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九話 私の居場所
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庭を一周して部屋へと帰ろうとしたミラの耳に、サマンサの笑い声が聞こえ、ミラは思わず足を止めた。
どうやら庭でお茶をしているらしく、視線を向けるとその先にサマンサとロンの姿が見えた。
「お嬢様、こちらから参りましょう。」
すかさずリサがミラの進行方向を変えようとしたのだが、ミラはサマンサと視線が合い、小さくため息をついた。
-いい機会かもしれないわ。どうせなら妹とこのまま別れたくないもの。それに、婚約者であったロンとも、ちゃんと別れはしておきたいし。
「お姉様・・・・。」
サマンサは立ち上がり、動揺するように視線を泳がせた。そんなサマンサを庇うようにしてロンは立つと、ミラに向かって言った。
「部屋から出てこないと聞いていたが?」
ミラは歩み寄ると、美しく礼をし、ロンに言った。
「ごきげんよう。シェザー様。本日お越しになっていたとは知らず、挨拶が遅くなり申し訳ありません。」
「君とはもう会うつもりはなかったよ。」
冷たい視線と声に、もう幼い頃に自分と遊び、笑い、そして日々を積み重ねていたロンはいないのだなと、悲しく思った。
けれども、瞼を閉じれば、出会った頃のロンの笑顔を思い出す。
薔薇の花束を初めてもらった時には顔を真っ赤にしていたなと、懐かしささえ感じる。
机には、ロンからもらったであろう薔薇の花束が飾られており、ミラは苦笑を浮かべた。
「ご気分を害したのならば申し訳ありません。でも、私も、もうすぐアンシェスター家へ発ちますし、ここでお会いできて良かったです。」
「何だと?・・・何か、文句でもあるのか?」
ミラはロンのこちらを警戒する様子に、少し悲しく思いながら言った。
「・・文句などありませんよ。ただ、シェザー様はサマンサが好きだと、教えてくれたらよかったのに。とは少し思いました。」
「なっ・・・」
「お姉様?」
動揺する二人に、ミラは笑顔を向けた。
「幸せになって下さいね。シェザー様、サマンサをお願いします。サマンサ、元気でね。」
ミラはそう言ってその場を去ろうとしたのだが、その腕をロンが掴み、怒鳴るような口調で言った。
「お前のそういう所が、昔から気に入らなかった。」
「いっ・・・」
ぎりぎりと手を強く握られ、ミラは驚く。
ロンは奥歯を噛み、ぎりりっと鳴らすと言った。
「お前は昔からそうだ。昔からお前と比べられ続けて、私がどれだけ苦しい思いをしたか!」
-苦しんでいたの?
いつも笑顔で、爽やかな印象であったロンの言葉に、ミラは自分はロンの何も見ていなかったのだとその時初めて知った。
ロンはにやりと笑うと、ミラを引き寄せて耳元でささやいた。
「戦場の悪魔がお前にはふさわしい。せいぜい、南の地で、一人、孤独に過ごすのだな。あぁ、もしかしたら毎晩、戦場の悪魔に苦しめられるかもしれないが、お前の自業自得だ。お前は冷たい女なのだから。」
あまりにも冷ややかな声に、ミラは怖くなった。
本当に、目の前にいる人はロンなのだろうかと恐ろしくなる。
だが、サマンサの横に戻ったロンはいつもの爽やかな笑みを浮かべて言った。
「私は幸せになるよ。愛する、サマンサと共にね。」
優しくサマンサを引き寄せ、ロンはその頬にキスをする。
先程までミラを見て動揺していたサマンサは、顔を真っ赤に染めた。
「ろ、ロン様!お姉様の前で恥ずかしいです。」
「いいじゃないか。愛しいサマンサ。」
「も、もう!でも・・お姉様、お姉様に幸せになってって言ってもらえてとても嬉しいです。私、お姉様の分も幸せになりますね。」
その言葉に、ミラは思わず目を見開いた。
サマンサは何の悪気もなく、天使のような笑顔で言った。
「だってお姉様が私の代わりになって下さるから、私はここで幸せになれるのですもの!これで不幸になったら神様から罰があたっちゃいます。」
-それは、私が幸せにはなれないという事?
