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狂犬姫救世編
8-4
まどろみの中、遠くから微かに音が聞こえてきました。
それは風で青葉が揺れるさざめき。
鳥達が朝を知らせるさえずり。
そんな自然が奏でる環境音を目覚ましに、私は瞼を開きます。
「自然の匂いが濃い……ここは森の中?」
窓から差し込む朝日に照らし出される、木造りの天井に壁。
六メートル四方ほどの屋内には、同じく木で作られた様々な家具が置かれています。
部屋の壁際にはハンモックが吊り下げられていて、私はその内の一つで目を覚ましました。
「自然があるということは、無事地上に戻れたようですわね」
身を起こすと青いマントがずり落ちます。
これは……ジュリアス様が普段纏われている羽織物ですわ。
「ジュリアス様……?」
問いかけても無人の部屋から返事はありません。
マントがあるということは、この近くにはいらっしゃるのでしょうが。
「それはそうと、ジュリアス様の物もそうですが、なぜ私のドレスがここに……?」
魔大陸の戦いから私はずっと、魔道具である漆黒のドレスを着ていました。
しかし今着ているのは、普段着ているお気に入りの赤いドレス。
ジュリアス様も加護の代償で消える直前には、普段の白ではなく黒い衣服を着ていたはずなので、この青いマントがここにあるはずがありません。
「これは一体どういう状況かしら……あら?」
その時、不意に何者かの視線を感じた私は窓の方に目を向けます。
するとそこには――
「……じー」
ふわふわの黒い毛並みをしたわんこが横並びに三匹。
大きな琥珀色の目を興味深げに輝かせながら、じぃっと私の方を見ていました。
そう、ナナカそっくりのわんこ達が。
「もしや獣人族の方々ですか……?」
問いかけると、わんこ達はスッと窓から姿を消します。
直後、小屋の外に向かってその子達と思われる、子供の大きな声が響きました。
「ジュリアス兄ちゃーん! スカーレット姉ちゃんが起きたー!」
それから数十秒後。
「遅いお目覚めだったな、スカーレット」
小屋のドアが開くとそこから白い正装を着たジュリアス様と、窓から私を見ていた三匹のわんこ、もとい獣人族の子供達が入ってきました。
「ごきげんよう、ジュリアス様。とりあえず今の状況を説明していただきたいのですが、その前に――」
興味津々に私の足元まで駆け寄って来るわんこ達に、手の平を差し出します。
「お手」
「わふ!」
高い木々に囲まれ、緑が生い茂る森の中。
朝の木漏れ日を浴びながら、私とジュリアス様は三人の獣人族の子供達に案内されて、村の中を歩いていました。
当初はここに飛ばされてから何があったのか、ジュリアス様に教えていただこうと思ったのですが――
『私も貴女より三十分程早く目を覚ましたに過ぎん。現状に関してはこれから村長に聞きに行こうと思っていたところだ』
だそうで。
未だ私達は魔大陸の戦いからどれだけの時が経ったのか、仲間だった皆様がどうなったのか、あれからこの大陸がどうなったのかも何も知らずにいたのでした。
仲間の皆様に関しては、私が誰よりも信頼しているレオお兄様が一緒にいらっしゃいますし、命に関わるようなことはないと思いますが。
「――それで、私達が精神世界から地上に飛ばされた先が、偶然ナナカの生まれ故郷のこの村だったと?」
「ああ」
パリスタン王国の北方。
大森林地帯に存在する南部ファルコニアの獣人族の村。
確かに以前ナナカから聞いていた、彼の生まれ故郷の場所と一致します。
「出来過ぎた話ですわね」
周囲にはぽつぽつと小屋が点在し、窓からは獣化した状態のもふもふわんこな方々が、じーっとこちらを見ておりました。
かわいらしいですわね。実に微笑ましい光景です。
「同意見だ。私もこれが偶然だとは思えん」
隣を歩くジュリアス様が、思案するように顎先に指を当てます。
