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狂犬姫救世編
8-11
――半年前。
魔大陸エイビス山の山頂で、パロマや勇者達との闘いに勝った後。
崩壊した浮島が周囲に漂う中、攻めてくるリンドブルグの軍勢から逃れるため、魔大陸を脱出しようと他の連中が転送装置を目指して走り出したその時。
私、テレネッツァは不意に魔王に呼び止められた。
「そこの桃髪の女、確かテレネッツァとかいったな」
この忙しい時に何よまったく!
普通ならシカトして走り出すところだけど、いくら手負いとはいえ相手は魔王。
怒らせたら何をされるかわかったもんじゃない。
ああもう、しょうがないわね!
イライラしながらも私は振り返って言った。
「何よ! 急いでんだけど!?」
「魂の色がこの世界の住人ではない。そうか貴様が残り一人の転生者か」
「だ、だったら何だってのよ……?」
ちょっとビビりながら返した私に、魔王の目が鋭く細まった。
あ……ヤバい。これ、まずくない……?
魔王は転生者の勇者達と敵対していて、ついさっきまでは殺し合いをしていたし。
私も勇者パーティーの一員だったって知られたら、殺されちゃうかも――
「……やめておけ。身の丈に合わぬ欲を持てば身を滅ぼすぞ」
「は、はあ? 何のこと? 意味がわからないわ」
……ドキッとした。
自分の心の内にあった私の夢。
イケメンな王子様と結ばれてお姫様になって、ずっと幸せに暮らすこと。
それを目の前の魔王に言い当てられたような気がして。
でもそれが身の丈に合わないってどういうこと?
神の自分勝手な都合で、不幸にも殺されて蘇った転生者なんだから、お詫びにそれぐらい許されたって――
「転生者という存在はこの世界では異質だ。どうあっても神々の興味を惹く。それゆえに、面白半分に肩入れしようとする神が後を絶たない。貴様も与えられたのだろう? 太陽神の恩寵を」
確かに太陽神が私をさらって無理矢理勇者に仕立てたのは、転生者同士で勇者パーティーを作ったら面白そうだったからという、ふざけた理由からなのは間違いない。
私としても丁度パルミアの加護をなくした直後で力を欲しがっていたし、そこはお互い様って感じだけれど。
「だがそれは決して善意などではない。力を与えて驕り高ぶった人間が破滅していく様を奴らは楽しんでいるのだ。貴様にも身に覚えがあるだろう」
それは……ある。ありすぎるくらいだわ。
でもその状況は私が望んだことでもあった。
神々が私を利用していたのと一緒で、私も神を利用していたもの。
まあ今となっては、私の一人負けって感じなんでしょうけど。
「お生憎様ね。今の私は加護なんて持ってないわ。太陽神を裏切ったから槍も消えちゃったし」
そう、今の私は何の力もないただの小娘だ。
ちょっと頭が回って顔が死ぬほど良くて、没落したけど一応元王子のイケメン彼氏持ちのね。
「関係ないな。たとえ今は持っていなかったとしても、ヤツらの誰かが貴様を見つけ、その欲に付け込んで再び力を与えようとするだろう。結局お前は一生神々の玩具になる運命だ」
そうなったらそうなったで、また互いに利用し合うだけだわ。
そもそも私には夢を叶える以外にも、この世界を生きていくために絶対に力が必要なんだから。
もし力をくれるっていうなら、玩具にされるのを分かっていても断る理由なんてない。
それをさも自分だけが分かっている真実みたいに偉そうに指摘してきて、あまつさえやめておけ?
