デッドエンドウォー シンフォニア

紅雪

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44.そんなオマケはいらねぇ、鉄拳

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-CAZH社 本社13階 開発本部 ソリューション&テクノロジー部-

眠そうな眼でディスプレイを見ながら、キーボードを打つ水守。
「はぁ・・・」
ひと段落ついたのか、溜息を漏らすと額に右手の甲を添えて、椅子の背もたれに背中を預ける。
足を組んで、後頭部までも椅子の背もたれに押し付けると、ゆっくりと目を閉じた。タイトスカートから延びる足の先では、踵を外したパンプスを足先でぶらっと弄ぶ。体調不良ではないのかと思えるほど、水守の顔と動作には疲労感が浮かんでいる。
「AIを人と同程度までに進化させようというのは人の傲慢?」

誰にともなく中空に向かって、水守は一人呟く。深く沈めた背中も、閉じた瞼も変わらず、吐息を吐くように。

「AIなのだから自我というものは存在しない。しかし、イドは存在している気がする。」

水守は眼鏡を外すと、目を開けずに机の上に放り投げる。自分の仕事机なのだから勝手を知っているのだろう。キーボードの前に着地した眼鏡は、滑ってキーボードで止まる。

「これは長年抱えられてきた問題なのよね。行き詰る場所、先の見えない巨大な壁、人が越えた事のないその先へ辿り着くのは無理なのかしら。」

マッサージするように、目頭を親指と人差し指で摘まむ。何度かその指を動かすと、無音で溜息を吐き出す。

「最初に生まれるのはイド。成長の過程でエゴが形成される。昔、そんな事を提唱した人が居たけれど、AIに超自我を持たせる事は可能なのかしら。昔の人は、AIなんて知らないわよね。」

口元を少し吊り上げふっと息を漏らす。自分で言っている事が馬鹿らしいと思い、水守は自嘲した。

その時、水守の部屋のドアがノックされる。

「入っていいわよ。」
水守は言いながら起き上がり、机上に放った眼鏡を摘まみ上げると、顔に戻す。
「失礼します。」
「宇吏津くんも眠そうね。送ってくれたログは確認したわよ。」
入ってきた人物、宇吏津に水守はそう言った。眠そうな眼の下には、影が出来ているところみると、宇吏津も相当疲れているのではないかと思って。
「おそらく、横になったら暫く起き上がれそうにないですね。」
「ごめん、鞭打って。」
「はい。まだ寝るわけにはいかないですからね。」
水守の言葉に、宇吏津は苦笑しながら頷いた。

「早速本題なのだけど、1つめの問題、稼働ログ。」
「人に合わせるという観点から、休憩や睡眠時という設定で一時的な稼働停止が必要です。」
「えぇ、ただここ1ヵ月程まったく休んでいないわ。これはELINEAが求める欲求と矛盾しているわね。」
水守は宇吏津に、室内にある椅子に座るよう促しながら言う。

ELINEAには人に近付くため、同様の事をするように伝えてある。実際に停止するわけではなく、ゲームからのログアウト相当の行動を実施する。
何日もログインし続けるのは、プレイヤーと関わる時点で不自然が目立つ。人の行動時間がバラバラである以上、いずれ疑惑となるからだ。
そもそもHMDが体調を感知して強制ログアウトさせる機能を持っているわけだから、ゲーム内に存在し続けるのは人ではないと疑う格好の材料となる。
では何故ELINEAがその行動をとれるかというと、その判断はELINEAに任せているからだ。不定期な人の活動時間に合わせるためには、本人に一任するしかない。例えば、決まって0時になったら活動停止するという方が不自然なのは目に見えて明らかなのだから。

「はい。そこはELINEAも理解している筈なのですが・・・」

「それと合わせて会話ログ。やはりこの前の一件から一貫しているわね。」
「はい。ソロで戦う意味、理由等の会話が突出して増えています。」
ELINEAは人の行動、心理を学ぶためと言い張っていたが、こちらから伝えているのはあくまで協調性を持っての話しだ。何故そこに拘っているのか、現時点では不明なのだが。

「それに伴う行動ログ。」
「こちらの言うことを無視して、時折ソロで魔獣討伐をしているようです。」

そこまで話すと水守はまた、椅子の背もたれに背を預けて溜息を吐く。
「ソロで戦うなとは言わないけれど、それはELINEAの本分ではないのよ。」
「明らかに当初の計画とは外れてきていますね。」
宇吏津も頷きながら同意する。
「本来、プログラムには無い行動が増えてきています。ある程度は自由意志なのですが、こちらの言う事には従うようになっている筈ですよね。」
「えぇ。でも、もともとある程度の自由行動は範疇なのよ。問題なのは目的を履き違えているところ。」
「もう一度話す必要はありますね。」
溜息混じりに言う宇吏津に、水守は態勢を起こして肘を机に付いてから口を開く。