「精神世界から飛ばされる直前、脳内に創造神の声が聞こえた」
「オリジン様はなんと?」
「〝尊みが深い〟だそうだ」
「……は?」
まったく意味がわかりません。
眉をひそめる私に、ジュリアス様が肩をすくめました。
「続いて〝良きものを見せてもらった礼に、少しだけサービスをしてやろう〟とも聞こえた」
……調停者には意外と饒舌なのですね、オリジン様は。
「サービス……私達の服やこの村に飛ばしてもらったこともその一環だと?」
「服に関してはそうだろうな」
私達の黒衣はすでに破損が著しく、使い物にならなくなっていましたものね。
せっかくダンテさんから頂いた貴重な魔道具だったのですが……無事でいらっしゃるかしら、ダンテさん。
「だが飛ばす場所に関して言えば、パリスタン王国内の方が我々にとっては都合が良かった」
それはその通りですわね。
パリスタンと比較的近いとはいえ、土地勘がないこの場所に飛ばされてかなり困惑しておりますし。
リンドブルグやエルドランドといった場所に飛ばされるよりは、遥かにマシではあるので、あまり贅沢を言える立場ではありませんが。
「それをあえてここに飛ばしたということは、創造神の気まぐれでなければなにかしらの意味があるのだろうよ」
「それが私達にとって利のあることであれば良いのですが。それにしても――」
手を額に当ててひさしを作り、頭上を見上げます。
木漏れ日の眩しさはまばゆすぎる程で、まるで太陽がいつもより近くにあるように感じました。
太陽神オル・ソレイユ……この日差しの強さも、この世界が今あの方の影響を強く受けているせいでしょうか。
そんなことを考えながら歩いていると、前を行く子供達がこちらに振り返って言いました。
「あっちが村長の家ー!」
「お姉ちゃん達、色々お話聞きたいんでしょー?」
「僕達はこの村の周りからほとんど出ないから外のことはよく分からないけど、じぃじは物知りだからきっと教えてくれるよー!」
ふふ。思わず笑みがこぼれてしまいます。
本当に、なんといい子達なのでしょう。
ナナカから獣人族は他種族に対して警戒心が強いというお話を聞いておりましたが、この子達は随分と人懐こいですわね。
「ありがとうございます。でもどうして皆様は、私達にそれほど良くしてくださるのですか?」
「私も疑問に思っていた。ただの好奇心にしては親切が過ぎるからな」
「ジュリアス様? 言い方に遠慮が無さ過ぎませんか?」
デリカシーゼロのジュリアス様を睨んでいると、子供達の一人が笑顔で言いました。
「ナナカ兄ちゃんから前に手紙をもらってたから! スカーレット姉ちゃんとジュリアス兄ちゃんは、奴隷にされていた同族を救ってくれたんだって!」
「ナナカから? あの子はこの村の出身だったのですか?」
「うん! じぃじの孫だよ!」
そういうことでしたか。
希少種である獣人族の村という時点で、もしかしたらその可能性もあるのではと思いましたが。
これも創造神様の思し召しということかしら。
「それにしてもよく一度も会ったことがない私達を、本人だと信じてくれましたわね」
「確かにな。手紙で聞いただけの見た目の特徴だけでは、信憑性に欠けると思うが」
首を傾げる私とジュリアス様に、子供達は「ふふーん!」と自慢げな顔で言いました。
「分かるよ! 銀髪で赤いドレスが似合うとっても美人なお姉ちゃんと、金髪で無駄に自信満々な王子様でしょ? そのまんまだもん!」
「ふふ。確かにそのままですわ。ね、金髪で無駄に自信満々な王子様?」
「無駄に自信満々ではなく、実力に裏付けされた自信満々だがな」
実際、そこまで特徴が一致すれば、初見であっても間違いようもないですわね。
まさかオリジン様は、そこまで見越して私達をこの服装にしたのでしょうか。
「ところで最近ナナカから手紙は届きましたか?」
「うーん。それがね、ここ最近はめっきり手紙が――」