冗談じゃないわよ! そもそも――
「じゃあどうしろってのよ? 何も持たない小娘で異世界でひとりぼっちの私が、こんな野蛮な場所で生きていくためには……必要でしょうが! 加護の力が!」
「……そんなことを魔族の私が答える義務などない。自分で考えろ人間」
無責任にそう言って、魔王は私から背を向けて歩いていく。
「ちょっと! 人を引き止めて勝手なことばっかり言った挙句、何も答えずに逃げる気!?」
ムカついて追いかけようとする私に、魔王は顔だけ振り返って言った。
「足るを知れ。邪な力を受け入れず、人並の幸せで満足することだな。それができないのなら――」
去り際に魔王が放ったその言葉は、それからずっと。
抜けなくなった小さなトゲみたいに、私の胸に刺さっている。
「――貴様はあの勇者共と同じ存在となる。いずれはその欲を神に利用されて、世界を滅ぼすことになるだろう。だがその前に私が決して貴様を生かしておかぬ。そうならないように、精々気を付けることだな」
「――ちゃん。ピンクの姉ちゃん!」
甲高い竜人の子供の声に、私はハッと我に返った。
周囲には一面の空。眼下には王都の街並み。
そうだったわ。今私は飛竜になったレックスの背に乗って、王都上空を飛んでいたのよね。
「ボーッとしてたけど大丈夫? もうここは戦場だよ?」
「……分かってるわ。ただ下でバカがたくさん群れているのを見ていたら、気持ち悪くてちょっと目眩がしただけ」
晴天の青空を舞う私達の遥か下、地上には王都の中央を貫く大通りが走っていた。
そこにはすでに私達の姿を見つけた、大勢のならず者や悪逆騎士達が集まっている。
「飛んでるなんて卑怯だぞ! 降りてきやがれ!」
「ええい! どんな手段を使っても良い! 飛竜ごと撃ち落とせ!」
ごちゃごちゃごちゃごちゃと寄せ集まって、まるでアリね。
弓とか魔法を必死に撃ってきてるけど、そんな威力でこの高さまで届くはずないでしょ。
ていうか何が卑怯よ、そっちはパッと見ただけでも何百人はいるのに。
さらにイカロスがいる限り無制限に増えていくんでしょ?
それに比べてこっちなんて一人と一匹よ。恥ずかしくないのかしら。
「おー、たくさん集まってるー! ジュリアスが言ってたなるべく人目を集めるように飛んで、ボク達に敵を惹きつけるって陽動作戦は大成功だね!」
「そうね。ここまではジュリアスの作戦通り」
そしてここからは――あはっ。私の作戦の時間よ。
陽動は暴れたがってるレックスに任せて、私は逃げ回りながら安全地帯で高みの見物。
汗水たらして走り回って、危険な真似をするなんて。
可憐な乙女の私がやることじゃないでしょ?
……って、さっきまではそう思っていたんだけど。
「ねえアンタ、私をアイツらのど真ん中に下ろしてよ」
「え? 危ないから最初は端っこの方に行くって言ってなかった?」
「気が変わったの。それに目立った方が陽動の意味があるでしょ」
私の突然の心変わりに「ぐる?」と唸って不思議そうにしながらも、レックスはすぐに翼を大きく羽ばたかせた。
「ま、いっか。確かにマスターもその方が喜ぶもんね! りょーかい! じゃーいっくよー! ばびゅーん!」
次の瞬間、レックスは猛烈な勢いで真下の地上に向かって急降下。
「きゃあああ!? はやいはやいはやい! しぬううう!?」
振り落とされないように必死にしがみついた私は、なんとか落下死しない高さを見極めて地面に飛び降りた。
それから華麗に着地……なんてできるわけないでしょーが!
ゴロゴロ地面を転がりながら、なんとか受け身を取って着地したわよ!
「それじゃ頑張ってねー! ボクはイカロス探して燃やしてくるからさ! がおー!」
そんな私の姿を見届けると、レックスは怪獣みたいな雄叫びをあげて飛び去っていった。
加護の力が戻っていて良かった……身体能力が向上してなかったら、絶対に死んでたわよ今の!
もう二度と飛竜なんかに乗るものですか!
そもそもジェットコースターとかは苦手系女子なのよ私は!
