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Episode 34

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 セルウェイ子爵令嬢は、薄いピンクのドレスをたっぷりのリボンとスパンコールで飾った、随分と派手な出で立ちだった。
 カティアローザは扇で顔を半分隠したものの、公の場での彼女の冷めた視線は異例中の異例で、周囲の空気を震わせる。

「本日はエイジャー伯爵令嬢がお見えにならず、残念でしたわね。仲がよろしいのに。」
「仕方ありませんわ。何でも急に婚約が整ったとかで……。」
「ええ。でも、わたくし、エイジャー卿の判断はだったと評価していますのよ。」
「そうなんですか?彼女とはぜひ一緒にカティアローザ様にお仕えしたかったので、残念です。」

 エイジャー伯爵は娘が聖女候補を害したと知り、すぐに動いた。
 翡翠宮にシャーロットがいたため面会しての直接の謝罪は許されなかったが、丁寧な謝罪文と慰謝料が届き、更に娘を退学させようとしたのだ。
 謝罪を受け入れたシャーロットが、流石に退学までは……と引き止め、エイジャー伯爵令嬢は夏季休暇の間屋敷から一歩も外出を許されず謹慎している。
 エイジャー家には跡継ぎとなる男子が生まれず二人姉妹なため、元々は昨年学園を卒業した長女が婿を迎えて伯爵家を継ぐ予定だった。
 だが今回のことで優秀な長女が王宮の女官試験を受け、次女は婿を取らせて手元におき監督することにしたのだ。

 そんなエイジャー伯爵家の動きの意図などわかるはずもなく、セルウェイ嬢がさも悲嘆に暮れているようにな素振りで、扇を閉じて握りしめた。
 子爵は娘のそんな姿を愛しげに見つめ、カティアローザの中で株が上がっているか値踏みでもするように、チラチラと視線を流してくる。

 ──本当に、なんて品のない親子なのかしら!

「セルウェイ嬢?」
「カティアローザ様、ぜひサーシャとお呼び下さいませ。」
「……そう、……それで?貴女に一つ、きちんと言っておきたいのだけれど。」

 カティアローザのため息まじりの言葉には「面倒ね」という台詞が見え隠れしており、ユリウスも隣で苦笑していた。
 だが浮かれた様子のセルウェイ嬢は全く気付く気配もなく、微笑んで返事をしてくる。

「はい、何なりと。」
「私、今のところ自分の側仕えなど選ぶ予定はないのだけれど、将来的なこともありますし……。貴女はいずれ妃となる私の側仕えには、何が一番必要だとお思いになって?」
「それはもちろん……。」

 意気揚々と答えようとするセルウェイ嬢の顔の前に、カティアローザが右手の人差し指を差し出し言葉を止めた。

「私は社交感覚だと思っていますの。学園というのは小さな社交の場ですわ。学業を修めることはもちろんですけれど、貴族の子女として立場をわきまえた行動を学ぶ大切な場所です。」
「………っ。」

 またしても発言しようとした彼女をカティアローザは扇をパチンと閉じて黙らせる。

「私たちはまだ未熟。もちろん間違えることもありますわ。けれど間違いを犯したのなら、その後の行動が大事だとお思いになりません?……ねぇ、セルウェイ卿?」

 セルウェイ子爵のこめかみがピクリと震える。

「その点ご子息はきちんとわきまえていらっしゃいますのに……。」

 カティアローザの棘を確かに察し、冷や汗をかき始めた父親に、セルウェイ嬢は声量を落とすこともせず話しかけた。

「ねぇ、一体何のお話ですの?もしかして休暇前のイタズラのこと?あれはお兄様の謹慎もなくなったし平気だったのでしょう?」
「っ、こ、こら、口を慎めっ。」

 普段父親に注意されることなどないのだろう。彼女は一気に不機嫌を表情かおに出し、更にまくしたてる。

「どういうこと!?なんで私が叱られますの?私はカティアローザ様に付きまとっていた目障りな平民あがりに、きちんと立場を教えただけですわ!」
「……………そう、ですの。」

