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第二章 お師匠様がやってきた
今頃あいつ、計画通りって笑ってるよ
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物語の舞台は真夏の8月下旬。
アイシャとトオンが、この円環大陸西部の小国、カーナ王国の王都地下にある邪悪な古代生物を浄化してから半年後のことになる。
ともに新世代の魔力使いの扱う環なる術式の使い手となったアイシャとトオン。
その後、国王の庶子だったトオンが、亡くなったばかりのクーツ元王太子の身代わりとなって新たな国王に即位し、聖女のアイシャはその王妃として傍らに寄り添った。
紆余曲折あり、円満とは言えない形でクーツに扮するトオンが国王を退位させられ、王妃アイシャも伴侶として責任を取ると言って、一緒に王妃の称号と地位を返上してきた。
その後はふたりで、トオンが元々住んでいた、この南地区の外れにある古い赤レンガの建物の古書店まで戻ってきた。
なお、2階は安宿になっていて、4室あるうちの一室がアイシャの部屋である。
ふたりで国王と王妃となって留守にしていた間も、ご近所さんたちに連絡を入れて簡単な掃除だけは頼んであった。
お陰で、戻ってきてすぐ元通りの生活を再開できたのだから、感謝しかない。
そうして、また時々やってくる安宿のお客さんの相手をしながら、前髪長めの金髪に蛍石の薄緑色の瞳の青年トオンは、以前通り古書店の店主を。
黒髪のオカッパヘアーに澄んだ茶色の瞳の少女アイシャはその恋人として、トオンを手伝うのが日々の生活となった。
そこに、あの黒髪黒目の、どこか天然ぽくズレた格好つけをする青年がいないのは寂しいことだったが。
まだこの古い赤レンガの建物に戻ってきて3週間ほど。
数日前、あまりの自分たちの食生活のお粗末さに涙したアイシャが、自分の環を通じて料理上手だった友人のカズンに助けを求めた。
すると彼は、故郷にいる自分の料理の師匠を寄越してくれるとすぐ返事をくれた。
手紙によると、彼が自分の師匠に話を通す前に既にその人物はカーナ王国に向かっているとのことだった。
カズンの故郷アケロニア王国から、ここカーナ王国までは徒歩なら7日というところだろうか。
このカーナ王国だと、家庭では料理を作るのは一家の主婦や娘たち女性である。
そのためアイシャもトオンもてっきり、カズンが寄越してくれる「世話好きで、とても愉快で素敵な人」とは、貴族や裕福な家の乳母のようなイメージの年配女性かと思っていた。
それがまさか、この8月の暑い最中にカッチリした白い軍服に軍靴、マントまで羽織った40前の男前が来るとは思わないではないか。
しかも、ただの男前ではない。
青銀に輝く切りっぱなしのハンサムショートの髪に、白い肌。湖面の水色の瞳。滅多に見ないような麗しい美貌の男だった。
纏う軍服でわかる通り、鍛えられた肉体を持つ大人の男。そして背が高い。
トオンもこの国の平均男子より背は高いのだが、それを上回る体躯の持ち主だった。
名前は本人の名乗りによると、ルシウス・リースト。
リーストという名字には聞き覚えがある。
「リースト侯爵さん? いや、カズンの幼馴染みならもっと若いはずだから……」
「それは甥っ子だ。私は彼の父方の叔父になる」
「ああ~、そういうことでしたか」
リースト侯爵は半年前、トオンとアイシャが国王と王妃として即位するのを見届けた後、再び旅に出て行った魔術師カズンの、故郷での幼馴染みだと聞いている。
何度かカズン宛にアケロニア王国から地元の名産品だという鮭や鮭の加工品を送ってきた人物で、アイシャとトオンは「鮭の人」と呼んで、食卓を豊かにしてくれた恩人として日々感謝を捧げ崇めていた。
一度、クーツ国王に扮するトオンの即位の挨拶に、カズンの故郷アケロニア王国代表として来てくれていた人物だ。
ところが、目的だったらしいカズン本人が直前に旅立ったと聞いて、結局、アイシャやトオンとはほとんど会話も交わさず速攻で帰って行ってしまった人物でもあった。
「つまり、“鮭の人”のおじさんが、料理上手なカズンのお師匠様ってこと?」
「あいつめ、俺たちが驚くのわかってて黙ってたな、これは。今頃あいつ、計画通りって笑ってるよ」
どういうことか、と古書店フロアで小さく小首を傾げたルシウス氏に、かくかくしかじかと簡単にトオンが事情を説明した。
「ふふ、カズン様らしい無邪気な悪戯だ。可愛らしいことよ」
ちなみにカズンは故郷では王族だったので、師匠とはいえ、同じ国の貴族だった彼ルシウスは基本的には敬語で関わっていたらしい。