「……そんなインドア派の私が、ホント一体何やってんだか」
周囲を見渡せば隙間がないほどに密集したならず者や悪の騎士達。
どいつもこいつも剣やら槍やら弓やらで武装して、目をギラギラさせちゃって。
「バカが、女一人で降りてきたぞ」
「こいつがスカーレットか?」
「でも銀髪じゃねえぞ」
「誰でも良いだろ。ゴドウィン様に外から王都に入ってきたヤツは全員殺せって言われてんだからよ」
そんな奴らを元一般女子高生の私が、一人で全員相手にしようだなんて。
まったくどうかしてるでしょ。
あー逃げ出したい。今すぐ作戦なんて全部放り出してしまいたい。
でも――仕方ないじゃない。魔王のせいで思い出しちゃったんだから。
「……ざっけんじゃないわよ」
前世の姫宮テレサだった時に、散々見てきたあの顔を。
私が一番嫌いな。上から目線で人のことを見下して、選ばれた主役気取りで脇役を哀れむようなあの目を。
「何が足るを知れよ……私のことを誰だと思ってるのよ……!」
私の人生の主人公は誰でもない私なのよ!?
欲をあきらめて慎ましく生きろ? ふざけてんじゃないわよ!
私は自分の欲望を諦めない! そして絶対に夢を叶えるのよ!
そのために私は――この世界に転生してきたんだから!
「魔王だかなんだか知らないけど――脇役風情が偉そうに私の人生に口出ししてんじゃないわよ!」
魂の絶叫と共に私は空へと手をかざす。
これは私がまだ、パルミアと契約をしていた時にあの女神から聞いた、とある魔法の言葉。
前は一度も使う機会がなかったけど、加護が戻った今ならきっと使えるはず。
「ねえパルミア。アンタのことババアなんて言って悪かったわよ。ごめんなさい。心から謝るわ。だから、だから――!」
だからもう一度、この世界のヒロインになれるくらいの最強の力を、私に貸して!
「――槍よ、来たれ!」
直後、晴れ渡る空に突然雷鳴が轟いて、それは私に向かって落ちてきた。
「な、なんだ!?」
ドゴォン! 耳をつんざく凄まじい轟音と衝撃に、周囲のヤツらが驚いて後退る中。
空にかざした私の手には、身の丈ほどもある一本の槍が握られていた。
私の髪と同じピンク色をした、人智を超えた魔力を漲らせる神器パルミアの槍。
それを両手で構えながら、私は口端を吊り上げて思いっきり笑ってやった。
「あははは! ばーか! アンタ達みたいな顔も心も醜い奴らを、魅了なんてするわけないでしょ? 私が魅了するのはね、イケメン限定なの!」
頭上に振り上げた槍の穂先が、眩いばかりにピンク色の閃光を放つ。
この神にも匹敵するような凄まじい魔力、まさしくヒロインで主人公の私にふさわしいわ!
「ぅ、ああ……っ!」
「なんて、なんて美しい……!」
挑発してきた私に激昂することも忘れて、周囲の有象無象も呆然とした顔でこの美しい輝きに見惚れていた。
そう、これが美と愛の女神の加護を得た、誰にも侵されることのない私の光よ。
「この輝きを目に焼き付けて逝きなさい。私の人生を彩るためだけに太陽神に創られた脇役共!」
魔王、あんたこう言ったわね。
転生者は所詮神の玩具。身の程をわきまえろって。
はん! 精々そうやって、今の内に見下しているがいいわ!
いずれは魔王も神も人間も。
口をポカンと開けて、バカ面晒して私の光に見惚れているこいつらみたいに。
全員私の虜にしてあげるんだから――!
「――愛の光よ、降り注げ!」
------
グランバレー監獄。
小さな城程の大きさがある、強固な石造りの監獄内部に僕――ナナカはレオナルド、シグルド、ディオス、カイルの潜入組と一緒に潜入していた。
「……ん?」
窓一つない薄暗い廊下を歩いていた僕は、外の方から微かに聞こえた地響きのような音に、ピクンと耳を震わせる。
「ナナカ、どうした?」
後ろを歩いていたシグルドが声を潜めて僕にささやいた。
人間よりはるかに耳が良い僕が感知したその音は、おそらく王都から聞こえてきたものだ。
スカーレット――はまだ動いてないだろうし、となるとレックスが暴れている音だろうか。
いやいや、ロキじゃあるまいし。
レックスじゃそこまで破壊力のある攻撃はできないよな。
となるとまさかテレネッツァの仕業……?
