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父の従者は幼馴染
父の従者は幼馴染②
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外が雨という事もあり、カフェへと場所を移し、三人は個室のテーブルを囲う。
「それだけの為にお父様が貴方の様な有能な従者を派遣すると思えないわ。今ブラウベルク帝国とハーターシュタイン公国は戦争状態だというのに」
ジルの問いかけに、イグナーツは切なげに微笑んだ。
「グレート・ウーズ王国でお嬢様に再会して、幼少期に貴女と過ごした日々を思い出したんです。やはり、私がお仕えしたいのはジル様だと再認識できまして……」
「よく言う……。ジル様が大公に引き渡される時阻止しなかったくせに」
マルゴットはジルの代わりにイグナーツを咎める。
職務に忠実なのはいいが、一言温かな言葉が欲しかったと思うのは、過去の優しかった彼の記憶があるからだ。
「阻止しようと思ったんですが、その前に私気付いてしまったんです……。『寝取られ』もありだなって。だから止めなかったんです」
「はぃ……?」
頬を赤らめ胸を抑える美青年は、傍から見れば絵になるのだろう。だが、どういうわけかジルには寒々しく見える。
(寝取られって何かしら…。どうしよう……。気持ちが悪い……)
いつのまにか手に負えない生き物へと進化してしまったイグナーツ。マルゴットを見遣れば、彼女は遠い目をしている。新種の生物へ戸惑いを感じているのかもしれない。
「正直大公は期待外れでしたが、風の噂によるとお嬢様は帝国の皇太子に気に入られているとか……。全力でお仕えした上で、私ごときでは太刀打ち出来ないお方にお嬢様を奪わせて、心をズタボロにされたい……。想像しただけで……ゾクゾクしてきました」
「あの……落ち着いて」
この男、意外にもM気質のようだ。しかも恥ずかしげもなく面と向かって性癖を暴露されるという、想像もしていなかった展開。逃げ出したくなってしまう。
しかし、幾ら気持ちが悪くてもちゃんと用事を足させなければならない。
ジルはしょうがなく彼の言葉のうちヤバイ部分を全て流す事にして、普通の人に対するように話しかけた。
「つまり、貴方は私に仕える為に、わざわざ国籍を用意してこの国に来たという事なのね?」
「ええ、そうです。国籍は買おうと思えば裏で取引されてるものですからね。公爵様も私の思いを酌んで快く送り出してくださいました。そしてこれを貴女にと」
イグナーツはアタッシュケースの中から一枚の書類を取り出した。彼はジルが文字を読みやすい様に紙を回し、差し出す。
「これは……」
文章の下の空欄に心当たりのない人物の署名があり、ジルは首を傾げる。
「よく目を通して下さい」
紙には『山羊の角物産』という会社名が綴られ、株券という文字もある。
「何故お父様が私にこんな物を? 株券というのは、会社への出資者が所有するものよね?」
「株式は出資した事に対する証明ですが、権利ごと他人に譲渡可能なのです。公爵様は、ブラウベルク帝国とハーターシュタイン公国が友好関係にあった時、帝国内に『山羊の角物産』を作ったのですが、同盟解消の際、グレートウーズ王国にペーパーカンパニーを作り、『山羊の角物産』をその子会社としたんです」
ジルはあまり経営学を学んでいないので、イグナーツの話を頭の中で整理するのに時間がかかった。
つまり父は戦争の影響を恐れてグレート・ウーズ王国に名ばかりで活動実態の無い会社を作り、そこに「山羊の角物産」の株式を一度もたせ、オーナーとした。そして次はそのペーパーカンパニーからジルに「山羊の角物産」のオーナーを代えようとしている様だ。何とも胡散臭い話である。
「それは、帝国と公国が戦争中に限っての事なのかしら?」
「いえ。会社が存続する限りずっとだそうです。勿論ジル様が他の方に株式を譲るという事もありですよ」
そんな事をサラッと言われても困ってしまう。ジルは植物学を学び、専門性を磨きたいのだ。会社一つ任されて経営に手一杯になったら、大学院にも通えなくなりそうだ。
