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77.ついに手に入れた、神石

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-CAZH社 本社ビル13F 開発本部-

「チーフ・・・」
浮かない顔、というよりは追い詰められたような顔で宇吏津が水守を見る。その視線の先で、水守は宇吏津よりも険しい表情をしていた。眉間に皺を寄せ、苦虫を噛み潰したように。
「どうなっているのよ。まさか、誰かが移動させたの?」
「それは、限りなく無い可能性です。」
理由は分からないが、ELINEAが現稼働サーバーに存在する事は間違いない事実から、宇吏津はそう言った。限りなく無いと言ったのは、旧筐体から移動させる事はかなり困難だからなのだが、手段が不明な以上無いとは言い切れない。
「その根拠は?」
「そもそも現在は僕しかアクセス出来ないようにしています。それに、インターフェースも筐体から取り外していますし。仮に取り付けたとしても、アクセス出来なければサーバーの設定を変更する事は出来ません。だから、ネットワーク経由で移動させる事は出来ない筈なんです。」
「・・・」
水守の問いに宇吏津が答えると、水守は無言で唸った。

「もう、隠しておくのは厳しくなってきたのよ。知っているでしょ?」
「はい、例の件ですね。カスタマーにも問い合わせが日に日に増えているようです。」
プロジェクトが凍結されてから、事後処理に追われている中、嫌でも周りの状況は耳に入って来ていた。それに対しお互いに苦い思いが込み上げて来る。確定情報ではないが、ELINEAが原因だろうという話しであれば、そう思わざるを得ない水守と宇吏津だった。
「流石に上も進退が問われている状況になっているわ。もう私や宇吏津くんだけの問題じゃなくなっているの。」
「自分の事は仕方ないですが、彼女だけはどうにかしてやりたいですね。」
宇吏津自身はプロジェクトが頓挫した時点で覚悟はしていたが、その前にELINEAだけはどうにかしたいと、ずっと考えていた。作成から成長まで、ずっと見守ってきた事もあり、今のELINEAではなく、本来あるべき筈だった彼女へと、せめて道筋くらい作れないかと。

「プロジェクトに巻き込んだ私の事、恨んでる?」
「いえ、そんな事はありません。むしろ、ELINEAと関われた事は嬉しかったので、感謝していますよ。」
「そう・・・」
笑みを浮かべて言う宇吏津に、水守は安堵よりも不安で言葉を漏らした。おそらく宇吏津の言葉は本心ではあるだろうが、本当のところは分からない。それ以上に、やはり自分が巻き込んでしまった事の方が重く圧し掛かっている現状が、そうさせたのかもしれない。

「今更ですが、おかしな話しですよね。」
「え?」
水守に対しての思いより、宇吏津は気になる事があって話しを変えた。
「会社のプロジェクトなのに極秘であり、そもそも会社自体がそのプロジェクトを知らない。専務を含む数人しか関わっていないんですよ?おかしいと思わない方が不思議ですよ。」
「・・・」
本当に今更な疑問だなと思いつつも、ELINEAと関わっている間、宇吏津はその事を気にしないようにしていた。だが現状になって、隅に押しやっていたその疑問が肥大し、口に出さずにはいられなくなった。だが、その疑問に水守は無言で目を逸らす。
「何か、知っているんですか?」
その態度を見て宇吏津は疑念が出てきたが、水守が首を横に振った事で霧散する。
「知っているという程ではないの。ただ、かなりの大物が関わっているらしいという事だけは、聞いたのよ。」
「それだけでも、大事じゃないですか・・・」
内容に関しては知らないも同然だが、話しが大きすぎる事に宇吏津は溜息を吐くように言った。

企業の一端を利用して秘密裏に事を進めようとするのは、それなりの大物だというのは容易に想像できる。その一端に自分が巻き込まれていたとなると、宇吏津は憤りよりも虚しさの方が込み上げてきた。
「ただ、成功すれば会社にとっても有益だ、その言葉に乗ったのは間違いないわ。私だって、もっと上に行きたかったもの。」
「別にチーフがどうのこうのとは思っていませんよ。」
切なそうに言う水守の事は、宇吏津自身気にしてはいなかった。それは会社人としてごく当然な事の一つでもあるからだ。
「ELINEAは、何のために存在するんでしょうね。」
宇吏津は一連の出来事から、疑問を口にするとある事に気付いた。何故こんな虚しい思いをするのか、それはELINEAの存在なんだと。短い間だが、一緒に成長してきた。それがAIであれ、宇吏津にとっては子供のような感覚で接していた。
それがこの顛末だと、自分自身もELINEAも何のために存在していたのか分からなくなったためなんだと。
「本来の目的は、私にも分からないわ。」