「……いや、なんでもない」
シグルドに答えて先を急ぐ。
一番ないだろ。あのテレネッツァがやったなんて。
そもそも陽動役も渋々って感じで、あんまりやる気があるようには見えなかったしな。
「んで、もう大分歩いたっすけど、目的の牢はまだなんすか? あんまりのんびりしてると、気絶させたヤツやら破壊した壁やらが見つかって大騒ぎになるっすよ」
一番後ろを歩くディオスがいつもの調子でぼやく。
まったく緊張感のないヤツだ。
それに対して、レオナルドが小さな声でつぶやくように答えた。
「……分かっている。ここから先はもう看守はいない。急ぐぞ」
全員がうなずいて歩みを早める。
看守がいないということは、最奥まであとわずかってことだろう。
「……ふぅ」
ここに来るまでずっと集中して五感を研ぎ澄ましていたから、ようやくゴールが見えて少しだけ安心した。
「……一度くぐれば二度と生きて出ることはできないグランバレー監獄か。レオナルドの目が無かったらと思うとゾッとするな」
囚われているのが国王を筆頭に国の要人達ということもあってか、監獄には厳重な警備が敷かれていた。
その上内部は迷路のように複雑な構造となっていて、もし何も情報がないまま潜入すれば、噂通り僕達は生きて外に出られなかったかもしれない。
だけどすべてを見通すレオナルドの千里眼によって、内部の構造や警備の手薄な場所を特定。
僕とディオスが魔法を使って音を消して敵に近づき、速やかに無力化。
邪魔な壁や鉄格子はシグルドが切り裂いて最短の道を進めたことにより、監獄に到着して作戦開始から二時間程が経った今。
僕達は敵に騒がれる前に速やかに、要人達が囚われているという監獄の最奥付近まで辿り着くことができた。
今思えばここにいるメンバーは一名を除いて、未知の場所に潜入するためにすべてを備えた、まったく無駄のない選出だったんだな。
それをあの短時間で即座に選んだジュリアスは、やっぱり凄いやつなんだろう。
あれでスカーレットに意地悪ばかりしなければ、素直に尊敬できるんだけど。
「こんな場所に何ヶ月も父上が……くそっ、ご無事でいてくれ……!」
後ろを歩くカイルが焦ったようにそう呟いた。
ここに来た時からアイツはずっと何かを気にしているようだったけれど、やっぱり父親のことだったんだな。
改心したのは知ってるけど、ずっとわがままばかりで自分を甘やかしてくれる相手以外はすべて見下してきたアイツが、ここまで誰かを心配する気持ちを持てるようになったのか。
「……人間って変われるんだな、本当に」
これもある意味、改心させるきっかけを与えたスカーレットのおかげ……なのか?
そういえばスカーレットに殴られたヤツの多くが、自分の過ちを見つめ返して人間として成長しているような気がする。
そう考えるとやっぱり僕の主人……スカーレットも凄いヤツだ。
本人はただスカッとするためにブン殴っただけって言いそうだけど。
そんなことを考えて一人で納得していると、ぶつぶつとカイルがつぶやく声が聞こえてきた。
「……父上はきっとご無事だ。歴代の中でもっとも在位が長いパリスタン王国の偉大な王だぞ。今までどれだけの苦難を越えて来られたと思っているんだ。数か月監獄に入れられたぐらいで、音を上げるような方じゃない……!」
自分に言い聞かせてるみたいにも聞こえるカイルのその言葉に、レオナルドやシグルドも深くうなずく。
それだけみんな国王に対する信頼と希望を抱いてるってことなんだろうな。
元々この国の人間ではない僕個人としては、国王に特別な思い入れはないけれど――
「……そうだな。みんなが平和に暮らせる場所を取り戻すためにも、王様を早く助けないと」
共に生きる大切な人達。みんなが愛するこの国の平和のためにも。
捕らわれた人達を全員無事に救出しよう。
きっと誰よりもそれを望んでいるのはスカーレットだし、それを叶えるのが従者としての僕の役目だから。
「……スカーレット、こっちは僕達に任せておけ。だから黒幕の方は任せたぞ。もう二度と悪さができないように、思いっきりぶっ飛ばしてやれ――!」
魔大陸エイビス山の山頂で、パロマや勇者達との闘いに勝った後。
崩壊した浮島が周囲に漂う中、攻めてくるリンドブルグの軍勢から逃れるため、魔大陸を脱出しようと他の連中が転送装置を目指して走り出したその時。
私、テレネッツァは不意に魔王に呼び止められた。
「そこの桃髪の女、確かテレネッツァとかいったな」
この忙しい時に何よまったく!
