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11章 色と名前のない世界

5話 少しの晴れ間

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 ――最近妙に関わることになっている一派。
 
 アーテ・デュスノミア――カイルに魅了の術をかけてこのパーティをかき回し、カイルを血の宝玉にしようとしていた人。
 カイルの話だと「副隊長さん」とことあるごとに呼びかけて触ってきたらしいから、もしかして「副隊長さん」が思考停止をさせる呪文だったのかもしれない。
 呪文が効かなかったのはカイルの真名まなを知らない上、彼女もエリスと同じくカイルのカンに触ることを言ったりしたりしていたから。
 名前の意味は"愚か"、"破滅"、"不法"。
 
 エリス・ディスコルディア――アーテが"お姉様"と呼び、付き従う人。
 ベルをさらうように命じて、仲間入りを提案してきた人。
 人の心をのぞいて悩みを引き出して自分に依存させ、お金を限界まで奪って禁呪の"血の宝玉"を作り出す。
 わたしに狂気ルナティックをかけようとして失敗。カイルを誘惑しようともしたらしい。
 名前は紋章持ちでないベルにも分かるくらいに不吉な呪いの名前。
 意味は"不和"、"争い"、"災いの母"。
 
 カイル曰く、本名は"テレーゼ"。
 "エリス"と名乗ることで、キャプテンやルカみたいに髪と眼の色を変えているようだ。
 なぜカイルがそんなことを? と問うと、どうも時間を越える直前に会ったことがあるとかないとか――。
 
「……確かなのかよ、それ」
「うん。あのリンゴの香りに覚えがある……証拠はないけど間違いないよ。それで……その時、もう一人……」
 
 そう言ったところでカイルは手で頭を抑えて唸る。
 
「……大丈夫?」
「うん……ごめん。ずっと考えてたんだけど、やっぱりこれ以上は思い出そうにないな……でも、確かに彼女を"テレーゼ様"と呼びかける人物がいたんだ」
「では、その人がテレーゼという女性に呪いの名前を付けたのでしょうか……」
「黒幕はそいつってことか? じゃあ、そいつがあの赤眼のおっさんに『宝玉を試してこい』って命令して……それで、中身は光の塾の……」
「……ロゴス……血の……宝玉」
「!」
 
 黙って聞いていたルカがぽつりと呟く。
 あの光景を知らないとはいえ、こんな話をするべきじゃなかっただろうか……。
 
「ルカ、あの……」
「大丈夫」
「本当……?」
「うん。お兄ちゃまが、光の塾の本当の話を少しずつ知っていこうって……怖いこと不安なことがあったら僕も一緒に考えるって、言ってくれてる」
「そっか……」
 
「……あの人、わたしや他の子をその玉にして『この誤った世界を創り直すいしずえになってもらう』って言っていた。前にここに来た"破滅"の女の人や、テレーゼという人よりもずっと魔力は上。破滅の人からもあの占いのテントからも紋章の波動を感じなかったけれど、あの人には紋章が……それも、額に宿っている」
「額に、紋章?」
「そう。あれが光ったら、わたしもお兄ちゃまも身動きがとれなくなった」
 
「……手の甲だけではないのね……」
「世界を創り直す礎って何だろうか……?」
「……アレだな、予想以上にやべえ奴らに目つけられてるってことだよな……どうすんだ? セルジュ卿にまた報告すんのか?」
「いや……」
 
「こんにちは――っ!!」
「!!」
 
 突然甲高い大声とともに食堂の扉がバターンと開け放たれ、全員ビクッとなる。
 でも声の主を確認すると、すぐにみんな顔がほころんだ。
 
「あ、あ……フランツ!?」
 
 そこに立っていたのは、数週間前セルジュ様に引き取られていったフランツだった。
 後ろにはセルジュ様もいる。
 
「これはセルジュ様……」
 
 カイルがすぐさま立ち上がって礼をする。
 この人に一連の流れを報告するかを話している途中だったので少し気まずい。
 別に悪いことをしているわけではないんだけど……。
 
「急に来てしまって申し訳ありません」
「とんでもありません。……何かあったのでしょうか?」
「いえ、今回は全く私用で。光の塾の件も一段落したので、フランツが改めて皆さんに礼を言いたいと」
「えへへ」
 
 ニコニコ笑いながら、フランツは指で鼻をこする。
 ――なんだかホッとした。
 久しぶりに会ったフランツは砦にいたときとちがって高級そうな服に身を包んでいて、まさしく"貴公子"といったたたずまい。
 だけど間違いなく、ここで一緒に過ごしたフランツだ。
 
 
 ◇
 
 
「えへへ、みんな久しぶり! 元気だった?」
 
 食堂のイスに腰掛けて、ジャミルが作ったオレンジゼリーを食べながらフランツはニコニコと笑う。
 ちなみにセルジュ様はカイルが隊長室へと案内して応対してくれている。
 光の塾のことやフランツのことを話しているのかもしれない。
 貴族の応対って、大変だな……。
 
「まー色々アレだったけど概ね元気だぜ」
「そうね……」
「そうなの? ほんとに?」
「うーん……まあ、色々あったんだよなあ」
「…………そっかぁ」
 
 フランツはそれ以上追求してこなかった。
 ちょっと困ったような顔をしつつも、すぐに興味の対象が向かいに座っている人物に移ったようで表情がパッと明るくなる。
 向かいに座っているのは――。
 
