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2章 10歳のエルザ
2 中身だけ違う子
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その後、着替えをし、食事処に連れていかれて硬くなったパンと薄いスープを食べさせられたり、掃除や片付けなどはさせられたが、拘束時間は多いのに、やることが少ない。
つまり、ここは子供が最低限死なないように生かされる場所らしい。
雑事をしながらも余った時間で、この先どうしようかと考えるが、今のままではどうしようもないだろう。
まず、マルセルは言っていた。王宮にできるだけ早く戻ってこい、と。
しかし、今いる場所がどこか、自分はなんなのかもわからなければ、王宮を目指しようがない。
それに、気づきたくない現実なのだが、自分はどうやら子供になってしまっているらしい。
鏡のような高級品は存在せず、食器も全て木製で。ガラスも明かりもないから、夜鏡を利用して自分の顔を見ることもできないけれど、それくらいはわかる。
それに、自分が見苦しくも汚いことはとっくに気づいていた。
髪もろくに梳かしていないのか触れればごわごわしているし、服も他の子は同じものを着ているようなのに、自分だけ泥で染めたかのように薄汚れていた。
「ねえ、これって洗ってもいいのかな? 着替えってあるの?」
朝に起こしてくれた親切そうな子に、こっそりと声をかけて聞いてみた。
彼女は何を今さら聞くのだろう、というような顔をして「エルザの着替えはここにあるでしょう?」とベッドの下の物入れから出してくれた。
どうも私物は各自ベッドの下に入れているらしい。
しかし、その着替えも下着も数が少ないし、ひどく汚れている。
不潔というわけではないが、やはりこれも落ちないような汚れが染み付いているのだ。
その子は不思議そうな顔をしたまま、じっとレティ―シアを見つめてきた。
「エルザ、あなたいいの?」
「え?」
「綺麗にしてると、ひどいことされるからって、わざと泥で汚してたでしょう?」
「…………」
誰に?
ひどいことってなに?
自分を守るためにそんなことをしないといけないなんて、いったい何があったのだろう。
泥汚れは落ちにくい。繊維の中に入り込んでいる砂をどう落とそうか考えていると、部屋の入口に立っていた誰かに手招きをされた。
「エルザー、ちょっとこっちに来てー」
薄い金色の短いふわふわの髪の子は、隣の部屋の子だろうか。先ほど廊下で立たされていた時に見かけたような気がする。
10歳くらいのようだが、歳の割には背が高くみえる。
自分のことを呼んでいるのだろうと分かるので、そちらに近づいた。
「なんの用?」
わざと乱暴な言葉遣いで話しかける。
エルザと呼ばれていたこの体の元主がどのような言葉遣いをしていたかはレティーシアにはわからないが、周囲を見ればきっとこんな感じだろうと予想がついたからだ。
しかし、その目の前の彼女は小さな、小さな声でレティーシアにこういったのだ。
「ねえ、あなたはエルザじゃないでしょー? お名前はなんていうの?」
ほんわかした雰囲気を保ったまま、彼女は当たり前のように、にこにことそう尋ねてきた。
「……なんで?」
「嘘ついたり、ごまかしたりしなくていいよ? このこと言ってほしくないっていうなら、誰にもいわないからー」
あ、もしかして聞かれるのもダメだった? と今さらながら、その子は慌てている。
「……このことって?」
「外側おんなじなのに、中身だけ違う子になってるってこと?」
そのニコニコした子は、うまく説明できない、というように首を傾げている。
「……なんでそう思ったの?」
レティーシアは低い声で相手に問いかける。そう問い返したということは、彼女の言うことを認めたも同じということなのだが。
誰かに自分がエルザでないと気づかれたとしても、こんな短時間で、しかも会話も交わしていない相手が確信を持って気づくなんて、どんな能力なのだろう。
そちらへの好奇心の方が大きかった。
「んー、呼吸? いくら口調を同じにしてもね、すーはーするのとか、話し出すの息の吸い方までまったく同じにできる人っていないの。エルザの場合は外側は同じなのに、それが全然変わっちゃったの。あとね、昨日までと匂いが違うの。たぶん、考えてることが前と違うから、出てる汗がちがって、感じるにおいも違うのかなって。外側おんなじなのに、中身が違っちゃったのがなんでかなって思ったから聞きに来たんだー」
くん、とその子は鼻を近づけてくる。
この子は恐ろしいまでの嗅覚と聴覚の持ち主のようだ。
その鼻が怖くて、一歩後ろに引いてしまった。
「……そんなに敏感な鼻してて、辛くない?」
「仕方ないよ」
やっぱり辛いのを我慢しているらしい。彼女はへへ、と困ったように笑っている。
さぞかし生きにくいだろうに。
レティーシアはため息をついた。
「……私が嘘ついて誤魔化そうとしても、私の体温の変化とか、発汗とか、そういうところからわかりそうね」
「そんな難しいこと言われてもわからないよ」
どうやら、この子は見たままの年齢のようだ。いや、歳よりいくらか、話し方が幼いくらいに思える。
