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甘い香りを求めて
甘い香りを求めて⑤(※ステラ視点)
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深夜、屋敷の者達が寝静まった頃合いに、ステラは客室を抜け出して多目的ルームに入った。
昨日の午後は、妙な噂話を聞いてしまったせいで上の空のまま過ごしたし、夕方にはまたもやジョシュアからプレゼントを貰い、動揺したりして、結局人に振り回されて終わった。
効率的に暮らさないと気が済まない性格ではないものの、ここまで無為に過ごしてしまうのはあまり良くない。
(でも、侯爵から貰ったお菓子、美味しかったかも……)
初めて食べたケーキというお菓子は、フンワリとした焼き菓子の表面にたっぷりとクリームが塗られていて、しかも瑞々しいフルーツも惜しげもなく乗せられていた。
こんなに美しく、可愛らしい食べ物が存在するのかと、ステラは驚くばかり。
使用人達の噂話から、彼に対しては更に苦手意識を感じていたものの、初めて目にするケーキのあまりの可愛らしさに負け、辞典程のサイズのソレをペロリと平らげてしまった。
見た目だけでなく、味も素晴らしく、ステラはケーキというものにすっかり魅了されてしまったのだった。
そして、そのケーキからもバニラの香りがし、何となくバニラビーンズの加工の方向性が定まった気がしている。
作業台の上の燭台に火を灯し、加工の為の準備をしていると、外から猫の鳴く声が聞こえた。
窓に目をやると、声の主はアジ・ダハーカだった。
彼は何故か大きくて平べったい荷物を背負っている。
「こんばんわ。アジさん。先程ぶりですね」
窓を開けてやると、彼はノッソリと中に入って来て、猫らしくないため息をつく。
「ふぅ……。本を儂の背からどかしてくれ」
「本? 猫、というかドラゴンは本を読むんですか?」
「違うぞ。ウィローの所に行ったら、これをお主に読んで貰いたいと、押し付けられた」
「わわ! またまたウィローさんから!? 何だろう?」
急に嬉しい気持ちになってきた。
アジ・ダハーカの背に紐で括り付けられた本を外し、燭台の下に持っていくと、タイトルが明らかになった。
「『ヤヌマ夫人と十人の愛人』?」
「社交界の花と、彼女の愛人達の物語をつづったものなのだそうだ。お主が人間夫婦がどういう関係であるかについて、悩んでいたと伝えたら、ウィローはこれが一番参考になると言っておったな。官能小説らしいが、詳しくは知らん」
「ふむふむ。そういうジャンルもあるんですね」
適当なページをペラリと捲ってみると……。
”妻の寝室に忍び込むなんて! しかも二匹も! この育ちの悪いクソ共め! 口から腸を引き摺り出してくれるわ!”
「ヒェ!?」
驚いて本を閉じる。
貴族の娘が持つ本だから、もっと耽美な内容かと思っていたのだが、そうでもないらしい。
(ウィローさん、私の悩み事についてかなり誤解してそうだな……。でも折角借りたし、頑張って読んで感想言わないと)
借り物の本は、時間がある時にでも読む事にし、バニラビーンズの加工を始める。
バニラビーンズから豆を取り出し、鞘をナイフで細かくカットする。さらに乳鉢の中で磨り潰し、粉末状にしてみた。ドラゴンの結石がそうだったように、出来るだけ細かくしたらいいだろうと思っているのだが、果たしてどうだろうか?
フラスコの中に生命の水を注ぎ、粉末状のバニラビーンズをサラサラと入れる。
通常だと二カ月間漬けなければならないが、そんなに長く待ってはいられない。
ドラゴンの結石にやったように、自分のスキルで短縮したいところだ。
『融合スキル』を弱で使用してみると、液体が一瞬で真っ黒く染まった。
「わわっ! あっけない……」
ドラゴンの結石にややてこづっただけに、バニラビーンズの手応えの無さに驚く。
これで本当にうまくいっているのだろうか?