「とりあえず、ELINEAを何とかしないといけませんね。」
「そうね。」
末端の人間に情報が下りて来る事など無いだろう。おそらく、何も知らないまま、その知らない何かに自分は会社を辞める結果になる。そんな思いはあるが、現状を何とかしなければと宇吏津は気を取り直して言った。
「とは言え、見当も付かないのが現状なんですが。」
「美馬津に聞いてみるわ。」
「美馬津さんですか?」
水守が出した名前に、何故その名前が出て来るのか宇吏津は疑問を浮かべる。
「そう。あいつも人に言えない何かに関わっているようだから、何かを知っている可能性はあるわ。ただ、教えてくれる可能性は低いけれど。」
「それでも、可能性があるなら・・・ですね。」
「えぇ。」





こういうのを満身創痍と言うのだろう。
疲れた。

というか、このクエストが何故LV13のサブクエストとして存在しているのか意味が不明だ。その辺の意図は製作側じゃないと分からないかも知れないが。
はっきり言ってLV16のクエストの方が楽なのは間違いない。それほどまでに神石は凄いのか?数値上だけで言えば間違いなく今の武器よりも上だ。が、その差に関しては使ってみない事には実感がわかない。

だけど、アイテムをこんなに使ったのは久しぶりだ。殆ど残ってねぇ・・・
それは他のメンバーも同様のようだが。アヤカを除いてはな。あいつ殆ど使わないからな。
もしかして、苦労の一端はアヤカにあるんじゃね?
そんな事すら思う。

そんなアヤカは太刀を地面に刺し、杖にするような感じで立っているが、その表情は口惜しいと言わんばかりだ。睨み付ける視線の先には、レイピアを天を穿つように掲げたアリシアの姿。当然、その顔は勝ち誇っている。
いや、勝ったんだからいいじゃねぇか。
とは思わない。今までの二人のやりとりを見ていればこそ。この前、アヤカが屋上で言っていた事を考えれば、そう思わされた。まぁ、その反面、どうでもいいと言えばどうでもいいんだが、という思いもある。

しかし、豪語していただけあって、アリシアの強化はそれなりのものだった。生身でありながら、プレイヤーと変わらないくらいの動きが一番の驚きだ。もちろん、レイピア自体の攻撃力も上昇している。
一体どうなってるんだ?

「さぁ、跪きなさい。」、
アリシアは勝ち誇ったまま、レイピアの先を天から地へと振り下ろした。
「いや、それもう終わったから。」
「そうだよ、飽きたし。」
「戦闘の前にそんな決め事はしてませんよ。」
俺を含め口々に言われると、アリシアの顔が引き攣っていく。姫の言う通り、事前に話しが出ていたならば話しは別だが。まぁ、拒否するが。
アヤカとの諍いに関しては聞いてないので知った事ではない。
「卑怯ですわ!」
「卑怯も何も、やる前に決めて無かっただけじゃねぇか。」
「だったら、次から再開ですわ。」
いや、やらねぇ。
「僕はいいけどね。」
黙れ。
「えぇ・・・飽きたし何か違うのにしようよ。」
「私もそれに賛成です。」
「確かに、何かノルマがあった方が面白いからな、違うのにするってのは良い案じゃねぇか。」
「言われてみれば、僕もその方がいいかも。」
マリアも頷いているので、ほぼ満場一致のようだ。アヤカは反応しないが、アリシアは悔しそうな表情をする。

「でしたら、次は何にしますの?」
納得はいってなさそうだが、取り合えず今回は呑むことにしたようだ。
「それより、先ず武器だろう。」
「そうですわ!」
俺が言うと、アヤカが勢いよく立ち上がった。まさか本来の目的を悔しさで忘れていたとかじゃないだろうな。あれだけ、騒いでいたくせに。
「みんな作りたいものがあってこの戦闘に来たんだ。鍛冶屋の後でもいいだろ?」
「仕方ありませんわね。」
俺が言うと、渋々だがアリシアは剣を納めたので、街に戻る事にした。



