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46.ここぞとばかりに、報復

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「そんな攻撃で、わたくしを止められると思っていますの!」
うるせぇ・・・
「お嬢様、大物を攻撃しましょうよ。」

クエストLV12-15 焦閃龍エベリヌスの討伐。
まぁ、でかい蜥蜴なんだが、こいつの動きが速い。長くもない四足で地面を這いずり回るから追いかけるのが大変だ。長くもないとは言ったが、巨体なので俺らより大きいが。
こいつが高速で這ってきてからの、身体を回転させて繰り出してくる尻尾がかなりうざい。威力もそこそこだが、戦闘フィールドの端まで吹っ飛ばされる。起き上がって戦闘に戻るまでのラグが毎度面倒だ。しかも、切っても一定時間後には再生する。

「エメラ、そういう事はまずあの蜥蜴に追いつていから言って欲しいですわ。」
「だって、追いついた時には居ないんですよ。」
だったら何処か別のところで遊んでくれ。

エベリヌスが尻尾攻撃から、回転するようにプレイヤーから距離を取ると、鎌首をもたげる。
時折来るあれが危険だ。高速で首を巡らし、標的を決めると口を開く。その口腔が光を収束し、直後に放出。橙色の閃光が一直線に迸るが、食らえば瀕死になるほどのダメージを受ける。
閃光が着弾した地面は穴が開き、そこから煙が立ち昇っていたのを見たときは、ぞっとした。ゲームとはいえ、あんなものは食らいたくない。

「突きの軸がぶれてますわよエメラ。突きと言うのはこうするのですわ!」
ここは稽古場じゃねぇ・・・
もう帰れ。
しかも、蜥蜴に躱されてるじゃねぇか。
「お嬢様こそ、態勢が崩れてるじゃないですか。」
「今のは蜥蜴が悪いんですわ!」
・・・

ただ、そんなブレスも、エベリヌスの弱点だと気付いた。これはたまただが、ブレスの直前、タッキーの放った爆破弾が頭部に直撃したとき、ブレスが口腔内で暴発してダウンしたんだ。つまり、ブレスは攻撃に転じる機会でもあった。何度か試したので間違いはないだろう。
たまたまとはいえ、これはタッキーのお手柄だ。女子にデレデレしてるだけじゃなくて良かったよ。

「さあ、後方の憂いは断ちましたわ。思う存分戦いなさいユアキス!」
「お嬢様、また現れましたわ。」
「・・・」

「さっきからうるせぇ!幾らでも沸く雑魚を相手にしてないで本体を攻撃しろ!」
「まぁ!!」
しまった!
言った直後、喜々としたアリシアの顔を見て気付く。だがもう後の祭りだ・・・
「このわたくしの力が必要だと。仕方がありませんわぁ。」
「お嬢様、それ気のせいですよ、多分。」

最近、その手の事を言わなくなったと思っていたのだが、代わりに戦闘中にボス以外と戦ったり、他の事したりとうるさかった。
おそらく、手伝えという言葉を待っていたんだろう。今の反応を見る限り間違いじゃなさそうだ。だけど、あまりに鬱陶しいのでつい、口走ってしまった・・・。

「いくよ!」
その時、月下の掛け声がフィールドに響く。アリシアの事を後悔している場合じゃない、攻撃の準備をしなければ。アホの相手をしている暇は無い。

アヤカとマリアに攻撃を仕掛けたエベリヌスが、二人から距離を取るが、ちょうどそこで月下が待ち構えていた。鎌首をもたげ、標的を決めると口を大きく開ける。
そこへ月下が槍斧を下から上方へ振り上げた。渾身の打ち上げはエベリヌスの顎に見事に命中し、閉じられた口からは橙色の閃光が漏れ、口腔内では小さな爆発が起きた。
「っしゃぁ!」
決めた月下は小さくガッツポーズをして咆えると、直ぐ様槍斧を振り被って跳躍する。目の前ではエベリヌスが、爆破の衝撃で横倒しに倒れていった。

今が総攻撃のチャンス。毎回、何処に飛び退いてブレスを吐くか分からないため、狙うのが難しい。だから、この機会を逃すわけにはいかない。

「マリア、やりますわよ。」
「分かってる。」

飛び上がった月下は、タッキーの銃弾を受けて光る槍斧を、エベリヌスの頭部に打ち下ろす。閃光と爆音が迸る中、アヤカとマリアの連撃が交錯する。
「ユアキス!」
「任せろ。」
俺も姫の雷矢を連撃の途中に受け取り、神速の雷閃襲乱。俺が考えたわけじゃなく、SSSの名前なんだが。大そうな名前だが、ようは雷を纏った片手剣の6連突きなだけ。
だが、威力はかなりのものだ。攻撃力の低い俺にとって、数少ない決め手の一つになっている。LV12のクエスト素材で武器を作ってよかったわ。