フラスコの口を自らの鼻に近付け、匂いを嗅いでみると、一応ちゃんとバニラの香りがするものの、余計な香りが混ざっている気がした。
先程ケーキを食べていたので、理想的なバニラの香りのイメージが出来上がっているという事もあり、これではだめだだと、判断せざるをえない。
「うーん……。何か思っていたのと違う香りだなぁ」
「好ましい香りだけ抜き出して液体に溶かせないのか?」
作業台の上に寝そべるアジ・ダハーカがフラスコを見上げ、助言してくれる。
「ふーむ。バニラビーンズを構成する物全てを液体に溶かすと、駄目なんですかね。好きな香りだけ抜き出す事は出来ませんが、スキルの加減とかを変えたら、ちょっとは調整できるのかな? 色々試してみますよ」
「うむ……」
ステラはその後、『融合スキル』を微弱に使用する訓練や、バニラビーンズの切り方や磨り潰し方等をアレコレ試してみた。
今までは全力を出したら良い結果が出せる事ばかりだったので、逆側の調整は不思議な感じがしたが、求める結果の為には頑張るしかない。
空が白み始めてきた頃、漸く辿り着いたのは、バニラビーンズの鞘だけをそのまま生命の水に入れ、『融合スキル』を微弱に一秒だけ使用するという方法だった。
香りはだいぶ、菓子に使われているものに近い。
満足したステラは力尽き、またもや作業台の上に突っ伏して寝てしまったのだった。
昨日の午後は、妙な噂話を聞いてしまったせいで上の空のまま過ごしたし、夕方にはまたもやジョシュアからプレゼントを貰い、動揺したりして、結局人に振り回されて終わった。
効率的に暮らさないと気が済まない性格ではないものの、ここまで無為に過ごしてしまうのはあまり良くない。
(でも、侯爵から貰ったお菓子、美味しかったかも……)
初めて食べたケーキというお菓子は、フンワリとした焼き菓子の表面にたっぷりとクリームが塗られていて、しかも瑞々しいフルーツも惜しげもなく乗せられていた。
こんなに美しく、可愛らしい食べ物が存在するのかと、ステラは驚くばかり。
使用人達の噂話から、彼に対しては更に苦手意識を感じていたものの、初めて目にするケーキのあまりの可愛らしさに負け、辞典程のサイズのソレをペロリと平らげてしまった。
見た目だけでなく、味も素晴らしく、ステラはケーキというものにすっかり魅了されてしまったのだった。
そして、そのケーキからもバニラの香りがし、何となくバニラビーンズの加工の方向性が定まった気がしている。
作業台の上の燭台に火を灯し、加工の為の準備をしていると、外から猫の鳴く声が聞こえた。
窓に目をやると、声の主はアジ・ダハーカだった。
彼は何故か大きくて平べったい荷物を背負っている。
「こんばんわ。アジさん。先程ぶりですね」
窓を開けてやると、彼はノッソリと中に入って来て、猫らしくないため息をつく。
「ふぅ……。本を儂の背からどかしてくれ」
「本? 猫、というかドラゴンは本を読むんですか?」
「違うぞ。ウィローの所に行ったら、これをお主に読んで貰いたいと、押し付けられた」
「わわ! またまたウィローさんから!? 何だろう?」
急に嬉しい気持ちになってきた。
アジ・ダハーカの背に紐で括り付けられた本を外し、燭台の下に持っていくと、タイトルが明らかになった。
「『ヤヌマ夫人と十人の愛人』?」
「社交界の花と、彼女の愛人達の物語をつづったものなのだそうだ。お主が人間夫婦がどういう関係であるかについて、悩んでいたと伝えたら、ウィローはこれが一番参考になると言っておったな。官能小説らしいが、詳しくは知らん」
「ふむふむ。そういうジャンルもあるんですね」
適当なページをペラリと捲ってみると……。
”妻の寝室に忍び込むなんて! しかも二匹も! この育ちの悪いクソ共め! 口から腸を引き摺り出してくれるわ!”
「ヒェ!?」
驚いて本を閉じる。
貴族の娘が持つ本だから、もっと耽美な内容かと思っていたのだが、そうでもないらしい。
(ウィローさん、私の悩み事についてかなり誤解してそうだな……。でも折角借りたし、頑張って読んで感想言わないと)
借り物の本は、時間がある時にでも読む事にし、バニラビーンズの加工を始める。
バニラビーンズから豆を取り出し、鞘をナイフで細かくカットする。さらに乳鉢の中で磨り潰し、粉末状にしてみた。ドラゴンの結石がそうだったように、出来るだけ細かくしたらいいだろうと思っているのだが、果たしてどうだろうか?
フラスコの中に生命の水を注ぎ、粉末状のバニラビーンズをサラサラと入れる。
通常だと二カ月間漬けなければならないが、そんなに長く待ってはいられない。
ドラゴンの結石にやったように、自分のスキルで短縮したいところだ。
『融合スキル』を弱で使用してみると、液体が一瞬で真っ黒く染まった。
「わわっ! あっけない……」
ドラゴンの結石にややてこづっただけに、バニラビーンズの手応えの無さに驚く。
これで本当にうまくいっているのだろうか?
フラスコの口を自らの鼻に近付け、匂いを嗅いでみると、一応ちゃんとバニラの香りがするものの、余計な香りが混ざっている気がした。
先程ケーキを食べていたので、理想的なバニラの香りのイメージが出来上がっているという事もあり、これではだめだだと、判断せざるをえない。
「うーん……。何か思っていたのと違う香りだなぁ」
「好ましい香りだけ抜き出して液体に溶かせないのか?」
作業台の上に寝そべるアジ・ダハーカがフラスコを見上げ、助言してくれる。
「ふーむ。バニラビーンズを構成する物全てを液体に溶かすと、駄目なんですかね。好きな香りだけ抜き出す事は出来ませんが、スキルの加減とかを変えたら、ちょっとは調整できるのかな? 色々試してみますよ」
「うむ……」
ステラはその後、『融合スキル』を微弱に使用する訓練や、バニラビーンズの切り方や磨り潰し方等をアレコレ試してみた。
今までは全力を出したら良い結果が出せる事ばかりだったので、逆側の調整は不思議な感じがしたが、求める結果の為には頑張るしかない。
空が白み始めてきた頃、漸く辿り着いたのは、バニラビーンズの鞘だけをそのまま生命の水に入れ、『融合スキル』を微弱に一秒だけ使用するという方法だった。
香りはだいぶ、菓子に使われているものに近い。
満足したステラは力尽き、またもや作業台の上に突っ伏して寝てしまったのだった。
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