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11章 色と名前のない世界
4話 呪いの言葉
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「レイチェル……大丈夫?」
「うう、なんとか。……でももうちょっと休みたい……かも」
貧血からくる目眩で倒れたため、しばらく教会で休ませてもらうことに。
花水晶を思い切り握って出血、さらに狂気の術で頭に血が上ってたのも貧血になる要因の一つだったようだ。
あの術、血を見るとさらに凶暴になるらしい。思い当たる節がありすぎる……。
『満月の日でなくて良かったですよ』とは、呪いを解いてくれた司祭様の弁――満月の日は効果が高まってさらにさらに凶暴化していたとか。
――うう、怖い。呪いが解けて良かった……。
1時間くらい休んだあと、ルカとアルノーさんと共に砦に帰ってきた。
時刻は13時。
カイルにジャミルにベル、それぞれの仕事や任務から戻ってきた仲間に、午前中にわたしが出くわした事件について説明した。
それと――。
「……ジャミル、ごめんなさい、わたし」
「僕もだ……ごめん、ジャミル」
「いいって、気にすんなよ。よかったなぁ、ルカ。その……、お兄ちゃまに会えてよ」
「うん」
一週間以上前から行方が分からず、今日やっと無事に再会できたルカ。
ここに至るまでに何かがあったのか、ルカとアルノーさんがジャミルに何か謝罪をしている。
どうやらジャミルとアルノーさんは友達らしい。
落ち着いてから思い出したけれど、わたしも以前アルノーさんと顔を合わせたことがあった。
秋頃に図書館に来ていて……彼がきっかけでグレンさんの名前のことを知ったんだった。
そして、その人が実はルカの"お兄ちゃま"で……世間は狭い。
わたしは教会で休んでいる時と砦に帰る道すがら聞いていたけど、アルノーさんが改めてルカのことをみんなに説明してくれた。
ルカは、アルノーさんの妹。
小さい頃に光の塾に売られた彼女は真名を書き換えられて記憶を失い、家族からも忘れ去られた。
そのまま約10年の間、光の塾による半ば洗脳に近い教育を受けて育ったという。
――そして、先日。
光の塾の真相を聞いてショックを受けたルカは砦を飛び出した。
行く当てもなく数日間彷徨っていたところをロゴスに連れ去られそうになったけれど、土壇場でアルノーさんが真名――"アリシア・ワイアット"と呼びかけたことで元の自分を思い出し、色も元に戻った――ということだった。
その話を聞いて、あの日キャプテンの身に起こったことも合点がいった。
「よかったね、ルカ。……って、もうこの名前で呼ばない方がいいのかな」
「ううん、ルカでいい。わたしの名前はアリシアだけど、ルカっていう名前も、大事。みんなにとってのわたしはルカだから、そう呼んで」
問いかけたカイルにルカが静かに笑みをたたえつつそう言った。
自分を取り戻したルカの表情は明るい。
ここへ帰ってくる途中も、隣を歩いているお兄さんと顔を合わせて笑ったりして……。
(よかった……)
――涙が出そうになる。
彼女の過去も、光の塾の現実も、とても辛い。
もしアルノーさん――お兄さんに再会しなければ、彼が呼びかけてくれなければ、ルカは光の塾に連れ戻されその先であの"血の宝玉"にされていただろう。
ルカの事情を説明したあと、アルノーさんは仕事があるからと帰って行った。
「隊長さんに挨拶したい」と言っていたけれど、グレンさんは会話出来る状態じゃないので副隊長のカイルが話を聞いてくれた。
アルノーさんの生活が安定するまで、これまで通りにルカを砦で生活させてやってほしい ということだった。
わたし達全員に何回も何回も「妹をお願いします」と頭を下げ、彼は去って行った。
カイルが「俺が代わりに聞くよ」と言った時、アルノーさんが少しホッとした顔をしていたのが忘れられない。
彼にはルカと同じに紋章がある。
赤眼になったグレンさんの何かしらのオーラを感じているのかもしれない……。
◇
アルノーさんが帰ってから、改めて"エリス"のことをみんなに話した。
「順を追って」ということなので、アルゴス襲撃の前日に出会った話から。
