実話怪談集『境界』

烏目浩輔

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白い影

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 これは二十代後半の女性、宮田さんのだんである。

 その日は町内会主催が主催する一泊二日の旅行があった。宮田さんの両親はそれに参加しており、家にいたのは宮田さんと、ふたつ年下の妹のN美さんだけだった。

 夜のことだったという。
 二階に自室がある宮田さんは、夜の一時頃にベッドに入った。子供のように寝つきがいい宮田さんは、五分もしないうちに眠りこんだ。しかし、普段は朝までぐっすりだというのに、なぜかその日は深夜にふと目が覚めた。

 すると、ベッドのすぐ横に白い影のようなものが立っていた。立っているという印象を持ったのは、影が人の形をしていたからだ。
 宮田さんは半分寝ぼけた頭で思った。
(……女の人?)
 影の形はどことなく女性をイメージさせるものだった。
 しばらく突っ立っているだけだった影が、ゆっくりと上半分を折り曲げて、宮田さんの顔のあたりに近づいてきた。影が人間だとすれば、上半身を曲げて、宮田さんの顔を覗きこんでいるような状態だ。

 ここで宮田さんはようやく完全に目が覚めた。目が覚めたと同時に強い恐怖を感じた。顔をじっと覗きこんでくる白い影は、どう考えてもこの世のものではない。

 飛び起きて逃げだしたかったが、動くのも怖くて身が竦んだ。宮田さんは影を見据えたまま心の中で念仏を唱えた。
(ナムアミダブツ、ナムアミダブツ、ナムアミダブツ――)
 何年か前に観たテレビの心霊番組で、霊的なものに遭遇した場合、念仏がそこそこ有効なのだと紹介されていた。だが、いくら念仏を唱えても白い影は消えてくれず、宮田さんの顔を覗き込こむような状態でそこに居続けた。

 それでもできることは念仏だけだ。
(ナムアミダブツ、ナムアミダブツ、ナムアミダブツ――)
 宮田さんが必死で唱え続けていると、白い影の顔にあたる部分がゆっくりと波打った。
 直後に声らしきものが聞こえた。
「た…………し……」

 短い間のあと、また影の顔がゆっくり波打ち、再び声らしきものが聞こえた。
「…………か……し」
 その声は途切れ途切れで、非常に聞き取りにくかった。
「た……か…………き」
 それでも宮田さんはなんとか影の言葉を聞き取った。
 並べるとこうだった。

『た か し き た』

 もしかして『タカシ、来た?』だろうか。
 だとすればこの部屋にタカシなんて人はきていない。宮田さんは恐怖に駆られながらも首を横に振った。

 すると、白い影は上半身を起こして、すうっと後ろへさがった。そのまま壁の中に吸いこまれるようにして消えていく。
 しかし、影が消えても恐怖はまだ残り続けていた。さっきの白い影が戻ってきたりしないかと、宮田さんは息を殺して壁を見つめ続けた。

 だが、影は戻ってこず、安心しかけたとき、いきなり部屋のドアが勢いよく開いた。宮田さんは驚いて悲鳴をあげそうになったが、声をあげるすんでのところで気がついた。
 ドアを開けたのは妹のN美さんだった。

 宮田さんが白い影に遭遇していた頃、実はN美さんも異常な体験をしていた。
 N美さんの自室も二階にあり、宮田さんの部屋と隣り合っている。自室で眠っていたN美さんは、なぜか深夜にふっと目が覚めた。
 すると、部屋の隅に白い影のようなものがぼんやりと見えた。四、五歳ほどの幼い子供が膝を抱えて座っている。そのような印象だったという。

 N美さんはそれが異常なものだとすぐに理解した。怖くて影を見据えたまま固まっていると、どこからともなくもうひとつ白い影が現れた。ふたつめのその影は子供の影と比べて、倍ほどの大きさがあったという。
 しばらくのあいだふたつの影はそこに留まっていたが、やがてふたつとも壁に吸いこまれるようにして消えた。
 影が消えても怖くて怖くて仕方なかったN美さんは、ベッドから飛び起きて、姉の宮田さんがいる隣の部屋に逃げるように駆けこんだのだった。

 N美さんの部屋のほうに現れた白い影は、きっとタカシという子供だったのだろう。宮田さんの部屋のほうに現れたのは、そのタカシを探していた母親だったに違いない。そして、母親はN美さんの部屋でタカシを見つけて連れ帰った。
 宮田さんとN美さんはそのように考えている。

     了

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