You make me happy.

たがわリウ

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前髪を上に撫で付けて髪全体を後ろに流す。
シワひとつないシャツの上にはベスト、そしてその上にジャケットを羽織り絞めてあるネクタイの位置を確認する。
おろしたての綺麗な白い手袋をはめ、最後に鏡の前でもう一度ネクタイを調整する。
自分がこの髪型にするのは大事な会談や失敗が許されない仕事の時と決まっているため、仕事以外のことのためにこんなに身なりに気を使うのは初めてのことだった。
昨日の王子との会話で自分のなかで認めた想いを改めて実感する。
仕事一筋で王子のために尽くしていた自分が特定のひとりのためにこんなに気合いをいれるなんて、と今までとの差をおかしく思い、ふっと息を吐いて笑う。
どこにも乱れがないことを確認すると、大きく息を吸って扉を開けた。



「ディランさん、少しよろしいでしょうか」

昨夜はユキ様とゆっくりするから明日の仕事は昼から取りかかると王子に言われていたため午前中は雑務を片付けていると、後ろから声がかかり移動していた足を止める。
振り返るとそこには、緊張した面持ちの若いメイドが立っていた。

「……何だろう」

体ごと振り向くと彼女は少しの安心を見せ、しかし声をかけたときより緊張を濃くする。
城の入り口から離れているため人の気配のない通路、真剣で何かを怖がっている瞳、少しの期待を抱いている表情に、彼女が何を口にするのかがわかってしまった。

「好きです。ディランさん。我慢しようと思いましたが、もう抑えられません」

口にした達成感と恥ずかしさで赤らんだ顔。
今まで何度も見てきたというのに、彼女の抱く感情を理解できる今は返す言葉を思うと今まで以上に辛くなる。

「すまない、君の気持ちは嬉しいけど応えることはできない」
「そうですよね……お時間いただきありがとうございました。失礼致します」

想いに応えることはできないというのに、彼女は満足感を滲ませ笑うと深く頭を下げ、体の向きを変えて離れていった。
抑えられないほどの想いを自分に抱いてくれたことにありがたさと罪悪感を抱きながら彼女の背を見送る。
自分も進もうとしていた方向へまた体を向けたところで、曲がり角のすぐ近くに花が落ちていることに気づいた。
何故こんなところにと思ったと同時に嫌な予感を覚え胸がざわめく。
その花は城の庭園に咲いているものだ。そしてユキ様が気に入っているためよくユキ様の部屋の飾りに使用する。
そこまで思考が繋がると、目指すべき場所へ急ぐため足を踏み出した。



部屋の主はまだ別の部屋のベッドの中だと知っているためノックをせずに扉を開ける。
探していた人物がこちらに背を向けて立っている姿が目に入ると、部屋に足を踏み入れ扉を静かに閉めた。

「セス」

肩がぴくりと動く。声は聞こえているはずなのに、こちらを振り向くことはしない。
遠慮がちに足を進め距離を詰めるが何も反応がない変わりに遠ざかることもなくて少しだけ安心した。

「セス」
「なんでしょうか」

感情を見せない意思を持つ堅い声に寂しさを感じながらも、自分がどうするべきか、どうしたいかを考える。
もう安易に触れないようにと気を付けていたが、セスにこちらを向いてほしくて優しく左手に触れた。

「……勘違いを、してしまいます」

少し震えた声が制するように落ちる。
彼の健気さがどうしようもなくいじらしい。
こんな反応をさせてしまっているのは自分なんだけれど。

「勘違いじゃない。セス、君が好きだ」

どんな言葉で想いを伝えるのかは決めていなかったのに、自分でも驚くほどするりと溢れ落ちた。
有能だと認められている執事にしては安直すぎるものだが、伝えたい想いを込める。
やっとこちらを向いてくれた顔の表情は喜びというより驚きが占めている。

「そんな、だって、この前……」
「一度君の気持ちを拒んだのに都合が良いことは承知している。それでも、セスが特別だと気づいてしまったんだ」
「……本当、ですか?」
「あぁ。今までは割りきってきたが、セスのことだけはそんなふうにできそうにない」

セスのことを真っ直ぐに見つめて言葉を紡ぐ。
耐えるように下げられた眉、嬉しさと恥じらいで赤く染まる頬、瞳にたまる涙さえ愛しいと感じる。

「僕のほうがディランさんのことを好きです」
「ありがとう……今はそういうことにしておこう」
「今もこれからもずっとそうです」
「それはどうだろう」

触れていた左手に力が加わり控えめに握り返される。
そんな反応に、どうしようもなく好きだと思った。
目尻から涙を溢しながらもセスが幸せそうに目を細める。
手の力を強め自分より少し小さい手のひらをぎゅっと包みながら、悲しい思いをさせた分、それを忘れるくらいに幸せにしたいと思った。
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