それで今日再び出会い、テントに引き込まれ狂気という呪いをかけられたこと、そして……。
「『占いしていかない?』って言われて断ったんだけど、あの人が何か言った瞬間に意識が遠ざかって、心と裏腹に『はい』って言っちゃったの。全然逆らえなくて……」
「……それってもしかして、"誤解"とか"悲しい"とかって言ってなかった?」
「! そういえば、言ってた気がするけど……それが一体」
「実は俺も数日前会ったんだよね」
「ええっ」
「それで、口の動きからしてその2つの言葉を言ってたんだけど、聞き取れなくて。なんでだろなーって」
「……もしかして、それが呪いのきっかけの言葉だったのではないでしょうか」
「え?」
わたしとカイルの話を聞いたベルが、持っていた本をパラパラとめくる。
表紙には「禁断の術」とある……。
「そんな本あんのか」
「うん。もちろん、使うためじゃなくて使われたときの対処法のためのものだけど……。あっ、これこれ」
ベルがテーブルの上に本を置いて開いて見せた。
「人心掌握の術」――術者は相手に、術者の決めた特定の言葉を魔力をこめて投げかける。
それを耳にした対象者は思考が停止し、術者に逆らえなくなる。
そして対象者の心に揺さぶりをかけ弱ったところに別の術をかけることができる――言わば呪いの補助のための術のようだ。
――確かに『誤解されるなんて悲しいわ』という言葉のあと、目の前がふらついて彼女を拒絶できなくなった。
そこにグレンさんの悪い噂を無理に聞かされ、心に揺さぶりをかけられた……けど。
「……なんでわたしに"狂気"なんて術を??」
そう言うとみんな首をひねる。
本当に、つくづく疑問だ。戦士でも魔術師でもないわたしを凶暴化させて誰に何の得が?
それに「特定の相手を攻撃させる術」らしいけど、一体誰を攻撃させるつもりだった?
「……ひょっとして、隊長……?」
「えー、グレンさんを? なんで?」
「別れさせ屋か? ……つーか、その術者の女の方がメタメタにされたのはなんでだ? 失敗したってことか?」
「ええと……あっ、これじゃない?」
ベルが人心掌握の術のとある箇所を指さし、それをジャミルがのぞき込んだ。
「『対象者の心を惑わせる際に、対象者にとっての許されざる言葉を言うと術は無効、または最悪術が反転して術者が襲われるケースがある』……か」
「そっか。……あの人、嘘言ってまでグレンさんをいっぱい貶めたから」
「レイチェル……すごかった。ガシャンパリンっていっぱい壊れる音がして……『最低』『何が命令よ、あんたわたしの何』って」
「ちょ、ルカ……!」
まさか暴露されるとは思わず顔がカーッと赤くなる。
出口が分からなくなってたけど、外には全部筒抜けだったの……?
ベルが目を丸くして驚いているのに対しカイルとジャミルはさして驚くでもなく、むしろ「納得」というような顔をしている。
「こえー……。レイチェル凶暴化させるとか相手の女もバカだよな」
「簡単に懐柔できると思ったんだろうな……見た目は大人しそうだから」
「ちょ、ちょっと! 本題からズレてるから! なんであの女はわたしを惑わしてグレンさんを襲わせようとしたかっていう話でしょ!」
「さっきも言ったけど、やっぱ別れさせたかったんじゃね? 相手の名前からして」
大慌てで話を戻すと、机にあごを置いたジャミルが禁呪の本を目的なくパラパラめくりながらそう呟いた。
「名前……」
「その名前、"不和"、"争い"って意味の言葉だからな。グレンの悪い話吹き込んだとこに凶暴化の術かけてケンカ別れさせて、横取りしようとしたとか」
「……人の恋人取るのが好きな奴いるもんな」
「でもなんだか支離滅裂ですわ。一度ここで、彼女達の情報を整理した方がいいのでは?」
「確かに――」
「……へえ~、『禁呪・呪いは天を蝕み、光を喰らう』『満月は魔力が高まり、新月は呪いをより持続させる。太陽は全てを破滅させる』『いずれも術者が最強だと思う言葉を呪文として発動する』……かぁ。おっかねー」
「……兄貴。それはあとで……」
「あ、わりい」
禁呪の本の内容に興味があるらしいジャミルが名残惜しそうに本を閉じる。
机に置かれたその黒い本を見て、わたしは身震いしてしまう。
(満月……呪い……禁呪……)
別世界の――それどころか架空の事象としか思えないものが、全て現実のものとして襲いかかってくる。