子供の一人が言いかけた直後。
遠くからズゥン! と、木が倒れるような音が聞こえてきました。
そしてそれに続くように、どこからか大人の叫び声が響いてきます。
「奴隷商の獣人狩りだ! みんな逃げろ!」
その声を皮切りに、獣人族の方々が慌てたように一斉に小屋から飛び出してきました。
彼らは村の外へと四方八方に逃げ出していきます。
奴隷商――パリスタンでは完全に撲滅しましたが、ここにはまだそのような愚かな行いをするクズ共が蔓延っているのですね。
「クゥーン……」
私達を案内していた子供達が、泣きそうな表情でその場で震えています。
かわいそうに。こんなに怯えて。
私はしゃがみ込み、彼らを優しく抱き締めました。
「大丈夫。皆様は隠れていてください。悪者はすぐに私が片付けてまいりますので」
優しく微笑みかけてから立ち上がります。
「さて、地上に戻ったリハビリがてら、クズ共を大陸の彼方までブッ飛ばしてスカッとさせていただきましょうか」
拳を握り込み、音のした方へと駆け出そうとします。
そこへジュリアス様から「待て、スカーレット」と声がかかりました。
「忘れ物だぞ」
「これは……!」
投げ渡されたのは私愛用の鋲付き手袋でした。
魔大陸での決戦時にどこかに紛失してしまい、そのことをずっと悔やんでいたのですが――
「これもオリジン様のサービスですか?」
「ああ。どうやら創造の神も私と同じく、貴女がクズ共をそれで思い切りブン殴る姿をご所望のようだ」
まったく、仕方のない方々ですわね。
「言われずともブン殴りはしますが、あくまでそれは世のため人のため――いいえ」
手袋を装着。ああ、やはりこれが一番私の手に馴染みますわね。
「世界中で虐げられている善なる人々のため。私はこの拳を振るうのみです」
私の言葉にジュリアス様は満足そうに頷きます。
「私はここで獣人族の者達を守りながら、高みの見物をさせてもらおう。ああ、そうそう一応言っておくが、くれぐれも奴隷商達を再起不能にはしないように」
「分かっております。私達がいない間にこの世界で何が起こったのかを聞かなければいけませんから」
「分かっているならば良い。さあ行け――我が愛しの撲殺姫よ」
その言葉が終わるや否や、私は地を蹴り森の中へと駆け出しました。
「――てこずらせるんじゃねえ! 犬畜生が!」
「ギャウッ!?」
丁度音がした辺りを駆けていた時でしょうか。
男の怒号と獣人族の方の悲鳴が聞こえてきて、私はその場で足を止めました。
声の方向に視線を向けると、そこにはボロ衣を纏った十人程の男達。
そしてその足元で倒れている、獣人族と思われる大きな獣の姿がありました。
「ようやく一匹か。すばしっこい奴らめ。オラ!」
「ギャンッ!?」
「おい、痛めつけるな。商品価値が下がるだろ」
「人間様に歯向かってくるこいつが悪いんだよ。これから奴隷として売られてこき使われるだけの犬畜生が――」
その言葉が終わるよりも前に、私の足はすでに地面を離れていました。
一秒でも早く、目の前のクズ共をブチのめすために。
「――〝加速三倍〟」
瞬時に彼らの目前まで到達した私は、獣人族の方を足蹴にしていたクズに向かって、地面からすくい上げるように拳を突き上げます。
「あぱアアアア!?」
ボゴォ! という轟音と共に、クズは凄まじい勢いで斜め上方の空に吹っ飛びました。
そのあまりの勢いに、彼らは自分達の身に何が起こっているのかが理解できなかったのでしょう。
今まで会話していた仲間が一瞬にして星になったクズ共は、呆けた顔でポカンと大きく口をあけました。
「は? 今何が――」
言葉を紡ぐことすら許さず、下から上に向かって左足を思い切り蹴り上げます。
「ポゥッ!?」
素っ頓狂な悲鳴をあげながら、蹴り飛ばされたクズが先程星になった方と同じ軌道を描いて空に消えていきました。
そこでようやく彼らは私の存在に気が付いたのでしょう。
