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甘い香りを求めて
甘い香りを求めて①
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ウィロー用の香水製作が決まった次の日、ステラは朝早くからジョシュアに連れられ、王都外れの朝市にまで足を運んでいる。
ここは、中心部で開かれるマーケットでは手に入らない様な、異国の珍しい物品が売られているらしい。歩いてみると確かに先日目にしたのとは毛色の違う物が並んでいて、見ているだけでも楽しめる。
そして、近隣諸国から行商に来た人々の多くは不思議な姿形をしていて、一時的に別の世界に飛ばされてしまったかのようである。
「欲しい物があったら何でも買ってあげるから、気軽に言ってね」
隣に歩くジョシュアがそう言い、ステラの手を握ろうとするので、自らの手をサッと後ろに引いてかわす。
「……おーい」
こんな応酬は今日これで三度目。
気配を察したら、直ぐに避けなければ捕まえられてしまうので、気を抜いてはいけない。
「そう易々と手を握りつぶせると思うなです!」
「……君ってつくづく子供だよね。どうやって距離を縮めようかと考えてると、気が遠くなってくるよ。で、何か欲しい物は?」
「今日はポピー様からいただいた報酬で材料を買うので、フラーゼ侯爵の財布には用無しですよ」
ステラがマーガレットに貰った袋を振ると、中の金貨がジャラジャラと鳴る。
前回はポピーの為のフレグランスの製作だったので、ジョシュアにお金を出してもらったが、今回は別件だ。自分の所持金から材料費を捻出しようと思っている。
金貨が入った袋をつまらなそうに見ていたジョシュアは軽くため息をついた。
「材料じゃなく、君自身の為に使いたい物とか、身に着けたい物を買ってあげたいな」
「要りません」
ピシャリと言い放ち、大きな歩幅で彼から遠ざかる。
昨日からこの調子なので、それ以前と比べて更に接し辛くなった。
彼の態度がガラリと変わったのは、出来上がった香水と関係あるのか、それとも彼の腫れた頬と関係があるのか。どちらにしても、あの機嫌を取ろうとする態度は、ステラの気持ちを動かす為なんじゃないかと思い始めている。何を望んでいるのかハッキリとはしないものの、あまり良くない事だとしか思えない。
早めに関心を無くしてもらうのが無難だろう。
他人に酷い態度をとっているのに罪悪感が無いわけではなく、憂鬱な気分のまま近くのテナントに入る。
内部は不気味な商品で溢れていた。
カエルやイモリの干物がミッチリ入った木箱や、瓶詰めされた紫色の細長い植物。大きな魚の背びれやヒレ等々、目を引くものばかりが並んでいる。
客層も個性的な人々ばかりで、誰もかれもが陰鬱な雰囲気を漂わせている。
(良い物ありそうかな? ちょっと周ってみよう)
図鑑にも載っていないくらい珍しい植物の根を嗅いで見たり、苦い液体を試飲してみたりしながら、テナントの中をうろつく。
ジョシュアの事等すっかり頭の中から消し去っている。
(うーん……。ピンとくる香りは無かったかな。他のお店を見てみたいな)
店の外に出ると、ちょうど店内に入って来た大男とぶつかった。
「わわっ!」
「前見て歩けチビ!!」
「うぅ……、ごめんなさい……」
そんなに怒鳴り散らさなくてもいいじゃないかと思うが、自分にも非が有るので、言い返せない。
急に心細く感じられ、肩を落としてトボトボと歩く。
世知辛い世の中である。
(早く良い素材見つかるといいな……)
若干嫌気が差してきたステラの目に、気になる光景が映った。
青い布で囲われたテナントに、着飾った貴婦人の集団が出入りしているのだ。
この朝市は、風変りな人々が多数なので、彼女達の姿は少し浮いている。
ステラはそのテナントの中へと入り、比較的地味な女性に話しかけた。
「ここに何か珍しい物が売られているのですか?」
「あら。修道女様もこの様な場所にいらっしゃるんですね。私は雇用主の為にバニラビーンズを買い求めに来たんですのよ」
「バニラビーンズ?」
「えぇ。お菓子を作る時に少しだけ加えると、とても素敵な香りになりますの。あそこに並んでいるのがそうですわ」
彼女が指さしたのは、棚に陳列されている瓶だ。
中には炭の様に黒く、細長い物体が入っている。
(あんな物からいい香りが? ちょっと嗅がせてもらえないかな?)
