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選択の時
選択の時⑥
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「私に商売女の真似事をしろと?」
ウィローは真剣な眼差しでアジ・ダハーカを見つめる。
貴族の娘である彼女にとって、この黒猫の提案は歓迎出来る内容ではないはずだ。しかし、何故だか彼女の緑色の瞳は強く輝く。
「そうだ。別人に成りすましたらお主の名誉には傷が付かぬから、自由に振る舞えるはず。悪人を陥れる事が容易になるだろう」
「アジさん。そんな風に悪事を唆す事を言っては駄目ですよっ!」
「ステラはこの娘が不幸になるのを黙って見てられるのか?」
「それはキツイですけど……」
「なら協力してやれ」
「彼女のやる気次第ですっ! ウィローさんは当然やりませんよね?」
ステラの質問に、彼女は頷くどころかハッキリ「やる」と答えてしまった。
予想外過ぎる回答に、ステラは震えるしかない。
「フレディを誘惑して惚れさせ、高価な物を強請りまくって散財させてやる。大金が動くなら、奴がどこから金を調達しているのか分かりやすい気がする」
もうウィローは人生に絶望する者の顔をしていなかった。
人間一人を地獄に落とす計画を心から楽しむかのような、悪魔染みた笑みを浮かべている。
「シスターステラ。私の為に香水を調香して! 嫌になる程甘い香りをお願い」
「くぅ……、分かりましたよ」
修道女としてはこの計画を止めるべきなのだろうが、彼女の気持ちを考えると、承諾するしかないのだった。
◇◇◇
夕食を共にとってからウィローは迎えの馬車で帰って行った。彼女を見送った後、ステラは邸宅の最上階の廊下をトボトボと歩く。
今向かっているのは、あまり会いたくない人物の執務室。
だが、アジ・ダハーカとウィローの作戦を成功させる為には、王城の各部署にコネがある人の協力が不可欠なので、彼を味方に引き入れておく必要がある。
立派な扉に辿り着き、大きく息を吸ってから、猛獣型のドアノッカーをコンコンと打ち鳴らす。
やや暫くしてから顔を出したのは、初めて会う男性で、ステラを驚いた様に見下ろした。
「新入りのメイドさんかな? 迷子?」
「いえ、あの……。夜分にすいません。フラーゼ侯爵と……話したくて」
小さな声でゴニョゴニョと呟くと、室内から第三者の足音が聞こえた。こちらに近付いて来て、扉を大きく開け放つ。
「あれ? ステラじゃないか。君にプレゼントを買って来たから、ちょうど今から行こうと思ってたんだ。入って入って!」
出て来たのはジョシュアだった。シャツ一枚にスラックス姿で、完全にくつろぎスタイルになっている。彼はもう一人の男性に出て行くように命じ、ステラの腕を引く。
部屋の中は艶やかな木材の家具でまとめられていて、ジョシュアの年齢の割には落ち着いた内装だ。
先代の侯爵の趣味なのかもしれない。
「今の男はオレの従者だよ。ステラはそこのソファに座ってて。今プレゼントを持ってくるから」
「……プレゼント?」
何を持って来る気なのだろうか。嫌な予感がするのは気のせいと思いたい。
ふかふかのソファの端に腰を下ろし、部屋の中をグルリと見回す。明るさが足りず、妙に居心地が悪く感じる。
(やっぱり明日の朝に来ればよかったな。非常識だった)
反省しながら服の皺を伸ばしていると、続きの間からジョシュアが戻って来た。
何故かその腕には赤い薔薇の花束が抱えられている。
「薔薇……」
「帰り道に売られていたからついつい買って来ちゃった。ステラに似合いそうだなーって思ってさ」
毒々しいまでに美しい、ビロードの花弁。
蠱惑的なその香りは、深い夜を感じさせ、優し気な顔立ちの少年が持つには、少し不似合いだ。