運良く無事だったけれど、恐ろしくてたまらない――。
「うう、なんとか。……でももうちょっと休みたい……かも」
貧血からくる目眩で倒れたため、しばらく教会で休ませてもらうことに。
花水晶を思い切り握って出血、さらに狂気の術で頭に血が上ってたのも貧血になる要因の一つだったようだ。
あの術、血を見るとさらに凶暴になるらしい。思い当たる節がありすぎる……。
『満月の日でなくて良かったですよ』とは、呪いを解いてくれた司祭様の弁――満月の日は効果が高まってさらにさらに凶暴化していたとか。
――うう、怖い。呪いが解けて良かった……。
1時間くらい休んだあと、ルカとアルノーさんと共に砦に帰ってきた。
時刻は13時。
カイルにジャミルにベル、それぞれの仕事や任務から戻ってきた仲間に、午前中にわたしが出くわした事件について説明した。
それと――。
「……ジャミル、ごめんなさい、わたし」
「僕もだ……ごめん、ジャミル」
「いいって、気にすんなよ。よかったなぁ、ルカ。その……、お兄ちゃまに会えてよ」
「うん」
一週間以上前から行方が分からず、今日やっと無事に再会できたルカ。
ここに至るまでに何かがあったのか、ルカとアルノーさんがジャミルに何か謝罪をしている。
どうやらジャミルとアルノーさんは友達らしい。
落ち着いてから思い出したけれど、わたしも以前アルノーさんと顔を合わせたことがあった。
秋頃に図書館に来ていて……彼がきっかけでグレンさんの名前のことを知ったんだった。
そして、その人が実はルカの"お兄ちゃま"で……世間は狭い。
わたしは教会で休んでいる時と砦に帰る道すがら聞いていたけど、アルノーさんが改めてルカのことをみんなに説明してくれた。
ルカは、アルノーさんの妹。
小さい頃に光の塾に売られた彼女は真名を書き換えられて記憶を失い、家族からも忘れ去られた。
そのまま約10年の間、光の塾による半ば洗脳に近い教育を受けて育ったという。
――そして、先日。
光の塾の真相を聞いてショックを受けたルカは砦を飛び出した。
行く当てもなく数日間彷徨っていたところをロゴスに連れ去られそうになったけれど、土壇場でアルノーさんが真名――"アリシア・ワイアット"と呼びかけたことで元の自分を思い出し、色も元に戻った――ということだった。
その話を聞いて、あの日キャプテンの身に起こったことも合点がいった。
「よかったね、ルカ。……って、もうこの名前で呼ばない方がいいのかな」
「ううん、ルカでいい。わたしの名前はアリシアだけど、ルカっていう名前も、大事。みんなにとってのわたしはルカだから、そう呼んで」
問いかけたカイルにルカが静かに笑みをたたえつつそう言った。
自分を取り戻したルカの表情は明るい。
ここへ帰ってくる途中も、隣を歩いているお兄さんと顔を合わせて笑ったりして……。
(よかった……)
――涙が出そうになる。
彼女の過去も、光の塾の現実も、とても辛い。
もしアルノーさん――お兄さんに再会しなければ、彼が呼びかけてくれなければ、ルカは光の塾に連れ戻されその先であの"血の宝玉"にされていただろう。
ルカの事情を説明したあと、アルノーさんは仕事があるからと帰って行った。
「隊長さんに挨拶したい」と言っていたけれど、グレンさんは会話出来る状態じゃないので副隊長のカイルが話を聞いてくれた。
アルノーさんの生活が安定するまで、これまで通りにルカを砦で生活させてやってほしい ということだった。
わたし達全員に何回も何回も「妹をお願いします」と頭を下げ、彼は去って行った。
カイルが「俺が代わりに聞くよ」と言った時、アルノーさんが少しホッとした顔をしていたのが忘れられない。
彼にはルカと同じに紋章がある。
赤眼になったグレンさんの何かしらのオーラを感じているのかもしれない……。
◇
アルノーさんが帰ってから、改めて"エリス"のことをみんなに話した。
「順を追って」ということなので、アルゴス襲撃の前日に出会った話から。
それで今日再び出会い、テントに引き込まれ狂気という呪いをかけられたこと、そして……。
「『占いしていかない?』って言われて断ったんだけど、あの人が何か言った瞬間に意識が遠ざかって、心と裏腹に『はい』って言っちゃったの。全然逆らえなくて……」
