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第二部 四季姫進化の巻

第十四章 春姫進化 2

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 二
 四季ヶ丘の、秋の夜。
 月明かりの下、椿たちは人気ひとけのない田園地帯で四季姫に変身し、武器を構えた。
 稲刈りを間近に控えた田舎の田圃には、黄金色に輝く籾に包まれた米の粒が、たわわに実っている。
 倒れそうなくらいに重く垂れ下がった稲穂の一部が、激しく荒らされていた。稲は根元から食い千切られて、籾が綺麗さっぱり、むしり取られていた。
 田んぼを荒らした犯人は、人間ではない。
 翼を人間の腕みたいに器用に操って、米をたくさん抱え込んだ、ダチョウくらい大きな雀。
 言うまでもなく、妖怪だ。
「こいつらだな! 収穫前の米を盗んで、農家さんに迷惑をかけている妖怪は!」
 榎が威嚇を込めて、怒鳴り声をあげる。両翼に抱え込んだ米が重いのか、人間に見られた程度では動じないのか、妖怪たちは視線を向けて来るだけで慌てもしない。
稲刈雀いねかりすずめという、中等妖怪やそうどす。一番よく育った米を刈り取って奪っていく習性があるどす。つまり、こいつらに狙われた田圃のお米は、近隣で一番立派で良質なんでしょうな」
 楸が妖怪について分析、説明をする。
 以前は人間の領域に出てきて悪さをする妖怪は、月麿が察知して四季姫に連絡、正体を教えてくれていたが、東京の伝師の研究所に移ってからは、代わりに妖気探知に長けた楸が月麿の役割を担っていた。妖怪の情報は、八咫から逐次、聞き出しているらしい。
「いくら美味くても、人の商売道具盗む奴を、放っとくわけにはいかんな」
 柊が薙刀を構えて殺気を飛ばすと、雀たちも少し、警戒心を顕にした。翼が塞がっていては何もできないと判断したのか、抱えていた米を脇に放り出して両翼を広げ、攻撃の構えをとってきた。
 敵の威嚇に、榎が一番に反応して、勢いよく声をあげた。
「おっしゃあ、来るなら来い! みんな倒して、あたしも強くなってやる。修業だ、修業!」
「修業は、うちの台詞や!」
「正確には了海はんの、どすけどな」
 榎の気合いの入り方は、凄い。張り切る気持ちも、よく分かる。
 柊に続いて、楸までもが四季姫の内側に秘めた力を解放して、パワーアップを果たした。四季姫のリーダーとして、未だに新しい力に目覚めない現状に、焦りを感じているのだろう。
 椿だって、立場は榎と同じだ。でも、榎みたいに熱意を持って妖怪退治に挑めなかった。
「どうしてみんな、急に戦いが始まった途端に、活発に動けるのかしら……」
 椿は気持ちの切り替えが下手だ。普段の生活をしている上で、いきなり妖怪退治をする羽目になっても、すぐに動けなかった。今までは、なんとか榎たちに合わせて追いかけてきたが、最近は少し、厳しくなってきていた。
 戦いに、身が入らない。前向きに、積極的にやろうと思えない。敵の妖怪ではなく、倦怠感と戦う日々だった。
 流れに乗れない椿は、笛を両手に握ったまま、皆の背後で呆然と妖怪退治の様子を傍観していた。
 楸にサポートされながら、榎と柊が連携をとって巨大雀に斬りかかる。相手の攻撃を巧みに躱して、致命傷を与える一撃を繰り出していった。
 みんなの戦いは、 こなれたものだ。回避率も上がっているし、敵から攻撃を受けても、然程大きなダメージにもならない。攻撃力も、底上げが順調に行われているため、増強する必要がない。
 だから、あまり椿の使用する術は、出番がなかった。
 その点も、椿が少し、やる気をなくしている原因だった。
 みんな、椿がいなくても、難なく妖怪と戦っていける。春姫の力が、存在が、だんだん不要なものに感じてきていた。
 そのため、戦いにも、身が入らない。
 ある程度、妖怪の数が減ってくると、柊と楸が後ろに引いた。雀を牽制しながら、榎が一人で剣を構える。
「椿、サポート頼むよ! 残りはあたしたちだけで倒してみよう!」
 榎の声に、椿は我に帰る。
「あたしと椿だけ、まだパワーアップできてないんだから、頑張らなくちゃ!」
「うん、そうね……」
 柊たちは、背後で戦いの様子を見守っていた。まだ力の解放に至っていない椿と榎に、戦闘経験を積むチャンスを回してくれたのだろう。
 まごつきながらも前に出るが、椿のやる気は、相変わらず湧いてこなかった。
 ――正直言うと、椿は今以上に強くならなくてもいいと思っているの。
 春姫は、攻撃型の四季姫ではない。仲間たちを癒し、補助をしながら戦況を良くしていくための存在だ。
 秋姫だって補助タイプの四季姫だが、遠方から敵を倒す援護をするから、並以上の戦闘力は持ち合わせている。会得した禁術も、非常に威力のあるものだった。
 比べて、椿は武器が笛しかないし、音で倒せる妖怪のレベルなんて、限られている。むしろ、これ以上、どう強くなればいいのか、分からなかった。
 榎のやる気を削ぎたくないから黙っているが、戦って場数を踏めば強くなれるとは、椿は思っていなかった。
