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蒼の皇国 編

オルレリア国

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 荒廃したヒュレイン大樹海にある小さな泉のある森林地帯。
 それは蒼龍皇が長年かけて復活させた再生への希望だ。最近ではコウイチが作ってくれた水質浄化の道具で草木の質が向上している。
 しかし、周辺の荒廃した土地の汚染レベルが高く、緑地の規模は増えていない。
 蒼龍皇の魔力を含んだ水に長期間触れさせる事が出来れば地質の改善も不可能ではないが、現状では今の緑地を守りのが手一杯になっている。
 緑地を広げようと泉から新しい水路を作ろうものならたちまちに泉周辺の緑地が失われて、全てが水の泡になってしまう。それ以外にも蒼龍皇が泉から一度でも離れても同じ事が起きてしまう。
 それくらいに危うい状態で保たれているのがアオが手にしている希望だ。

 泉の中央でとぐろを巻いて眠る蒼龍皇を背景にアオは集まった面々に現状とこれからの説明をしていく。

「これは全部私の責任。私が一人で解決しなければならないこと。……でも、一人では難しい。だから協力して欲しい」

 アオは深々と頭を下げる。
 生まれ出て初めて他者に協力を願った。
 これで正しいのかも分からない。
 それでも精一杯の言葉を繋げる。
 それだけコウイチという存在はアオの中で大きなものになっていた。

「言われなくても協力するつもりですよ」
「早くコウイチを助けにいこ!」
”わたしもマスターの奪還に微力ながらお力添えをさせて頂きます”

 優雅に湯呑でお茶を啜るメアリに続いてハクとアメノマの人工知能のアイが手を挙げて賛同する。その一方でアイリスがシムルグに睨まれて半分だけ上げた右手を左手で抑え込んでいた。
 アイリスは新規派閥である革命派の王で、その行動目的を宣布しているが現状は正式に認められておらず保留の状態になっている。その為、アイリスは未だ傍観派というのが世間一般の認識だ。つまり、今はアイリスは今回の件に介入することが出来ない。
 なんて役立たずなのだろうか。
 因みに、他国に属するこのヒュレイン大樹海に足を踏み入れているのも発覚したら大問題なのである。内緒の同行だ。
 当然だがアヴァロンに所属している共存派の面々はここには来ていない。

「相手がセツナだということを考えると、戦力が全然足りんな」

 少し離れた位置で聞いていたレナーテが冷めて口調で現実を突き付けてくる。
 レナーテもまた本来はこの地に足を踏み入れてはいけない。

「お前は手伝わない?」
「当然であろう。我はお前に助けられはしたが、結んだ契約はアイリスの面倒を見ることと国作りの下準備だけだ。あのような化物と戦うのは契約の範囲外だ」
「そう」

 今ある戦力は実質的にアオを除けば、メアリ、ハク、アイの三人だけだ。
 相手は概念領域存在の中でも常軌を逸した存在だ。例え、レナーテを頭数に入れたとしても正面どころか不意打ちを仕掛けても勝てる見込みはない。
 あれと唯一引き分けたのは原初の精霊の一体である”黒いの”だけだ。
 アオはアイリスを一瞥だけすると気持ちを切り替えることにした。
 今回は正面からでも不意打ちでもない方法――真っ向勝負。
 メアリが手を挙げて言う。

「それで? 国家間戦争を行うということですが、今後の方針はどのように動くのでしょうか?」
「まずは国を作る」
「財源の問題ありませんが、まだ国連加盟国の三か国以上の同意と領土となる土地を確保が出来ていません。全てはコウイチさんが地質の浄化を行える道具を完成させること。それを条件に七ヵ国の同意が得られ、そしてヒュレイン大樹海をオルレリアから譲渡される」
「わかってる。この土地を生き返らせるためにコウイチの存在が必要不可欠。でも、それが無理だから別の手段で国と言う形を作る」
「そんな手段があるのですか?」
「ここを暫定国家として認可させる」
「暫定国家……ですか?」

 事務仕事が得意なメアリも初耳と言わんばかりに首を捻って訊き返して来た。
 アオは将来的に国の財源の管理運用を任せようと考えているのにこの程度の事も知らないとは、何たる不出来……と言いたいところだが、知らなくても仕方がない。暫定国家の規約は過去に一度も認められたことのない法律上存在しているだけのものだからだ。

「暫定国家は建国に必要な条件を将来的に満たせることを証明することで期間限定でその土地を国として認可させる方法」
「もし期間内に条件を満たせなければ?」
「暫定国家は消滅。私は二度と建国する権利も永劫的に如何なる国家に所属する権利も失う」
「お前が、たった一人の人間の為にそのような危険な綱渡りをするとはな」

