婚約破棄されたら、最強魔導師が『ようやく俺のものになるな』と笑いました

ほーみ

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 私は一瞬だけ迷った。だが、それもほんのわずかな時間にすぎない。

「……ルシアン、あなたの申し出を受けます」

 その言葉が広間に響いた瞬間、場内の空気が凍り付いた。
 王家に仕える身である私が、魔導師であるルシアンに付いていくという決断をしたことに、誰もが驚愕している。

「リリアーナ、本気か?!」
 レオナードが動揺した様子で私に詰め寄る。

「ええ、本気ですわ。そもそも私はもうあなたの婚約者ではありませんし、私が誰と行動を共にしようが、殿下には関係のないことでは?」

 そう冷たく返すと、レオナードの表情が歪んだ。

「待ってください、リリアーナ様!」

 今度はエリスが私の袖を掴んでくる。その瞳には涙が浮かび、心底悲しそうな表情をしていた。

「私、そんなつもりでは……リリアーナ様を傷つけるつもりなんて、本当に……!」

 彼女は震える声で訴えるが、私は軽く息をついて、静かに手を振りほどいた。

「ご心配なく、エリス様。私は傷ついてなどいません。ただ、ようやく自分の道を歩めるようになっただけです」

 そう言い残し、私はルシアンの方を向く。

「さあ、行きましょう」

 彼は満足げに微笑むと、片手を軽く振った。すると、私たちの周囲に黒い霧のようなものが立ち込め、一瞬にして視界が歪む。

「待て、リリアーナ!」

 レオナードの怒声が聞こえたが、私はもう振り返らなかった。

 次の瞬間――私たちは宮廷の広間から、まったく別の場所へと転移していた。





「ここは……?」

 転移が終わり、周囲を見渡すと、そこは高い天井と古びた書物が並ぶ荘厳な部屋だった。壁にはいくつもの魔法陣が刻まれ、中央には黒曜石のような祭壇が置かれている。

「俺の居城――魔導師の塔だ。リリアーナ、お前を歓迎しよう」

 ルシアンは優雅に腕を広げながら、私に微笑みかけた。

「……本当に、私をここに?」

「当然だ。俺はずっとお前を迎えたかった。ようやくその時が来ただけさ」

 彼の言葉には、確信と強い執着が滲んでいた。

「……あなたは、なぜそこまで?」

 私が問いかけると、ルシアンは静かに私の手を取った。

「お前は知らないかもしれないが、俺はずっと昔からお前を見ていた。お前が王宮で華やかに振る舞いながらも、決して誰にも心を許していないことを、俺は知っていた」

「……」

「お前はいつも理想の令嬢を演じていた。王家に相応しい淑女として、完璧に振る舞っていた。だが、そんなものはただの仮面だろう?」

 彼の金色の瞳が鋭く私を見据える。その視線に、私は逃げられなかった。

「……どうして、それを」

「俺は魔導師だぞ? それくらい、見抜ける」

 そう言って、彼はくすりと笑う。

「お前が自由になる日を、俺はずっと待っていたんだ。そして今、お前は解き放たれた。ならば、俺がその自由を受け止めてやろう」

「……ルシアン」

 彼の言葉が胸に響く。私は、今までただ王家のために生きてきた。だが、そんな私の本当の姿を見抜いていた者がいたとは――。

「俺はお前を縛るつもりはない。だが、決して手放すつもりもない」

 ルシアンの言葉は、どこまでも強引だった。だが、不思議と不快ではなかった。

「お前が望むなら、この塔で自由に暮らせばいい。あるいは……俺の隣で、生きる道を選んでもいい」

 その言葉に、私は思わず息をのんだ。

「……私に、選択肢をくれるの?」

「ああ。お前が決めろ。俺はただ……お前を手放さないだけだ」

 ルシアンはそう言って、ゆっくりと私の髪を撫でた。その仕草が優しく、思わず心が揺れる。

「私は……」

 まだ答えを出せずにいる私に、彼はただ穏やかに微笑んだ。

「焦らなくていい。だが、ひとつだけ言っておくぞ」

 ルシアンは私の顎をそっと持ち上げ、真っ直ぐに私を見つめた。

「俺は、何があってもお前を守る」

 その言葉に、胸が高鳴るのを感じた。

 私は本当に、自由になれるのだろうか。
 そして――この男の隣にいる未来を、私は選ぶのだろうか。
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