ジルの困惑を読み取ったのか、イグナーツは優しく笑った。
「ご心配には及びません。会社の事は私に任せてください。必ずこの国で成長させますから。ジル様はオーナーとしてどんと構え、配当利益を受け取ったらいいのです」
「う~ん……。何か裏が有りそうな気がするのよね」
「公爵様からの厚意とお受け取りください。他国に住むお嬢様に豊かな生活を送らせようとお考えなのです」
本当にそれだけなのかと考え込んでしまいそうになるが、会社の事業等から不審な所がないか自分で判断しようと、ジルは取りあえず株券を受け取った。
「取りあえず受け取っておくわ。でも、後日でいいから、この会社について詳細な内容が分かる様にまとめてもらえるかしら? 良く分からない物を押し付けられて、後々この国で逮捕されたら困るのよ」
「勿論そのつもりでございます」
「ジル様、私ものばらの会でその会社の評判を聞いてみます。問題無かったら、商売がうまく行くように、おじさん達に宣伝しておきます」
イグナーツはともかく、マルゴットも父のプレゼントに対して少し嬉しそうにしている。
彼女なりに自分達が暮らしていく上での資金面に悩んでいたのかもしれない。
一応ジルは大学院を出たら、研究職に就いて、生活費を稼ごうと思っていたのだが、それだと厳しいのだろうか?
お金に対してややルーズな考えでいた事にジルは少し反省した。
「公国は現在混乱が続いております。テオドール大公が一か月前廃人の様なお姿で発見され、大公の親族から代理の方を選ぼうとしていた矢先に帝国から戦争を仕掛けられましたので……」
イグナーツの話を聞き、ジルは後ろめたい様な気持ちになる。というのも、先月大公と騒動を起こしたのはジル達だからだ。
あんな男でも一国の指導者。居なくなれば国が乱れてしまうのだ。
「お母様とお父様は?」
「ご夫人は既にグレートウーズ王国へと渡っております。公爵様は爵位を返還し、向うで商人としてやっていく予定でございましす」
「そうなの……。思い出の地が国に返還されてしまうのは少し寂しいけれど、二人の無事なら何だっていいわ」
「それだけの為にお父様が貴方の様な有能な従者を派遣すると思えないわ。今ブラウベルク帝国とハーターシュタイン公国は戦争状態だというのに」
ジルの問いかけに、イグナーツは切なげに微笑んだ。
「グレート・ウーズ王国でお嬢様に再会して、幼少期に貴女と過ごした日々を思い出したんです。やはり、私がお仕えしたいのはジル様だと再認識できまして……」
「よく言う……。ジル様が大公に引き渡される時阻止しなかったくせに」
マルゴットはジルの代わりにイグナーツを咎める。
職務に忠実なのはいいが、一言温かな言葉が欲しかったと思うのは、過去の優しかった彼の記憶があるからだ。
「阻止しようと思ったんですが、その前に私気付いてしまったんです……。『寝取られ』もありだなって。だから止めなかったんです」
「はぃ……?」
頬を赤らめ胸を抑える美青年は、傍から見れば絵になるのだろう。だが、どういうわけかジルには寒々しく見える。
(寝取られって何かしら…。どうしよう……。気持ちが悪い……)
いつのまにか手に負えない生き物へと進化してしまったイグナーツ。マルゴットを見遣れば、彼女は遠い目をしている。新種の生物へ戸惑いを感じているのかもしれない。
「正直大公は期待外れでしたが、風の噂によるとお嬢様は帝国の皇太子に気に入られているとか……。全力でお仕えした上で、私ごときでは太刀打ち出来ないお方にお嬢様を奪わせて、心をズタボロにされたい……。想像しただけで……ゾクゾクしてきました」
「あの……落ち着いて」
この男、意外にもM気質のようだ。しかも恥ずかしげもなく面と向かって性癖を暴露されるという、想像もしていなかった展開。逃げ出したくなってしまう。
しかし、幾ら気持ちが悪くてもちゃんと用事を足させなければならない。
ジルはしょうがなく彼の言葉のうちヤバイ部分を全て流す事にして、普通の人に対するように話しかけた。
