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第2話
しおりを挟む涼太は両親を知らない。
涼太の母は奔放な人だったらしく、生まれてすぐの涼太を自分の12歳年上の兄に預け姿を消してしまった。だから涼太は伯父の光廣と彼のパートナーの友明に育てられた。
現在、同性婚が認められているのは、番となれるアルファとオメガのカップルだけ。
近年、ベータとオメガのカップルにも認めるべきだという流れになってきてはいるが、それ以外のカップルにはまだまだ高い壁だった。
光廣と友明は二人ともベータだったから、法的には他人だったけれど、何年経っても、見ている方が恥ずかしくなるくらいの仲睦まじい夫夫だった。
仲が良すぎて、二人とも同時期に癌が見つかり、立て続けに亡くなってしまう。涼太が23歳の時のことだった。
光廣は地元の商店街で小さな花屋を営んでいた。
花屋は小さかったけれど、光廣も友明もフランスのアトリエで修業したくらい、腕の確かなフラワーアーティストで、ウェディングやイベントで引っ張りだこだった。
涼太はそんな彼らに憧れなんの迷いもなく同じ道を選び、高校卒業後、光廣のツテを頼り修業のためにフランスに渡る。
光廣たちに病気が見つかって帰国した涼太は、22歳で二人から店を引き継いだ。
彼らには到底及ばない腕ながら、持ち前のセンスと顧客のニーズを読み取る力で必死に頑張り、光廣と友明の得てきた顧客を失わずに、なんとかここまでやって来ていたのだ。
だが半年前、折からの不況に煽られ、大口の顧客であるいくつかの結婚式場やホテルから契約を切られてしまった。
「うわぁ、ここまでキツくなる?どうしよう、新規開拓なんて、このご時世厳しいよ……。」
毎月積み上がり出した赤字。ここにきて、とうとう来月の支払いがにっちもさっちもいかなくなった。
さて、国のアルファとエフのマッチングプログラム事業。
少し考えればわかりそうなことなのだが、それまで平穏に暮らしてきたベータ達が、エフとわかったからと自らオメガになる道をそうそう選ぶわけもなく……。
開始から5年経った今も、アルファの人口比率は1パーセントを切ったままだった。
困り果てたお国のお偉方たちは、エフのご機嫌を取り始める。まずはアルファに会ってもらわなくては話が始まらない。だからお見合いを受けたエフに手当金を出すと。
店のやり繰りに頭を抱えていた涼太のところにも、タイミングよく手当金付きのお見合い話が舞い込んできた。
「この金で、かなり楽になるじゃん!」
お見合い当日、1回会うだけでもそれはもらえるらしかった。
相手のアルファには申し訳ないけど、お見合いの後すぐに断れば問題ないだろう。涼太はそう気楽に考えた。
「むしろ会ったら、向こうから断ってくれるか。」
涼太は届いた案内メールから、すぐに参加の返信をしたのだった。
アマミヤホテル本館ラウンジ──。
「すみません。失礼ですが、一色涼太さんですか?」
ラウンジの入口で案内を頼もうとしていた涼太は、目の前に現れた長身の男性に声をかけられた。
涼太自身、170センチ後半でそれなりの身長だ。その涼太が見上げる彼は190センチ以上ありそうだった。
「はい、そうです。あの……。」
長身の彼は案内係に「私の連れです」と言ってから涼太を見た。
「突然お声掛けして申し訳ありません。私、河野宗一郎です。」
「えっ?あ、あの、はじめまして!」
河野宗一郎。今日の涼太のお見合い相手だ。
──あれ?まず、役所の担当者と会って説明を受けてから会うんじゃなかったっけ?
いきなり本人に声をかけられ、涼太はパニックになっていた。
「担当者じゃなくて驚かれましたよね?すみません。とりあえず、あちらで座りませんか?」
──なるほど、紳士って言うのはこういう人を言うのか……。
涼太は言われるがまま宗一郎にエスコートされ席につく。
実にスマートで優雅な仕草。何か香水でもつけているのか、彼からはとても甘い香りがして、涼太は初対面の男性相手になんだかふわふわしてしまった。
「実は、今日別のマッチングもあったらしいのですが、何かトラブルがあったそうで、担当者がそちらに行ってしまったんです。」
「そうなんですか?」
「終わり次第戻るとは言っていましたが、一色さんがいらしたら二人で話していて欲しいと言われまして。」
そう言いながら、宗一郎は涼太に飲み物のメニューを渡す。
「何にされますか?」
「えっと、じゃあ、アイスコーヒーを。」
宗一郎はニッコリとして注文を済ませる。
何故か、涼太にはその仕草一つ一つが魅力的に見えていた。
「河野さんは、どうして私がわかったんですか?」
お互い担当者の顔は知っているが、お見合い相手のことは名前しか知らないはずだ。
「担当者の方から大体の容姿を伺って。それにとても綺麗な方だと聞いていましたから、すぐにわかりました。」
──んん?この人は一体何を口走っているんだろうか?