そわそわし過ぎだろう・・・
鍛冶屋の前でうろうろするアヤカを見て、俺は呆れていた。作った武器を早く確認したくてたまらないのだろう。
「落ち着け。外に出るのは全員でな。」
「わ、分かってますわ。」
口ではそう言うが、身体は徐々に街の出口の方に動いている。アホだ。

そんなアホは放置して、俺はクエストの確認をする。みんな武器に気を取られて、まだ誰も確認していないようなので。オルデラのクエストを報告したことで、新たなサブクエストが発生したと表示されていたんだ。
今回の内容を考えれば、またろくでもない難易度なんだろうなとシステムデバイスを確認する。
LV毎にクエストを制覇すると付くクリアマークがあるんだが、LV15に付いていた筈のマークが消えていた。つまり、LV15に発生したって事だな。

・・・
「やってられるかバカヤロー!」
このゲームで何回やったか分からない、システムデバイスを投げつける動作をまたもしてしまった。
「あ、なんか荒れてる。」
丁度鍛冶屋から出てきたタッキーに、その行動を目撃される。
「どうしたの?」
「いや、新しいサブクエストが・・・」
口に出したくもないのでそこまで言うと止める。そうする事で、各自がシステムデバイスを開いて確認し始めた。
「げ・・・」
「うわ・・・」
まぁ、その反応になるのも分かる。だが、嫌そうな顔をする月下とタッキーと違い、アヤカは不敵な笑みを浮かべていた。
「試し斬りには丁度いいですわ。」
不敵と言うより、妖しいと言った方が正解かもしれない。
「だね。あたしも次こそ叩き潰す。」
それに感化され、月下までも悪い顔をし出した。

LV15 サブクエスト イヴェルカの野望

野望どころか人生ごと終わってしまえ。

「でも、また神石を貰えるんだね。今度は防具とかかな?」
冷静にクエスト情報を眺めていたタッキーがそんな事を言った。が、俺は知っている、武器作成時に確認したからな。
「甘々ですわ。神石武器は強化派生が可能なんですのよ。」
・・・
武器だけはしっかりと確認するんだな。
「大典太も強化するとちゃんと銘が入り、大典太光世になりますわ。ですが、派生先はどういう原理か不明ですが、三日月になるのですわ。」
原理もクソもゲームだからな。その三日月というのは知らんが、気にする事じゃない。
「私が思うに、今までの流れからすれば三日月にも銘が入る。つまり、三日月の強化は三日月宗近になると思いますわ。」
そこまで予想を始めたか。
「倒すたびに神石を貰えるのかしら?」
「いや、初回報酬って書いてあるぞ。」
「な・・・なんて事ですの、コレクションのためには神石が足りませんわ!」
どうでもいいな。
しかし、すっかりゲーマーじゃねぇか。

「それで、街の外に行くのよね?」
「あぁ。全員終わったようだし、取り合えず出てみるか。」
マリアの言葉に頷きながらアヤカを見ると、そんな事すら忘れていたようで、言われてはっとしていた。どんだけ妄想してんだよ。




「良い・・・良いですわ。」
街の外に出ると同時に、いの一番に抜刀したアヤカは、うっとりとした視線で大典太を見つめていた。
屋上で不覚にも可愛いと思ってしまったのは、気の迷いどころか完全に気のせいだろう。うん、間違いない。

アヤカはさておき、それぞれが作成した武器を確認していた。やっぱり、チラつかせられてお預けだった期間が長かったのもあり、ちょっと感動するよな。
俺も自分の武器を見ながらそんな事を思った。他の片手剣に比べて細身ではあるが、透き通るような白銀の刀身は、見ているだけで高揚感のようなものが湧いて来る。
瞬光エルディア
暫くはこの武器に頼る事になるんだろうな。

「まずいですわ。」
各自が神石で制作した武器を確認していると、緊張を含んだアリシアの声が発せられた。アリシアが送っている視線の先を見ると、そこに現れたのはELINEAだった。
また来たのか・・・
急いでログアウトしないと。
そんな事を思い始める前、ELINEAを確認したアリシアは直ぐ様抜剣、同時にELINEAの姿にノイズの様なものが迸った。

