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第二章 お師匠様がやってきた
賎民呪法に対策はあるのか?
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フリーダヤの説明はいつも冗長なようでいて、本質を直接語るものだ。
ここまで聞くとルシウスにも色々と悟るところがあった。
「今のアイシャとトオンが安定しているのは、退位したとはいえ一度は国王と王妃になったから、ですか」
「ご名答。結果的に賎民呪法のフィールド内における最上位者になったんだ。今はある種の無敵モードだよ。今のうちにできる限り、魔力使いとして必要なことを教え込んであげておくれ」
アイシャもトオンも、赤レンガの建物に戻ってきてしばらくはトラブル続きだったようだが、現在は本人たち自身も生活も安定している。
環の使い方だけでなく、魔力使いとして必要な知識も技術も物覚えが良い。
ルシウスがいるからでもあるだろうが、アイシャもトオンも話に聞いていたほどは、今のところ鬱屈を感じさせていない。
そして、ここまで賎民呪法の話を聞いて、ルシウスは最も重要なことに気づいた。
「トオンの母親、聖女エイリーも私と同じように自動的に賎民呪法に巻き込まれていたというわけですな?」
「それはもう。カズンから聞いたけど、消滅寸前の辺りなんてほんと、意味不明な言動も多かったみたいじゃない。特に彼女は自分が作った魔導具を賎民呪法に転用されてたわけだし。悪影響は人一倍強かったと思うよ」
「……?」
そこでルシウスは何か引っかかるものを感じた。
「ちょっと待て。聖女エイリーは初代国王の妃だったのだろう? ならば賎民呪法の影響内では上位者のはず」
なのに、なぜ500年も迷走を続ける羽目に陥ったのか?
フリーダヤは良いところに気がついた、とニンマリと笑った。
「カーナ王家にとって、彼女は王族ではないんじゃない? 確か500年前の時点で離縁されて臣下に下げ渡されたんだっけ?」
「しかし、一度でも王妃となった者ですよ? 離縁されたからといって格が落ちるはずがない」
「その辺のことは私にもわからないけど。調査してみたら?」
軽く丸投げされて、ルシウスは眩暈がしそうだった。
そんなにあっさり振られても。
「……このままでは、カーナ王国に戻ったら私はまた賎民呪法の影響を受けてしまう。どう対処したら良いのでしょうか?」
また酒を飲んでバタンキューするダメなオッサン化してしまう。
ちなみに酒を断つつもりは今のところない。酒は人生の潤いである。
その質問に、フリーダヤは髪と同じ薄緑色の目を少しの間だけ閉じて考え込んだ。
人差し指で軽く自分のこめかみを叩いている。
頭部のそのあたりに、目立たないぐらいの光量で薄っすら細い環が浮かんでいる。
正確には、指先は環に触れてそこから情報を導き出しているようだ。
「……いくつか、やりようはある。私やロータスみたいに、特定の国や団体に所属しないことが円環大陸全土で周知されてる者は、人々の意識の力がバリアになるから影響はないね」
実際、以前このフリーダヤはカーナ王国王都のトオンの古書店までふらっと訪れてルシウスと少し話をして帰って行ったことがある。
そのときは、特に何か異常が出ている様子はなかった。
「ビクトリノもたまにカーナ王国に行くけど、あの子は“教会本部の大司祭”って社会的に強固な立場があるからねえ」
「………………」
「君はアケロニア王国の貴族としてカーナ王国に行ったわけじゃないから、現地の現役の王侯貴族たちから貴族と認識されてない」
その辺はルシウスにも自覚があった。
「むう。今からでもカーナ王国の社交界に顔でも出せと?」
「それでもいいけど、単純に環を出したまま生活してたらいいんじゃないの? まあ君の場合、元々持ってる魔力が多くて強いから、環も輝いてて目立つだろうけど」
ルシウスは環使いとして本能タイプなせいで、細かな魔力操作には向いていない。
フリーダヤは知性タイプで、こうして自分の環の光の強弱や細さ太さを臨機応変に変えるような操作はお手のものだ。
あとは、と視線を斜め上に上げながらフリーダヤはまた少し考えた。
「お貴族様の君のほうが詳しいだろ。服装を整えることだね」
特に王侯貴族や神職の装束は、身にまとう本人の役割を固定する呪具がルーツだ。
だからこそ、武器になる。
「あの建物で暮らす限り、庶民の分を超える服装は難しいかと。環を出し続けるやり方で行きます」
「うん。良い選択だ」