驚きの顔でこちらを見て、慌てて後退ります。
「ぎ、銀髪に赤いドレス!? 貴様もしや――」
「ごきげんよう、クズの皆様。そして――」
さようなら。
「――〝停滞〟せよ」
詠唱と同時に時の歯車が泥の中を行くが如く、緩慢に時を刻み始めます。
停滞の加護の効果により、正常に動いていた時間は今、極限まで引き延ばされました――ただ一人、私を除いて。
「貴方達のようなクズが吐く言葉など、一秒足りとも聞く価値はありません」
すかさずその場にいる全員の顎に拳を突き上げます。
時間が停滞してさえいなければ、ゴッ! ゴッ! ゴッ! と。
クズの身体が奏でる愉快な合奏が聞けたことでしょう。
「行ってらっしゃいませ――世界の果てへ」
停滞の効果が切れると同時に、ドゴゴゴゴッ! と打撃音が重なって響き渡ります。
「~~~っ!?」
それと同時に、殴られたクズの集団が声をあげることすらできずに空へと。
きりもみ状態で吹っ飛んでいきました。
「ふぅ――スカッとした」
私が現れてから全員が視界から消えるまで、現実の時間で五秒程でしょうか。
久しぶりの暴力としては、まずまずのタイムといえるでしょう。
「さあ、次は貴方達の番ですよ」
頬についた返り血を振り払いながら宣言します。
声をかけたのは私の前方五メートル――そこには、先程殴ったクズ共と同じく。
ボロ衣を纏い、素性を隠した五人組の集団が立っておりました。
「世のため人のため、私の殴りたい欲を発散させるために――ブッ飛んでくださいますわね? クズの皆様方」
それは風で青葉が揺れるさざめき。
鳥達が朝を知らせるさえずり。
そんな自然が奏でる環境音を目覚ましに、私は瞼を開きます。
「自然の匂いが濃い……ここは森の中?」
窓から差し込む朝日に照らし出される、木造りの天井に壁。
六メートル四方ほどの屋内には、同じく木で作られた様々な家具が置かれています。
部屋の壁際にはハンモックが吊り下げられていて、私はその内の一つで目を覚ましました。
「自然があるということは、無事地上に戻れたようですわね」
身を起こすと青いマントがずり落ちます。
これは……ジュリアス様が普段纏われている羽織物ですわ。
「ジュリアス様……?」
問いかけても無人の部屋から返事はありません。
マントがあるということは、この近くにはいらっしゃるのでしょうが。
「それはそうと、ジュリアス様の物もそうですが、なぜ私のドレスがここに……?」
魔大陸の戦いから私はずっと、魔道具である漆黒のドレスを着ていました。
しかし今着ているのは、普段着ているお気に入りの赤いドレス。
ジュリアス様も加護の代償で消える直前には、普段の白ではなく黒い衣服を着ていたはずなので、この青いマントがここにあるはずがありません。
「これは一体どういう状況かしら……あら?」
その時、不意に何者かの視線を感じた私は窓の方に目を向けます。
するとそこには――
「……じー」
ふわふわの黒い毛並みをしたわんこが横並びに三匹。
大きな琥珀色の目を興味深げに輝かせながら、じぃっと私の方を見ていました。
そう、ナナカそっくりのわんこ達が。
「もしや獣人族の方々ですか……?」
問いかけると、わんこ達はスッと窓から姿を消します。
直後、小屋の外に向かってその子達と思われる、子供の大きな声が響きました。
「ジュリアス兄ちゃーん! スカーレット姉ちゃんが起きたー!」
それから数十秒後。
「遅いお目覚めだったな、スカーレット」
小屋のドアが開くとそこから白い正装を着たジュリアス様と、窓から私を見ていた三匹のわんこ、もとい獣人族の子供達が入ってきました。
「ごきげんよう、ジュリアス様。とりあえず今の状況を説明していただきたいのですが、その前に――」
興味津々に私の足元まで駆け寄って来るわんこ達に、手の平を差し出します。
「お手」
「わふ!」