「つまり、貴方は私に仕える為に、わざわざ国籍を用意してこの国に来たという事なのね?」
「ええ、そうです。国籍は買おうと思えば裏で取引されてるものですからね。公爵様も私の思いを酌んで快く送り出してくださいました。そしてこれを貴女にと」
イグナーツはアタッシュケースの中から一枚の書類を取り出した。彼はジルが文字を読みやすい様に紙を回し、差し出す。
「これは……」
文章の下の空欄に心当たりのない人物の署名があり、ジルは首を傾げる。
「よく目を通して下さい」
紙には『山羊の角物産』という会社名が綴られ、株券という文字もある。
「何故お父様が私にこんな物を? 株券というのは、会社への出資者が所有するものよね?」
「株式は出資した事に対する証明ですが、権利ごと他人に譲渡可能なのです。公爵様は、ブラウベルク帝国とハーターシュタイン公国が友好関係にあった時、帝国内に『山羊の角物産』を作ったのですが、同盟解消の際、グレートウーズ王国にペーパーカンパニーを作り、『山羊の角物産』をその子会社としたんです」
ジルはあまり経営学を学んでいないので、イグナーツの話を頭の中で整理するのに時間がかかった。
つまり父は戦争の影響を恐れてグレート・ウーズ王国に名ばかりで活動実態の無い会社を作り、そこに「山羊の角物産」の株式を一度もたせ、オーナーとした。そして次はそのペーパーカンパニーからジルに「山羊の角物産」のオーナーを代えようとしている様だ。何とも胡散臭い話である。
「それは、帝国と公国が戦争中に限っての事なのかしら?」
「いえ。会社が存続する限りずっとだそうです。勿論ジル様が他の方に株式を譲るという事もありですよ」
そんな事をサラッと言われても困ってしまう。ジルは植物学を学び、専門性を磨きたいのだ。会社一つ任されて経営に手一杯になったら、大学院にも通えなくなりそうだ。
ジルの困惑を読み取ったのか、イグナーツは優しく笑った。
「ご心配には及びません。会社の事は私に任せてください。必ずこの国で成長させますから。ジル様はオーナーとしてどんと構え、配当利益を受け取ったらいいのです」
「う~ん……。何か裏が有りそうな気がするのよね」
「公爵様からの厚意とお受け取りください。他国に住むお嬢様に豊かな生活を送らせようとお考えなのです」
本当にそれだけなのかと考え込んでしまいそうになるが、会社の事業等から不審な所がないか自分で判断しようと、ジルは取りあえず株券を受け取った。
「取りあえず受け取っておくわ。でも、後日でいいから、この会社について詳細な内容が分かる様にまとめてもらえるかしら? 良く分からない物を押し付けられて、後々この国で逮捕されたら困るのよ」
「勿論そのつもりでございます」
「ジル様、私ものばらの会でその会社の評判を聞いてみます。問題無かったら、商売がうまく行くように、おじさん達に宣伝しておきます」
イグナーツはともかく、マルゴットも父のプレゼントに対して少し嬉しそうにしている。
彼女なりに自分達が暮らしていく上での資金面に悩んでいたのかもしれない。
一応ジルは大学院を出たら、研究職に就いて、生活費を稼ごうと思っていたのだが、それだと厳しいのだろうか?
お金に対してややルーズな考えでいた事にジルは少し反省した。
「公国は現在混乱が続いております。テオドール大公が一か月前廃人の様なお姿で発見され、大公の親族から代理の方を選ぼうとしていた矢先に帝国から戦争を仕掛けられましたので……」
イグナーツの話を聞き、ジルは後ろめたい様な気持ちになる。というのも、先月大公と騒動を起こしたのはジル達だからだ。
あんな男でも一国の指導者。居なくなれば国が乱れてしまうのだ。
「お母様とお父様は?」
「ご夫人は既にグレートウーズ王国へと渡っております。公爵様は爵位を返還し、向うで商人としてやっていく予定でございましす」
「そうなの……。思い出の地が国に返還されてしまうのは少し寂しいけれど、二人の無事なら何だっていいわ」
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