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6章 ことのはじまり

9話 暗くて、苦い(後)

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 4月になり、アルノーは魔術学院に編入した。
 オレは言葉通りにアルノーに手紙を書いた。
 内容は寮の食事がどうとか、校長の頭がもっとハゲてきたとか、アイツと日常で交わしていたくだらない会話と変わらないことだ。
 
 しばらくすると返事も返ってきた。
 内容は魔術学院の様子とか、授業の内容。知らないことを知るのは面白い、魔法を本格的に使えるようになってきて楽しい、とか。
 ただやっぱりここは水が合わない、というようなことは書いてきていた。
 魔術学院は貴族が多いから、平民は見下される傾向にあるらしい。更に、魔法が発現した年齢、得意属性なんかでも。
 
 ――日を追うにつれて、手紙の内容は徐々に厳しいものになっていった。
『平民のくせにと見下される』『急に魔法が使えなくなった』『いくらやっても使えるようにならない』
『紋章使いのくせに魔力がない、と見下される』『みんな爵位や魔力で見下し合っている』
『何をやってもうまくいかない』
『何も言われなくても、みんなが自分をバカにしている気がする』
『辛い』『元の生活に戻りたい』『何も楽しくない』
『紋章なんか、魔法なんかいらなかった』『この腕ごとちぎって紋章を捨ててしまいたい』
 
『黒くて嫌な風が渦巻いている』
 
『死にたい』――
 
 
「魔法は心の力」――使えなくなったってことは、精神が追い詰められている証拠だ。
 なんでもいいから、アイツがめったな気を起こさないように言葉をかけなければいけない。
 ――この時オレは何故か、アルノーが死に向かっているのを食い止められるのは自分しかいないと思っていた。
 
 最初は弟の事を明かして『生きられない奴もいるのにそんなこと言うな』と書こうかと思ったが、すぐに思い直した。
 オレがアイツの家庭の事情を知らないように、アイツもオレの事情を、弟を知らない。
 知らないヤツの知らない事実で殴りつけてこられたって、余計に追い詰めてしまうだけだ。
 ――しかも、「弟は生きてる」って思っていたつもりが結局心の底では死人扱いしていた自分に気付いてしまった。ひたすら自己嫌悪だ。
 
 とにかく、アイツが今置かれている事実だけを考えて言葉をかけないといけない。
 だけど『死にたいなんて言うな』『誰か相談できるヤツいないのか』『親に言ってみたらどうだ』
 とか、どこにでもあるような薄っぺらい言葉しか出てこない。
 どうすりゃいいんだろう。分からない。何を言っても傷つける気がする。だけどオブラートに包んでちゃ、何も伝わらない。
 
『お前の腕はちぎって捨てるためのもんじゃない。橋の絵と図面を書けるすごい手だろ。オレはお前の書いた橋が形になるのを見たい、いつか一緒に渡りたい。だから死にたいなんて言わないで生きててくれよ。死にたいくらいなら、学校やめろよ。そこは牢屋じゃないだろ、出たって誰もお前を捕まえないだろ。死ぬ気が起こらないとこに逃げろよ。どこでもいいから』
 
 現状アイツがそれをできないのを分かっていても、アイツの心をえぐるものになるかもしれないと思っても、オレはそれしか言葉を持っていなかった。
 
 ……それきり、アルノーからの返事は途絶えた。
 オレはそれでも手紙を書いた。
『元気か』とか『また会おうぜ』とか、そんな一言くらいになっていた。ウザいかもしれないとは思ったが、それでも送った。
 卒業する年になって『酒場の厨房で働くことになった。ヒマがあったら食いに来てくれ』と送った。やっぱり返事はなかった。
 厨房で働きだしてからも手紙を送ったが、やがて『宛先不明』で返ってきた。
 
 手紙は届いていたんだろうか。アイツは読んでいたんだろうか。
 自分なりに言葉を伝えていたつもりだったけど、やっぱりウザかったのかな。ただの壁打ちに過ぎなかったのかな。
『お前なんかに何が分かる』って、そう思われたのかな。
 
 アイツと同じように望まない物を持ってしまった今なら、もうちょっと寄り添った事が言えたかもしれない……。
 
「いや……同じ、だよな」
 こんな剣持ってて情緒不安定になっている。ただそれだけだ。
 今も、あの時と同じ言葉しかやっぱり出ない。
 ――「自分だけが止められる」? ……なんて思い上がりだ。
 