普通ならシカトして走り出すところだけど、いくら手負いとはいえ相手は魔王。
怒らせたら何をされるかわかったもんじゃない。
ああもう、しょうがないわね!
イライラしながらも私は振り返って言った。
「何よ! 急いでんだけど!?」
「魂の色がこの世界の住人ではない。そうか貴様が残り一人の転生者か」
「だ、だったら何だってのよ……?」
ちょっとビビりながら返した私に、魔王の目が鋭く細まった。
あ……ヤバい。これ、まずくない……?
魔王は転生者の勇者達と敵対していて、ついさっきまでは殺し合いをしていたし。
私も勇者パーティーの一員だったって知られたら、殺されちゃうかも――
「……やめておけ。身の丈に合わぬ欲を持てば身を滅ぼすぞ」
「は、はあ? 何のこと? 意味がわからないわ」
……ドキッとした。
自分の心の内にあった私の夢。
イケメンな王子様と結ばれてお姫様になって、ずっと幸せに暮らすこと。
それを目の前の魔王に言い当てられたような気がして。
でもそれが身の丈に合わないってどういうこと?
神の自分勝手な都合で、不幸にも殺されて蘇った転生者なんだから、お詫びにそれぐらい許されたって――
「転生者という存在はこの世界では異質だ。どうあっても神々の興味を惹く。それゆえに、面白半分に肩入れしようとする神が後を絶たない。貴様も与えられたのだろう? 太陽神の恩寵を」
確かに太陽神が私をさらって無理矢理勇者に仕立てたのは、転生者同士で勇者パーティーを作ったら面白そうだったからという、ふざけた理由からなのは間違いない。
私としても丁度パルミアの加護をなくした直後で力を欲しがっていたし、そこはお互い様って感じだけれど。
「だがそれは決して善意などではない。力を与えて驕り高ぶった人間が破滅していく様を奴らは楽しんでいるのだ。貴様にも身に覚えがあるだろう」
それは……ある。ありすぎるくらいだわ。
でもその状況は私が望んだことでもあった。
神々が私を利用していたのと一緒で、私も神を利用していたもの。
まあ今となっては、私の一人負けって感じなんでしょうけど。
「お生憎様ね。今の私は加護なんて持ってないわ。太陽神を裏切ったから槍も消えちゃったし」
そう、今の私は何の力もないただの小娘だ。
ちょっと頭が回って顔が死ぬほど良くて、没落したけど一応元王子のイケメン彼氏持ちのね。
「関係ないな。たとえ今は持っていなかったとしても、ヤツらの誰かが貴様を見つけ、その欲に付け込んで再び力を与えようとするだろう。結局お前は一生神々の玩具になる運命だ」
そうなったらそうなったで、また互いに利用し合うだけだわ。
そもそも私には夢を叶える以外にも、この世界を生きていくために絶対に力が必要なんだから。
もし力をくれるっていうなら、玩具にされるのを分かっていても断る理由なんてない。
それをさも自分だけが分かっている真実みたいに偉そうに指摘してきて、あまつさえやめておけ?
