上 下
67 / 70
姫様暗躍

65.滅亡かと思っていたんだが

しおりを挟む
「で、重要な話しってなんだよ?」

話しが長くなりそうなので、グラードに珈琲のおかわりを用意してもらった。もともと薬の依頼で来た事を考えれば、滞在時間は予定よりも大幅に長くなっている。
「あ、私はそろそろ休憩が終わりなので、寂しいでしょうけど戻りますね。」
・・・
「あ、うん。全然寂しくないけど。」
お前も相手にすんなよ、調子に乗るだろうが。
「えぇ、そんな冷たい事を言わないでくださいよぉ。」
レアネは頬を膨らませながらディディに言う。
「いいから早く戻れ。」
「相変わらずリアさんは冷たいですね。」
これが平常運転なんだが、言うだけ面倒だな。
「また何かあったら呼んでくださいね。」

「相手にすんなよ、かまってちゃんなんだから。」
「えぇ、次から気を付けるわ・・・」
レアネが居なくなった後に小声で言うと、理解したようで後悔を表情に浮かべ、溜息を吐くようにディディは言った。最終的に絡んで来たりするが、基本的には相手にしないのが一番だ。ディディはまだ奴の扱いに慣れて無いからな、仕方が無い。

「まぁいい、本題に入ろうぜ。」
「そうだったわ。」
おい。
「夜会に関してだけど、リアに仕事をしてもらう以外に幾つかの目的があるの。」
「殺す以外にか?」
「うん。」
面倒な事じゃないだろうな。
「他に何かやらせようって気じゃないだろうな?言っとくが俺はやらないぞ。」
本来なら俺が行く事自体避けたいところだからな。
「大丈夫よ。敢えて夜会中を選択したのは、周囲への認知が目的なの。これがまず1つめの条件ね。」
「死んだ、という認識をさせるのであれば夜会である必要はないだろう。」
何れ知れ渡る事だ、夜会である必要性を感じない。アホとは言え、それくらいの事が分からないディディでもないだろうとは思うが。
何か思惑があると考える方が正解か。
「そう、そこなのよ。心不全を起こせるんでしょ?」
「あぁ、そうだが。」
「夜会中であれば誰もが目撃する事になるわ。それが突発的とは言え病的要因だったと知れれば、後から勘ぐられる事もないと思わない?」
そういう事か。
「独りで死んだ場合、病気だったと言っても殺されたんじゃないかと疑う奴は出て来るだろう。それをさせないためって事だな。」
「うん。」
悪くはない選択だ。俺が組み込まれていなければ。
群集心理を利用して既成事実を作ってしまえば、領主は夜会中に発作で死んだという認識が植えつけられる。となれば、薬殺されたなんて誰も詮索しなくなるだろう。
それを詮索しようとする前に、領内から国内と話しが伝え広がる方が早い。マスコミなんか存在しなくても、人の噂なんて何処でも広がっていくものだ。特にこういう話しは拡散性も高そうだしな。

「で、他には?」
夜会を薬殺の場にした理由の1つは分かった。俺としても良い案だろうと思える。
「うん、あたしが居る。」
こいつはなぁ・・・
人に話しを理解してもらおうという気は無いのか?アホだからそこまで考えられないのか?会話に脈絡が無さ過ぎるんだよ。
「それで何を理解しろと?」
「そうね。」
そうねじゃねぇよ。
「前に言った、直轄にする話し。」
それは分かっているが。
「偶然夜会に王室の人間が居るんだものね。」
・・・
何となく意図は分かったが、クイズに対してヒントを小出ししているようで腹立たしい。もう少し淡々と説明してくれないかな。
「その場で領の後継が決まるわけじゃない。だったら、私が領の扱いについて預かっても不思議じゃないじゃない?貴族領とは言え、あくまで王国の土地の一部なんだから。」
そんな事だとは思ったが。
「確かに都合の良い展開だな。そうなる事でごく一部の人間に不安と不信を与えそうではあるが。」
フルオズ男爵が存在する事で、益を得ていた貴族は良い顔をしないだろう。むしろ王室に対し反意を抱く者が出ても不思議じゃない。
「知った事じゃないわね。王国に対して不利益になるような貴族なんて要らないわ。」
随分と強気だな。
「そうなれば誰も苦労なんてしないだろうよ。」
「そうよ。だからこれからそうしていくんじゃない。」
は?

