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第11話
しおりを挟む翌朝涼太は幸せな気持ちで目を覚ました。
伊織の姿はなかったが、彼が帰ってしまっていることは涼太も予想がついていた。
「キス……したんだ、俺……。」
しかも伊織が求めてくれた。あんなに情熱的な求め合うキスをしたことなどなかった涼太は、昨夜の唇の感触を思い出し、自身の唇に指先を乗せてしばらく夢見心地のままだった。
ふと、床に落ちているスマホを見ると、メッセージの通知が光っている。スマホを開き送られてきていたメッセージを確認した途端、涼太のふわふわとした多幸感は一気に叩き潰された。
『鍵はドアポストに入れました。涼太さん、しばらくはまた、仕事だけの関係にさせて下さい。』
涼太はこの文章の先にある伊織の想いなど知る由もない。
「これ…は……、俺、フラれたってことかな…?」
それとも、一時の気の迷いでアルファとしてエフの自分に反応しただけだったのか……。
「フラれるも何もないのか……。別に、俺は……。」
涼太は幸せに浮かれていた自分が滑稽で笑えてきた。恋愛経験の乏しい自分はともかく、伊織にしてみたらあの程度のキスなど、何も特別ではなかったのかもしれない。
──本当にいつまでも馬鹿だな、俺。アルファにとって、俺自身には価値なんてないんだ……。求められてるのは、エフの遺伝子だけ……。
涼太はシャワーを浴び、インスタントの味噌汁を啜って、二日酔い一歩手前の体を覚めさせた。
エフの自分から離れてみたい。前の自分に戻りたい。涼太はスマホを握り締め、迷いながらも通話ボタンをタップした。
「あ、もしもし、祐貴?悪い、仕事前に……うん、……ちょっとな。あのさ、今夜時間あるか?……うん、ありがとな。じゃ、待ってる。」
祐貴の仕事帰りにここに来るという返事にホッとした涼太は、いつも通りのルーティンをこなし始めたのだった。
「ええっ!?ちょ、ちょっと待って、涼ちゃん!いつのまにそんな……!?」
定時に仕事を終え、缶ビールとおつまみのお惣菜を手にやってきた祐貴は、涼太の突然の恋の相談に軽くパニックになる。
「そんな驚かなくてもさ……。」
予想以上の祐貴の反応に、涼太は気恥かしくなってきた。
祐貴には今まで散々恋愛相談をしてきた。でも今回は相手が相手なのだから、祐貴の反応もわからなくはないのだが……。
「なんか、御曹司のアルファの、しかも男を好きになるなんて、前の涼ちゃんじゃ考えらんないよね。」
「やっぱり、そうだよな……。」
「えっ?なんでそこで暗くなるわけ?」
祐貴は焼き鳥を豪快に口に頬張って、不思議そうに聞く。
「いや、なんていうか……。あの宗一郎さんとのお見合い以来、エフの自分を突き付けられるって言うか……。」
涼太は最近思ったことをポツリポツリと話しだした。
祐貴は特に相づちを打つわけでもなく、ビールを飲みながらただ聞いている。
「ふーん。」
「いや、ふーんて。それだけ?」
「うーん、なんてか、面倒くさいこと考えてんなぁって。」
「は?」
涼太は自分の悩みを至極つまらなそうに言う祐貴にイラッとしてしまい、ついビールの缶に手を伸ばす。
「ねぇ、涼ちゃん。涼ちゃんはさ、俺がサキに一目惚れして、サキのことなんにも知らないのに好きとか言っていいのか悩んでた時、なんて言ってくれたか覚えてる?」
祐貴が涼太をジッと見つめた。
「えっと……。」
「涼ちゃんさ、きっかけなんてなんでもいいだろって言ったんだよ。誰でも最初は知らない奴だって。自分の気持ち大事にしろってさ……。」
「………。」
「俺さ、今涼ちゃんの話聞いてて、アルファとかエフとかオメガとか、その人達は心を持てないって言ってるように聞こえたよ?ベータじゃフェロモンだの運命だのわかんないけどさ、それがきっかけになるのはそんなに悪いことなの?」
「祐貴……。」
「涼ちゃん、悩んで辛いから俺呼んだんでしょ?その時点で、ちゃんと心動いてんじゃん。」
「そう……だよな。」
涼太は頭の中で固結びになっていた気持ちが、緩められていく感じがした。
「まぁ、涼ちゃんに手を出した翌朝にそんなメッセージ送ってきた僕には、単純に友達として腹立つけどね。」
「えっ、いや、祐貴!?て、手を出すって……そんな、別に…キス…しただけだし…。それに、伊織くんつかまえて僕って……!」
「なんでよ?年下なんでしょ?アルファだろうがなんだろうが、年下は年下!」
祐貴は少し顔が赤くなっている。酒に弱いわけではないが、ほろ酔いではあるようだ。
涼太はいつも通りの祐貴との時間が、やっぱり堪らなく心地よかった。
「俺さ、祐貴に言われて考えてみれば、恋人がいるって聞いてたせいもあって、アルファだから、住む世界が違うから……俺が中途半端なダメ人間だからって、必死に諦める理由ばっかり探してたかも……。」
「ふっ、ふふっ……涼ちゃんが色々ダメなのは合ってるね。」
「祐貴ッ!」