「避けろ!!」
全員がシステムデバイスを開いている中、一人出さずに太刀を構えたアヤカの前に現れたELINEAを見た瞬間、俺はそう叫んでいた。
咄嗟に頭を下げたアヤカの頭上をELINEAの片手剣が通過する。受け止めようとした太刀は、半ばから切断されていた。
ELINEAは片手剣を振り抜いたタイミングでまた姿が霞む。叫んだ俺の声に反応したのか、今度は俺の目の前に現れ片手剣を振り被った。
「やらせませんわ!」
あの時と同じ、バチっという音と共にアリシアのレイピアがELINEAの片手剣を防ぐ。だがELINEAは予想をしていたのか、表情を変えずにまた姿が霞んだ。
(まさか、俺はアリシアを引き付けるためのフェイント?何処だ!?)

慌てて辺りを見回すと、アヤカの背後に片手剣を振り被ったELINEAを確認。いつの間にかアヤカの方へアリシアは移動していたが、間に合いそうにない。
そう思った直後、またもバチっという音と共にELINEAの片手剣が防がれる。
(あれは・・・)
俺の目に映ったのは、短刀でELINEAの攻撃を受け止めているマリアだった。普段使っている小太刀とは見た目が違うので、通常の武器ではないのだろう。おそらく、アリシアが使っているレイピアと同じじゃないのか?
だとすれば、アリシアに武器を与えている奴に用意してもらった可能性が高いな。

(って、そんな事を考えている場合じゃない。)
この非現実に、月下も姫もログアウトをするの忘れ硬直している。
「早くログアウトしろ!」
俺の声に我に返った二人は、慌ててシステムデバイスを操作した。その間にELINEAの姿が霞み、また見えなくなる。
(くそ!今度は何処だ!?)
だが、高速で動くアリシアが視界に入り、それを追っていくとタッキーの方だった。アリシアの異常な反応速度は、タッキーの真横に現れたELINEAの片手剣を寸でのところで防ぐ。
「しつこいですわよ!」
「!!」
だが、その後に翻ったELINEAの左手は、タッキーの首を宙に飛ばしていた。
「中島ぁっ!!」
思わず叫んだが、中島のキャラはそのまま消失した。多分、強制ログアウトになったのだろう。
「調子に乗り過ぎですわ!」
ELINEAの片手剣を弾いてからのアリシアの突きは、腹部へ直撃してELIENAが後方に吹っ飛ばされ着地した。

「お前たち人間は卑怯だ!!」
そのELINEAは着地した後、俺の方を睨み腹部を抑えながら叫ぶ。
卑怯?
「回避出来ない攻撃をしてくるお前こそなんなんだよ。」
「そこの女、それともう一人見えない奴、そいつらは私と何が違う!?同じじゃないか!」
言ってる意味が分からねぇ。
「違うだろうが。」
「何が違う?ゲームで定められた以外の能力を使っているじゃないか!」
「お前から他の奴を守るために使っただけだ、お前みたいに人を攻撃したりなんかしてない!」
違うとすればそこだ。俺たちは普通にゲームを楽しんでいるだけで、誰かを攻撃したりしようなんて考えない。
「私だって、守るために戦った!」
ELINEAはそう言うと、更に視線を鋭くした。だけど、その表情は何処か悲しげだった。

「私が使ったら、蔑み、罵倒し、排除しようとした。なのになんでそいつらはそうされない!それは私は人間じゃないからか?人間は良くて、何故私は駄目なんだ!」
・・・
「私は、人の助けになるために作られ、そう教えられて来た。だから、いつの間にか持っていたこの力だって、助けるために与えられたものだと思って使ったんだ。なのに、人間はそんな私を軽蔑した!」
・・・
俺には、分からない。何も言えない。その状況になった事がないから、今ELINEAが思っている事を、分かれる筈もない。人に対しての怒りを言葉に出しながら、泣きそうな顔をしているELINEAを見ても、理解してやれない。
「挙句の果てに、言葉も聞いてもらえず、一時は排除された。何故なんだ、私は駄目で、何故そいつらはいいんだ!」
ELINEAは片手剣をマリアに向けて言った。泣きそうというよりは、涙が出てないだけで、もう泣き喚いているようにしか見えなかった。
「人間は良くて、AIは駄目だと言うなら、最初から創って欲しくなんかなかった。こんな思いをするくらいなら、存在なんかしたくなかった!!」
・・・