なんてこった。
このアホ姫は自分の事しか考えて無いから、この国に未来は無いと思っていた。現国王にしろ、ユーリウスにしろ、ゼフトにしろ保っている人間はそれなりに歳だ。
そいつらが死んで、ディディが後を継いだ時が終わりだろうと思っていたが・・・
「まさか、国の未来考えてます、的な発想じゃないだろうな?」
「え?何言ってんの、姫なんだから当たり前じゃない。」
うわぁ・・・
ねぇわ。
こいつが言うと胡散臭さが増すな。
「ちょ、何よその顔!あたしがそんな事を考えられるなんて信じられないみたいじゃない!」
正解。
「いや、驚いているだけだ・・・」
率直に言うとさらに脱線しそうなので止めておく。
「人間、立場が変われば振る舞いも変わるのよ。」
何か悟ったような表情で、ディディが頷きながら言う。ちょっとムカつくが。
「まぁ、そうだな。」
俺はまだ信用してないが、まぁいい。

「それより、問題は領民の方だな。それをやるなら時間が限られるんじゃないか?」
「そう?」
むしろそこが重要だと思うんだが。
「解放されて喜ぶんじゃないの?」
「それもあるかも知れない。だがそうじゃない事もあるだろう。」
「リアの方こそはっきりしない物言いね。」
お前にだけは言われたくねぇよ。
「解放は一時的な歓喜を与えるだろうよ。だからと言って生活が激変するわけじゃない、いつもと同じ生活をしつつ、今後に対しての不安が積もっていくんだ。」
「・・・」
ディディは急に真面目な顔になると、顎に指をあてて考え始める。
「次の領主は誰なのか?王室が一旦預かって何をしてくれるのか?前よりも酷い領主があてがわれるのではないか?王室が圧制を強いて来るんじゃないか?」
「時間が経てば経つほど、領民にとって重荷になる?」
「あぁ。」
下手をすれば前よりも不安な生活送る事になっても不思議ではない。
「うん、そうよね。でも、そこまで時間を掛ける気はないわ。」
「なら良いが。」
「それとね、もう一つの事が、それを緩和してくれるんじゃないかな?」
もう一つ?
幾つか目的があると言っていたうちの一つか?まだあるなら、色々と考えてはいるんだな。
俺としてはもう、面倒で仕方がなくなってきたんだが。

「その緩和策ってのは?」
とりあえず聞くだけは聞いておかないとな。現地に俺も行く以上、俺の不利になるような事は避ける必要がある。
「うん、情報のリーク。」
うん、さっぱり分からん、死ね。
と思ったが、説明しようとしているらしく、続けて口を開いた。
「反乱分子、って言い方は良く無いか。とりあえず、フルオズに対して矛を向けようとしている連中に、夜会の情報が伝わるようにしたの。」
何となく分かった。話しの内容ではなくディディの癖が。説明の前に結論や、結果など目的の主となる部分を口にしてしまうのだろう。
まぁ、どうでもいい事を知ってしまったな。
それより待て。
「つまり、そいつらが夜会を襲う算段を付けさせるためにか?」
「そうよ。そうじゃないと意味がないもの。」
意味があるかはさておき、フルオズが発作で死ぬところを見せるという事か。であればそいつらが殺しをする必要はなくなるな。
だが、納得はしないだろう。

積年の思いを何処に吐き出せばいい?
溜め込んだ怒りを何処にぶつければいい?
反乱を起こした重責をどうやって振り払えばいい?
忽然と出来た胸の虚空を誰が埋めてくれる?
「その意図は、何を意味している?」
「分かってる。この前も話しに出たし、難しい事くらい。でも、会話くらいは可能でしょう、だからこそあたしがその場に居なければならないのよ。」
・・・
アホのくせに、真面目な事を言ってやがる。
「絡まった思考を解いてやるのは難しい気はするがな。」
「でも、やらないと何も解決出来ない。」
ふむ。
そこまで考えて覚悟もあるなら放っておくか。もともと俺の領分でもないしな。
しかし、出会った頃に比べると別人だな。
「この国もディディの代で終わるかと思っていたんだがな。」
前から思っていた事を、その懸念が減った事で冗談混じりに言うと、ディディはむすっとした表情をした後に笑みを浮かべる。
「馬鹿言わないでよ、むしろあたしの代が最高だったと言わせて見せるわ。」
へぇ。
そりゃ楽しみだ。
「まぁ、連中は説得するとして、貴族連中はどうする?フルオズのお陰で甘い汁を吸っていた奴は何人か居るだろ。そいつらが王室の直轄や自治領を認めるとも思えないが?」
「だからこその今回。前例を作ってしまえば、後は正面からぶつかれるでしょ、正当な理由で。」
ディディなら確かに、場の空気とか蹴散らしてしまいそうな気はするな。