耳が尖がった店主に頼んでみると了解を貰えたので、瓶を手に取り、コルクの蓋を開ける。
フワリと香ったのは、濃厚な甘さだ。
フラーゼ家で食べたマカロンからも似た様な香がしたかもしれない。
とにかく美味しそうで、食べて見たくなる香りなのだ。
(いい香り……。ウィローさんの香水には、バニラビーンズを使ってみようかな?)
店主に値段を聞いてみると、この小瓶一つで何と金貨十枚もするらしい。
栽培が難しいため、エルフ族の様な高知能でまめな種族にしか収穫出来ず、市場には少量しか出回らないゆえに、値が跳ね上がってしまうとのことだ。
一応手持ちがちょうど金貨十枚なので払えなくはない。
しかし腰に下げた袋を手で探ってみると……。
(あれ? ない……)
持って来てきたはずの袋が無くなってしまっていた。
腰のベルトを一周探ってみても、どこにも下がっていない。
(何で!? あああ、もしかしてさっきぶつかった時!?)
ステラに「チビ」と暴言を吐いた男の顔を思い出す。たぶんその男とぶつかった時に、金貨がすられてしまった。彼は盗み目的でワザとぶつかって来たのだろう。
先程のテナントにはもうあの大男は居るとは思えない。
犯罪を犯した場所にいつまでも居座る人間はいないと、以前読んだ推理小説に書いてあったのだ。
どうしようかと、頭を抱えていると……。
「君ってほんとボンヤリさんだよね」
背後から声をかけてきたのはジョシュアだった。
ポイッと投げられた袋を受け取ると、ジャラリと音が鳴る。もしかしなくても、彼が盗人から金貨を取り返してくれたのだろう。
「……有難うございます」
「あんな風にジャラジャラと鳴らしていたら、奪ってくれと言っているようなものだよ」
大きな手に頭をワシャワシャと撫でられ、悔しくもホッとした。
ここは、中心部で開かれるマーケットでは手に入らない様な、異国の珍しい物品が売られているらしい。歩いてみると確かに先日目にしたのとは毛色の違う物が並んでいて、見ているだけでも楽しめる。
そして、近隣諸国から行商に来た人々の多くは不思議な姿形をしていて、一時的に別の世界に飛ばされてしまったかのようである。
「欲しい物があったら何でも買ってあげるから、気軽に言ってね」
隣に歩くジョシュアがそう言い、ステラの手を握ろうとするので、自らの手をサッと後ろに引いてかわす。
「……おーい」
こんな応酬は今日これで三度目。
気配を察したら、直ぐに避けなければ捕まえられてしまうので、気を抜いてはいけない。
「そう易々と手を握りつぶせると思うなです!」
「……君ってつくづく子供だよね。どうやって距離を縮めようかと考えてると、気が遠くなってくるよ。で、何か欲しい物は?」
「今日はポピー様からいただいた報酬で材料を買うので、フラーゼ侯爵の財布には用無しですよ」
ステラがマーガレットに貰った袋を振ると、中の金貨がジャラジャラと鳴る。
前回はポピーの為のフレグランスの製作だったので、ジョシュアにお金を出してもらったが、今回は別件だ。自分の所持金から材料費を捻出しようと思っている。
金貨が入った袋をつまらなそうに見ていたジョシュアは軽くため息をついた。
「材料じゃなく、君自身の為に使いたい物とか、身に着けたい物を買ってあげたいな」
「要りません」
ピシャリと言い放ち、大きな歩幅で彼から遠ざかる。
昨日からこの調子なので、それ以前と比べて更に接し辛くなった。
彼の態度がガラリと変わったのは、出来上がった香水と関係あるのか、それとも彼の腫れた頬と関係があるのか。どちらにしても、あの機嫌を取ろうとする態度は、ステラの気持ちを動かす為なんじゃないかと思い始めている。何を望んでいるのかハッキリとはしないものの、あまり良くない事だとしか思えない。
早めに関心を無くしてもらうのが無難だろう。