 嘲笑うかのようにレナーテは鼻を鳴らす。

「無茶は承知」
「理解して尚……であれば好きにすれば良いであろう」

 暫定国家を認めさせるためにアオは殆どの手札を切らなければならない。それはつまり、長年密かに進めていたヒュレイン大樹海の再生計画も大々的に公開することになる。
 今まで積み重ねて来たチップを全て一点賭けするギャンブル。

「お前がそんな顔で笑うとはな」
「?」

 レナーテが意味の分からないことを言う。

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 オルレリア。
 ヒュレイン大樹海から東に1000キロ程の所にある大国。
 大昔に起きた内戦が核戦争にまで発展してしまい一時は取り返しがつかなくなり滅びの一途を辿った国。
 そんな国も今では緑あふれる世界最先端の国家へと変貌を遂げている。
 全ては”蒼龍皇”がこの国の内戦を食い止めたお陰だ。
 以来オルレリアは蒼龍皇を神龍として祀り崇め、国家のモチーフキャラとして色々な媒体でグッズ展開され……その話は今はいい。主都の中央広場には巨大な噴水の真ん中に一人の少女と雄々しき龍が翼を広げ共に戦う象が鎮座しているくらいだ。
 色々と辞めさせたかったが、気づいた時には手遅れで……何よりも彼らは善悪は兎も角、根っこの部分は純粋な崇拝の念からの行動なので辞めさせるに辞めさせられなかったのが本音でもある。
 アオが道を歩けば周囲から色とりどりの歓声が沸き上がる。
 メアリが眉間に皺を寄せて周囲を見回しながら言う。

「何ですか、この異様な歓迎モードは?」
「気にしなくて良い」

 アオは普段通りの鉄仮面を被った無表情。

「ねえねえ、アオの像があるよ!」

 首都の中央広場に差し掛かった辺りでハクは噴水の方を指差して言うと、

「次、指さしたら殴る」
「……ごめんなさい」

 アオは今にも射殺しそうな眼光で睨みつけた。
 ハクにはとても厳しい。

 アオを先頭にした一行は中央広場を素通りし、さらにその先に広がる繁華街を抜けて暫く歩いていると緑に囲まれた豪邸が現れた。
 頑丈そうな鉄格子の門が3人の行手を阻む。
 つい最近まで受付嬢として人気を博していただけあり普段から定例会議程度なら参加しても遜色の無い格好をしているメアリだが、目の前に鎮座する豪邸を前にしては一度着替えに戻りたい気分になった。

「あの、ここに入るんですか?」

 メアリは小声でアオに耳打ちをして確認をしてみた。
 問題ない、と頷いたアオは呼び鈴を押した。
 ピンポーン!

“これはアオ様、すぐに面会の準備を致しますので中でお待ちください”

 カメラ付きのインターフォン越しに年季もいった男性の声が途絶えると、ガチャりと鉄格子の門の施錠が解除されて自動で門が開いていく。

「アオさん、ここは何方のお宅なのでしょうか?」
「この国の王……首相の家」
「えっと……どういうご関係で?」
「昔、この国を救った。それ以来、協力関係を気づいてる」

 フード付きのローブに着られるかの様な小柄な少女の姿をしているアオだが、その正体は太古の昔から生きる精霊であるといことをメアリは改めて認識させられたのだった。
 鉄格子の門を潜ると緑と花が絨毯の様に広がる庭園が目の前に広がる。

「わぁ、すごい」
「とても綺麗です」

 メアリとハクは思わず目を大きく開き感嘆の声を上げる。

「二人ともさっさと着いてくる」

 アオはそんな二人を無視してズカズカと庭園の中に入っていく。
 色とりどりの花が綺麗に咲き誇っているだけでなく、種類、色合い、大きさのバランスも調整されれいて全てが調和していると言っていい。
 庭師の腕がとても良いのだろう。
 ふと、メアリは庭園の隅っこの花壇の前に座り込んで作業をしている女性が居るのに気づいた。
 アオもそれに気づいたのか、ため息を一つ吐いて豪邸の方へと向けていた足を返して女性の方へと向かっていく。
 作業をしていた女性もこちらに気づき、手を止めて顔を上げた。
 肩のあたりで切り揃えられた暗い赤色の髪をした女性が不思議そうな顔をしてアオを見上げる。