「つまり、ディディにとっても今回の件は重要って事だな。」
「うん。」
これは、乗っ取るのは難しそうだな。いや、別に乗っ取るのは今後の計画には無いが、出来そうだったらくらいだな。会った当初は、このアホ姫なら行けるとか思った程度だ。
ま、新店舗の展開もあるし、今はそれどころじゃない。
「そりゃ、報酬も弾んでもらわないとな。」
「そこは要相談で。」
・・・
急にケチくさくなったな。
「改変は、お金も掛かるのよ。ちょっと今まで考えなさ過ぎたと思ってね。」
ちっ。
「しかし、よくフルオズの殺害とか考えたな。」
俺は今のところ、自分から殺そうなんて思った事はない。それは生前の精神がどこかで歯止めになっているんだろうと思う。殺しはしておいてなんだが。
「葛藤が無いわけじゃないのよ。」
ディディが苦笑しながら漏らした言葉は、まるで重量があるかのように落ちていった様に感じた。
「それはリアだってそうじゃない?」
「そりゃな。ただ、自分からという決断はした事が無い。」
「言ったでしょ、立場が変わるとって。今の私は一国の姫であり、この世界の住人。これはもう変えようのない事実だもん。」
割り切らなきゃならないのは分かっている。だからこそ手も汚しているわけだが、自分から決断するのは、また意味が違う気がする。
それは、逃げかもしれないが。

「それは分かっているんだけどな。」
その一線は、酷く越えがたい一線なわけだが。
「そこは自分で判断するしかないから、あたしがどうこう言える事じゃないわ。ただ、あたしがそうしたいだけよ。」
思った以上に腹の据わった奴だな。俺は自分の都合の良いようにしか生きてない。だが俺は俺自身なので、ディディの真似をする必要も無い。
「ま、そこはお互いってところだな。」
「そうよ。」
「で、他には。」
「うーん、今のところはこんなところね。後は確度上げるために、何か思いついた事を足すくらいかな。」
俺は終わりの言葉を聞くと、煙管に新しい葉を詰めて火を点けた。紫煙を天井に向かって吐いている間に、ディディも同じ事をする。
「良く考えたじゃねぇか。」
「まぁね。ちなみにリア組は良いけど、他言無用ね。もちろんユーリウスやゼフトにも。」
おいおい。
「リア組は止めろ。それより、この計画は俺らしか知らないのか?」
てっきり城内で協力者や計画を知っている人間は居るものだと思っていたが。
「あのね、あたしが殺すなんて事、許されると思う?」
普通に考えればそうか。
「立場上は、あり得ないな。」
「でしょ。名目上は、フルオズ男爵に領内の状況を見直すように伝える場が出来たって事になっているわ。それが現地での夜会なのよ。」
「なるほどな。姫自ら出向けば邪険にはしないだろう。と、周りからは見えるな。で、その場で事件が起きると。」
「うん。」
シナリオとしては確かに、良く出来ている。ま、精々俺の計画の役には立ってもらうとするか。

「そうだ。」
「ん?」
話しが終わり、やっと店に戻れるなと思ったが、ディディが何かを思い出しやがった。忘れておけよ、アホ。
「例の畑の件、国王に許可を貰ったよ。」
畑の件?
「まさか、忘れてるの?」
「いや、そんな事はない。つまり、俺が世界を取る時がついに来たわけだな。」
危ねぇ、黒竜の事だな。
「そんな事を考えていたの、子供ねぇ・・・」
と言ってディディは冷めた目を俺に向けて紫煙を吐き出す。お前に言われたくはない。ただの乗りだったんだが、突っ込まれるとムカつくな。
「真に受けるなよ。それより、王室管理下になるって事で良いんだな?」
「えぇ、ギルドにも通達を出す予定だから、王室の許可が無いと立ち入る事が出来なくなる。これでいいのよね?」
「あぁ、それで問題無い。」
一番の懸念はギルドだったからな、勝手に討伐に来られても困る。それが無くなったとなれば、リンデを呼びに行く事も可能なわけだが。
「まぁ、そのうち伝えにいくわ。」
「来たら教えてね。」
「しょうがねぇ、ディディも一役買っているからな。」
懸念を払拭してくれたのは間違いないから、呼ぶくらいは問題ないだろう。それもリンデが良いと言えばだが、お人好しだから問題ないか。
「一役どころかあたしのお陰でしょー?」
「はぁ?ふざけんな、俺が声を掛けたからこの話しになったんだろうが。むしろ殆ど俺の手柄だ。」
「もう、男ってどうしてこうなのかしら。」
・・・
何だ、俺が悪いのか?
いやそんな事は無い。呆れた顔で俺を見ているが、お前も大差ないからな。

