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第二章 お師匠様がやってきた
プロローグ「想像と全然違う人が来た」
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聖女投稿 第二章
プロローグ
『親愛なるカズン・アルトレイ様
お元気ですか? アイシャです。
私もトオンも、とても元気で毎日やってます。』
最初の二週間ほどは良かったのだ。
カズンが作っておいてくれた、環内のアイテムボックスに保存していた出来たての料理を中心に、外の屋台からブリトーをテイクアウトしたり、パン屋でパンやサンドイッチなどを買ってきたりしていた。
だが、ついにカズンの料理も尽きて、せっかく立派な厨房があるのにいつまでも外食やテイクアウトもなんだよね、という話になった。
それこそが大きな間違いだったのだ。
その日、赤レンガの建物の古書店一階の食堂で初めて、アイシャはトオンの手料理を食べた。
「嘘でしょ……クーツ王子の婚約者だったとき食べさせられてた、ゴミや腐ったものが入ってた食事より不味いなんて……」
黒髪のオカッパヘアーの少女アイシャは、その澄んだ茶色の瞳から大粒の涙をこぼして泣いた。そしてトオンを慌てさせた。
それでもアイシャはトオンが作った料理をすべて食べた。だって恋人が作ってくれた料理だもの。
カゴに盛られたパンは問題ない。スライスされたパンは自分でバターを塗って食べるだけのものだ。これは買ってきたものだからトオンの手は入っていない。
問題はチキンスープだ。細かく切られた野菜とチキンの身はよく煮込まれている。
そう、カズンが作るものと見た目はよく似ていた。
匂いも決して悪いものではなかった。
だがその味わいは不毛。味はあるのだが何ひとつとして調和していない。
トオン本人はといえば、平気な顔をしてその不味いスープを食していた。
しかし後で確認したところ、同じ味の母親の料理で慣れているだけで、食事のときは心を無にしているだけだという。
まさに執着をなくし無我にならなければ使えない環のためのような修行を日々積んでいたということだ。多分。
アイシャの不幸は更に続く。
現状、料理を作れるのがトオンだけなので、それからふたりの食事は外食とテイクアウト中心になるかと思われた。
だが、しかし。
そんなときに限って、トオンの古書店の売上が低く、とてもとても毎食外に食べに出るというわけにはいかなくなった。
節約が必要である。
国王と王妃を辞めるとき、アイシャとトオンは共犯者となった宰相を通して、国からそれなりの金銭をぶん捕ってきている。
けれどそれは、いざというときのために取っておきたかったし、可能なら使わないまま、そのうち寄付でもしようかと考えていたものだった。
「私が……やるしかない、のね」
トオンの料理の腕は本当に壊滅的だった。
どれほど酷いかというと、市販されている、牛乳で伸ばして温めるだけの缶入りスープすらも不毛な味にしてしまう。
そういえば以前カズンがいたとき、彼が倒れた翌朝に作った缶入りスープは、自分が温めたものだったなと思い出す。
よかった。もしあのときトオンに缶入りスープを作らせていたら、弱っていたカズンにトドメを刺していたかもしれない。
そして更に一週間後。
アイシャはあの料理上手な黒髪黒目の魔術師に手紙を書いていた。
カズンが作ってくれていた料理をすべて食べ終えてから今日までの、一週間の出来事や現状についてなどの報告をまとめた上で、新たな便箋にこう書き記した。
『親愛なるカズン・アルトレイ様
お元気ですか? アイシャです。
私もトオンも、とても元気で毎日やってます。
私はもう限界です。美味しいごはんが食べたいのです。
パンにバターとジャムを塗って、牛乳やお茶といただくだけの日々にはもう耐えられそうもありません。
お願いだから戻ってきてカズンー!』
手紙は環経由でなら、すぐ相手に送ることができる。
そして返事はその日の夜に帰ってきた。
『我が友アイシャへ
残念だが僕はまだそちらに行けそうにない。