他人に酷い態度をとっているのに罪悪感が無いわけではなく、憂鬱な気分のまま近くのテナントに入る。
内部は不気味な商品で溢れていた。
カエルやイモリの干物がミッチリ入った木箱や、瓶詰めされた紫色の細長い植物。大きな魚の背びれやヒレ等々、目を引くものばかりが並んでいる。
客層も個性的な人々ばかりで、誰もかれもが陰鬱な雰囲気を漂わせている。
(良い物ありそうかな? ちょっと周ってみよう)
図鑑にも載っていないくらい珍しい植物の根を嗅いで見たり、苦い液体を試飲してみたりしながら、テナントの中をうろつく。
ジョシュアの事等すっかり頭の中から消し去っている。
(うーん……。ピンとくる香りは無かったかな。他のお店を見てみたいな)
店の外に出ると、ちょうど店内に入って来た大男とぶつかった。
「わわっ!」
「前見て歩けチビ!!」
「うぅ……、ごめんなさい……」
そんなに怒鳴り散らさなくてもいいじゃないかと思うが、自分にも非が有るので、言い返せない。
急に心細く感じられ、肩を落としてトボトボと歩く。
世知辛い世の中である。
(早く良い素材見つかるといいな……)
若干嫌気が差してきたステラの目に、気になる光景が映った。
青い布で囲われたテナントに、着飾った貴婦人の集団が出入りしているのだ。
この朝市は、風変りな人々が多数なので、彼女達の姿は少し浮いている。
ステラはそのテナントの中へと入り、比較的地味な女性に話しかけた。
「ここに何か珍しい物が売られているのですか?」
「あら。修道女様もこの様な場所にいらっしゃるんですね。私は雇用主の為にバニラビーンズを買い求めに来たんですのよ」
「バニラビーンズ?」
「えぇ。お菓子を作る時に少しだけ加えると、とても素敵な香りになりますの。あそこに並んでいるのがそうですわ」
彼女が指さしたのは、棚に陳列されている瓶だ。
中には炭の様に黒く、細長い物体が入っている。
(あんな物からいい香りが? ちょっと嗅がせてもらえないかな?)
耳が尖がった店主に頼んでみると了解を貰えたので、瓶を手に取り、コルクの蓋を開ける。
フワリと香ったのは、濃厚な甘さだ。
フラーゼ家で食べたマカロンからも似た様な香がしたかもしれない。
とにかく美味しそうで、食べて見たくなる香りなのだ。
(いい香り……。ウィローさんの香水には、バニラビーンズを使ってみようかな?)
店主に値段を聞いてみると、この小瓶一つで何と金貨十枚もするらしい。
栽培が難しいため、エルフ族の様な高知能でまめな種族にしか収穫出来ず、市場には少量しか出回らないゆえに、値が跳ね上がってしまうとのことだ。
一応手持ちがちょうど金貨十枚なので払えなくはない。
しかし腰に下げた袋を手で探ってみると……。
(あれ? ない……)
持って来てきたはずの袋が無くなってしまっていた。
腰のベルトを一周探ってみても、どこにも下がっていない。
(何で!? あああ、もしかしてさっきぶつかった時!?)
ステラに「チビ」と暴言を吐いた男の顔を思い出す。たぶんその男とぶつかった時に、金貨がすられてしまった。彼は盗み目的でワザとぶつかって来たのだろう。
先程のテナントにはもうあの大男は居るとは思えない。
犯罪を犯した場所にいつまでも居座る人間はいないと、以前読んだ推理小説に書いてあったのだ。
どうしようかと、頭を抱えていると……。
「君ってほんとボンヤリさんだよね」
背後から声をかけてきたのはジョシュアだった。
ポイッと投げられた袋を受け取ると、ジャラリと音が鳴る。もしかしなくても、彼が盗人から金貨を取り返してくれたのだろう。
「……有難うございます」
「あんな風にジャラジャラと鳴らしていたら、奪ってくれと言っているようなものだよ」
大きな手に頭をワシャワシャと撫でられ、悔しくもホッとした。
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