宿屋に滞在している物好きな貴族の立場を押し通してもよかった。
だが、それだとあの古書店で暮らしている家主のトオンと恋人のアイシャに負担と迷惑をかけることになる。
というわけで、ルシウスにはまた余計な課題が増えてしまった。
ここまで聞くとルシウスにも色々と悟るところがあった。
「今のアイシャとトオンが安定しているのは、退位したとはいえ一度は国王と王妃になったから、ですか」
「ご名答。結果的に賎民呪法のフィールド内における最上位者になったんだ。今はある種の無敵モードだよ。今のうちにできる限り、魔力使いとして必要なことを教え込んであげておくれ」
アイシャもトオンも、赤レンガの建物に戻ってきてしばらくはトラブル続きだったようだが、現在は本人たち自身も生活も安定している。
環の使い方だけでなく、魔力使いとして必要な知識も技術も物覚えが良い。
ルシウスがいるからでもあるだろうが、アイシャもトオンも話に聞いていたほどは、今のところ鬱屈を感じさせていない。
そして、ここまで賎民呪法の話を聞いて、ルシウスは最も重要なことに気づいた。
「トオンの母親、聖女エイリーも私と同じように自動的に賎民呪法に巻き込まれていたというわけですな?」
「それはもう。カズンから聞いたけど、消滅寸前の辺りなんてほんと、意味不明な言動も多かったみたいじゃない。特に彼女は自分が作った魔導具を賎民呪法に転用されてたわけだし。悪影響は人一倍強かったと思うよ」
「……?」
そこでルシウスは何か引っかかるものを感じた。
「ちょっと待て。聖女エイリーは初代国王の妃だったのだろう? ならば賎民呪法の影響内では上位者のはず」
なのに、なぜ500年も迷走を続ける羽目に陥ったのか?
フリーダヤは良いところに気がついた、とニンマリと笑った。
「カーナ王家にとって、彼女は王族ではないんじゃない? 確か500年前の時点で離縁されて臣下に下げ渡されたんだっけ?」
「しかし、一度でも王妃となった者ですよ? 離縁されたからといって格が落ちるはずがない」
「その辺のことは私にもわからないけど。調査してみたら?」
軽く丸投げされて、ルシウスは眩暈がしそうだった。
そんなにあっさり振られても。
「……このままでは、カーナ王国に戻ったら私はまた賎民呪法の影響を受けてしまう。どう対処したら良いのでしょうか?」
また酒を飲んでバタンキューするダメなオッサン化してしまう。
ちなみに酒を断つつもりは今のところない。酒は人生の潤いである。
その質問に、フリーダヤは髪と同じ薄緑色の目を少しの間だけ閉じて考え込んだ。
人差し指で軽く自分のこめかみを叩いている。
頭部のそのあたりに、目立たないぐらいの光量で薄っすら細い環が浮かんでいる。
正確には、指先は環に触れてそこから情報を導き出しているようだ。
「……いくつか、やりようはある。私やロータスみたいに、特定の国や団体に所属しないことが円環大陸全土で周知されてる者は、人々の意識の力がバリアになるから影響はないね」
実際、以前このフリーダヤはカーナ王国王都のトオンの古書店までふらっと訪れてルシウスと少し話をして帰って行ったことがある。
そのときは、特に何か異常が出ている様子はなかった。
「ビクトリノもたまにカーナ王国に行くけど、あの子は“教会本部の大司祭”って社会的に強固な立場があるからねえ」
「………………」
「君はアケロニア王国の貴族としてカーナ王国に行ったわけじゃないから、現地の現役の王侯貴族たちから貴族と認識されてない」
その辺はルシウスにも自覚があった。
「むう。今からでもカーナ王国の社交界に顔でも出せと?」
「それでもいいけど、単純に環を出したまま生活してたらいいんじゃないの? まあ君の場合、元々持ってる魔力が多くて強いから、環も輝いてて目立つだろうけど」
ルシウスは環使いとして本能タイプなせいで、細かな魔力操作には向いていない。
フリーダヤは知性タイプで、こうして自分の環の光の強弱や細さ太さを臨機応変に変えるような操作はお手のものだ。
あとは、と視線を斜め上に上げながらフリーダヤはまた少し考えた。
「お貴族様の君のほうが詳しいだろ。服装を整えることだね」
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だからこそ、武器になる。
「あの建物で暮らす限り、庶民の分を超える服装は難しいかと。環を出し続けるやり方で行きます」
「うん。良い選択だ」
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