前に約束したように、料理上手な僕の師匠にカーナ王国まで来てくれるよう頼んでみよう。
世話好きで、とても愉快で素敵な人だ。
きっと、おまえもトオンも大好きになる』
そんな返事が来てから更に飯マズと侘しい食卓に耐えること、更に数日。
「カズンのお師匠様ってどんな人なんだろうね。料理上手で世話好きっていうぐらいだから女の人かな」
「ご年配のおばあちゃまっぽいわよね」
「あいつ、王族出身だっていうし、案外貴族のご令嬢が来たりして」
などとお茶を飲みながら楽しみにしていたのだが、甘い考えであった。
その日、朝から妙に外が騒がしいなあとトオンが首を傾げていると、まだ開店前の古書店の開き戸の扉をノックする音が聞こえてきた。
厨房で昨日の残りのスープを温め直していたトオンは、手を軽く拭いてからエプロン姿のまま扉へ向かった。
「はーい、何かご用で……って何ごと!?」
そこに立っていたのは、ネイビーのラインの入った、ミスリル銀の装飾付きの白い軍服姿にマントを羽織った、青銀の髪の麗しき男前だった。
年の頃は四十にはまだ早いだろうか。
長身のはずのトオンより更に背が高く、軍服の上からでもわかるほどその肉体が鍛えられているだろうことがわかる。
そして何より特徴的なのは、湖面の水色の瞳の輝きと眼力の強さだ。その瞳で見られると強い圧力すら感じるほど。
このような古い建物の古書店にいてはいけない人種が来てしまった。
「ルシウス・リーストだ。我が弟子、カズン・アルトレイの願いを受けて参上した」
「え。弟子って、まさか……」
トオンが呆然としていると、ちょうどパン屋に朝の焼きたてパンを買いに行っていたアイシャが戻ってきたところだった。
「トオン、聞いて! すごいのよ、外に豪華な馬車が5台も停まってて! ……あら、お客さま?」
そのようなわけで、トオンとアイシャにお師匠様がやってきた。
--
新たな飯テロ、開幕でございます。
前章で残ったフラグを刈り取りつつ、新たなざまぁや謎、魔力使いたちの世界をお楽しみいただければ幸い。
今章は無双チート系の最強生物がお助けキャラ枠です。
前章では駆け足ペースだったので、本章ではもう少しゆっくり丁寧にお話を進めていきたいと思います。
プロローグ
『親愛なるカズン・アルトレイ様
お元気ですか? アイシャです。
私もトオンも、とても元気で毎日やってます。』
最初の二週間ほどは良かったのだ。
カズンが作っておいてくれた、環内のアイテムボックスに保存していた出来たての料理を中心に、外の屋台からブリトーをテイクアウトしたり、パン屋でパンやサンドイッチなどを買ってきたりしていた。
だが、ついにカズンの料理も尽きて、せっかく立派な厨房があるのにいつまでも外食やテイクアウトもなんだよね、という話になった。
それこそが大きな間違いだったのだ。
その日、赤レンガの建物の古書店一階の食堂で初めて、アイシャはトオンの手料理を食べた。
「嘘でしょ……クーツ王子の婚約者だったとき食べさせられてた、ゴミや腐ったものが入ってた食事より不味いなんて……」
黒髪のオカッパヘアーの少女アイシャは、その澄んだ茶色の瞳から大粒の涙をこぼして泣いた。そしてトオンを慌てさせた。
それでもアイシャはトオンが作った料理をすべて食べた。だって恋人が作ってくれた料理だもの。
カゴに盛られたパンは問題ない。スライスされたパンは自分でバターを塗って食べるだけのものだ。これは買ってきたものだからトオンの手は入っていない。
問題はチキンスープだ。細かく切られた野菜とチキンの身はよく煮込まれている。
そう、カズンが作るものと見た目はよく似ていた。
匂いも決して悪いものではなかった。
だがその味わいは不毛。味はあるのだが何ひとつとして調和していない。
トオン本人はといえば、平気な顔をしてその不味いスープを食していた。
しかし後で確認したところ、同じ味の母親の料理で慣れているだけで、食事のときは心を無にしているだけだという。
まさに執着をなくし無我にならなければ使えない環のためのような修行を日々積んでいたということだ。多分。
アイシャの不幸は更に続く。