「それで是正されればいいのだけど。」
そう言った水守の表情は、先程までと違って厳しいものになっていた。宇吏津はその表情から、おそらくELINEAの軌道修正にそれほど猶予はないのだろうと思わされた。
「どうするんですか?」
「もちろん、ELINEAの稼働停止とプロジェクトの凍結よ。」
恐る恐る聞く宇吏津に、水守は間髪入れずにはっきりと答えた。その態度から、もう決定事項なのだろうと推察出来た。もう少しなんて言葉は、認めないと言うように。

「皮肉なものですね。」
その決定に、宇吏津は自嘲するように呟いた。
「人に昇華させようとしているのに、結局プログラムとしか扱っていないところが?」
「そうです。」
水守も宇吏津も、それは最初から分かっていた事だったが、いざ停止という言葉で改めて認識させられると、宇吏津にとっては何処か寂しがあった。
「人は進化と発展を、そうして繰り返してきたのよね。」
「割り切れますか?」
「そうするしか、ないでしょう?」
宇吏津は、水守が最後疑問形の言葉にしたのは、本当は水守も割り切れていないのではないかと思わされた。
だがその真意を確かめることは、宇吏津には出来なかった。

「ELINEAと話す準備が出来たら、また来ます。」
「えぇ、お願い。」

宇吏津が出ていくと、水守はまた背もたれに寄り掛かり、眼鏡を外して放り投げる。今度はキーボードに当たると、弾んでカーペットの上に落下した。水守はそれを気にせず、目を閉じて深く息を吸い込むと、ゆっくりと上に向かって吐き出した。





-都内某所 西園寺邸-

都内の一等地に居を構える西園寺宗太郎。洋風の2階建ての建屋は好まず、当の本人は平屋の大きな建屋に籠っている事が多い。
一区画全て西園寺の敷地になっており、枯山水の庭、石橋の掛かった錦鯉の泳ぐ池、形の整えられた植木などが敷地内には見受けられる。
正門には黒の背広を着た男性が二人立っており、邸宅へ近づく者を見張っているようだった。

その邸宅内、庭石の上を渡るように歩く女性。女性は平屋の軒先まで辿り着くと声を上げる。
「終わったわ。」
それだけ言うと、硝子の引き戸が開いている縁側の通路に腰掛ける。秋も近付いているというのに、未だ陽射しは強く照り付け、庭の照り返す熱が肌を焼くようだった。
縁側は日陰になっているが、残暑が厳しい現代では風通しのいい此の場所も、涼しさを感じることは出来なかった。
「早かったな。流石は麻璃亜だ。」

和室の奥から貫禄のある老年の男性が、縁側に現れながらそう言った。太く低い声は、それだけで威圧感を放っているように聞こえる。
「若造議員の尻拭いなぞ本来ならば御免だが、儂には要るものが要るんでな。手間を取らせた。」
和室と縁側の段差に腰を下ろし、男性は胡坐をかいて座るとそう言った。顔には笑みを浮かべているが、貫禄のある顔立ちでは不敵な笑みを浮かべているように見える。
「いえ。大した事ではないわ。」
黒咲はそれだけ言うと、笑みを作ってみせる。
「また夢那のところに戻るのだろう?」
「えぇ。」
「分かった、引き続き頼むぞ。」
男性はそれだけ言うと、腰を上げて立とうとする。
「ひとつ・・・」
それを引き止めるように黒咲が口を開く。男性は腰を上げるのを止め、続きを促すように顎で示す。
「お願いがあるの。」
「おぅ。言ってみろ。麻璃亜は儂の子飼いの中でも有数の稼ぎ手だからな。そんな畏まらなくとも大体の望みは叶えてやっているだろう。」
男性がそう言っても、少し躊躇うように黒咲は口を閉じたまま曖昧な表情をする。

「時間が、欲しいの。」
少しの間を置いてから、黒咲はそれだけ言った。男性は一瞬目を見開くが、直ぐに口の端を吊り上げて笑む。
「はっはっは。お前もかなりの強欲よな。」
男性は大きな声で笑うと、掌で膝を打ち軽快な音を立てた。
「そりゃ儂とて時間は欲しい。若い頃は思いもしなかったが、この歳になると老いさらばえる自分の身体が恨めしい。その歳でそれを望むとは、儂よりも欲深だな。」
男性は豪快に笑いながら言うも、黒咲の方は戸惑った表情でいた。
「そうじゃないの。」
「ん、ではなんだ?」
困った顔をする黒咲に、男性は笑みを消して問い直す。
「時間と言っても、自分の時間が欲しいの。」
黒咲が躊躇いながら言うと、男性の顔が強張り眼が細くなっていった。人によってはそれだけで委縮してしまいそうな表情に、黒咲も緊張する。
「つまり、もっと仕事を減らせという事か?」
低い声音で男性が言うも、黒咲は目を逸らすだけで何も言えなかった。