 だから、榎たちのテンションについていけない。
 なんて、本音を話したら、みんなに怒られるだろうか。
 ぼんやりと考え込んでいると、急に目の前が暗くなった。
「椿、危ない!」
 気付いて顔をあげると、一羽の巨大雀が、椿めがけて飛び掛かってきていた。
 不意を突かれて身動きが取れず、上空から迫ってくる妖怪を見つめるだけで精一杯だった。
 やられる! と感じた瞬間。体を横に突き飛ばされた。地面に倒れ、驚いて起き上がると、椿のいた場所に榎が立ち、剣で雀の攻撃を受け止めていた。
「椿はん、大丈夫どしたか!?」
「ボーっとしとったら、あかんで」
「ごめんなさい……」
 楸や柊も、心配そうに椿の側に駆け付けてきてきた。言動には出さないが、ミスを責められた気がして、椿の肩が少し竦んだ。
「まだ向かってくる! 迎え撃つぞ!」
 弾き返された雀は、陣形を組み直した。寄り集まった雀たちは、厭味な笑みを浮かべながら、なぜか椿に視線を向けてきた。
「弱い。こいつだけ、すごく弱いぞ」
「こいつなら、倒せるな」
 雀たちは息を合わせて、一斉に突進してきた。――椿めがけて。
 今度は、反射的に攻撃をかわした。榎たちが動きを止めようと回り込むが、雀たちは榎たちには目もくれない。素早く逃れて、隙を見ては、椿を集中攻撃してくる。
「ちょっと、何で、椿のところにばっかりくるの!? もう嫌ー!!」
 わけも分からず、椿は悲鳴をあげて逃げ回った。その様子が面白いのか、妖怪たちはますます楽しそうに、椿を追いかけてきた。
 そろそろ、椿の体力も尽きてきた。息を切らして何とか走るが、足が全然上がっていない。
 躓いて転びそうになっていると、榎たちが先回りして、妖怪と椿との間に割り込んでくれた。迎撃の構えをとると、妖怪たちは分が悪いと感じたのか、素早く山の向こうに飛び去っていった。
「逃げやがった……」
「体勢を、整えに戻ったんかもしれん。まだ、仲間がおりそうやな。次の襲撃にも、気をつけんと」
「どこからやってくる妖怪で、どんな仲間がおるんか、また調べなあきまへんな」
 妖怪の群れと戦うとき、残党を逃がすと新しい妖怪を連れて報復にやってくる場合がある。今回も同じ系統である可能性が高かった。
「援軍を連れてこられたら、厄介だな」
「いくら減ってきた言うても、田舎には雀が山ほどおるからな」
「援軍も心配ですが……。妖怪たち、春姫はんを集中して狙ってきよりました」
 楸の的を射た発言に、周囲の空気が強張った。みんな、薄々気付いていたのかもしれない。
「敵はんたちは、春姫はんを四季姫の弱点として認識したんどすな。弱点を突くんは、強い敵と戦うための、立派な戦略どす」
「椿が、四季姫の弱点……」
 嫌な指摘をされ、椿は体を震わせる。
 弱さを理解していたとはいえ、あからさまに欠点として指摘されると、落ち込む。
「確かに、攻撃力が低くて強力な技を持たない椿は、四季姫の中では一番狙いやすい。倒すには恰好の標的なんだろうな」
「椿が戦闘不能になったら、うちらも不利になるな。能力を上げてもらえへんし、回復もしてもらえへん」
「妖怪たちの間で話が広まると、危険どす。いつ、悪鬼との戦闘にもつれ込むかも、分からへん状況やのに。弱点がある、とバレるだけでも、敵が増えて戦況が悪うなります」
 今まで、四季姫の強さに臆して身を潜めていた妖怪たちが、弱点を狙って再び攻撃を仕掛けてくる可能性もある。
 みんな、現状を深刻に受け止めていた。
 椿は、榎たちに役立たずで足手まといだと思われていないかと、少し焦った。みんな、椿が戦いに不利な状況を作るのなら、切り捨てればいい、と考えているかもしれない。
 今まで、周りに合わせられない椿を容易く切り捨ててきた、余所者たちみたいに。
 だとしても、どうすればいいか分からず、椿は何の発言もできなかった。
 だが、榎たちは椿が考えている以上に前向きだった。
「椿! 一刻も早く新しい技を覚えなくちゃ! 修業だ、修業!」
 要するに、弱いと思われているなら強くなればいい、と。
 単純な榎らしい発想だ。
 だが、決して間違ってはいないし、他に方法も浮かばない。
 みんなも、榎の意見に賛成していた。
「妖怪が襲って来た時に、みんなが側におって、助けてあげられるとは限りまへん。いざという時に、自分の身は自分で守れたほうが、何かと良いどす」
「そうそう。何をするにしても、力が全てやからな。少しでも強うなったほうがええで」
「あたしたちも協力するよ。一緒に強くなろう、椿!」
 気に入らなければ、思い通りに行かなければ不要なものを切り捨ててきた、薄情な連中とと榎たちは、全然違う。
 思い出の中を蝕み続けている、くだらない連中と同じ扱いをしてしまって、椿は申し訳ないと思った。
 椿の心が、ほんのりと温かくなった。
「みんなが椿のパワーアップを望んでくれているなら、頑張るわ!」
 気合いを入れ直した。
 みんなのために、強くなろう。
 惰性になっていた椿のやる気が、一気に蘇ってきた。
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