高い木々に囲まれ、緑が生い茂る森の中。
朝の木漏れ日を浴びながら、私とジュリアス様は三人の獣人族の子供達に案内されて、村の中を歩いていました。
当初はここに飛ばされてから何があったのか、ジュリアス様に教えていただこうと思ったのですが――
『私も貴女より三十分程早く目を覚ましたに過ぎん。現状に関してはこれから村長に聞きに行こうと思っていたところだ』
だそうで。
未だ私達は魔大陸の戦いからどれだけの時が経ったのか、仲間だった皆様がどうなったのか、あれからこの大陸がどうなったのかも何も知らずにいたのでした。
仲間の皆様に関しては、私が誰よりも信頼しているレオお兄様が一緒にいらっしゃいますし、命に関わるようなことはないと思いますが。
「――それで、私達が精神世界から地上に飛ばされた先が、偶然ナナカの生まれ故郷のこの村だったと?」
「ああ」
パリスタン王国の北方。
大森林地帯に存在する南部ファルコニアの獣人族の村。
確かに以前ナナカから聞いていた、彼の生まれ故郷の場所と一致します。
「出来過ぎた話ですわね」
周囲にはぽつぽつと小屋が点在し、窓からは獣化した状態のもふもふわんこな方々が、じーっとこちらを見ておりました。
かわいらしいですわね。実に微笑ましい光景です。
「同意見だ。私もこれが偶然だとは思えん」
隣を歩くジュリアス様が、思案するように顎先に指を当てます。
「精神世界から飛ばされる直前、脳内に創造神の声が聞こえた」
「オリジン様はなんと?」
「〝尊みが深い〟だそうだ」
「……は?」
まったく意味がわかりません。
眉をひそめる私に、ジュリアス様が肩をすくめました。
「続いて〝良きものを見せてもらった礼に、少しだけサービスをしてやろう〟とも聞こえた」
……調停者には意外と饒舌なのですね、オリジン様は。
「サービス……私達の服やこの村に飛ばしてもらったこともその一環だと?」
「服に関してはそうだろうな」
私達の黒衣はすでに破損が著しく、使い物にならなくなっていましたものね。
せっかくダンテさんから頂いた貴重な魔道具だったのですが……無事でいらっしゃるかしら、ダンテさん。
「だが飛ばす場所に関して言えば、パリスタン王国内の方が我々にとっては都合が良かった」
それはその通りですわね。
パリスタンと比較的近いとはいえ、土地勘がないこの場所に飛ばされてかなり困惑しておりますし。
リンドブルグやエルドランドといった場所に飛ばされるよりは、遥かにマシではあるので、あまり贅沢を言える立場ではありませんが。
「それをあえてここに飛ばしたということは、創造神の気まぐれでなければなにかしらの意味があるのだろうよ」
「それが私達にとって利のあることであれば良いのですが。それにしても――」
手を額に当ててひさしを作り、頭上を見上げます。
木漏れ日の眩しさはまばゆすぎる程で、まるで太陽がいつもより近くにあるように感じました。
太陽神オル・ソレイユ……この日差しの強さも、この世界が今あの方の影響を強く受けているせいでしょうか。
そんなことを考えながら歩いていると、前を行く子供達がこちらに振り返って言いました。
「あっちが村長の家ー!」
「お姉ちゃん達、色々お話聞きたいんでしょー?」
「僕達はこの村の周りからほとんど出ないから外のことはよく分からないけど、じぃじは物知りだからきっと教えてくれるよー!」
ふふ。思わず笑みがこぼれてしまいます。
本当に、なんといい子達なのでしょう。
ナナカから獣人族は他種族に対して警戒心が強いというお話を聞いておりましたが、この子達は随分と人懐こいですわね。
「ありがとうございます。でもどうして皆様は、私達にそれほど良くしてくださるのですか?」
「私も疑問に思っていた。ただの好奇心にしては親切が過ぎるからな」
「ジュリアス様? 言い方に遠慮が無さ過ぎませんか?」
デリカシーゼロのジュリアス様を睨んでいると、子供達の一人が笑顔で言いました。