(赤い薔薇の花言葉って、たしかちょっと変だった気が……)
背中に変な汗を掻きながら、彼の紅色に見える瞳から目を反らす。
すると、その頬が少しばかり痛々しい事になっているのに気が付いた。
「ほっぺが腫れています。どうかしましたか?」
「あぁ、ちょっとね。さっき思い切り殴られちゃったんだ。暴力を振るう女だと思ってなかったから、油断した」
「女性に殴られたんですか」
「たぶんもう何発か食らうかなー」
「……」
赤い薔薇の花束と、赤く腫れた頬。
これは、何らかの事件が絡んでいるに違いない。以前読んだ推理小説にもそう書いてあった。
ステラは両の手の平を背中に隠して首を振る。不吉な感じのする物は、貰いたくない。
「薔薇は要りません。巻き込まないで下さい」
「君の為に買って来たんだけど」
「いえ、ちょっと……迷惑ですので……」
「分かったよ! 後で君の部屋に投げ込んでおくからね」
「ヒッ!?」
頑なに受け取らないでいると、ジョシュアは肩を竦め、プンプン匂う花束をテーブルの上に置いた。
「君にはまだ早い代物なのか。あーあ」
「受け取る理由がないから、警戒して当然ですよ」
「別の手を考えるか。で、ステラは何の話をしに来たの?」
微妙に気になる事を言いつつ、彼はステラの隣に座る。
この男の予想外の行動と薔薇の香りの所為で頭の中が汚染されかけていたが、用事が有ってこの部屋に来た以上、シッカリしなければ……。
「……フラーゼ侯爵は、王城の財務官や外交官とどのくらい関わりがありますか?」
「財務官や外交官? 変な質問だな。ちょっと前まで通っていたパブリックスクールのOBの中に、数名働いている人がいたはず。連絡もとれるけど、何でそんな事聞きたい?」
「えーと、それは――――――」
ステラが先程話し合った事を全て伝えると、彼は腹を抱えて笑った。
「アハハ! 何をしてるかと思えば、すっごい面白い事企んでるんだね! いけ好かない男を地獄に落としてやるわけだ? いいよいいよ。協力してあげる」
ウィローは真剣な眼差しでアジ・ダハーカを見つめる。
貴族の娘である彼女にとって、この黒猫の提案は歓迎出来る内容ではないはずだ。しかし、何故だか彼女の緑色の瞳は強く輝く。
「そうだ。別人に成りすましたらお主の名誉には傷が付かぬから、自由に振る舞えるはず。悪人を陥れる事が容易になるだろう」
「アジさん。そんな風に悪事を唆す事を言っては駄目ですよっ!」
「ステラはこの娘が不幸になるのを黙って見てられるのか?」
「それはキツイですけど……」
「なら協力してやれ」
「彼女のやる気次第ですっ! ウィローさんは当然やりませんよね?」
ステラの質問に、彼女は頷くどころかハッキリ「やる」と答えてしまった。
予想外過ぎる回答に、ステラは震えるしかない。
「フレディを誘惑して惚れさせ、高価な物を強請りまくって散財させてやる。大金が動くなら、奴がどこから金を調達しているのか分かりやすい気がする」
もうウィローは人生に絶望する者の顔をしていなかった。
人間一人を地獄に落とす計画を心から楽しむかのような、悪魔染みた笑みを浮かべている。
「シスターステラ。私の為に香水を調香して! 嫌になる程甘い香りをお願い」
「くぅ……、分かりましたよ」
修道女としてはこの計画を止めるべきなのだろうが、彼女の気持ちを考えると、承諾するしかないのだった。
◇◇◇
夕食を共にとってからウィローは迎えの馬車で帰って行った。彼女を見送った後、ステラは邸宅の最上階の廊下をトボトボと歩く。
今向かっているのは、あまり会いたくない人物の執務室。
だが、アジ・ダハーカとウィローの作戦を成功させる為には、王城の各部署にコネがある人の協力が不可欠なので、彼を味方に引き入れておく必要がある。
立派な扉に辿り着き、大きく息を吸ってから、猛獣型のドアノッカーをコンコンと打ち鳴らす。