冗談じゃないわよ! そもそも――
「じゃあどうしろってのよ? 何も持たない小娘で異世界でひとりぼっちの私が、こんな野蛮な場所で生きていくためには……必要でしょうが! 加護の力が!」
「……そんなことを魔族の私が答える義務などない。自分で考えろ人間」
無責任にそう言って、魔王は私から背を向けて歩いていく。
「ちょっと! 人を引き止めて勝手なことばっかり言った挙句、何も答えずに逃げる気!?」
ムカついて追いかけようとする私に、魔王は顔だけ振り返って言った。
「足るを知れ。邪な力を受け入れず、人並の幸せで満足することだな。それができないのなら――」
去り際に魔王が放ったその言葉は、それからずっと。
抜けなくなった小さなトゲみたいに、私の胸に刺さっている。
「――貴様はあの勇者共と同じ存在となる。いずれはその欲を神に利用されて、世界を滅ぼすことになるだろう。だがその前に私が決して貴様を生かしておかぬ。そうならないように、精々気を付けることだな」
「――ちゃん。ピンクの姉ちゃん!」
甲高い竜人の子供の声に、私はハッと我に返った。
周囲には一面の空。眼下には王都の街並み。
そうだったわ。今私は飛竜になったレックスの背に乗って、王都上空を飛んでいたのよね。
「ボーッとしてたけど大丈夫? もうここは戦場だよ?」
「……分かってるわ。ただ下でバカがたくさん群れているのを見ていたら、気持ち悪くてちょっと目眩がしただけ」
晴天の青空を舞う私達の遥か下、地上には王都の中央を貫く大通りが走っていた。
そこにはすでに私達の姿を見つけた、大勢のならず者や悪逆騎士達が集まっている。
「飛んでるなんて卑怯だぞ! 降りてきやがれ!」
「ええい! どんな手段を使っても良い! 飛竜ごと撃ち落とせ!」
ごちゃごちゃごちゃごちゃと寄せ集まって、まるでアリね。
弓とか魔法を必死に撃ってきてるけど、そんな威力でこの高さまで届くはずないでしょ。
ていうか何が卑怯よ、そっちはパッと見ただけでも何百人はいるのに。
さらにイカロスがいる限り無制限に増えていくんでしょ?
それに比べてこっちなんて一人と一匹よ。恥ずかしくないのかしら。
「おー、たくさん集まってるー! ジュリアスが言ってたなるべく人目を集めるように飛んで、ボク達に敵を惹きつけるって陽動作戦は大成功だね!」
「そうね。ここまではジュリアスの作戦通り」
そしてここからは――あはっ。私の作戦の時間よ。
陽動は暴れたがってるレックスに任せて、私は逃げ回りながら安全地帯で高みの見物。
汗水たらして走り回って、危険な真似をするなんて。
可憐な乙女の私がやることじゃないでしょ?
……って、さっきまではそう思っていたんだけど。
「ねえアンタ、私をアイツらのど真ん中に下ろしてよ」
「え? 危ないから最初は端っこの方に行くって言ってなかった?」
「気が変わったの。それに目立った方が陽動の意味があるでしょ」
私の突然の心変わりに「ぐる?」と唸って不思議そうにしながらも、レックスはすぐに翼を大きく羽ばたかせた。
「ま、いっか。確かにマスターもその方が喜ぶもんね! りょーかい! じゃーいっくよー! ばびゅーん!」
次の瞬間、レックスは猛烈な勢いで真下の地上に向かって急降下。
「きゃあああ!? はやいはやいはやい! しぬううう!?」
振り落とされないように必死にしがみついた私は、なんとか落下死しない高さを見極めて地面に飛び降りた。
それから華麗に着地……なんてできるわけないでしょーが!
ゴロゴロ地面を転がりながら、なんとか受け身を取って着地したわよ!
「それじゃ頑張ってねー! ボクはイカロス探して燃やしてくるからさ! がおー!」
そんな私の姿を見届けると、レックスは怪獣みたいな雄叫びをあげて飛び去っていった。
加護の力が戻っていて良かった……身体能力が向上してなかったら、絶対に死んでたわよ今の!
もう二度と飛竜なんかに乗るものですか!
そもそもジェットコースターとかは苦手系女子なのよ私は!