6人の総攻撃は、エベリヌスのHPを大きく減らしていった。
実は、総攻撃が可能な敵はそんなに多くない。エベリヌスのように大きな隙が出来る敵が少ないからだ。もちろん、攻略法として決める手段はあるのかもしれないが、この面子だ。適当な俺を含め、期待できるものじゃない。

「もう少しだね。」
「ああ。」
攻撃の手は休めず、そう言う月下に頷く。
「月下、特大のいくよ。」
「まっかせろ!」
そこへタッキーが二丁拳銃を構えて声を上げる。月下はそれに応えると、槍斧を肩に担いで大跳躍する。
「あら、止めはお姉さんがもらうわよ。」
「させませんわ!」
そこは共闘しろよ・・・
だが、俺も負けてられない。出遅れたがボスのHPはまだ少し残っている。俺にもまだチャンスはあるだろう。そう思って姫の方を見ると、察したのか頷いてくれた。

先陣を切った月下の振り被りに、タッキーの銃弾が届く直前。
「アリシアー・・・」

やーめーろぉー・・・

「ゴッドピアース!!」

そのださい名前はいい加減止めてくれ。

その声にタイミングがずれたのか、月下の振りが早く、銃弾が槍斧に当たらず通り過ぎて行った。
「あぁっ!・・・」
「そんなぁ・・・」
月下の悲痛な叫びと、タッキーの落胆する声が響く。くそぅ、あの時俺が余計な事を言ってしまったのが悔やまれる。

アリシアはあの名前に味を占めたのか、オルデラを倒して以来度々叫んでいる。勘弁してほしい。そうは思うが、何度も聞いている所為か、だんだん気にならなくなってきているのも事実だ。
慣れって怖いな・・・

とは言えだ、実際問題影響が出ているのも事実。明らかに邪魔じゃねぇか。

「あら、倒せませんわ。」

アリシア渾身の攻撃も、エベリヌスが倒されることはなかった。良かった。あれで倒されたら、アリシアが余計に調子づいてしまうからな。
ざまぁみろ。
これで少しは大人しくなってくれるといいんだが。

だが、このままではすまさん!
俺はエベリヌスを攻撃しながら、アリシアの方に顔を向ける。
「ぷっ。」
ニヤっとしながら笑ってやる。それにアリシアは気付いたようで、みるみる表情が変わっていく。
「ユアキス!今わたくしを馬鹿にしましたわね!そこへ直りなさい!」
頬を膨らませながら俺に向かってレイピアを突き付けるアリシア。だが俺は今忙しい、相手をしている暇なんかない。

「あぁ!やられましたわ・・・」
そこでアヤカの落胆する声が聞こえた。どうやらエベリヌスを倒したらしいが、アヤカが止めをさせなかったんだな。
まぁ、どうでもいい。
「あたしもぉ、渾身の一撃をミスるなんて悔しい。」
月下の場合、明らかにアリシアの影響だよな。あいつが飛び込んで来なければ、月下とタッキーの連携も決まっていただろうに。

「よし、一旦街に戻ろうぜ。」
消え去ったエベリヌスを確認すると、俺はみんなに言う。
「休憩ね。」
「うん、僕もなんか、どっと疲れたよ。」
街に戻る事で、みんな一致したので帰ることにした。現実的な問題として、このレベルのクエストまで来ると、連続でこなすのは正直厳しい。
敵が強い所為か、戦闘に時間がかかるからだろう。

「待ちなさいユアキス。」
「やなこった。」

街に向かい始めた俺に、アリシアが追い縋ってくるが、俺は逃げるように街へと向かって走り出した。





-CAZH社 自社データセンター サーバールーム 管理室-

「黒咲くん、以前より楽しそうにプレイしているね。」
美馬津はエベリヌス戦が終わったディスプレイを見ながらそう口にすると、禍月は冷めた視線を美馬津の方に向ける。その視線に、美馬津は疑問顔になった、何かおかしな事を言っただろうかと。
「あたしは呼び捨てなのに、まりあにはくんを付けるんだなー。」
「あ、たまたま・・・」
美馬津は言われた事に戸惑い、それだけ言って考える仕草をする。
「言われてみるとなんでだろう?多分、雰囲気でそう呼んでしまったんだろうね。何かを意識しているわけじゃないんだ。」

「ふーん、そうですかー。」
「なんだよ。」
「別に、大した意味はない。単に違うなと思って言ってみただけだ。」
思わせぶりな態度をしてみたが、禍月にとっては言葉通りの意味しかなかった。が、美馬津は気にしたのか、少し考えてから口を開く。
「そうか。じゃぁ呼び方を変えようか、夢那くん。」
美馬津がそう言った瞬間、禍月は信じられないものを見るような眼を美馬津に向ける。
「・・・やめろ、きもい。」
そのままの表情で禍月はぼそりと言う。
「え・・・」
その反応に、美馬津もどうしていいか分からずに、それだけ漏らすと固まってしまった。