「さて、あたしは城に戻るわ。」
長居し過ぎだ。
「あぁ。」
「前日に細かい打ち合わせには来るから。」
「あぁ、サーラとレアネも巻き込む方向で良いんだろ?」
「勿論。じゃないと計画に破綻が・・・」
と、ディディがちょっと困った表情をする。
聞いた内容からすれば、城の方では誰も手伝わないだろう。付いても道中の護衛程度だろうか。飽くまで夜会に赴いて事件に巻き込まれる体でなければならないのだから。
「何処までも人をあてにした作戦だな。」
「仕方ないじゃない。」
まぁ、領主を殺すから手伝ってくれなんて言い出したら、姫様御乱心って城内大騒ぎになりそうだもんな。
「それは良いが、ちゃんとあいつらの分の報酬も用意しておけよ。」
「勿論よ。」
「俺はもう一服してから帰るから、先に出ていいぞ。」
「うん、分かった。それじゃまた前日に来るね。」
「あぁ。」
ディディは言うだけ言うと、会計をして足早に出て行った。
やっと・・・
やっと一人で寛げる。

薬の依頼で抜け出しただけなのに、凄い疲れた。
とは言っても、自分の店で聞くか、カフェで聞くかの差でしかない事を考えれば、まだこっちの方が気は楽か。



俺は店に戻ると、ティアリから依頼された薬の確認をする。ベンクロニムにしろテドロキシムにしろ量が少ない。前者はもともと多くないが、後者は地域的な問題で入手が困難だ。
普通の毒物の方が需要としてはあるんじゃないかと思ったが、意外と出ない。俺がそういう薬を用意出来るというのが、知れた事も一因ではありそうだが。となると、価格も一律じゃなく、物によって変えた方が良い気もするな。
俺としてはベラヒメやトリカーブといった毒の方が出てくれるとありがたい。その辺で採れる植物から抽出可能だからな。今後は相手の意向だけでなく、薬の捌き方まで考慮した方が良さそうだ。

それはそれとして、入手のし易さで言えばテドロキシムだが、これは海が近くないとまず無理だ。そっちの流通が確保出来れば、価格もそこまで気にする必要もなさそうだが・・・

髭面に頼んでみるか?
いや、奴が乗っているのは客船だ。航海中に獲っている魚は食料確保と、後は髭面の趣味の範疇と考えるのが妥当だろう。
だが、航海も数日に渡ると考えれば、食料的な都合上漁師と伝手がある可能性はある。今度聞いてみるのもありかもしれないな。だが、出航したばかりだと現地で数日待つ羽目になりそうだが。
その場合は自分で探してみるのもありかもな。どちらにしろ、現地での確保と成分の抽出は必要になってくる。

まぁ、その辺は新店舗が出来てから追々考えるとするか。まずはティアリの薬と、フルオズに使う薬の準備だな。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

異世界薬剤師 ~緑の髪の子~

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:78pt お気に入り:178

魔力∞を魔力0と勘違いされて追放されました

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:610pt お気に入り:9,823

間違い転生!!〜神様の加護をたくさん貰っても それでものんびり自由に生きたい〜

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:4,160pt お気に入り:3,822

迷宮都市の錬金薬師 覚醒スキル【製薬】で今度こそ幸せに暮らします!

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:149pt お気に入り:2,978

無能な癒し手と村で蔑まれ続けましたが、実は聖女クラスらしいです。

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:78pt お気に入り:7,089

天使志望の麻衣ちゃん

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:14pt お気に入り:1

異世界バーテンダー。冒険者が副業で、バーテンダーが本業ですので、お間違いなく。

Gai
ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:6,653pt お気に入り:568

処理中です...