「……そんなインドア派の私が、ホント一体何やってんだか」
周囲を見渡せば隙間がないほどに密集したならず者や悪の騎士達。
どいつもこいつも剣やら槍やら弓やらで武装して、目をギラギラさせちゃって。
「バカが、女一人で降りてきたぞ」
「こいつがスカーレットか?」
「でも銀髪じゃねえぞ」
「誰でも良いだろ。ゴドウィン様に外から王都に入ってきたヤツは全員殺せって言われてんだからよ」
そんな奴らを元一般女子高生の私が、一人で全員相手にしようだなんて。
まったくどうかしてるでしょ。
あー逃げ出したい。今すぐ作戦なんて全部放り出してしまいたい。
でも――仕方ないじゃない。魔王のせいで思い出しちゃったんだから。
「……ざっけんじゃないわよ」
前世の姫宮テレサだった時に、散々見てきたあの顔を。
私が一番嫌いな。上から目線で人のことを見下して、選ばれた主役気取りで脇役を哀れむようなあの目を。
「何が足るを知れよ……私のことを誰だと思ってるのよ……!」
私の人生の主人公は誰でもない私なのよ!?
欲をあきらめて慎ましく生きろ? ふざけてんじゃないわよ!
私は自分の欲望を諦めない! そして絶対に夢を叶えるのよ!
そのために私は――この世界に転生してきたんだから!
「魔王だかなんだか知らないけど――脇役風情が偉そうに私の人生に口出ししてんじゃないわよ!」
魂の絶叫と共に私は空へと手をかざす。
これは私がまだ、パルミアと契約をしていた時にあの女神から聞いた、とある魔法の言葉。
前は一度も使う機会がなかったけど、加護が戻った今ならきっと使えるはず。
「ねえパルミア。アンタのことババアなんて言って悪かったわよ。ごめんなさい。心から謝るわ。だから、だから――!」
だからもう一度、この世界のヒロインになれるくらいの最強の力を、私に貸して!
「――槍よ、来たれ!」
直後、晴れ渡る空に突然雷鳴が轟いて、それは私に向かって落ちてきた。
「な、なんだ!?」
ドゴォン! 耳をつんざく凄まじい轟音と衝撃に、周囲のヤツらが驚いて後退る中。
空にかざした私の手には、身の丈ほどもある一本の槍が握られていた。
私の髪と同じピンク色をした、人智を超えた魔力を漲らせる神器パルミアの槍。
それを両手で構えながら、私は口端を吊り上げて思いっきり笑ってやった。
「あははは! ばーか! アンタ達みたいな顔も心も醜い奴らを、魅了なんてするわけないでしょ? 私が魅了するのはね、イケメン限定なの!」
頭上に振り上げた槍の穂先が、眩いばかりにピンク色の閃光を放つ。
この神にも匹敵するような凄まじい魔力、まさしくヒロインで主人公の私にふさわしいわ!
「ぅ、ああ……っ!」
「なんて、なんて美しい……!」
挑発してきた私に激昂することも忘れて、周囲の有象無象も呆然とした顔でこの美しい輝きに見惚れていた。
そう、これが美と愛の女神の加護を得た、誰にも侵されることのない私の光よ。
「この輝きを目に焼き付けて逝きなさい。私の人生を彩るためだけに太陽神に創られた脇役共!」
魔王、あんたこう言ったわね。
転生者は所詮神の玩具。身の程をわきまえろって。
はん! 精々そうやって、今の内に見下しているがいいわ!
いずれは魔王も神も人間も。
口をポカンと開けて、バカ面晒して私の光に見惚れているこいつらみたいに。
全員私の虜にしてあげるんだから――!
「――愛の光よ、降り注げ!」
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グランバレー監獄。
小さな城程の大きさがある、強固な石造りの監獄内部に僕――ナナカはレオナルド、シグルド、ディオス、カイルの潜入組と一緒に潜入していた。
「……ん?」
窓一つない薄暗い廊下を歩いていた僕は、外の方から微かに聞こえた地響きのような音に、ピクンと耳を震わせる。
「ナナカ、どうした?」
後ろを歩いていたシグルドが声を潜めて僕にささやいた。
人間よりはるかに耳が良い僕が感知したその音は、おそらく王都から聞こえてきたものだ。
スカーレット――はまだ動いてないだろうし、となるとレックスが暴れている音だろうか。
いやいや、ロキじゃあるまいし。
レックスじゃそこまで破壊力のある攻撃はできないよな。
となるとまさかテレネッツァの仕業……?