 アイツ、今どこで何をしてるのかな。生きていてくれりゃいいけど……。
 
 
 ◇
 
 
「祈りましょう。ジャミル・レッドフォードさん。あなたに、女神様の、聖女ミランダ様の加護がありますよう――」
 
 ミランダ教会でいつものように回復魔法をかけてもらう。
 回復魔法ってのは不思議だ。日によってかけてくれる神官が違うから、回復魔法にもなんか個性があるように思う。
 強い光、優しい光、温かい光。
 なんかコイツの光はイヤだなみたいのもある。
 クセが強いっていうか……やってもらってなんだけど、神官の性格が悪いんだろうか。

 回復魔法を受けている時は目を閉じると、いつも同じイメージが浮かんでくる。
 ――黒いぬかるみのど真ん中に自分が立っている。足元まで泥が這い上がってきている。
 光に包まれるとその泥が剥がれ落ちて、その後は少しスッキリする。けど呪いを解くには至らないらしい。
 
 この闇を照らしてかき消すくらいの光の心があればどうたら……とか聞いたけど、あいにくオレはそんなすごいもん持ち合わせていないただの小市民だ。
 弟のこと、家のこと、言葉足らずで友達を救えないこと。暗い気持ちは無限に湧きあがってくる。
 きっとこの先もずーっと教会通い詰めだ。
 そのうち「全然治んねえじゃねえか!」って暴れだすかもしれない。未来は暗い。
 
 
「オイ、ルカ。終わったからそろそろ行くぞ」

 今日もまたオレについてきて教会内をうろついているルカに声をかける。今日は魔法の資質を調べる水鏡の盤を興味深そうに見ていた。

「どうした? それ、初めて見るか?」
「……これは、何? 不思議な、水……」
「これはアレだよ、血を一滴垂らすと自分の魔法の資質が分かるんだ。あと、誕生日も。オマエだったら水が光るんだろうな」
「誕生日……? 何?」
「誕生日っつーのはオマエが生まれた日だよ。知らないの?」
「知らない。教わっていない」
「そりゃ、愛想ねぇな。調べてみたら? ……いや、あれか。オマエの宗教、そういうのダメか……って」
 
 オレの言葉に構わず、ルカは自分で出した小さい氷の刃で指先をピッと切って血を垂らした。

「あー……」
(やっちまった。いいのかな……?)

 光の塾とやらが他に何を禁じてるのか知らないが、何かルカは進んで教義を破りにいってるような気がする……罰が下るかどうか試してるんだろうか? 謎だ……。

「数字が出ている」
「あー、それがオマエの誕生日だよ。1547年7月28日……15歳か。誕生日はまだ先だな……」
「ジャミル。これ、すごく光っている」
「あー、お前の魔法の資質だろ? 青色……やっぱ水属性だよな。風も光ってるな……」

 盤は赤は炎、水は青、風は緑、土は黄色。資質があればどこかが光る。
 ルカは水属性。青色の所がピカ――ッと光っている……天井に届くくらいに。

「こんなに光るもんなのか……魔力に比例してんのかな? ハンパなく光ってんなー」
「ジャミル! ルカ!」
「ん? ああ、グレン……」

 ぼーっと天井を眺めていたら、珍しくグレンが教会に入ってきていた。少し焦っているように見える。

「何やってるんだ……逃げるぞ」
「えっ」

 言うが早いか、グレンはルカの手を取ってスタコラ逃げた。

「あ……おい!」

 オレは未だ光り続けている盤を横目に二人を追いかける。




 
「ふう……やれやれ」

 教会から逃げ出したあと、オレ達はルカの転移魔法で砦に帰ってきていた。

「なんで逃げたんだ? ルカのアレって、なんかマズイのか?」
「……紋章だ」
「紋章?」
「紋章のある奴があれに血を垂らすとああなる」
「へー……」

 そういえば、ルカの魔法は発動がやたらと早いと思ってた。通常は念じてから魔器ルーンを光らして発動するが、そのタイムラグがなかった。
 『綺麗な水』『不思議な水』って言ってたのは、紋章の力で何かしら視えてたからなのか。

「オレの友達も紋章使いだけど、何も出なかったって言ってたけどな」
「……紋章発現前はそうらしい」
「なるほど……」
「紋章……」

 ルカがそう呟くと左手がボーッと光る。水の雫みたいな紋様が浮き出ている。

「人前でそれを光らせるなよ。面倒なことになるから」
「……面倒なのか」
「そうだ」
 
 強めに一言、グレンがそう言った。

「…………」
 
『黒くて嫌な風が渦巻いている』――アルノーの手紙に書いてあった文言を思い出す。
 グレンも以前『闘志に色がない』とか言っていた。紋章関連で何か嫌な思いをしたのかもしれない。
 オレは「そうか」とだけ答えて、それ以降紋章については何も聞かなかった。 
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