ミラは、自分は愚かだなと、心の中で静かに思った。嫌いになれれば簡単なのに、そうも出来ず、偽善的な自分の心がひどく醜く思えて、苦しくなる。
「お手紙書くわね。それに、お姉様が心配だから、会いにいくわ!そしたら、お姉様も幸せでしょう?」
ミラは静かな声で、答えた。
「いいえ。来ないで。・・・だって、貴方は公爵家の大切な跡取りだもの。ね?」
「あ、そうですね。私も頑張って、立派な公爵家の跡取りとして頑張ります!」
「・・・では、失礼するわ。」
ミラは、足早にその場から立ち去る。
やめておけばよかったのだ。会わなければよかった。
胸の中に渦巻き始めたどす黒い感情にミラは流されそうになり、それを必死に堪えながら、自室に戻る。
そして、侍女達を外に出して、一人、机に置かれていた、アンシェスター家から届いた手紙を抱きしめた。
「・・・私は、会った事もない人からの手紙に・・・縋る事しかできないのね。」
ずっと一緒にいたはずの家族の誰一人にも縋ることは出来ないのに、会った事もない、見た事もない人からの手紙に縋るしかない自分に、ミラは、涙がでた。
「う・・・ぅぅ・・・・」
泣いてばかりいる自分が、弱く思えて、ミラはせめて声だけはと、嗚咽を押し殺して、涙を流した。
どうやら庭でお茶をしているらしく、視線を向けるとその先にサマンサとロンの姿が見えた。
「お嬢様、こちらから参りましょう。」
すかさずリサがミラの進行方向を変えようとしたのだが、ミラはサマンサと視線が合い、小さくため息をついた。
-いい機会かもしれないわ。どうせなら妹とこのまま別れたくないもの。それに、婚約者であったロンとも、ちゃんと別れはしておきたいし。
「お姉様・・・・。」
サマンサは立ち上がり、動揺するように視線を泳がせた。そんなサマンサを庇うようにしてロンは立つと、ミラに向かって言った。
「部屋から出てこないと聞いていたが?」
ミラは歩み寄ると、美しく礼をし、ロンに言った。
「ごきげんよう。シェザー様。本日お越しになっていたとは知らず、挨拶が遅くなり申し訳ありません。」
「君とはもう会うつもりはなかったよ。」
冷たい視線と声に、もう幼い頃に自分と遊び、笑い、そして日々を積み重ねていたロンはいないのだなと、悲しく思った。
けれども、瞼を閉じれば、出会った頃のロンの笑顔を思い出す。
薔薇の花束を初めてもらった時には顔を真っ赤にしていたなと、懐かしささえ感じる。
机には、ロンからもらったであろう薔薇の花束が飾られており、ミラは苦笑を浮かべた。
「ご気分を害したのならば申し訳ありません。でも、私も、もうすぐアンシェスター家へ発ちますし、ここでお会いできて良かったです。」
「何だと?・・・何か、文句でもあるのか?」
ミラはロンのこちらを警戒する様子に、少し悲しく思いながら言った。
「・・文句などありませんよ。ただ、シェザー様はサマンサが好きだと、教えてくれたらよかったのに。とは少し思いました。」
「なっ・・・」
「お姉様?」
動揺する二人に、ミラは笑顔を向けた。
「幸せになって下さいね。シェザー様、サマンサをお願いします。サマンサ、元気でね。」
ミラはそう言ってその場を去ろうとしたのだが、その腕をロンが掴み、怒鳴るような口調で言った。
「お前のそういう所が、昔から気に入らなかった。」
「いっ・・・」
ぎりぎりと手を強く握られ、ミラは驚く。
ロンは奥歯を噛み、ぎりりっと鳴らすと言った。
「お前は昔からそうだ。昔からお前と比べられ続けて、私がどれだけ苦しい思いをしたか!」
-苦しんでいたの?
いつも笑顔で、爽やかな印象であったロンの言葉に、ミラは自分はロンの何も見ていなかったのだとその時初めて知った。
ロンはにやりと笑うと、ミラを引き寄せて耳元でささやいた。
「戦場の悪魔がお前にはふさわしい。せいぜい、南の地で、一人、孤独に過ごすのだな。あぁ、もしかしたら毎晩、戦場の悪魔に苦しめられるかもしれないが、お前の自業自得だ。お前は冷たい女なのだから。」
あまりにも冷ややかな声に、ミラは怖くなった。
本当に、目の前にいる人はロンなのだろうかと恐ろしくなる。
だが、サマンサの横に戻ったロンはいつもの爽やかな笑みを浮かべて言った。
「私は幸せになるよ。愛する、サマンサと共にね。」
優しくサマンサを引き寄せ、ロンはその頬にキスをする。
先程までミラを見て動揺していたサマンサは、顔を真っ赤に染めた。
「ろ、ロン様!お姉様の前で恥ずかしいです。」
「いいじゃないか。愛しいサマンサ。」
「も、もう!でも・・お姉様、お姉様に幸せになってって言ってもらえてとても嬉しいです。私、お姉様の分も幸せになりますね。」
その言葉に、ミラは思わず目を見開いた。
サマンサは何の悪気もなく、天使のような笑顔で言った。
「だってお姉様が私の代わりになって下さるから、私はここで幸せになれるのですもの!これで不幸になったら神様から罰があたっちゃいます。」
-それは、私が幸せにはなれないという事?
ミラは、自分は愚かだなと、心の中で静かに思った。嫌いになれれば簡単なのに、そうも出来ず、偽善的な自分の心がひどく醜く思えて、苦しくなる。
「お手紙書くわね。それに、お姉様が心配だから、会いにいくわ!そしたら、お姉様も幸せでしょう?」
ミラは静かな声で、答えた。
「いいえ。来ないで。・・・だって、貴方は公爵家の大切な跡取りだもの。ね?」
「あ、そうですね。私も頑張って、立派な公爵家の跡取りとして頑張ります!」
「・・・では、失礼するわ。」
ミラは、足早にその場から立ち去る。
やめておけばよかったのだ。会わなければよかった。
胸の中に渦巻き始めたどす黒い感情にミラは流されそうになり、それを必死に堪えながら、自室に戻る。
そして、侍女達を外に出して、一人、机に置かれていた、アンシェスター家から届いた手紙を抱きしめた。
「・・・私は、会った事もない人からの手紙に・・・縋る事しかできないのね。」
ずっと一緒にいたはずの家族の誰一人にも縋ることは出来ないのに、会った事もない、見た事もない人からの手紙に縋るしかない自分に、ミラは、涙がでた。
「う・・・ぅぅ・・・・」
泣いてばかりいる自分が、弱く思えて、ミラはせめて声だけはと、嗚咽を押し殺して、涙を流した。
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