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Episode 35

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「お嬢様、どう致しましょう……。」

 シャーロットにボールガウンを着せ終わったソフィーが、そう言って大きく嘆息する。

「ソフィー?」

 シャーロットは彼女に姿見の前へと手を引かれながら、ドキドキと不安になってきてしまった。

 ──似合わなかった……かな?

 そう思いながら鏡の中を見たシャーロットは、一瞬そこに映っているのが誰なのかわからず、きょとんとした表情かおになる。
 ソフィーはそんなシャーロットの肩越しに、うっとりと声をかけた。

「お嬢様が美し過ぎて……。本当に、どう致しましょう?」
「これが……私……?」

 まるでおとぎ話のお姫様に本当になれたような……、以前初めてソフィーに髪を結ってもらった時と同じようなふわふわとした高揚感に包まれて、シャーロットは目の前の自分の姿を夢見心地でじっと見つめる。

 ちょうどその時ノックが聞こえ、マルセル公爵が迎えにやって来た。
 現実に引き戻されたシャーロットは、緊張しながら公爵を部屋に迎え入れる。

「これはこれは。やはり女性には魔法がかかるね。とっても素敵だよ、シャーロット。」
「あ、ありがとうございます、小父様。」
「でもね、ちょっぴりまだ足りないね。」
「えっ?」

 公爵はそう言いながら白い手袋ドレスグローブをはめ、彼女に腕を差し出した。

「覚えておいて、シャーロット。社交界という戦場に出る前にはね、自分で仕上げの魔法を掛けないといけないんだよ。」
「仕上げの魔法、ですか?」

 離れを出てゆっくりと中庭を進みながら、公爵はシャーロットに笑いかける。

「礼儀作法もダンスも申し分ない。でもカティにあって、まだシャーロットにはないものがある。何だと思う?」

 シャーロットはそう問われ、ふと以前アーネストに言われた言葉を思い出した。

 『ブライア嬢、貴方に足りないのは力でも、ましてや覚悟でもない。不必要な謙遜は、ご自身の足を引っ張るだけですよ。』

 ──カティ様にいつも感じるもの……。カティ様はいつも堂々としていて……自信に満ち溢れ…て……。

「……私にないのは、自信……?」

 そう口にして隣の公爵を見上げれば、彼はシャーロットが腕に添えた手を優しくポンポンと叩いてくれる。

「カティもね、まだまだ17歳の女の子だよ。だけど、自分で自分に魔法を掛けて頑張ってる。さぁ、シャーロット。ここからは貴族の戦場だ。準備はいいかな?」

 大広間への扉の前で立ち止まり、公爵は真っ直ぐに前を向いてそう問いかけた。
 その言葉に、シャーロットはそっと目を閉じる……。

 ──大丈夫。男爵家の娘になって、出来ることは精一杯やって来た。私は、ブライア男爵の娘。の娘よ!

 そのまま深呼吸すると、彼女は瞼をゆっくりと持ち上げ、優美な微笑みをたたえて扉を見つめた。

「参りましょう、小父様。」

 フットマン達によって開けられた扉の先。
 マルセル家当主のパートナーとしてその煌びやかな世界に足を踏み入れたシャーロットは、誰もが目を奪われる凛とした淑女レディとなっていた。

 公爵の開会の挨拶のあと、次々とゲスト達の間を回りながら、シャーロットは広い社交界せかいでのブライア男爵家の評価を目の当たりにすることになる……。

「これはマルセル公。今宵は随分と可憐な華をお連れですな。」
「ぜひご紹介頂きたいですわ。」
「こちらは、ブライア男爵家のシャーロット嬢です。学園で娘と親しくしてくれていましてね。休暇に招待したんですよ。」
「まあ、貴女がブライア男爵家の!」

 シャーロットは少し緊張しながらも、優雅にカーテシーをした。

「まあまあ、なんて素敵なお嬢様でしょう。私共の領地では、ブライア男爵にとてもお世話になりましたのよ。医師を確保出来ずにいた僻地の巡回診療だけでなく、水路整備の相談にも乗って頂いて。」
「それは、我が領も同じだ。ミス・シャーロット。父君には大変世話なった。私は王都では商会を営んでいる。学園生活で足りないものがあれば、ぜひ頼ってくれ。」

 伯爵家や侯爵家の人間まで、父を正しく評価し感謝を伝えてくれる。
 中には幼い頃のシャーロットを覚えてくれている夫妻もおり、彼女は胸がいっぱいになっていった。

「お父様、シャーリー。」
「やぁ、カティ。は無事に済んだかい?」
「はい、滞りなく。シャーリー、とっても可愛いわ。天使が舞い降りたのかと思ってしまったほどよ。」

 ユリウスと共にボールルームに入ってきたカティアローザは、興奮気味にシャーロットの手を取る。

「もう、カティ様ったら大袈裟です。カティ様こそ美し過ぎて女神です。」

 大真面目なシャーロットに、カティアローザはちょっぴり照れながら愛らしく微笑んだ。
 そこで、公爵がさり気なく楽団の指揮者マエストロへ合図を送り、ファーストダンスのワルツが流れ出す。

「さて、殿下。我々は天使と女神のお相手を務めるようですよ。」
「それは責任重大ですね。」

 公爵とユリウス。それぞれがレディに手を差し伸べ、純白のオペラグローブの手がそこに重なった。
 広いボールルームの中、紳士淑女に囲まれて、二人のボールガウンが美しく花開いていく……。
 やがてタイミングを心得た高位貴族から次々と、色とりどりの花が加わっていき、舞踏会の長い夜が始まったのだった──。








    
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