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第9話
涼太の地元には竹居神社という小さな神社がある。
年1回の祭りの時以外、地元の人間は滅多に足を運ばない無人の神社だが、名水百選に選ばれた湧き水があり紫陽花の名所で、それなりにぽつぽつと参拝客は訪れていた。
神社仏閣巡りが趣味の直央が汐音に付き合ってもらい竹居神社を訪れたのは、とある日曜日のことだった。
「ほら見て、汐音。この写真なんかSNS映えしそう。」
前から来てみたかった神社を満喫した直央はご満悦だった。
「直央は神社に来ると、人が変わったようにテンション上がるよな。」
神社巡りはあくまでお供の汐音だが、嬉しそうにはしゃぐ恋人を見るのは悪くない。
「だってさ、すごくない!?この社と裏の竹林の感じとかさ。」
直央が見せてくるスマホ画面ではなく楽しそうな恋人を見ながら、汐音は「そうだな」と相槌を打った。
「なんか小腹空かない?」
「おっ、揚げたてコロッケだってよ。」
「いいじゃん!食べよっ。」
それなりに段数のある神社の石段を下りてきた二人は、駅へ向かう途中の商店街で寄り道を楽しんでいる。
肉屋の店前のベンチでコロッケをハフハフと頬張りながら、汐音はふと斜向いにある花屋に目を向けた。
「なあ、直央。あそこの花屋に寄っていい?」
「え?別にいいけど、なんで?」
「明日おばさん、誕生日なんだろ?」
直央の家は、彼が小学生の頃に両親が離婚して母一人子一人だった。ベータながら大手企業の部長職を務める母が、直央を大学に通わせてくれていた。
「そんな気を遣わなくてもいいよ。」
「点数稼ぎだよ。将来、俺の親にもなるんだからさ。」
「……っ!急にな、に……言って……。」
直央は下を向いて赤くなった顔を隠すと、モシャモシャとコロッケの残りを一気に口に詰め込んだ。
「あっ、そんな食べ方したら……ほら、みろ。」
注意しようとした側から、コロッケを喉に詰まらせた直央に、汐音が呆れながらも優しく笑ってペットボトルの水を差し出す。
直央は大好きな汐音のそんな笑顔を見ながら、ちょっと涙目で照れ隠しに呟いた。
「汐音のせいだ。」
「はいはい。」
直央が落ち着くと、二人は花屋へと向かった。
素朴な店が建ち並ぶ商店街の中、その店はヨーロピアンなナチュラルテイストで、まるで別世界への入口のようだ。
汐音と直央が中に入ると、その別世界の主である涼太が爽やかに二人を出迎えた。
「いらっしゃいませ。何かお作りしますか?」
「すみません、誕生日プレゼントなんですけど。」
汐音がそう話しながら涼太に近づくと、彼は先客のアレンジを仕上げているところだった。
「なるほど。ブーケにしますか?それともアレンジにします?」
「直央、おばさん、どっちがいいかな?」
「そうだなぁ。」
涼太は光廣と友明を見てきたからか、汐音達は友達ではなく恋人同士だなと直感的に思った。
──恋人の母親にプレゼント?可愛らしいな……。
「よかったら、あちらにいくつか完成品がありますので、参考にご覧になって下さい。」
二人の様子を気にかけながらも、涼太は目の前のアレンジのラッピングに入っていた。
「こんな感じでいかがですか?」
涼太は接客用の小さなソファーで長い脚を組みながら、作業をする涼太を眺めている男に微笑んで問いかける。
「流石だね、涼太くん。イメージ通りだよ。」
そこにいたのは宗一郎だった。
謝罪の日の言葉通り彼は度々店を訪れ、取引相手への手土産や友人へのプレゼントだと言って涼太にアレンジを頼んでいた。
「宗一郎さん、具体的に言ってくれるから作りやすいです。」
本当に客として花を買うためだけに店に来る宗一郎に、回数を重ねるごと涼太の警戒心が和らげられる。
今は作業の間当たり前のように、世間話から少しのプライベートな話題まで話すようになってしまっていた。
宗一郎は代金を支払うと、さり気なくカウンターの上で涼太の手に自身の手を重ねる。
「それで涼太くん、さっきの話、返事は?」
さっきの話……。涼太は食の好みの話から、宗一郎にランチに誘われたのだ。
「いや、あの……。」
「もう僕はお見合い相手でもなんでもないしさ、男同士ちょっと出かけるのもダメかな?」