「……それってもしかして、"誤解"とか"悲しい"とかって言ってなかった?」
「! そういえば、言ってた気がするけど……それが一体」
「実は俺も数日前会ったんだよね」
「ええっ」
「それで、口の動きからしてその2つの言葉を言ってたんだけど、聞き取れなくて。なんでだろなーって」
「……もしかして、それが呪いのきっかけの言葉だったのではないでしょうか」
「え?」
わたしとカイルの話を聞いたベルが、持っていた本をパラパラとめくる。
表紙には「禁断の術」とある……。
「そんな本あんのか」
「うん。もちろん、使うためじゃなくて使われたときの対処法のためのものだけど……。あっ、これこれ」
ベルがテーブルの上に本を置いて開いて見せた。
「人心掌握の術」――術者は相手に、術者の決めた特定の言葉を魔力をこめて投げかける。
それを耳にした対象者は思考が停止し、術者に逆らえなくなる。
そして対象者の心に揺さぶりをかけ弱ったところに別の術をかけることができる――言わば呪いの補助のための術のようだ。
――確かに『誤解されるなんて悲しいわ』という言葉のあと、目の前がふらついて彼女を拒絶できなくなった。
そこにグレンさんの悪い噂を無理に聞かされ、心に揺さぶりをかけられた……けど。
「……なんでわたしに"狂気"なんて術を??」
そう言うとみんな首をひねる。
本当に、つくづく疑問だ。戦士でも魔術師でもないわたしを凶暴化させて誰に何の得が?
それに「特定の相手を攻撃させる術」らしいけど、一体誰を攻撃させるつもりだった?
「……ひょっとして、隊長……?」
「えー、グレンさんを? なんで?」
「別れさせ屋か? ……つーか、その術者の女の方がメタメタにされたのはなんでだ? 失敗したってことか?」
「ええと……あっ、これじゃない?」
ベルが人心掌握の術のとある箇所を指さし、それをジャミルがのぞき込んだ。
「『対象者の心を惑わせる際に、対象者にとっての許されざる言葉を言うと術は無効、または最悪術が反転して術者が襲われるケースがある』……か」
「そっか。……あの人、嘘言ってまでグレンさんをいっぱい貶めたから」
「レイチェル……すごかった。ガシャンパリンっていっぱい壊れる音がして……『最低』『何が命令よ、あんたわたしの何』って」
「ちょ、ルカ……!」
まさか暴露されるとは思わず顔がカーッと赤くなる。
出口が分からなくなってたけど、外には全部筒抜けだったの……?
ベルが目を丸くして驚いているのに対しカイルとジャミルはさして驚くでもなく、むしろ「納得」というような顔をしている。
「こえー……。レイチェル凶暴化させるとか相手の女もバカだよな」
「簡単に懐柔できると思ったんだろうな……見た目は大人しそうだから」
「ちょ、ちょっと! 本題からズレてるから! なんであの女はわたしを惑わしてグレンさんを襲わせようとしたかっていう話でしょ!」
「さっきも言ったけど、やっぱ別れさせたかったんじゃね? 相手の名前からして」
大慌てで話を戻すと、机にあごを置いたジャミルが禁呪の本を目的なくパラパラめくりながらそう呟いた。
「名前……」
「その名前、"不和"、"争い"って意味の言葉だからな。グレンの悪い話吹き込んだとこに凶暴化の術かけてケンカ別れさせて、横取りしようとしたとか」
「……人の恋人取るのが好きな奴いるもんな」
「でもなんだか支離滅裂ですわ。一度ここで、彼女達の情報を整理した方がいいのでは?」
「確かに――」
「……へえ~、『禁呪・呪いは天を蝕み、光を喰らう』『満月は魔力が高まり、新月は呪いをより持続させる。太陽は全てを破滅させる』『いずれも術者が最強だと思う言葉を呪文として発動する』……かぁ。おっかねー」
「……兄貴。それはあとで……」
「あ、わりい」
禁呪の本の内容に興味があるらしいジャミルが名残惜しそうに本を閉じる。
机に置かれたその黒い本を見て、わたしは身震いしてしまう。
(満月……呪い……禁呪……)
別世界の――それどころか架空の事象としか思えないものが、全て現実のものとして襲いかかってくる。
運良く無事だったけれど、恐ろしくてたまらない――。
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