やや暫くしてから顔を出したのは、初めて会う男性で、ステラを驚いた様に見下ろした。
「新入りのメイドさんかな? 迷子?」
「いえ、あの……。夜分にすいません。フラーゼ侯爵と……話したくて」
小さな声でゴニョゴニョと呟くと、室内から第三者の足音が聞こえた。こちらに近付いて来て、扉を大きく開け放つ。
「あれ? ステラじゃないか。君にプレゼントを買って来たから、ちょうど今から行こうと思ってたんだ。入って入って!」
出て来たのはジョシュアだった。シャツ一枚にスラックス姿で、完全にくつろぎスタイルになっている。彼はもう一人の男性に出て行くように命じ、ステラの腕を引く。
部屋の中は艶やかな木材の家具でまとめられていて、ジョシュアの年齢の割には落ち着いた内装だ。
先代の侯爵の趣味なのかもしれない。
「今の男はオレの従者だよ。ステラはそこのソファに座ってて。今プレゼントを持ってくるから」
「……プレゼント?」
何を持って来る気なのだろうか。嫌な予感がするのは気のせいと思いたい。
ふかふかのソファの端に腰を下ろし、部屋の中をグルリと見回す。明るさが足りず、妙に居心地が悪く感じる。
(やっぱり明日の朝に来ればよかったな。非常識だった)
反省しながら服の皺を伸ばしていると、続きの間からジョシュアが戻って来た。
何故かその腕には赤い薔薇の花束が抱えられている。
「薔薇……」
「帰り道に売られていたからついつい買って来ちゃった。ステラに似合いそうだなーって思ってさ」
毒々しいまでに美しい、ビロードの花弁。
蠱惑的なその香りは、深い夜を感じさせ、優し気な顔立ちの少年が持つには、少し不似合いだ。
(赤い薔薇の花言葉って、たしかちょっと変だった気が……)
背中に変な汗を掻きながら、彼の紅色に見える瞳から目を反らす。
すると、その頬が少しばかり痛々しい事になっているのに気が付いた。
「ほっぺが腫れています。どうかしましたか?」
「あぁ、ちょっとね。さっき思い切り殴られちゃったんだ。暴力を振るう女だと思ってなかったから、油断した」
「女性に殴られたんですか」
「たぶんもう何発か食らうかなー」
「……」
赤い薔薇の花束と、赤く腫れた頬。
これは、何らかの事件が絡んでいるに違いない。以前読んだ推理小説にもそう書いてあった。
ステラは両の手の平を背中に隠して首を振る。不吉な感じのする物は、貰いたくない。
「薔薇は要りません。巻き込まないで下さい」
「君の為に買って来たんだけど」
「いえ、ちょっと……迷惑ですので……」
「分かったよ! 後で君の部屋に投げ込んでおくからね」
「ヒッ!?」
頑なに受け取らないでいると、ジョシュアは肩を竦め、プンプン匂う花束をテーブルの上に置いた。
「君にはまだ早い代物なのか。あーあ」
「受け取る理由がないから、警戒して当然ですよ」
「別の手を考えるか。で、ステラは何の話をしに来たの?」
微妙に気になる事を言いつつ、彼はステラの隣に座る。
この男の予想外の行動と薔薇の香りの所為で頭の中が汚染されかけていたが、用事が有ってこの部屋に来た以上、シッカリしなければ……。
「……フラーゼ侯爵は、王城の財務官や外交官とどのくらい関わりがありますか?」
「財務官や外交官? 変な質問だな。ちょっと前まで通っていたパブリックスクールのOBの中に、数名働いている人がいたはず。連絡もとれるけど、何でそんな事聞きたい?」
「えーと、それは――――――」
ステラが先程話し合った事を全て伝えると、彼は腹を抱えて笑った。
「アハハ! 何をしてるかと思えば、すっごい面白い事企んでるんだね! いけ好かない男を地獄に落としてやるわけだ? いいよいいよ。協力してあげる」
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