「ナナカ兄ちゃんから前に手紙をもらってたから! スカーレット姉ちゃんとジュリアス兄ちゃんは、奴隷にされていた同族を救ってくれたんだって!」
「ナナカから? あの子はこの村の出身だったのですか?」
「うん! じぃじの孫だよ!」
そういうことでしたか。
希少種である獣人族の村という時点で、もしかしたらその可能性もあるのではと思いましたが。
これも創造神様の思し召しということかしら。
「それにしてもよく一度も会ったことがない私達を、本人だと信じてくれましたわね」
「確かにな。手紙で聞いただけの見た目の特徴だけでは、信憑性に欠けると思うが」
首を傾げる私とジュリアス様に、子供達は「ふふーん!」と自慢げな顔で言いました。
「分かるよ! 銀髪で赤いドレスが似合うとっても美人なお姉ちゃんと、金髪で無駄に自信満々な王子様でしょ? そのまんまだもん!」
「ふふ。確かにそのままですわ。ね、金髪で無駄に自信満々な王子様?」
「無駄に自信満々ではなく、実力に裏付けされた自信満々だがな」
実際、そこまで特徴が一致すれば、初見であっても間違いようもないですわね。
まさかオリジン様は、そこまで見越して私達をこの服装にしたのでしょうか。
「ところで最近ナナカから手紙は届きましたか?」
「うーん。それがね、ここ最近はめっきり手紙が――」
子供の一人が言いかけた直後。
遠くからズゥン! と、木が倒れるような音が聞こえてきました。
そしてそれに続くように、どこからか大人の叫び声が響いてきます。
「奴隷商の獣人狩りだ! みんな逃げろ!」
その声を皮切りに、獣人族の方々が慌てたように一斉に小屋から飛び出してきました。
彼らは村の外へと四方八方に逃げ出していきます。
奴隷商――パリスタンでは完全に撲滅しましたが、ここにはまだそのような愚かな行いをするクズ共が蔓延っているのですね。
「クゥーン……」
私達を案内していた子供達が、泣きそうな表情でその場で震えています。
かわいそうに。こんなに怯えて。
私はしゃがみ込み、彼らを優しく抱き締めました。
「大丈夫。皆様は隠れていてください。悪者はすぐに私が片付けてまいりますので」
優しく微笑みかけてから立ち上がります。
「さて、地上に戻ったリハビリがてら、クズ共を大陸の彼方までブッ飛ばしてスカッとさせていただきましょうか」
拳を握り込み、音のした方へと駆け出そうとします。
そこへジュリアス様から「待て、スカーレット」と声がかかりました。
「忘れ物だぞ」
「これは……!」
投げ渡されたのは私愛用の鋲付き手袋でした。
魔大陸での決戦時にどこかに紛失してしまい、そのことをずっと悔やんでいたのですが――
「これもオリジン様のサービスですか?」
「ああ。どうやら創造の神も私と同じく、貴女がクズ共をそれで思い切りブン殴る姿をご所望のようだ」
まったく、仕方のない方々ですわね。
「言われずともブン殴りはしますが、あくまでそれは世のため人のため――いいえ」
手袋を装着。ああ、やはりこれが一番私の手に馴染みますわね。
「世界中で虐げられている善なる人々のため。私はこの拳を振るうのみです」
私の言葉にジュリアス様は満足そうに頷きます。
「私はここで獣人族の者達を守りながら、高みの見物をさせてもらおう。ああ、そうそう一応言っておくが、くれぐれも奴隷商達を再起不能にはしないように」
「分かっております。私達がいない間にこの世界で何が起こったのかを聞かなければいけませんから」
「分かっているならば良い。さあ行け――我が愛しの撲殺姫よ」
その言葉が終わるや否や、私は地を蹴り森の中へと駆け出しました。
「――てこずらせるんじゃねえ! 犬畜生が!」
「ギャウッ!?」
丁度音がした辺りを駆けていた時でしょうか。
男の怒号と獣人族の方の悲鳴が聞こえてきて、私はその場で足を止めました。