「……ルカなの?」
「うん」
「ルカも色々あったみたいだね。……ディオールの人だったんだ」
「うん。手紙に、そのこと……書くから」
「へへ、待ってるからね。そっちの色もすごくかわいいよ」
「ありがとう。あの……わたしの本当の名前、アリシアっていうの」
「かわいい名前だね」
「ありがとう。でも、ルカって呼んでくれて、かまわな――」
「じゃあ、これからは"アリシア"って呼ぶね」
「えっ」
「いいんでしょ?」
「……うん。そっちが、本名だし……」
「じゃあ、アリシア。これからも、よろしくね」
「う、うん」
 
 フランツがルカの手を握りながら、にっこり笑った。
 
「「「…………」」」
 
 ――なんだかこっちまでドキドキしてしまう。
 ちらりとジャミルとベルの方に目をやると、わたしと同じに顔が少し赤くなっている。
 フランツ……なんてまっすぐで積極的なんだろう。よわい10歳にして、貴公子ぶりがすごい。
 
 仲良く話しているフランツとルカを見て、つくづく思う。
 アルゴスの襲撃の際、2人ともいなくてよかった。
 もしフランツが、ルカがあの場にいて、あんな光景を目の当たりにしたら?
 ひょっとしたら一生消えない心の傷を負っていたかもしれない。
 今回のことは、2人に関しては本当にたまたま巡り合わせがよかった。
 でも……。
 
(駄目……)
 
 頭に一瞬浮かんだ暗い考えを、誰にも見えないところで首を振りながら打ち消す。
 
「レイチェル姉ちゃん」
「んっ?」
「アニキ……じゃなくて、グレンさんは?」
「あ……」
「魔物退治とかかなあ? おれ、会いたいよう」
「…………」
 
 何も知らないフランツが無邪気にわたしを見上げてきて、どう言っていいものか返答に窮してしまう。
 少しの間のあと、口を開いたのはルカだった。
 
「……おにい、ちゃまは、病気。きっと寝ている」
「えっ、そうなんだ。じゃあ、会えないかなあ……って、なんで今"お兄ちゃま"って言ったの? 本当のお兄さんに会えたのにさ、変なの~」
「……原点、回帰」
「げんてんかいき……??」
 
「……あの、えと、ちょっと待っててね、フランツ。ひょっとしたら起きてるかもしれないし、少し話できないか聞いてくるから!」
「あ、うん」
 
 
 ◇
 
 
 食堂を出て、わたしはグレンさんの部屋に向かった。
 赤眼を隠さないといけなくなるだろうけど、フランツと話すことで少しでも気が紛れれば……そう思って、あの日以来ずっと開くことがなかった彼の部屋の扉をノックする。
 
「グレンさん」
 
 ――返事はない。
 眠っているんだろうか。それともまさか、倒れたりとか……。
 
「……っ、グレンさん、あの……フランツが、来てるの。グレンさんに、会いたがって……」
 
 そう言いかけたところで、扉が少し開いた。
 
「あ……」
 
 扉が開いたのはいいけど、嬉しいという気持ちにはなれない。
 ほんの少し開いた扉の隙間から見える彼の部屋は真っ暗だ。
 今はまだお昼すぎなのに……カーテンを閉め切っているにしても、こんなに暗くなるものだろうか?
 彼の部屋は南に配置されているから、日が全く射さないことなんてことはないはず。
 それに……彼の顔が全然見えない。それなのに目の赤い輝きだけがはっきりと見て取れる。
 部屋の暗さをより際立たせる赤い光――今この扉の向こうにいるのは、本当に彼なんだろうか?
 
「あ、あの……」
「…………」
 
 言葉が出てこない。
 キャプテン――アルゴスと対峙した時と同じ。
 正体不明のプレッシャーに押し潰されそうになる。
 
「あの、フ、フランツが」
「会わない」
「え……」
「会わない。……早く、追い返せ」
「な……そ、そんな」
 
 バタンと扉が勢いよく閉まる。
 鍵がかかった音はしないから開いているけれど、開ける勇気がない。
 
『早く追い返せ』
 
(なんで……? なんでそんなこと言うの……)
 
 
 ◇
 
 
「ごめんね、フランツ。やっぱりグレンさん、具合が悪いみたいで。うつってもいけないし、今日は会えないって」
「そっかぁ……会いたかったけど、仕方ないね……」
 
 まさか本当のことを言うわけにいかず会えない旨だけ伝えると、フランツは少し寂しそうに笑った。
 
「ごめんね……」
 
 胸が詰まる。
 
 ――嫌だな。
 顔を合わせたくないのは分かったけど、『追い返せ』なんてひどいよ。
 
 
 その後、空が少し灰色になってきたのを見たセルジュ様が「天気が悪くなる前に帰ろう」とフランツに声をかけにきた。
 馬車に乗る前にフランツはルカの手の甲にキスをして、そして「手紙待ってるからね」と言い残して去って行った。
 やはり貴公子だ。もしかして将来、結婚しちゃったりとか……?
 そんなことを考えていると、顔に何か冷たいものが。
 
「あ……雪」
「あらら、本当」
 
 雪がふわふわと舞い落ちてきた。
 今年は初めてだ。夜は冷え込みそう――……。
 
「……!」
 
 空を見上げた時に視界に"あるもの"が映り込んできて、わたしは固まってしまう。
 そこはちょうど、"彼"の部屋のある位置――わずかに開いたカーテンの隙間から、彼の姿が見えた。
 光のない部屋にたたずむ彼の顔に表情はない。
 存在を主張するかのように光るその赤い目は、一体どこを見ているのだろう。
 
 分からなくなってくる。
 あの人は、わたしの知っている「グレンさん」なの? 
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