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第五章 鮭の人無双~環《リンク》覚醒ハイ進行中
強火ルシウス信奉者、改め準聖者
しおりを挟むここで改めてオネスト神官をルシウスが紹介し直した。
「今の白い魔力はオネスト君の〝祝福〟スキルだ」
「え、祝福って」
「ああ。彼は聖なる魔力の持ち主だ」
「ということは聖者ですか!?」
トオンが身を乗り出してきた。今、この国には聖女アイシャ、聖者ルシウス、それに歌聖ピアディの三人の聖なる魔力持ちが常駐している。さらに一人増えるとなると、これはとんでもない話だ。
「いいえ。残念ながら私は聖者になりきれなかった〝準聖者〟です」
「準聖者って」
「私は幼い頃から実家での虐待があって、どうも心が壊れてしまったようなのです。学生時代にルシウス様と出会ってそのご威光の恩恵でなんとか生きながらえておりますが……」
そこからオネストは簡単にルシウスとの学生時代の出会いを話した。
誤解があって実家の宰相家で幼い頃から周囲の虐待を受けていた彼は、学園に進学後出会ったルシウスの助けで不幸な境遇から抜け出すことができた。
だが生まれた頃からずっと過酷な環境を強いられたせいで、身体も発育不良で小さく、視力も失明スレスレに低かったという。
「身体はその後このように大きく育ちましたが、視力は戻りませんでした。ルシウス様のご実家に協力いただいて、魔法樹脂製のレンズ眼鏡をかけてようやく人並みですね」
「その、〝心が壊れた〟というのは?」
遠慮がちに訊ねるアイシャに、オネストはうっそりと微笑んだ。
「言葉の通りです。人らしい感情や頭の働きが壊れてしまっていて、廃人寸前でした。でも学園で三年間担任でお世話になった先生がとても献身的な方で、ルシウス様や級友たちの助けもあって一から〝人間らしさ〟をプログラミングし直したのです」
「本当に大変だった……オネスト君は血筋の影響で呪詛が使えたから、放置していると何をやらかすかわからない。倫理道徳から始まって常識を本当に一から学び直したんだ。それに私やクラスメイトたち全員で付き合って、気づいたら彼は準聖者に覚醒していた」
「経緯はわかりましたけど、でも準とはいえ聖者ってそんなに簡単になれるものなんですか?」
トオンは懐疑的だ。母親も彼女も聖女の彼にとっては違和感のある話だった。
「簡単な話ですよ、トオンさん。私はルシウス様に救われて、ルシウス様の信奉者になったのです。学園時代はルシウス様ファンクラブを設立し、クラスも同じでしたからずーっとこの方のお側におりました」
「取り巻きみたいになってたよな。友人なのに自分から下僕になろうとするんだ、本当にオネスト君ときたら……」
当時を思い出してルシウスはげんなりしている。
「ルシウス様は青く輝く聖なる魔力を常に帯びておられましたから。お側に侍ることで私もその恩恵を受けられたのです」
「なるほど、ルシウスさんの聖なる魔力がオネストさんを回復させて、さらにご自分も聖なる魔力を帯びるようになったんですね」
「ご名答です、アイシャ様。最初は本当に小さな魔力でしたが、少しずつ少しずつ丁寧に育てていってこの通り。――ああ、ルシウス様、尊い、素晴らしい、ルシウス様とルシウス様を支える世界のすべてに感謝と祝福を!」
両手をかたく握り締めてオネストが祈ると、再び彼から白い魔力が吹き出してきた。
二度目ならアイシャももう驚きはしなかった。よくよく感じてみればオネストの魔力はとても穏やかで心地よい、清浄さそのものだ。――一片の邪心もない。
「ルシウス様への感謝と信仰が拡大解釈された結果、世界のありとあらゆるものがルシウス様と同等に見えてしまっているのだよな……」
「ふふ。叔父様すごいモテモテ」
カズンと鮭の人が補足してきたが、よく聞くとすごいコメントだ。
「残念ながら自分の意思では祝福をコントロールできず、垂れ流しですが……ええ、だってルシウス様を讃えずにいることなど私には不可能なので」
「この通り、私に関してのみ頭にお花が咲いている状態だが、とても真面目で信用できる男だ。神殿の神官だから悩みごと相談も乗ってくれるし、遠慮なく頼ってやってくれ」
「え。それだとオネストさんって普段どうやって生活してるんです?」
トオンの疑問はもっともだった。
普通に過ごしていてもルシウスへの信仰を思うだけで自分から祝福が吹き出してしまうのは、日常生活では不都合も多そうではないか。
「仕方ないから環に覚醒させて、オンオフのスイッチにさせた。当時、アケロニア王国に魔術師フリーダヤが訪れていたゆえ、奴にやらせてな」
「環!?」
これにはカズンとユーグレンも驚いていた。
だとするとオネスト神官も同じ環ファミリーのルシウスと同世代ということになる。
「オネスト君の場合、素面だと祝福垂れ流しだから、環発現時が日常生活モードになる。ふつうの環使いとは真逆の作用だがな」
「オネストさんの環は」
皆の視線が集まる中、ニコッと笑ってオネストは聖衣の前を開いた。
中は肌着代わりの白いノースリーブのシャツだ。胸回りに白く輝く環が胴体スレスレに発現していた。
「分類は本能タイプだ。普段はアケロニアの女王の配下として呪術を使い王族を守っている。今回は次期国王のユーグレン様の護衛だな」
「環使いとしては?」
「祝福の準聖者として、見ての通り神殿神官だ。通常なら神殿神官は政治と関わってはならぬと決められているのだが、オネスト君は元々がアケロニア王国の前宰相の息子で現宰相の弟だからな……」
政治的に非常に微妙な立ち位置にあるようだ。
「最初は揉めたが、結局、女王陛下と神殿側が話し合った結果、聖俗両方にそれぞれ片足を突っ込んだ在家神官という珍しい地位にある」
「アイシャ様、魔力がこれで八割がた回復したはずです。調子は如何ですか?」
「気力の回復を感じます。すごく久し振りの感覚がします」
両手を何度も開いたり閉じたりして身体の感覚を確かめ、目を軽く瞑って自分の内側の感覚も確かめた。
――充実を感じる。
「子供の頃は、何か欲しいと思ったらすぐ手に入る子だったの。今思えば、あれは魔力が強くて多かったから引き寄せてたのね」
思い返してみると、物事を引き寄せる力がなくなったのは、当時の王都に来てクーツ王太子の婚約者となってからだ。
特に、聖女として教会での修行を終えて、王城に居住するようになってから。――アイシャにとって最も辛かった数年間のことだ。
「オネストさん。ルシウスさんのファンクラブ会長なら会報をいただけます? 総集編があればぜひ。お師匠様なの、ぜひお願いしたいわ」
「ええ、喜んで。ちょうど布教用に持ち歩いておりました」
環から取り出された会報は、ずしっとテーブルに置かれた。
「ぐぬう……私が作ったヨシュアファンクラブ会報総集編より分厚いではないか……」
ユーグレンが悔しそうだ。こちらは鮭の人ファンクラブの会長である。
「おいくら?」
「差し上げます。その代わり」
「ルシウスさん情報と引き換えね。わかりました。今度ゆっくりお茶でも飲みましょう」
「ぜひとも!」
オネストはユーグレンの護衛でいるうちは、ユーグレンがアケロニア王国に帰国するまではカーナ神国の神殿で滞在しているそうだ。
近いうちの再会を約束してその場はお開きとなった。
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