声の方向に視線を向けると、そこにはボロ衣を纏った十人程の男達。
そしてその足元で倒れている、獣人族と思われる大きな獣の姿がありました。
「ようやく一匹か。すばしっこい奴らめ。オラ!」
「ギャンッ!?」
「おい、痛めつけるな。商品価値が下がるだろ」
「人間様に歯向かってくるこいつが悪いんだよ。これから奴隷として売られてこき使われるだけの犬畜生が――」
その言葉が終わるよりも前に、私の足はすでに地面を離れていました。
一秒でも早く、目の前のクズ共をブチのめすために。
「――〝加速三倍〟」
瞬時に彼らの目前まで到達した私は、獣人族の方を足蹴にしていたクズに向かって、地面からすくい上げるように拳を突き上げます。
「あぱアアアア!?」
ボゴォ! という轟音と共に、クズは凄まじい勢いで斜め上方の空に吹っ飛びました。
そのあまりの勢いに、彼らは自分達の身に何が起こっているのかが理解できなかったのでしょう。
今まで会話していた仲間が一瞬にして星になったクズ共は、呆けた顔でポカンと大きく口をあけました。
「は? 今何が――」
言葉を紡ぐことすら許さず、下から上に向かって左足を思い切り蹴り上げます。
「ポゥッ!?」
素っ頓狂な悲鳴をあげながら、蹴り飛ばされたクズが先程星になった方と同じ軌道を描いて空に消えていきました。
そこでようやく彼らは私の存在に気が付いたのでしょう。
驚きの顔でこちらを見て、慌てて後退ります。
「ぎ、銀髪に赤いドレス!? 貴様もしや――」
「ごきげんよう、クズの皆様。そして――」
さようなら。
「――〝停滞〟せよ」
詠唱と同時に時の歯車が泥の中を行くが如く、緩慢に時を刻み始めます。
停滞の加護の効果により、正常に動いていた時間は今、極限まで引き延ばされました――ただ一人、私を除いて。
「貴方達のようなクズが吐く言葉など、一秒足りとも聞く価値はありません」
すかさずその場にいる全員の顎に拳を突き上げます。
時間が停滞してさえいなければ、ゴッ! ゴッ! ゴッ! と。
クズの身体が奏でる愉快な合奏が聞けたことでしょう。
「行ってらっしゃいませ――世界の果てへ」
停滞の効果が切れると同時に、ドゴゴゴゴッ! と打撃音が重なって響き渡ります。
「~~~っ!?」
それと同時に、殴られたクズの集団が声をあげることすらできずに空へと。
きりもみ状態で吹っ飛んでいきました。
「ふぅ――スカッとした」
私が現れてから全員が視界から消えるまで、現実の時間で五秒程でしょうか。
久しぶりの暴力としては、まずまずのタイムといえるでしょう。
「さあ、次は貴方達の番ですよ」
頬についた返り血を振り払いながら宣言します。
声をかけたのは私の前方五メートル――そこには、先程殴ったクズ共と同じく。
ボロ衣を纏い、素性を隠した五人組の集団が立っておりました。
「世のため人のため、私の殴りたい欲を発散させるために――ブッ飛んでくださいますわね? クズの皆様方」
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さらに兄の親友である最強騎士・カインが護衛として加わり、
静かで誠実な優しさに、次第に心が揺れていく。
「恋をすると破滅する」
そう信じて避けてきた想いの先で待っていたのは、
断罪も修羅場もない、安心で騒がしい未来だった――。
「役立たず」と離婚された侯爵夫人ですが、実家が世界一のお金持ちでした
「役立たず」と言われ、愛人のために離婚を突きつけられた侯爵夫人エレノア。
だが、夫は知らなかった。
彼女の実家が、王国どころか世界一の財閥だったことを。
離婚と同時に援助は打ち切られ、侯爵家はあっという間に崩壊。
破産寸前となった元夫は土下座で復縁を懇願するが…。
「申し訳ありません。そのお願いは、お断りします。」
これは、支える側だった令嬢が本当の幸せを手に入れる、痛快ざまぁストーリー。