祐貴がケラケラと楽しそうに笑い出す。
「今まで、男を好きになるなんて考えもしなかった涼ちゃんを、こんなメロメロにしちゃうなんてねぇ。」
「祐貴、本格的に酔ってきたな?」
「ねぇねぇ、キスどうだったの?」
「はいぃ!?」
涼太は思わずビールを吹き出した。
「気持ちよかった?」
慌ててテーブルを拭いている涼太に、祐貴はズイズイと聞いてくる。
「なっ、き、気持ちは…よかった……けど……。」
「うわぁぁ!それで、それでっ?」
「それでって何だよ!?」
「もう、真っ赤んなっちゃって!」
「うるさいわ、酔っ払いっ。」
ビールを口に含み直す涼太の向かいで、祐貴は後ろにあるカウチに背中を預けながら、独り言をポロッとこぼすように呟いた。
「好きな子とするキスは、やっぱ特別だよね……。」
──そうか、そうだよな……。そういうシンプルなことでいいんだよな……。
涼太の胸をチクチクと刺していた小さな棘たちが、一つまた一つと抜け落ちていく。
「涼ちゃん!付き合う時に、相手にまずすることは何?」
「はい?」
「付き合いたかったらぁ、まずは告白でしょっ?したの?伊織くんに!」
祐貴の単純な指摘に涼太はハッとする。
「届く届かないは別として、気持ちは言葉にしなきゃ伝わんないよ!」
「うん、そりゃそうだよな。」
「涼ちゃん、飲むよっ!」
「えっ!祐貴、おいっ、飲みすぎだぞ!」
結局祐貴は酔い潰れてしまい、咲季に連絡して迎えに来てもらうことになった。
「涼太くん、これ一つ貸しだからね。」
「わかってる、わかってる。ありがとな、咲季ちゃん。」
──ありがとな、祐貴。
それから涼太は何度かアマミヤホテルでの仕事があったが、伊織の会議や出張などですれ違いが続いていた。
メッセージを送ることも考えたが、変にモヤモヤしないためにも、直接顔を見て話したかったのだ。
2週間ほど経ち、ホテルで次に担当するカップルとの打ち合わせを終え帰ろうとしていた涼太は、ちょうど従業員用のエレベーターに乗り込もうとしていた伊織を見つけ、反射的にそこに乗り込んだ。
「一色さん!?」
二人だけのエレベーターの中、突然飛び込んできた涼太に伊織は驚き目を丸くする。
「伊織くん、お願いだ。5分でいいから話を聞いてくれないかな?」
仕事場では絶対に名前で呼ばない涼太が名前で呼んできたことで、伊織は警戒して表情を硬くした。
「伊織くん……。」
涼太が言葉を続けようとした時、ちょうどドアが開き別のスタッフが乗り込んできてしまい、涼太は慌てて少し距離をとる。
二人の間に気まずさが漂う中、伊織が隣に立つ涼太に顔を向けた。
「一色さん。お話でしたらオフィスでお伺いします。」
「はい。」
伊織は涼太をオフィスの中へ招き入れると、鍵を閉め、ロールスクリーンを下ろした。
「涼太さん、俺、前に……。」
「わかってる。ごめん!これは俺の自己満足なだけなんだ。聞いてくれるだけでいいから。」
涼太の気持ちは穏やかだった。どんな答えが返ってきても、前に進める気がしていた。
「俺、伊織くんが好きだ。」
「──っ!?涼太さんっ!?」
あまりにもストレートな告白に、伊織は面食らってしまう。
「あんな出会い方だったけど、俺、いつの間にか伊織くんにメチャクチャ惚れてた。俺たちはエフとアルファで、そうじゃなきゃ知り合ってないと思う。正直、あまりにも立場が違いすぎて悩んだりもしたんだ。でも、やっぱり好きでさ……。」
この美しい人は、なんて真っ直ぐで強いんだろうか?伊織は甘い彼の瞳から一瞬も視線を外せなかった。
「伊織くん……、俺と、付き合ってくれませんか?」
「涼太さん……。」
伊織は壊れそうな程に涼太を掻き抱きたい衝動を必死に抑え、そっと涼太の手を取った。
「嬉しいです。今、メチャクチャ興奮してます、俺。」
「………。」
涼太は言葉と行動が裏腹な伊織の答えが読めずに戸惑ってしまう。
「俺も、涼太さんが好き、だと思います……。」
「曖昧な言い方するんだね。」
「すみません!俺、礼奈に番が出来てから、アルファの自分にずっとモヤモヤしてるんです。」
「伊織くん?」
「涼太さん、ズルいのは百も承知です。返事、少し待って貰えませんか?」
「えっ?」
「自分の中の迷いにちゃんと決着つけたいんです。つけてから、涼太さんと向き合いたくて……。」
涼太には今目の前にいる伊織が、初めてちゃんと年下に見えた。
「伊織くん、もしかして、そのモヤモヤのせいで俺と距離を置こうとしたのか?」
「……はい……。」
──ああ、伊織くんもただの人だ。俺と一緒だ。
「伊織くんも、意外と不器用だな。」
「涼太さん……。」
「わかった。俺、待ってるよ。」
涼太はそう言って背伸びをすると、伊織の頬に口づけた。
「りょ、うた…さ……。」
「じゃ。待たせ過ぎんなよ。」
涼太は固まる伊織に魅惑の微笑みを残し、オフィスを後にしたのだった──。
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