宗一郎は涼太の様子をつぶさに観察する。
涼太がお人好しで押しに弱いのは、何度か会ってよく分かっていた。
「それとも、もしかしてまだ僕をそういう相手として意識してくれてる?」
わざと意地悪く吐息混じりに聞くと、涼太は大慌てで否定した。
「そ、そういう訳じゃっ、全然!」
「じゃ、行こう。それにちょっと仕事の提案もあるんだ。」
仕事を絡める。宗一郎の駄目押しだった。
「そう、なんですか?」
「うん。だから、ね。」
「はい……。そういうことなら。」
「涼太くん、次の休みはいつ?」
あっという間に宗一郎のペースに乗せられた涼太は、ランチの約束を取り付けて目的を果たした宗一郎をいつも通り見送った。
「すみません、お待たせしました。」
涼太が汐音と直央のところへ行くと、二人はニヤケ顔だった。
「お兄さん、モテるんですね。」
「ええっ!?」
「あの人、絶対、美人のお兄さん狙いでしょ?」
この子達は何を言い出すのかと、涼太は熱くなった顔を手でパタパタ扇ぎながら話を戻す。
「ご希望はお決まりですか?」
「さっきのお兄さんに作ってた感じで小さめの出来ますか?」
「はい、出来ますよ。それじゃ、こちらへどうぞ。」
涼太は先程まで宗一郎がいたソファーに二人を案内する。
「俺達学生で金ないんで、まけてくれません?」
汐音がふざけながら聞いてくる。
「恋人の母親にそんなプレゼントあげるのか?」
涼太がしたり顔でそう聞くと、二人はビックリして顔を見合わせる。
「えっ、なんで?」
「あんまりお兄さんをからかうもんじゃないよ。」
汐音はなかなかに人たらしな涼太に気を許し、10代らしい気さくさで話しだした。
「ねぇねぇ、さっきのお兄さんみたいに名前で呼んでもいい?」
「ちょっと、汐音っ。」
流石に初めて入った店の店主にざっくばらん過ぎやしないかと直央が止めに入る。
涼太にはそんな二人が微笑ましかった。
「いいよ。俺は一色涼太な。そっちの人懐っこい君が汐音くんで、こっちの可愛らしい子が直央くんだろ?」
「ハハッ、俺、涼太さんと仲良くなれそ。」
「はいはい。で?予算は?まけられないけど、予算より豪華に見せる腕はあるぞ。」
「やったー。」
「直央くん、君の恋人は自由だねぇ。」
「すみません……。」
直央が汐音の腕をバシバシと叩き「恥ずかしいことしないで」と小声で怒っている。
──父さん達もこの子達も、性別なんて関係ないんだな……。
涼太は僅かに自分の伊織への想いと目の前の光景を重ねてみる。
──でも、俺の気持ちが伊織くんに向いたのは、エフとしての自分を自覚したからだ……。
バースなんて関係ない。そう言い切れるほどまだ自信の持てない涼太の想い。
「どっちにしても、関係ないか……。」
汐音と直央のじゃれ合う声に紛れて消える言葉……。
涼太が伊織への想いを見つめ直したところで、彼に結婚も考える恋人がいるのは変わらない。
ウェディングフェアで『恋』に気付いた涼太は伊織のことを考えては恋人の存在に辿り着く。それを繰り返してばかりいた。
「直央くん、お母さんの好きな色とか好み教えてよ。」
涼太が手際よく花を選び、二人との会話にも花を咲かせながら、仕上げたアレンジ。いたく気に入った様子で嬉しそうにしてくれた恋人たちを送り出すと、涼太は店の戸締まりをしてドアプレートを『Close』にした。
「さて、俺も急いで準備しなきゃ。」
用意しておいたドライフラワーでスワッグを手早く作ると、自宅へ上がり服を着替える。黒のパンツにコットンニット、ベージュのロングジレを着て涼太は鏡の前に立ってみた。
「こんな感じで大丈夫かな?」
やっぱりなんとなく前髪を弄っていると、スマホが鳴った。
メッセージを確認した涼太は慌てて財布をポケットに入れ、スワッグを持って自宅の外階段を下りる。
そこには高級車が横付けされていた。
「伊織くんっ。」
「母さんに言われて……。迎えに来ました。」
今夜は香菜子に自宅に招待されていた。
伊織に助手席のドアを開けられて、心の準備が出来ていなかった涼太はすっかり固まってしまったのだった。
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