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Episode 6

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「それで、彼女から何か聞けたかい?オスカー。」

 学園内のサロン──。
 ここは王族のために用意された休憩室で、在学中の王族に許可を得た者だけが入室を許される。今ここに出入り出来るのは、王太子であるユリウスが認めた人物だけだ。

 新学期初日の放課後、報告のためにサロンを訪れたオスカーに、ユリウスは実に楽しそうに口を開いた。

「彼女を医務室に連れて行ったあと、何か調べていたようだけど。」
「はい。実はブライア嬢から、始業式に遅刻したのは寮から講堂へ来る途中で怪我人の手当をしたからだと聞き、事実関係の確認を。」
「怪我人?そんなことがあれば、目立つからすぐ気付いたと思うけど?」
「それが……。」

 ユリウスはオスカーの話を聞くにつれ、次第に表情を崩し声を出して笑い始めた。滅多なことでは喜怒哀楽を表に出さない王太子の朗らかな声に、その場にいたカティアローザとアーネストは目を見張る。
 報告をしていたオスカーも、ユリウスの意外な反応に目を丸くしていた。

「近道で使用人の通路を通るって……!貴族の令嬢の発想じゃないね。」
「ブライア男爵は叙爵され間もないと聞きますわ。あのカーテシーはなかなかのものでしたけれど、人の感覚というものは、そうそう変えられませんもの。」
「冷静な返しをありがとう、カティ。」

 カティアローザはからかい気味なユリウスの台詞を無視して、優雅にティーカップに口をつける。

「それで、怪我人は本当だったのかい?」
「はい、魔術研究室のロウエル・ナイゼル講師だったようです。何でも徹夜で研究室に籠もっていたあとで、厨房に飲み物をもらいに行く途中に転倒したとか……。」
「あの方ならさもありなん、といったところですね。」

 アーネストが嘆息しつつ言うと、ユリウスは「全くだ」と笑いながら頷いた。

「……殿下、彼女は『癒やし』の力で怪我を治したようです。」

 和やかだったサロンの雰囲気が、オスカーの言葉で緊張感に包まれる。

「現場だった物置小屋の脇には滴下血痕が多数残っていて、割れた窓ガラスにも血が付いていました。しかし、彼には傷跡すらありません。」
「……今までのと違い、シャーロット・ブライアには本当に力があると……?」
「殿下、どう致しますか?」

 いつも通りの冷静沈着なアーネストの声色。だが瞳の中には若干の焦りの色も見えていた。
 3人の視線がユリウスに集まる。

「学園内とはいえ、神殿がいつ手出しするかわからないな。……僕らで、囲い込んでみようか……?」

 サロンの窓から差し込むオレンジの光。
 長く伸びていた4人の影は、静かに部屋から消えていった……。




 ◇◇◇



「よぉ、シャーロット。」
「こんにちは、オスカー様。オスカー様もこれからお昼ですか?」
「おう。お前もだろ?一緒に行こうぜ。」
「………はい………。」

 学園生活が始まり3週間が過ぎようとしていた。
 授業は問題なくついていけていたシャーロットだが、なかなか貴族同士のやり取りには慣れず、クラスでは当たり障りなく目立たないように過ごしていた。

 昼食もカフェテリアで1人とっていたのだが、ある日オスカーの方から話しかけて来たのだ。

 ──オスカー様は人懐っこい大型犬ワンコみたいなところがあるから、話しやすくて……つい……。

 初めは怪我がちゃんと治ったのかを聞かれただけだったが、そのうちに授業の話や他愛もない会話をするようになり、気付けば毎日のように一緒に昼食を食べるようになっていた……。

 シャーロットは目立たないようにしているつもりだったが、彼女が寮でも特別室で暮らす聖女候補だと言うことは、あっという間に広まっていた。
 その上、将来正式に王太子付きの護衛騎士になる可能性が高く、容姿端麗な伯爵家長男のオスカーが当たり前のように親しくしていることで、気位の高い令嬢たちからの視線は、シャーロットに厳しく突き刺さりだす。

 ──本当に目立ちたくないから、何度かさり気なく断ったけど、全く通じなかったんだよね……。

 断っているとわかってもらえない場合も多いが、シュンとしたワンコの如く残念な顔をされると、つい絆されてしまうのだ。
 シャーロットは仕方なく、痛い視線に耐える方を選んでしまっていた。

「お前いい加減、様付けやめろよ。オスカーでいいって。」

 出来るだけ端のテーブルを選び一緒に食事をしていると、オスカーがあっけらかんと言ってきた。騎士団の見習いとして実力主義の集団にいるせいか、オスカーはあまり貴族の子息らしくない。
 だが、周りから見れば間違いなく、連綿と続く名門伯爵家の跡取りだ。田舎貴族のシャーロットが呼び捨てに出来るわけがない。

「そ、そんなの、無理に決まってるじゃないですかっ。」
「何でだよ。」
「な、何でって……そんな……婚約者、でもない……のに……。」
「っ!?」

 最後の方は消え入りそうな声で告げたシャーロット。向かい合って座るオスカーも、気まずさを隠すように頭を掻いた。
 明らかに赤く染まる頬。お互い気づかぬ振りを決め込み、二人共そそくさと食事を口に運ぶ。
 そんな時──。

「あれ?オスカー、ご令嬢と一緒にランチなんて隅に置けないね。」

 不意に背後から聞こえた聞き覚えのある声に、シャーロットは思わず水のグラスを落としそうになってしまった。

「おや?君はあの時の……。」

 前世の記憶はひとまず置いておいて、ただシャーロットとして生きてみようとは思った……。そう、ひっそりと無難に学園生活を過ごそうと思ったのに……。


 ──どうしてこんなに絡むの!?私は田舎貴族でしょっ!?


 せめて食事くらい味わって食べたい。
 オスカーの隣りに座った碧眼の王子の視線に、シャーロットはキリキリと痛む胃に手を置き、諦めに近い小さなため息を零したのだった。










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