6 / 11
第6話
しおりを挟む「ハルー、起きろー。朝だぞ、ほらっ。」
ハルには大きすぎる布団。その布団とくっつけた柊の布団との境い目に寄って、ハムスターのように丸まって眠るハルに声をかけると、彼は眠そうにコロンコロンと寝返りを打って自分の布団の真ん中まで移動した。
「ほら、ハル。今日は公園にお散歩いくんだろ?」
「ん、うんーー。」
「じゃ、ほら、起きな。」
「……パパ、抱っこ……。」
「はぁぁ、仕方ねぇなぁ。ほらっ。」
気分まで明るくしてくれる暖かい陽射し。
そのせいなのか、なんなのか。さくら荘のいつもの部屋が、いつもよりずっと明るく感じる。
まだ目を閉じたまま腕を伸ばすハルに溜め息をつきながらも、表情は柔らかく柊はハルをひょいっと抱き上げた。
「ハル、抱っこで寝るな。」
「寝てないぃ。」
「ほいっ、目を開けるっ。」
「もう、起きてるもん。」
そう言いながらほんのちょっぴり瞼が動き、薄目を開けたハルの微妙な顔を見て、柊はたまらずブハっと吹き出す。
そんな中、腕の中の柔い温もりは、全てを預けて自分にしがみついていた。
柊の中に、堪らない愛しさが込み上げてくる……。
休みを取って数日──。
てんやわんやと思い通りにならないことの連続だが、柊はすっかり、この温もりに絆されていた。
しばらくはハルと一日中一緒にいられると伝えたときの表情は、今思い出しても頬が緩む。
ハルは一瞬きょとんとしたあと、嬉しさと照れくささを同居させて瞳を揺らし、もじもじとしていた。
それから、焦らないように気をつけながら、心の中に漂う疑問を少しずつハルに尋ねてみた柊。
そしてわかってきたのは、ハルは四つだというのに、『経験値』が驚くほどに少ないと言うことだった。
言葉もしっかり話せるし、年相応の意思疎通も出来ていると思う。
だが日常生活の全てがまるで初めてのように、何も知らないのだ。
食事をすること、風呂に入ること、布団で眠ること……ハルはそんな『当たり前』をキラキラと瞳を輝かせて、楽しそうにしていた。
よくよく聞いてみれば、あのお気に入りのTシャツも「初めて買ってもらった服だから好き」なのだという。
──本当に、この子は一体、これまでどうやって暮らしてきたんだろうな?
寝ぼけ眼のハルを着替えさせ、冷たい水で顔を洗ってやると、やっとパッチリと目を開けた。
柊はそんなハルをローテーブルの前で豆イスに座らせると、一口サイズにしたふりかけごはんのおにぎりとほうれん草入りの玉子焼き、ウインナーをのせた皿を前に置く。
「うわぁ、コロコロおむすびーっ!」
「ハル、立たないよ。ちゃんと座って。」
「はぁい。」
興奮してテーブルに手をつきぴょんぴょん飛び跳ねようとしたハルを、柊は既のところでなだめて座らせ、隠れてホッと息を吐いた。
──あっぶねー、また溢されるところだった……。
この数日で彼が学んだ教訓。
子供はよく溢す。例えちゃんと座って食べていたとしても……。
そして、意識が一瞬であちこちに移動する。
掃除の手間を減らしたいなら、油断大敵だ。
何故か食事に慣れていないハルは、箸はおろか、フォークやスプーンを使うのも下手くそだった。そのせいもあったのか、食も細い。
それならとおにぎりを作ったものの、普通のおにぎりに齧りつくのも上手く出来ずグチャグチャにしてしまった。
仕方なく柊がある程度食べさせていたのだが、紅葉が振るだけで一口おにぎりが作れるグッズを教えてくれたのだ。
「子供って、案外一口サイズにしてあげるだけで食べるよ。」
不思議なものだ。少なくともハルにはこの方法が良かったらしく、一気に食べる量が増えた。
そして、頑張ってもくもくと口を動かす姿が、柊には途方もなく可愛らしく見えてくる。
『食べる』という、生きるために必要不可欠なこと。
だが、大人の自分には、至極当然の行為だった。
それをハルは、一生懸命に頑張っている。
『頑張って生きてくれている』
ふと柊の頭には、そんな言葉が浮かんで、刹那の後、散っていった……。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
11
1 / 4
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる