夕焼ける図書室

リコピンブラウザー

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強いて言うなら

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「やあワトソン君、元気にしていたかい?」
翌日、彼女は図書室に来た。
近いうちに、と確かに言っていたけれども、いささか早すぎやしないだろうか。
あんなにも大仰にかぶりを振って出ていったくせに。
「僕はワトソン君足りえないよ」
そう言うと彼女はにんまりと笑った。
どこかあどけない、だけれども大人びた、美しい笑顔で。
「確かに君はワトソン君ではないかな。強いて言うのならばなんだろう、
ワトソン君の寝室に飾ってある肺のレントゲン写真、とかどうだろう」
「どうだろう、と言われても…。ワトソン君ってそんなシリアルキラーみたいなことすんの?」
「いや、私はシャーロックホームズを読んだことがないので、どうにも」
「なのにそんな誇らしげに語ってたの!?」
「ふふふ、君と話すのは楽しいな」
本当に楽し気に、目を細めて笑う姿が図書室に似合いすぎていて、ああこれは一冊小説が書けそうだ、なんて思ってしまった。
「さあ、ワトソン君改め肺のレントゲン君、おすすめの書籍を見繕ってはくれまいか」
彼女はそう言うと、つかつかと図書室の奥へと進んで行く。
つられて僕もそのあとを追いかけた。
「おすすめの書籍と言われてもなぁ、別に僕は読書オタクとかじゃないし」
奥へ奥へと進む彼女を、その背中に話しかけながら進む。
「レントゲン写真集でもお勧めしてくれるのかな?」
「そんなものこの図書室にあるわけないだろ…」
「ふふふ、あったら是非借りてみたいものだな」
レントゲン写真集なんて誰が読みたいのだろうか。
需要の在りかが不明すぎる。
「この図書室だけで、何千、何万という書籍が存在していて、その全てにそれぞれの、各々のストーリーがあって。
私はそれを、それらを、読むことによってのみ触れ合い理解することができるんだ。
そう考えると、この図書室という場所は一つの宇宙さ」
歩みを止めることなく、彼女は語り始めた。
「…それはちょっと、突拍子もないな」
「突拍子もないことなのさ、全てね。私の時間は有限で、この書籍群全てに目を通すことは叶わない。
この書籍数に比べれば、私なんてミジンコのようにちんまりとしている」
「なんだか高校生らしくない考え方だね」
あまりに哲学的過ぎている。
悟りを開いている感じさえする。
「そうかもしれないね、私はJKいえい!という風にはなれない。
高校生らしくはない。ただ私は、私らしさに自信を持っているよ」
彼女は立ち止まって、こちらを向いた。
いつの間にか図書室の一番奥まで来ていたらしい。
「三日で1冊読んだとすると、一か月で10冊。一年で120冊。高校の三年間で360冊。
何千何万とあるこの書籍達の中から選ぶには、あまりに少なすぎるとは思わないかい?」
「思わないかい?って…」
そんなことを言われましても。
全然思わないんだけども。
「ふふふ、全然思わないって顔をしているね」
見透かしたように見つめてくる。
「…。僕は、きっと三日で1冊も読めないし」
目線があっているとなんだか、また見透かされてしまいそうで、
僕は脇にある本棚に並べられた背表紙たちを見るともなく見た。
「では、360冊以下の書籍しか読めなくなってしまうわけだ。在学中、いったい何冊の図書を借りたか、君は覚えているかい?」
彼女は近づいてきて、僕と同じように、陳列された背表紙を眺め始めた。
「せいぜい、10冊とか20冊とか、そんなもんじゃないのかな」
「ふむ、では」と言って彼女は本の背表紙を、スーと撫でていく。
白く細長い指があまりに美しく、ドキッとしてしまう。
だいたい20冊くらいのところで手を止めた。
「こうして見ると、20冊なんて大した量ではないだろう?」
「まあ、確かに」
「本当はもっとたくさん、借りていたような気も、してくるんじゃないかい?」
ずいっと僕の顔を覗き込んでくる。
「人は忘れる生き物だ。私とてそれは例外ではないさ。ただ、書籍達は忘れない。
その身に刻まれたもの全て、身が朽ち果てるまで忘れることはない」
「…、本は覚えたり忘れたりしない」
まるで責め立てるようにそんなことをまくし立てるものだから、ついついしょうもない反抗をしてしまう。
僕は別に、本を粗末にしたりいじめたりしたような過去はない。
「ふふふ、その通りだね。まったくその通りだ」
ふふふふ、と笑いながら、正面の本棚から1冊の本を抜いた。
タイトルは、君の膵臓を食べたい。
「ワトソン君、この小説を読んだことはあるかい?」
君の膵臓を食べたい、といえば、知らない人のほうが少ない名作だ。
漫画化も映画化もされている。
小説でしか読んだことはないけれど。
「私は小説でしか読んだことがないのだが、他の媒体のものをちらりと目にすることがある。
この書籍は、このストーリーは、そういったものたちのおかげでたくさんの人に触れられている。
一方、この小説は読んだことがあるかい?」
スッとまた、本棚から本を抜いた。
タイトルは、よるのばけもの。
全体的に青くて、暗いような表紙。
教室に男の子と女の子がいて、男の子の下半身が化け物に繋がっている。
「君の膵臓を食べたい、を書いた佐野よるという作家の、別の作品だ」
「あ、ほんとだ」
よく見れば著者名のところに同じ名前が書いてある。
「私はこちらの小説のほうが好きなのだが、君の膵臓を食べたい、ほどの人気は出なかった。それはなぜか」
「なぜかって」
「ワトソン君はなぜだと思う?」
同じ作家でも売れる小説と売れない小説がある、という話か。
「まあ、世間の方々は面白くないと思ったんでしょ」
「そう!その通りだよワトソンくん。
大衆受けするかどうか、いつの時代のエンターテインメントも実際の評価はそこに尽きる。
情景描写の精密さも、繊細な感情のタッチも、人気になるために必要な要素ではないんだ」
「あぁ、そう…」
そんなに熱く語られましても、といった感じだ。
さっきも言ったが僕は読書オタクというわけではない。
「…結局、何が言いたいの?」
彼女も僕の空気感を感じたのか、手に取った2つの書籍を本棚に戻すと「ううむ、」と唸った。
「人の人格に関しても私は同じことが言えると思っている。他人を思える繊細さも、高い学力や能力も、上手に生きるために必要な要素ではない、とね」
本棚に戻したよるのばけものを見つめる横顔がどこか未練を残しているような風で、その理由は僕には分からないけれど、きっと思うところがあるのだろう。
「君は、どちらなんだろうね」
「どちら、って?」
聞き返すと先の2冊の背表紙を、人差し指で君の膵臓をたべたいを、中指でよるのばけものを、指差しで答えた。
「君は膵臓なのか、それともばけものなのか」
背表紙を眺めていた目線を、彼女は僕に向けた。
答えを待っているのだろう。
「…そう、だね、僕はたぶん、どちらでもないよ」
大衆に好かれる要素はないし、繊細でも高い能力もないし。
きっと僕一人では物語にもできない、モブキャラななのだ。
「なるほど、強いて言うならレントゲン写真集、といったところなのだね」
「僕の人格はそんなに尖っていない」
レントゲン写真集的な人格なんて、それこそ主人公だろう。
「ふふふ、まあシチュエーション的には、実に主人公チックではあるよ」
そう言うと彼女は窓の方を向いた。
つられて僕も、本棚から目線を移す。
気が付けば窓の外は夕暮れ時になっていた。
青春を匂わすオレンジが、図書室内に立ち込めている。
「僕はこの、何とも言えないノスタルジックな情景が、あまり好きではないんだよね」
青春を強要させる雰囲気も。
特別感がにじみ出る匂いも。
「ふふふ、私もそれなりにひねくれてはいるが、君もなかなかのものだ」
私は好きだがね、と付け加えて、彼女は僕の横を通り過ぎていく。
結局何も借りずに帰るのだろうか。
僕はまた、彼女の背中を追いかけた。
「ではワトソン君、宿題を出そう」
図書室のドアの前で立ち止まると、僕に背を向けたまま、彼女はつづけた。
「おすすめの書籍を1冊、見繕っておくれ」
そう言うと体ごと振り返り、にんまりと笑った。
「期日は明日まで。では、期待しているよ」
後ろ手でドアを開けて、するりと出ていった。
「宿題、ねぇ…」
そのまま参考書の続きを解く気にはなれず、図書室の掃除がてら、僕はおすすめする書籍を探した。
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