現状、料理を作れるのがトオンだけなので、それからふたりの食事は外食とテイクアウト中心になるかと思われた。
だが、しかし。
そんなときに限って、トオンの古書店の売上が低く、とてもとても毎食外に食べに出るというわけにはいかなくなった。
節約が必要である。
国王と王妃を辞めるとき、アイシャとトオンは共犯者となった宰相を通して、国からそれなりの金銭をぶん捕ってきている。
けれどそれは、いざというときのために取っておきたかったし、可能なら使わないまま、そのうち寄付でもしようかと考えていたものだった。
「私が……やるしかない、のね」
トオンの料理の腕は本当に壊滅的だった。
どれほど酷いかというと、市販されている、牛乳で伸ばして温めるだけの缶入りスープすらも不毛な味にしてしまう。
そういえば以前カズンがいたとき、彼が倒れた翌朝に作った缶入りスープは、自分が温めたものだったなと思い出す。
よかった。もしあのときトオンに缶入りスープを作らせていたら、弱っていたカズンにトドメを刺していたかもしれない。
そして更に一週間後。
アイシャはあの料理上手な黒髪黒目の魔術師に手紙を書いていた。
カズンが作ってくれていた料理をすべて食べ終えてから今日までの、一週間の出来事や現状についてなどの報告をまとめた上で、新たな便箋にこう書き記した。
『親愛なるカズン・アルトレイ様
お元気ですか? アイシャです。
私もトオンも、とても元気で毎日やってます。
私はもう限界です。美味しいごはんが食べたいのです。
パンにバターとジャムを塗って、牛乳やお茶といただくだけの日々にはもう耐えられそうもありません。
お願いだから戻ってきてカズンー!』
手紙は環経由でなら、すぐ相手に送ることができる。
そして返事はその日の夜に帰ってきた。
『我が友アイシャへ
残念だが僕はまだそちらに行けそうにない。
前に約束したように、料理上手な僕の師匠にカーナ王国まで来てくれるよう頼んでみよう。
世話好きで、とても愉快で素敵な人だ。
きっと、おまえもトオンも大好きになる』
そんな返事が来てから更に飯マズと侘しい食卓に耐えること、更に数日。
「カズンのお師匠様ってどんな人なんだろうね。料理上手で世話好きっていうぐらいだから女の人かな」
「ご年配のおばあちゃまっぽいわよね」
「あいつ、王族出身だっていうし、案外貴族のご令嬢が来たりして」
などとお茶を飲みながら楽しみにしていたのだが、甘い考えであった。
その日、朝から妙に外が騒がしいなあとトオンが首を傾げていると、まだ開店前の古書店の開き戸の扉をノックする音が聞こえてきた。
厨房で昨日の残りのスープを温め直していたトオンは、手を軽く拭いてからエプロン姿のまま扉へ向かった。
「はーい、何かご用で……って何ごと!?」
そこに立っていたのは、ネイビーのラインの入った、ミスリル銀の装飾付きの白い軍服姿にマントを羽織った、青銀の髪の麗しき男前だった。
年の頃は四十にはまだ早いだろうか。
長身のはずのトオンより更に背が高く、軍服の上からでもわかるほどその肉体が鍛えられているだろうことがわかる。
そして何より特徴的なのは、湖面の水色の瞳の輝きと眼力の強さだ。その瞳で見られると強い圧力すら感じるほど。
このような古い建物の古書店にいてはいけない人種が来てしまった。
「ルシウス・リーストだ。我が弟子、カズン・アルトレイの願いを受けて参上した」
「え。弟子って、まさか……」
トオンが呆然としていると、ちょうどパン屋に朝の焼きたてパンを買いに行っていたアイシャが戻ってきたところだった。
「トオン、聞いて! すごいのよ、外に豪華な馬車が5台も停まってて! ……あら、お客さま?」
そのようなわけで、トオンとアイシャにお師匠様がやってきた。
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新たな飯テロ、開幕でございます。
前章で残ったフラグを刈り取りつつ、新たなざまぁや謎、魔力使いたちの世界をお楽しみいただければ幸い。
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