「だから、私はお前たち人間を許さない。違う・・・お前たちをどうにかしてやらないと、私がどうにかなりそうだからだ!」
悲痛な叫びを発したELINEAの前に、アリシアがゆっくりと歩を進め始めレイピアを構える。
「人がそれを是とするなら通る道理は無い、あなたのはただの子供の駄々でしかありませんわ!」
言い終わると同時に高速で間合いを詰めたアリシアの突きは、ELINEAの胸元に吸い込まれるように直撃した。泣きじゃくっているようなELINEAの顔が歪み、後方に勢いよく吹き飛ぶと、地面を滑って転がった。
「人のため云々を語る前に、まず人が何なのか知るところから出直して来なさい!」
転がったELINEAを追いかけ、アリシアは言いながら追い打ちをかけた。その突きは、ELIENAの眉間を穿つと、ELINEAは一瞬仰け反って消滅した。

「またも逃げられましたわ。」
アリシアは俺たちの前の戻って来ると、溜息混じりに言った。しかし、何も思いつかない、言えない俺と違って、はっきりしてるよな。
「アリシアは強いな。」
俺がそう言うと、アリシアは一瞬目を大きくして直ぐに顔を逸らした。
「そんな立派なものじゃありませんわ。わたくしだって、この世界に来たときは随分と、自分の境遇を呪いましたわ。ユアキスや他の人間に当たり散らしたい衝動にも駆られましたし。」
「そう、なんだな。」
そりゃそうか。考え無しは、俺の方だな。アリシアに睨まれてそう思った。
「当たり前ですわ。知らない世界に独り放り込まれ、葛藤しない方がおかしいですわ。」
「本当に・・・アリシアは強いよ。」
「わたくしの事より、タッキーを守れませんでしたわ・・・」
アリシアはそう言うと、悔しそうな顔をした。本当は、ゲームのキャラどころじゃない時間をずっと過ごしているはずなのに。
「死んだわけじゃないから、気にするな。」
「分かりましたわ。」
アリシアはそう言うが、表情は浮かないままだった。

「今日は解散した方が良さそうだな。」
「そうね。」
「・・・」
既にログアウトしている月下と姫は居ないが、残ったメンバーに言う。だが、アヤカは無言のまま歯を喰いしばっていた。納得がいかないのだろう。
気持ちは分からないでもないが、対処しようがないのはどうしようもない。それよりも、だ。俺はそう思うとマリアを見る。マリアは戸惑った態度をしたが、直ぐに頷いてくれた。俺の視線が、事情は聞かせてくれるんだろう?という問いを含んだつもりなんだが、通じて良かった。
「あの小娘、絶対に許しませんわ・・・」
言いたい気持ちも分かるが、攻撃が当たらないんじゃな。
「とりあえず、今日は終わろうぜ。」
「分かってますわ。」
渋々システムデバイスを開くと、アヤカはそう言ってログアウトしていった。余程納得がいかなかったのだろう。続いてマリアも軽く手を振ると、消えていく。

「アリシア、ありがとな。」
「べ、別にいいですわ。」
顔を逸らして言うアリシアを見ると、少し気分が軽くなった気がした。




ログアウトしてリビングに行くと、心配そうにしているヒナが居た。本当は俺がヒナを、大丈夫かどうか確認しに行くつもりだったんだが。
「良かったおにぃ、無事だったんだね。」
「あぁ、綺迦も麻璃亜も無事だ。」
「そう、良かった。」
安堵するヒナを見て、こっちも無事だったから良かったと思うが、そればかりじゃない。
「おにぃ、どうかした?」
そんな俺の不安を察してか、ヒナが首を傾げる。
「中島に連絡しているんだが、応答が無いんだ。」
「それって・・・どういう事?」
「俺にも、状況は分からない・・・」
お互いに俯くと、それ以上会話は無くなる。

無音になったリビングは、まるで知らない場所にいるような気さえした。
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