 カティアローザだけでなく、ユリウスの瞳まで一気に氷の冷たさになり、子爵の顔がみるみる蒼白になっていく……。
 それでもセルウェイ嬢の口が閉じられることはなかった。

「あんなはしたない女、未来の王太子妃様のお側にはふさわしくないですわ!お父様もそうおっしゃっていたでしょう?私のような可愛いレディが側仕えにいれば、必ずユリウス様のお目に留まって側妃になれるって!」
「バカ者!黙れ!口を閉じるんだ!!」

 子爵が慌てて娘の口を塞いだが、時すでに遅しだった。
 ざわざわと周囲に囁やきが広がっていく。

 そんな時──。
 大広間の入口から、違うざわめきが広がってきた。
 ゲスト達が次々とカーテシーをするそこに現れたのは、優雅に燕尾服を着こなしたマルセル公爵。そして……。

「……シャーロット……。」

 ユリウスの甘い吐息がまじる呟き。
 マルセル家の当主ホストの隣に可憐に佇む彼女は、ホワイトから少しスモーキーなラベンダーへのグラデーションが美しいボールガウンを身に纏い、淡いストロベリーブロンドの柔らかな髪を結い上げた姿は、いつもよりずっと大人びて見えた。
 ボールガウンのスカートに重ねた薄いオーガンジーに小花が散らされ、髪にはパールをあしらった品のいい髪飾り。
 オフショルダーの首元には彼女が大切にしている魔石のペンダントが輝き、それに合わせたホワイトオパールとダイヤモンドの揺れるイヤリングが、シャーロットの清楚な美しさを引き立てる。

 ゲスト達の注目は、一気にシャーロットへと集まっていった。

「皆様、ようこそいらっしゃいました。我がマルセル家の舞踏会もすっかり夏の恒例となって参りました。今宵はを大勢お迎え出来ましたこと、とても嬉しく思っております。皆様、ぜひ心ゆくまでお楽しみ下さい!」

 湧き上がる拍手。
 公爵ははにかむシャーロットを連れ、次々と挨拶に回っていく。

 人々の注目が逸れた大広間の端で、セルウェイ嬢は父の手を振り払い真っ赤になってわめき立てた。

「どうしてっ?どうしてあの女がここに来ていますの!?しかも、あんな……あんな……。」

 カティアローザはそんな彼女を無視して、この世の終わりのような様子の子爵に声をかける。

「流石におわかりですわね?シャーロット・ブライア男爵令嬢が我がマルセル公爵家にとって、このレイニード王国にとってどれだけ大切な存在か。そして何より、彼女は私の一番大切な友人ですわ。」
「っ!そんな!!」
「お黙りなさい、セルウェイ嬢。」

 ピシャリと言われた彼女が、悔しさのあまり、オペラグローブの上からギリギリと親指の爪を噛む。
 やがて、ずっと無言を貫いていたユリウスが、静かに口を開いた。

「セルウェイ卿、これ以上この場に留まれば、その醜態は消せなくなるぞ。領地に戻り、正しい判断を下すがいい。」
「……御意……。」

 ユリウスの合図で使用人が親子を出口へと案内していく。
 納得いかない様子で踵を返したセルウェイ嬢の背中に、カティアローザが最後に声をかけた。

「戻られたら、ぜひ『はしたない』という言葉の意味をお勉強なさってみて。。」


 この日以降、二人を社交界で見ることはなくなった。
 本来貴族の世襲は、先代が亡くなった場合にのみ許されてきたが、四代前の国王が病気を理由に譲位したのをきっかけに、貴族もを王家が認めれば存命中の相続が可能になっている。

 セルウェイ子爵家は長男クラークが「父の病」を理由に跡を継ぐことを許された。
 先代は領地の別邸に引きこもることとなり、セルウェイ子爵令嬢サーシャは、勘当され修道院に送られたのだった──。













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