれる。目配せすらいらないほど。
このまま2人でイカサマギャンブラーになり津々浦々の全賭場を制覇してもいいかと考えるくらいだった。

まぁ、それよりは医者と薬師の方が真っ当で堅実だよな。トキの顔を見ながらアズマは思う。

夜中近くなり、やっと村のそばまで辿り着いた。街灯はほとんど無く月明かりだけが頼りだ。
もうみんな寝ているのか?家々に電気はともっていない。暗さで視界がきかず、アズマは何かに躓いた。バランスを崩しその上に倒れ込む。

「いてっ!…ん?あれ?」

ドサッと身体を預けた先が、変に柔らかかった。地面でも岩でもない。アズマが躓いた物、それは。


「………村長?」


アズマの声に、トキが、え?と顔を上げる。アズマは荷物をその場に投げ捨て駆け出した。トキも慌ててそのあとを追う。

村の入口。立ち並ぶ民家。雲が裂け、切れ間から差し込む満月の光が照らし出したのは──────







おびただしい数の死体だった。

 




アズマの唇が微かに動く。

「…な…に、が」

起こったのか、わからなかった。


たくさんの人間が路上に倒れており、そして全員死んでいる。
本当に?1人残らず?アズマは手当り次第に家の中を覗いた。誰も居ない。居たかと思えば死んでいる。トキは入口で立ち尽くしていた。

村の中心の炊事場で足を止める。大鍋がいくつも並べられ、山菜かなにかを煮た跡があった。食料難だった村人達は、皆で集めた食べ物を持ち寄ってこうして調理したのち、全村民で分けて食べる事が多くなっていた。助け合いの精神。それが絆だった。

アズマは鍋と周辺に散らばる食材に目をやる。わずかばかりの肉、野菜、山菜。



山菜。



カゴに盛られた草。見た目は普段食べている山菜。だがこれはそれに酷似した、猛毒の野草だった。

普通は気が付かないだろう。医者を志すトキに刺激され、漢方や薬学の本を読み込み知識を得ていたアズマだからわかったこと。
この野草の毒は、遅効性。そこが致命的だった。最初に食べた人間が症状を発するより早く、料理が全員に行き渡ってしまったのだ。

なんでだ…どうして今日だったんだ?自分がいる時ならあるいは───いや、もう遅い、アズマかぶりを振る。何を言っても後の祭りだ。

足取り重くトキの元へ向かう。トキはまだ呆然とその場に立っていた。

「………トキ

名前を呼ぶが、アズマ自身、次の言葉は何も思い付かなかった。

冷たい風が吹く。2人はただ黙って、物音も、気配さえもしない村を、いつまでも眺めていた。
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