環を使う新世代の魔力使いたちの間に上下関係はないと聞いていたが、その辺は臨機応変のようだ。
アイシャとトオンが、この円環大陸西部の小国、カーナ王国の王都地下にある邪悪な古代生物を浄化してから半年後のことになる。
ともに新世代の魔力使いの扱う環なる術式の使い手となったアイシャとトオン。
その後、国王の庶子だったトオンが、亡くなったばかりのクーツ元王太子の身代わりとなって新たな国王に即位し、聖女のアイシャはその王妃として傍らに寄り添った。
紆余曲折あり、円満とは言えない形でクーツに扮するトオンが国王を退位させられ、王妃アイシャも伴侶として責任を取ると言って、一緒に王妃の称号と地位を返上してきた。
その後はふたりで、トオンが元々住んでいた、この南地区の外れにある古い赤レンガの建物の古書店まで戻ってきた。
なお、2階は安宿になっていて、4室あるうちの一室がアイシャの部屋である。
ふたりで国王と王妃となって留守にしていた間も、ご近所さんたちに連絡を入れて簡単な掃除だけは頼んであった。
お陰で、戻ってきてすぐ元通りの生活を再開できたのだから、感謝しかない。
そうして、また時々やってくる安宿のお客さんの相手をしながら、前髪長めの金髪に蛍石の薄緑色の瞳の青年トオンは、以前通り古書店の店主を。
黒髪のオカッパヘアーに澄んだ茶色の瞳の少女アイシャはその恋人として、トオンを手伝うのが日々の生活となった。
そこに、あの黒髪黒目の、どこか天然ぽくズレた格好つけをする青年がいないのは寂しいことだったが。
まだこの古い赤レンガの建物に戻ってきて3週間ほど。
数日前、あまりの自分たちの食生活のお粗末さに涙したアイシャが、自分の環を通じて料理上手だった友人のカズンに助けを求めた。
すると彼は、故郷にいる自分の料理の師匠を寄越してくれるとすぐ返事をくれた。
手紙によると、彼が自分の師匠に話を通す前に既にその人物はカーナ王国に向かっているとのことだった。
カズンの故郷アケロニア王国から、ここカーナ王国までは徒歩なら7日というところだろうか。
このカーナ王国だと、家庭では料理を作るのは一家の主婦や娘たち女性である。
そのためアイシャもトオンもてっきり、カズンが寄越してくれる「世話好きで、とても愉快で素敵な人」とは、貴族や裕福な家の乳母のようなイメージの年配女性かと思っていた。
それがまさか、この8月の暑い最中にカッチリした白い軍服に軍靴、マントまで羽織った40前の男前が来るとは思わないではないか。
しかも、ただの男前ではない。
青銀に輝く切りっぱなしのハンサムショートの髪に、白い肌。湖面の水色の瞳。滅多に見ないような麗しい美貌の男だった。
纏う軍服でわかる通り、鍛えられた肉体を持つ大人の男。そして背が高い。
トオンもこの国の平均男子より背は高いのだが、それを上回る体躯の持ち主だった。
名前は本人の名乗りによると、ルシウス・リースト。
リーストという名字には聞き覚えがある。
「リースト侯爵さん? いや、カズンの幼馴染みならもっと若いはずだから……」
「それは甥っ子だ。私は彼の父方の叔父になる」
「ああ~、そういうことでしたか」
リースト侯爵は半年前、トオンとアイシャが国王と王妃として即位するのを見届けた後、再び旅に出て行った魔術師カズンの、故郷での幼馴染みだと聞いている。
何度かカズン宛にアケロニア王国から地元の名産品だという鮭や鮭の加工品を送ってきた人物で、アイシャとトオンは「鮭の人」と呼んで、食卓を豊かにしてくれた恩人として日々感謝を捧げ崇めていた。
一度、クーツ国王に扮するトオンの即位の挨拶に、カズンの故郷アケロニア王国代表として来てくれていた人物だ。
ところが、目的だったらしいカズン本人が直前に旅立ったと聞いて、結局、アイシャやトオンとはほとんど会話も交わさず速攻で帰って行ってしまった人物でもあった。
「つまり、“鮭の人”のおじさんが、料理上手なカズンのお師匠様ってこと?」
「あいつめ、俺たちが驚くのわかってて黙ってたな、これは。今頃あいつ、計画通りって笑ってるよ」
どういうことか、と古書店フロアで小さく小首を傾げたルシウス氏に、かくかくしかじかと簡単にトオンが事情を説明した。
「ふふ、カズン様らしい無邪気な悪戯だ。可愛らしいことよ」
ちなみにカズンは故郷では王族だったので、師匠とはいえ、同じ国の貴族だった彼ルシウスは基本的には敬語で関わっていたらしい。
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