「……いや、なんでもない」
シグルドに答えて先を急ぐ。
一番ないだろ。あのテレネッツァがやったなんて。
そもそも陽動役も渋々って感じで、あんまりやる気があるようには見えなかったしな。
「んで、もう大分歩いたっすけど、目的の牢はまだなんすか? あんまりのんびりしてると、気絶させたヤツやら破壊した壁やらが見つかって大騒ぎになるっすよ」
一番後ろを歩くディオスがいつもの調子でぼやく。
まったく緊張感のないヤツだ。
それに対して、レオナルドが小さな声でつぶやくように答えた。
「……分かっている。ここから先はもう看守はいない。急ぐぞ」
全員がうなずいて歩みを早める。
看守がいないということは、最奥まであとわずかってことだろう。
「……ふぅ」
ここに来るまでずっと集中して五感を研ぎ澄ましていたから、ようやくゴールが見えて少しだけ安心した。
「……一度くぐれば二度と生きて出ることはできないグランバレー監獄か。レオナルドの目が無かったらと思うとゾッとするな」
囚われているのが国王を筆頭に国の要人達ということもあってか、監獄には厳重な警備が敷かれていた。
その上内部は迷路のように複雑な構造となっていて、もし何も情報がないまま潜入すれば、噂通り僕達は生きて外に出られなかったかもしれない。
だけどすべてを見通すレオナルドの千里眼によって、内部の構造や警備の手薄な場所を特定。
僕とディオスが魔法を使って音を消して敵に近づき、速やかに無力化。
邪魔な壁や鉄格子はシグルドが切り裂いて最短の道を進めたことにより、監獄に到着して作戦開始から二時間程が経った今。
僕達は敵に騒がれる前に速やかに、要人達が囚われているという監獄の最奥付近まで辿り着くことができた。
今思えばここにいるメンバーは一名を除いて、未知の場所に潜入するためにすべてを備えた、まったく無駄のない選出だったんだな。
それをあの短時間で即座に選んだジュリアスは、やっぱり凄いやつなんだろう。
あれでスカーレットに意地悪ばかりしなければ、素直に尊敬できるんだけど。
「こんな場所に何ヶ月も父上が……くそっ、ご無事でいてくれ……!」
後ろを歩くカイルが焦ったようにそう呟いた。
ここに来た時からアイツはずっと何かを気にしているようだったけれど、やっぱり父親のことだったんだな。
改心したのは知ってるけど、ずっとわがままばかりで自分を甘やかしてくれる相手以外はすべて見下してきたアイツが、ここまで誰かを心配する気持ちを持てるようになったのか。
「……人間って変われるんだな、本当に」
これもある意味、改心させるきっかけを与えたスカーレットのおかげ……なのか?
そういえばスカーレットに殴られたヤツの多くが、自分の過ちを見つめ返して人間として成長しているような気がする。
そう考えるとやっぱり僕の主人……スカーレットも凄いヤツだ。
本人はただスカッとするためにブン殴っただけって言いそうだけど。
そんなことを考えて一人で納得していると、ぶつぶつとカイルがつぶやく声が聞こえてきた。
「……父上はきっとご無事だ。歴代の中でもっとも在位が長いパリスタン王国の偉大な王だぞ。今までどれだけの苦難を越えて来られたと思っているんだ。数か月監獄に入れられたぐらいで、音を上げるような方じゃない……!」
自分に言い聞かせてるみたいにも聞こえるカイルのその言葉に、レオナルドやシグルドも深くうなずく。
それだけみんな国王に対する信頼と希望を抱いてるってことなんだろうな。
元々この国の人間ではない僕個人としては、国王に特別な思い入れはないけれど――
「……そうだな。みんなが平和に暮らせる場所を取り戻すためにも、王様を早く助けないと」
共に生きる大切な人達。みんなが愛するこの国の平和のためにも。
捕らわれた人達を全員無事に救出しよう。
きっと誰よりもそれを望んでいるのはスカーレットだし、それを叶えるのが従者としての僕の役目だから。
「……スカーレット、こっちは僕達に任せておけ。だから黒幕の方は任せたぞ。もう二度と悪さができないように、思いっきりぶっ飛ばしてやれ――!」
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