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甘い香りを求めて

甘い香りを求めて⑥

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 多目的ルームで夜を明かしたステラは、三時間程仮眠を取った後もそのまま籠って香水製作を続けた。

 現在保有するエッセンシャルオイルは、ペパーミント、セージ、コリアンダー、ローズマリー、ラベンダー、カモミール、ゼラニウム、ベルガモット、オレンジ、レモン、ドラゴンの結石、ジャスミン、バニラの十三種類。

 そのうち、バニラとジャスミン、そしてドラゴンの結石の三種は使うと決めてしまっているので、それらにプラスする香りを選びたい。
 バニラとジャスミンの香りの持続時間を測ってみたところ、前者は半日ほども香り、後者は二時間程だった。香りが消える時間を考慮に入れながら、最善を考える。

 ウィローの使用目的が誘惑なので、出会い頭での香りの印象が最も重要だろう。
 そして、対象が社会的に地位の高い男性と思えば、下品な香りは好まれない気がするから、フローラル系を混ぜてみるといいかもしれない。

 今持っているフローラル系のエッセンシャルオイルは、ラベンダーとカモミール、そしてゼラニウムの三種類。それぞれを溶液に混ぜ、嗅ぎ比べる。

(ウィローさん、ラベンダーの香りを気に入ってくれていたよね。やっぱり使用する本人が気に入らないと、厳しいだろうし、ラベンダーを入れる事にしようかな)

 バニラ、ジャスミン、ドラゴンの結石、してラベンダーを混ぜたフレグランスをもう一度嗅いでみると、組み合わせ的にも一番合っている気がした。
 甘さの中に上品さがあり、飽きがこなそうだ。

 十五時ちょうどにお茶を運んできてくれたマーガレットにも嗅いでもらうと、彼女も気に入ってくれた。

「素晴らしい香りですわ! ポピー様が付けていらっしゃるフレグランスも素敵なのですが、こちらはより若い女性向けという感じがします。私もお金があれば欲しいくらいです!」

「本当ですか!」

 そんなに気に入ってくれたのなら、ドラゴンの結石を何か他の香料に変え、彼女にプレゼントしてみよう。いつも気を遣ってくれるので、感謝しているのだ。

(似た様な香りで何か作れないかな? 香水だと香りが強すぎるから、上の人とかに怒られてしまうだろうし、もっと気軽に使えるものを……)

 考え事をし始めたステラを、マーガレットはクスリと笑う。

「シスターステラは本当にフレグランス作りがお好きなのですね」

「何故か没頭してしまうんですよね。時間を忘れます……。あまり良くない事ですが」

「そんな事ありませんわよ。ジョシュア様も感心していらっしゃいました。あ、そうだ。そのジョシュア様から伝言があるのでした!」

「げ……。何ですか?」

「シスターステラと夕食をご一緒したいとおっしゃっていました」

 漸く調香作業が終わったので、早めに寝てしまおうと考えていたのに、その前に会うのがジョシュアなのは少々気分が落ちる。悪夢を見るかもしれない。
 無言のまま顔を顰めるステラに、マーガレットは言葉を重ねる。

「ジョシュア様は王都の有名店のチョコレートタルトをご用意なさっています。シスターステラはチョコレートを食べた事がありますか?」

「チョコレート? ありませんが」

「一度その美味しさを味わってみるべきです! 世界が変わりますわよ!」

「そ、そんなに!?」

 マーガレットの力説するチョコレートの美味しさとやらが気になって仕方がなく、ステラはジョシュアの誘いを断れなくなってしまった。

◇◇◇

 陽がとっぷりと沈む頃、ステラは邸宅内のダイニングルームの端でジョシュアと向かい合い、十字架を握りしめる。

「主よ。貴方の慈しみに感謝し―――――」

 食前の祈りをいつもの様に捧げてから目を開くと、ジョシュアが両手を組んで、ステラと同じ様に祈っていた。

(この人もちゃんと神様に祈る時があるんだ……)

 彼とは何度か一緒に食事したのだが、初めての行動だ。
 目を開いたその顔は、燭台の火の加減の所為なのか、いつもより優し気に見える。

「マーガレットが君の暮らしぶりを教えてくれたんだけど、随分無理をして香水作りをしているらしいね。夜はちゃんと眠らないと」

「眠らなくても元気ですよっ!」

「美容に良くないんじゃない?」

「私は修道女なので、夜更かしして肌が荒れたとしても、問題ないですね」

 ステラが『修道女』の部分を殊更に強調して返事をすると、ジョシュアの顔が曇った。

「あのさ、ステラ。修道院に帰らないでくれないかな?」

「一度は帰ると言いました!」

「君は能力が高いし、香りを組み合わせるセンスもあると聞く。王都に残って、貴族を相手に商売すればいいじゃない。修道院に戻って、閉じ込められたらどうするの? 才能を潰されるだけだよね? オレだったら君を誰にでも認めさせる事が出来る」

 彼の話を聞き、「お?」と首を傾げる。
 フラーゼ家の使用人達の噂話では、彼はもっと別の役割をステラに与えるつもりなのかと思えたが、そういう事ではないのだろうか?
 無益な判断をするとも思えないため、その辺りをもう少し聞いてみたい。

「侯爵にとって、私を支援する事に何かメリットがあるんですか?」

「君が扱う商品に、フラーゼ家が開発した化学薬品を取り入れてよ。うちのイメージを君のフレグランスを通して変えてほしいんだ」

 そう言った彼は整った顔に野心的な微笑みを浮かべた。
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