「あれぇ、アオちゃん!? どうしてこんな所にいるの? 泉の方は大丈夫なの?」
「問題が起きた。計画を前倒しにしたい」
「んー、なるほど。理由は分からないけど切羽詰まってる訳だね。でも、難しいと思うよ? 条件クリア無しにウチ以外でオッケーって首を縦に振ってくれる所はあそこくらいだし、賛成してくれる国が一つ足りないかなぁ」
「分かってる。それをどうにかして欲しい」
「んー、いくらアオちゃんの頼みでも国外の話は難しいかなぁ」

 メアリは事情を聞かずに状況を察したかのような女性の反応に、そしてその女性の顔を新聞で見た事があるのを思い出して言葉を失ってしまった。
 オルレリア国の総理大臣。首相。ミルフィーユ=ランツァーウェイその人だ。
 アオがミルフィーユに会いに来たと言っていたので現れたとしても驚く事ではない。ただしかし、その人が花壇で土いじりをしているなんて目を疑うしかなかった。

「ねぇ、そっちの子達が……出来る秘書子メアリちゃんと問題児の子狼ハクちゃん?」
「そう」
「秘書子?」
「誰が問題児か!?」

 そこへ執事服の初老の男性が現れ、一言「ミルフィーユ様、趣味に励むのは仕事を終えてからの約束のはずです」と告げるとミルフィーユの首根っこを掴んで引き摺って行く。
 執事服の男性は一度足を止めて、

「皆さま、お茶のご用意をさせて頂きましたので、本館の方にてしばらくお待ちください。
 帰りますよ、ミルフィーユ様」
「ひぇーん、アオちゃん助けてー!?」
「夕方までに仕事終わらせる」
「おにぃ、あくまぁ、意地悪トカゲぇ!!!!」

 子供の様にジタバタと暴れるミルフィーユは庭園の脇道から奥へと消えていった。

「向こうにあの子の仕事用の別館がある。しばらく待つしかない」
「急がなくて大丈夫なんですか?」
「こちらの都合を押し付けるわけには行かない。待ってる間に出来ることはある」

 そう言ってアオは本館の方へと歩き出そうとして足を止めた。

「メアリ、アヴァロンの狐にヒュレイン大樹海に来る様に伝えて」
「いいのですか? あそこは表向きにはまだ秘密にしておかないといけないのでは?」
「今は手札を温存している場合じゃない」

 メアリは隣にいるハクが毛を逆立てて白い犬歯を剥き出しにし、臨戦態勢に入っているのに気づいた。

「ハクちゃん?」
「メアリ下がって! あいつはこの前の奴!?」

 ハクの視線に先、庭園の中に魔女がいた。
 タリア=マーガレット。
 報告書では聞き及んでいた。先日のアヴァロンの事件時に襲撃をしてきた一人だと。
 そうでなくともタリア=マーガレットの名前は非常に有名だ。何故ならば、今のこの世界で扱われている魔法の三分の一は彼女が考案、もしくは最適化されたものばかりだからだ。
 巷では魔導王とも呼ばれている。

「少しぶりですね」
「何の用?」

 アオも杖を構える。

「杖を下ろして下さい。私は、今は貴方達と争うつもりはありませんから。今は、ですけどね」
「………」

 今のアオにはタリアと戦う大義名分がない。
 そして何よりも、ここはオルレリア国の領土内。問題を起こせば計画が頓挫してしまう。

「あの怖いトカゲも他国では大人しくしているなんて、本気で国を作るつもりなんですね」
「当たり前。そうでなかったら、こんな面倒な事しない」
「私は貴方が国を作るのは反対なんですけどね」
「用件はなに?」
「今の私は、夜の帝国の使者として参りました」
「なっ!?」
「そう身構えないでくださいよ。私、嫌ですからね。使者は見せしめに殺されるなんて古典的なのは。まあ、私、不死なので死にませんけどね」
「そんな事しない。そんなことしたらセツナ=リュウザキが好き勝手暴れる大義名分を与えてしまう」
「それは良かったです。では、セツナからの伝言を伝えさせてーー」
「そのお話、向こうでお茶のを飲みながらしませんか?」

 タリアの言葉を遮ったのは、執事の男性に連れて行かれたはずのミルフィーユだった。その背後には武装した執事の男性が控えている。
 招かざる訪問者が庭園にいるのだから当然の武装だろう。

「第三者の見届け人は必要でしょう? それとも不法侵入の件を夜の帝国へ報告致しましょうか?」

 ミルフィーユの格好が土いじりをしていた作業服のままでなければどれだけ格好良かったか。
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