持ち前の素直さがあったため、誰かにこのことを打ち明ける前に、直接聞きに来たのだろう。
それは自分にとってはよかったのかもしれない。
つまり、ここは子供が最低限死なないように生かされる場所らしい。
雑事をしながらも余った時間で、この先どうしようかと考えるが、今のままではどうしようもないだろう。
まず、マルセルは言っていた。王宮にできるだけ早く戻ってこい、と。
しかし、今いる場所がどこか、自分はなんなのかもわからなければ、王宮を目指しようがない。
それに、気づきたくない現実なのだが、自分はどうやら子供になってしまっているらしい。
鏡のような高級品は存在せず、食器も全て木製で。ガラスも明かりもないから、夜鏡を利用して自分の顔を見ることもできないけれど、それくらいはわかる。
それに、自分が見苦しくも汚いことはとっくに気づいていた。
髪もろくに梳かしていないのか触れればごわごわしているし、服も他の子は同じものを着ているようなのに、自分だけ泥で染めたかのように薄汚れていた。
「ねえ、これって洗ってもいいのかな? 着替えってあるの?」
朝に起こしてくれた親切そうな子に、こっそりと声をかけて聞いてみた。
彼女は何を今さら聞くのだろう、というような顔をして「エルザの着替えはここにあるでしょう?」とベッドの下の物入れから出してくれた。
どうも私物は各自ベッドの下に入れているらしい。
しかし、その着替えも下着も数が少ないし、ひどく汚れている。
不潔というわけではないが、やはりこれも落ちないような汚れが染み付いているのだ。
その子は不思議そうな顔をしたまま、じっとレティ―シアを見つめてきた。
「エルザ、あなたいいの?」
「え?」
「綺麗にしてると、ひどいことされるからって、わざと泥で汚してたでしょう?」
「…………」
誰に?
ひどいことってなに?
自分を守るためにそんなことをしないといけないなんて、いったい何があったのだろう。
泥汚れは落ちにくい。繊維の中に入り込んでいる砂をどう落とそうか考えていると、部屋の入口に立っていた誰かに手招きをされた。
「エルザー、ちょっとこっちに来てー」
薄い金色の短いふわふわの髪の子は、隣の部屋の子だろうか。先ほど廊下で立たされていた時に見かけたような気がする。
10歳くらいのようだが、歳の割には背が高くみえる。
自分のことを呼んでいるのだろうと分かるので、そちらに近づいた。
「なんの用?」
わざと乱暴な言葉遣いで話しかける。
エルザと呼ばれていたこの体の元主がどのような言葉遣いをしていたかはレティーシアにはわからないが、周囲を見ればきっとこんな感じだろうと予想がついたからだ。
しかし、その目の前の彼女は小さな、小さな声でレティーシアにこういったのだ。
「ねえ、あなたはエルザじゃないでしょー? お名前はなんていうの?」
ほんわかした雰囲気を保ったまま、彼女は当たり前のように、にこにことそう尋ねてきた。
「……なんで?」
「嘘ついたり、ごまかしたりしなくていいよ? このこと言ってほしくないっていうなら、誰にもいわないからー」
あ、もしかして聞かれるのもダメだった? と今さらながら、その子は慌てている。
「……このことって?」
「外側おんなじなのに、中身だけ違う子になってるってこと?」
そのニコニコした子は、うまく説明できない、というように首を傾げている。
「……なんでそう思ったの?」
レティーシアは低い声で相手に問いかける。そう問い返したということは、彼女の言うことを認めたも同じということなのだが。
誰かに自分がエルザでないと気づかれたとしても、こんな短時間で、しかも会話も交わしていない相手が確信を持って気づくなんて、どんな能力なのだろう。
そちらへの好奇心の方が大きかった。
「んー、呼吸? いくら口調を同じにしてもね、すーはーするのとか、話し出すの息の吸い方までまったく同じにできる人っていないの。エルザの場合は外側は同じなのに、それが全然変わっちゃったの。あとね、昨日までと匂いが違うの。たぶん、考えてることが前と違うから、出てる汗がちがって、感じるにおいも違うのかなって。外側おんなじなのに、中身が違っちゃったのがなんでかなって思ったから聞きに来たんだー」
くん、とその子は鼻を近づけてくる。
この子は恐ろしいまでの嗅覚と聴覚の持ち主のようだ。
その鼻が怖くて、一歩後ろに引いてしまった。
「……そんなに敏感な鼻してて、辛くない?」
「仕方ないよ」
やっぱり辛いのを我慢しているらしい。彼女はへへ、と困ったように笑っている。
さぞかし生きにくいだろうに。
レティーシアはため息をついた。
「……私が嘘ついて誤魔化そうとしても、私の体温の変化とか、発汗とか、そういうところからわかりそうね」
「そんな難しいこと言われてもわからないよ」
どうやら、この子は見たままの年齢のようだ。いや、歳よりいくらか、話し方が幼いくらいに思える。
持ち前の素直さがあったため、誰かにこのことを打ち明ける前に、直接聞きに来たのだろう。
それは自分にとってはよかったのかもしれない。
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