涼太はきょとんとしてしまう。
オメガみたいに華奢でもなく身長もそれなりにあるし、体力勝負の仕事で体もある程度鍛えてる。髪型だってひどいくせっ毛でうまくまとまらずモシャモシャだし、顔つきはいたって普通。とにかく普通だ。
涼太は自分をそう思っていた。
──俺の一体どこに、美人要素があるんだ?
「そんな、綺麗だなんて。お世辞でもそんなこと……、言われたこともないですよ?」
一方、宗一郎にしてみれば、可愛らしい笑顔で何をそんな謙遜を?と思ってしまう。
スラリとした細身の引き締まった体。長い手脚で、スーツの着こなしも美しい。ふわっとした細い髪。長い睫毛に縁取られた涼やかな目元に、小さめの艶やかな唇。
周りの客たちが、チラチラと視線を送ってしまうような、堪らない色香漂う美人だと言うのに、自覚はまったくないのだろうか?
飲み物が運ばれてきて、とりあえず二人は当たり障りのなさそうな話題を選び話しだした。
「一色さんは、お仕事は自営業なんでしたっけ?」
「あ、はい。」
涼太はついいつもの癖で名刺を取り出してしまった。
──あっ、営業じゃなくてお見合いなのにっ……。
内心焦ったところに、宗一郎も名刺を差し出してくれる。
「へぇ、フラワーアーティスト!」
「肩書はそうしてますが、実際は小さい花屋をやってまして……。」
宗一郎はニコニコと見つめてくれるが、涼太は宗一郎の名刺を見てその肩書にドキドキしていた。32歳で大手商社の常務取締役!?
──なんで、こんなすごい人がしがない俺とお見合い?
祐貴がいつも懸念するのだが、涼太は肝心なところが抜けていたりする。
このプロジェクトの本来の目的は、富裕層アルファがオメガを得ることだ。そうしてアルファの子供を作る。それが目的なのだ。
どうも涼太は、このお見合いの先に子作りのための行為があるという危機感が、この5年平和にベータとして過ごしてきたせいかなくなっていた。
自分がエフ……しかも、アルファにとってかなり魅力的なエフだという自覚が、目の前にアルファがいるこの期に及んでもなおなかったのだ。
涼太は普段、自然な花の香りに囲まれているせいか、香水の類は苦手だった。
だが、宗一郎と話していると、柔らかな甘い香りが鼻をくすぐり、思考がふわふわとしてくる。
「河野さんは、何かコロンとかつけているんですか?」
「いいえ。どうしてですか?」
──河野さんて、色っぽい笑い方するな。
明らかにその様子が変わり始めた涼太を見て、宗一郎は含みを持って口元を緩めたのだが、涼太にはそう見えたらしい。
「いや……、ずっと河野さんから甘い香りがするなって……。」
「本当ですか?それは、相性がいい証拠だし、嬉しいな。」
──ん?相性がいい?
まったく機能しなくなってきた涼太の思考回路が、最後の自衛本能からか「帰れ」とそう発していた。
「河野さん、すみません。俺、そろそろ……。」
立ち上がった涼太は、あまりに力の抜けた自分の体に驚き、倒れそうになる。
それを待っていたとばかりに涼太を支え抱き寄せた宗一郎が、彼の耳元で甘い誘惑を囁く。
「涼太くん。上に部屋を取ってあるんです。行きましょうか。」
──えっ?あれっ……そんな、いいんだっけ?
宗一郎に促され、タイミングよく扉が開いたエレベーターに乗り込み、何故か涼太は彼に体を預けてしまう。
「宗一郎さん……。」
エレベーターはスイートルームのある、クラブフロアで止まったのだった──。
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