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第3話
しおりを挟む宗一郎に腰を抱かれ、しなだれかかった状態でエレベーターを降りた涼太は、踵の痛みに小さく我に返る。
地下鉄の駅まで慣れない革靴で走ったせいで、靴擦れが出来ていたのだ。
「あっ、いたっ……。」
「涼太くん?どうした?」
──あれ?なんで名前で呼ばれてるんだ?
「俺、なんで……。」
「足を傷めてるの?じゃあ、ほら。」
宗一郎は涼太の膝下に腕を差し入れ、スッと彼を横抱きにした。
「──っ!?」
誰かに抱き上げられるなど子供の頃以来で、涼太は急に感じた浮遊感に思わず宗一郎にしがみついてしまった。
「可愛いな、涼太くんは。」
その言葉を口にした宗一郎の横を、ホテルスタッフのネームタグを胸につけた男が会釈しつつ通り過ぎた。
──はぁ……、こんな時間からもうお楽しみか?
天宮伊織。
彼はこのアマミヤホテルのウェディング事業部の統括責任者で、アマミヤホテルグループの御曹司でもあった。
金持ちの火遊びを見慣れている伊織は、またかと思いながら立ち去ろうとしたのだが……。
「あのっ、だ、ダメですよ、河野さんっ。」
「涼太くん。さっきみたいに名前で呼んでよ。」
「いや、あの、担当者が戻ったら怒られます。」
──ん?担当者?
このホテルは国と契約し、ここ何年もエフプロジェクトの場を提供してきた。手段を選ばずエフをものにしようとする輩を度々目撃してきた伊織は、ピンと来てしまったのだ。
「あの、ホントに、お、下ろしてくださいっ。」
涼太はここに来て、やっと宗一郎の香りの正体に気付きだす。
──これ、アルファのフェロモンなんだ……。逃げなきゃ……逃げなきゃヤバい……。
そう思考が動き出したのに、体はふわふわと力が入らないまま。
「こら、暴れると危ないよ。」
危ないのはお前だよ。涼太はそう言ってやりたかったが、またしてもふわっと体に染み込む香りに理性を奪われていった。
──今回はイケそうだ。
僅かにほくそ笑んだ宗一郎が、部屋の前で涼太を1度おろし、ポケットからルームキーを取り出そうとした、その時だった。
「恐れ入ります、お客様。」
伊織が宗一郎の後ろに立ち声をかけた。
──まったくこんな時に何なんだ!
宗一郎は内心イラッとしながら爽やかに振り向く。
「なにか?」
「間違いでしたら申し訳ございません。本日のマッチングのお客様でいらっしゃいますか?」
宗一郎の目に一瞬の動揺が見えたのを、伊織は見逃さなかった。
「いえ、私達は……。」
「先程から、担当者の清水様が探していらっしゃいまして。」
伊織は宗一郎の言葉を遮り、畳み掛けるように続けた。
「お連れ様はご気分が優れないご様子ですね?医務室へご案内致しましょうか?」
伊織のホテルマンとしての穏やかな口調から、宗一郎は独特の威嚇を感じ取り、この男は全てお見通しなんだと観念して悟る。
──天宮伊織?こいつもアルファか。クソッ、あと少しだったのに!
宗一郎は仕方なく涼太の肩を抱く腕を解き、彼の体を伊織に委ねた。
「ちょうどよかった。ラウンジで話している最中に気分が悪くなられたようで。清水さんとも連絡が取れずに困っていたんですよ。」
「左様でしたか。」
「私も仕事の関係でちょうど部屋を取っていたんですが、まだ諸用がありまして。彼をお願い出来ますか?」
「もちろんです。お困りのことがございましたら、何なりとコンシェルジュにお申し付け下さいませ。」
宗一郎には伊織の爽やかな笑顔と物言いがひどく癇に障る。
「それでは一色さん。今日はありがとうございました。また改めて。」
放心状態の涼太に形ばかりの挨拶をすると、宗一郎は逃げるように部屋へと入っていったのだった。
「また、厄介なことにしやがって……。」
伊織は大きな溜め息を吐いたあと、ぽそっと小さく呟いた。
宗一郎から解放された涼太は、ホッとしたのか、それとも急にアルファの影響下を出たからなのか、伊織の腕の中で気を失ってしまっていた。
こんな美人なのに、無防備なエフもいたもんだと思いつつ、伊織は軽々と涼太を抱き上げ歩き出した。
「栗原、エフ担当の清水さんに連絡取って。」
「了解です。はぁぁ、またですか?」
「な、本当だよ。」
クラブフロアのクラークの彼女に声をかけ、伊織は従業員用のエレベーターで医務室へと向かったのだった。
涼太が自宅に戻ったのは、22時近かった。
ホテルの医務室で目を覚ました涼太は、何故か役所の担当者の清水に平謝りされ、もう平気だからと断ったのだが、決まりなのでお願いしますとまたしても頭を下げられ、病院で診察まで受ける羽目になった。
「また改めて謝罪に伺いますので!」
お見合いのルールを破り、抑制剤を飲まずに来て無理矢理部屋に連れ込もうとしたのはアイツなのに、頭を下げ続ける清水が不憫になってくる。
涼太は今まで清水に無下な態度を取り続けたことが申し訳なくなってきた。
「ホントに清水さん、もう謝らないで下さい!迂闊だった俺もいけないんです。」
迂闊だった。認識が低すぎた。エフの自分がどういう存在で、何を求められているのか。
──ホント、バカだな。俺は……。
タクシーを使う余裕などなくて、結局帰りも地下鉄を使った。靴擦れの痛む足でトボトボ商店街を抜ける。
自宅への階段の下に佇む人影に、涼太はやっと緊張が解けていくのを感じた。
「……祐貴……。」
「…っ、涼ちゃんっ!!」
涼太を見つけた祐貴が勢いよく抱きつく。
「無事!?無事なの!?」
「祐貴……。うん、平気だ。」
「本当?なんにもされてない?」
「うん。」
何故か、祐貴の方が泣きそうだった。
「さっき涼ちゃんが診察受けた病院、サキがいたんだよ。気付いた?」
「そうなのか?」
咲季は祐貴の恋人で、やはり看護師だった。
「サキが、本当はいけないんだけど、涼ちゃんの様子心配して、俺に連絡してきたんだよ。もう、本当ビックリして。」
涼太は自分のことを本気で心配して、こんな時間に会いに来てくれた親友の肩口に、ボスっと頭を乗せた。
「ゆうきぃ、俺……、俺、本当に……普通のベータじゃないんだな……。」
「涼ちゃん……。」
──普通のベータじゃないし、まだオメガでもない……。
「俺ってホント、中途半端だ……。」
──フェイクオメガか。言い得て妙だ。まるで自分の人生、偽物になってくみたいだ……。
涼太はどうしようもないやるせなさを、どこにぶつけていいのか分からずにいた──。
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