「ところでしゅにん、最近顔色がいいなー。」
禍月は今のやりとりが無かったかのように、八鍬に話しを振る。八鍬はディスプレイから目を離し顔を上げた。
「そうか?だとすれば、禍月が来たおかげだろう。以前よりもちゃんと休息が取れているからな。」
八鍬はそんな事を気にした事は無かったが、言われてみればそうかと思った。ただ、時間が出来たからといって家に戻る理由もないので、データセンターに籠り続けている事に変わりはない。
「下手をすれば倒れていた可能性もありますからね。」
「それは美馬津も一緒だろう。」
苦笑して言う美馬津に、八鍬も思い出すよう言った。

「それよりも、禍月の方が逆に休めていないだろう。」
八鍬も美馬津も、禍月が来たことにより休めるようにはなったが、禍月がこの部屋にいる時間は二人で交代していた時よりも長い。今のところ、疲れているようには見えなかったから何も言わずにいたが、ちょうどいい機会なので八鍬は懸念を口にした。
「あたしは慣れてるからなー、あんまり気にならない。以前に比べればまだましだしなー。」
「そうか、ならいいんだが。休みたい時があれば、何時でも言っていいぞ。今なら私と美馬津でも問題ないしな。」

経過観察も順調であり、休息も取れているため、禍月が多少いなくともなんとかなると八鍬は思って言った。
「んじゃ、近々半日くらい休憩もらおっかなー。」
禍月は両手を頭の後ろに回してから少し考えるとそう言った。
「あぁ、好きにすればいい。」
「珍しいね、禍月が休みを欲しいなんて。」
「あっきー、あたしだって人間だぞー。散歩くらいしたい時もある。」
普段、ろくに休もうともしない禍月だから美馬津は言ったが、禍月に冷めた目で言い返される。
「あぁごめん、そうだよね。」
此処に長く居る所為か、そんな当たり前の事すら気に掛けられなくなっていたのかと美馬津は自責し、禍月に謝った。
「そんな神妙になるなー。あたしは好きでやってるだけだからなー。」
「そうか、ならいいんだけど。」
禍月はそれを聞くと、ディスプレイに視線を戻した。

そこに映っているのはいつも通りユアキスのパーティだが、ある一点にのみ視線を固定する。そこに映っているキャラを見て禍月は、多少口元を綻ばせた。
八鍬と美馬津には背を向けている格好となるため、二人には見られずに。





-ニベルレイス 第7層 双見の間-
クエストLV14-7 先見のイグニアの討伐

「ぐ・・・」
倒れ込むように膝を着いたイグニアを見下ろす一人の女性。見下ろす視線は酷く冷酷な色を携えているようにも見えた。

「どこまで、人間は我々の地を蹂躙するのか・・・」

「どこまで、人間は我々の同胞を手に掛けるのか・・・」

「どこまで、人間は我々の故郷を奪えば気が済むのか・・・」

「どこまで、人間は欲望のままに世界を踏み荒らすのか・・・」

「どこまで・・・」

イグニアはそこで力尽き、石畳の床にうつ伏せになり動かなくなった。

両手に持った片手剣を鞘に納めると、ELINEAは消えていくイグニアを見つめ、消えた後もその虚空をずっと見つめていた。

「何故孤独を好むのか・・・私は・・・分からない。」

「自分の力を誇示するため?何のために?誰のために?孤独で誇示する意味は何処にあるの?」
ELINEAは疑問を口にすると、左手で拳を作り見つめる。

「拒んで、拒んで、否定する・・・どうして・・・私には分からない。」

「自分だけが自分を否定する。何故鍵の無い牢獄に閉じ籠るの?何故周囲までも否定するの?だったら、何故今生きているの?」
ELIENAは疑問を口にすると、右手を上方に向かって伸ばし、指先を見つめる。

「独りは、楽しくない。」

「独りは、達成を共感出来ない。」

「独りは、苦労も語れない。」

「独りを望むくせに、何故この場所に居る?」

「否定したって此処に居る。」

「拒んだって周囲に居る。」

「牢獄に籠っても存在する。」

「関りを拒否するくせに、何故ここに来る?」

両手を胸の前に持ってくると、何もない間を見ながらELINEAは呟く。小さな声で、呟いては疑問を並べていく。

「私は・・・何の為に・・・」
ELINEAはそう言うと、膝から崩れて石畳の床に座り込んだ。
「水守も宇吏津も教えてはくれない。私は、自分で答えを出さなければならないんだ。」
床に手を着いて、石畳の床を無言のまま見つめ続ける。

どれくらいの時間が経っただろうか、やがてELINEAはゆっくりと立ち上がる。顔を天に向けると、天井でうっすらと発光する無数の光を見つめた。
「そうか・・・」
ELINEAは呟くと、口の端を吊り上げて笑んだ。
「水守、宇吏津、私やっとわかったよ。」
目を細めて笑うELINEAの表情は、何処か怪しい笑みに見えた。
「そうだったんだね。」

ELINEAはそう言うと、その場から姿を消した。


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