「儂には金も必要だが、計画の成功も必須だ。夢那の我儘で参画させてはいるが、それも重要な仕事ではある・・・」
男性は黒咲の方をずっと見据えて考えていたが、顔を逸らしたままの黒咲に向かって静かに口を開いた。
「分かった。計画の目途が立つまでは喫急の案件でもない限り避けておこう。それでいいか。」
「・・・えぇ、ありがとう。」
少しの間を置いて、黒咲はそう言うと頭を下げた。
「では、引き続き頼んだぞ。」
男性はもう一度そう言うと、今度こそ腰を上げて和室の奥へと戻っていった。

唇を引き結んでいた黒咲は、男性が居なくなって暫くしてから顔を上げる。その表情は悔恨と虚無が綯い交ぜになったようにも見える。普段の黒咲を知っているものがいるとすれば、別人にすら見えたかもしれない。
引き結んでいた唇の端からは、唇を噛んでいたのか血が滲み、やがて朱線を引いていく。

「・・・」
黒咲は無音で溜息をつくように息を吐き出すと立ち上がる。立ち去り際には、潤んでいた瞳から一粒の雫を残し西園寺邸を後にした。





「ユアキス。」
クエストに向かうため街から出ると、アヤカが声を掛けてくる。
「ん?」
「その武器はなんですの?」
気付いてしまったか、しょうがない。俺は片手剣を腰から引き抜くと、得意げな顔でアヤカに見せる。
「昨日材料がそろったから作ったんだよ、新し武ぐぅ・・・」
このアホカめ、腹にグーとかびっくりするからやめろっての。
「ユアキスのくせに生意気ですわ。」
またそれか。
しかも今回はグーまでプラスしやがって。

「実は、あたしも作れたんだけど・・・」
それを見ていた月下が、俺の状況を見て控えめに言う。
「まぁ、素晴らしいですわ。これで戦力増強ですわね。」
「はい、頑張ります!」
・・・
何も言うまい。分かりきっていた事じゃないか。所詮、俺の扱いなんてそんなものさ。

「まぁ、元気出しなよユアキス。いつもの事じゃないか。」
元気無さそうなタッキーに、覇気の無い声で慰められたくねぇ。
こいつはこいつで、マリアが来ないから元気が無いんだろうな。本当に現金な奴だ。ただ、明日くらいには合流してくるだろうけど、そんな事は口が裂けても言えないな。

「しかし、気が滅入る景色ですね。」
「どっちがだ?」
姫が苦笑しながら言うので聞いてみる。単純に疑問だったんだ。地底ばかりのクエストで、代わり映えしない景色の話しをしているのか。
それとも、元気のないタッキーが視界に入り続ける事なのか。
「え、聞きますか、それ?」
と言ってタッキーの方を、柔らかい笑みを浮かべながら見る。

・・・
何気に黒いよな、姫って。

「何を止まっていますの?早く行きますわよ。」
黙れ。
レイピアを振りながら急かすアリシアを横目で見て思う。敵も居ないのに武器を振っているのは、新調したレイピアを見せたいのだろう。
だが触れてはやらん。

新しい街に来てからというもの、事あるごとに着いて来るアリシアとエメラ。流石に最近は、鬱陶しくなってきた。これならまだ、戦闘開始と同時に潜伏スキル発動していた昔の方がまだいい気がする。
いや、そんなスキルは無いけど。

「そうだな、とりあえずクエストに行こうぜ。」
「そうだね。」
「ユアキス。」
歩き始めた俺に、タッキーも頷いて歩き始める。同様に姫と月下が続き、アヤカも歩き始めるが、俺の隣に来ると声を掛けてくる。
「今度はなんだ?」
「このクエストが終わったら、太刀の材料集めでしたわよね?」
・・・
あのな。
「誰が何時決めたよ、初耳だっての。」
阿呆くさ。手伝って欲しいなら、素直にそう言えばいいじゃねぇか。今更そんな茶番、するまでもないだろう。

「ユアキス。」
「だから、なんだよ。」
「このクエストが終わったら、太刀の材料集めでしたわよね?」
今度は太刀の柄に手をかけて、笑顔で聞いてきた。
くそ、アホカめ・・・
結局こうなるんだよな。
「あぁ、そうだったなー。」
「棒読みですよ。」
俺の言葉に、姫が笑いながら突っ込んできた。まぁ、そりゃ棒読みにもなるだろう。だが、アヤカにはそれで十分だ。認めさえすれば満足するんだから。

「さ、早くクエストを終わらせに行きますわよ。」
まぁ、アヤカも現金だよな。
そう思いながら、先頭を歩き出したアヤカに続いた。




「お嬢様。誰も新調したレイピアには触れませんでしたね。」
レイピアを納刀してアリシアは無言で歩き始める。
「それどころか、相手にされていませんよ。」
「エメラ、少し煩いですわ。」
「あ、失礼しました。」
アリシアは不機嫌そうに言うと、エメラもそれ以上、この話題に触れることはしなかった。
無言のまま、前を行くユアキスのパーティに付いていくだけで。
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