将軍の宝玉

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番外編 初雪

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   いよいよ冬が深まってきた。
 昨年まで過ごしていた東の領地より王都は温暖ではある。寒さは厳しいが、毎日きれいな青空が広がる。

   寒さにはそんなに弱くないのだが、すぐに身体が冷えて熱を出しやすい。また東よりも乾いた空気は喉や肺に悪く、気をつけるように主治医のタリー先生から聞いた旦那様と執事のダラスによって、今年の冬はかなり過保護に寒さから守られていた。 

   そのおかげか、今年は特に体調を崩さず順調に過ごせている。

   しかし年末を控えて、旦那様はさらに忙しそうだ。帰りも遅く、私が寝入ってから戻られているようで、朝目覚めると一緒に寝ていることが多い。

   一度用事があって屋敷を訪れた副官のレイノルドに心配していることを告げたら、これくらい全く問題ないとなぜか笑われてしまった。

   旦那様との時間も、朝の挨拶と食事をしながらの短い時間の会話のみだ。寂しいよりも、いくら丈夫な旦那様とはいえ、やはり身体が心配だ。
   自分のことも大切にしてくれるといいのだけれど。そんなことを思いながら過ごす日々。
   
   

   温かなベッドで深く眠っていたようだったが、ふと目が覚めた。いつも目が覚める時刻よりかなり早いようで、まだ薄暗く音のない世界で、後ろから抱き込まれた背中が暖かい。
   できるだけ動かないようにそっと振り返ると、眉間に皺を寄せたまま眠る顔があった。目元に疲労の色がみえる。いつ帰ってこられたのだろう。

   私が軽く身じろぎをしただけでも目を覚ましてしまうことが多い旦那様だけど、今朝は微かな寝息が聞こえるだけ。
   部屋は暖炉の残り火はあるが、かなり冷えている。もう少し薪をくべてみようとそっとベッドを抜け出した。

   温度差にふるりと身体が震える。近くにおいてある上着を羽織り、息を潜めてそっと薪をくべる。
   薪同士の擦れる小さな音がしたが、珍しく旦那様は目を覚まさない。お疲れなのだろうけど、ここで油断して眠ってくれる姿に笑みが漏れる。

   新しい薪に火が移る様子をしばらく眺めていたが、寒さにふるりと体が小さく震えた。

   そのまま、腕の中に戻ろうと思ったけど、あまりに静かなので、窓辺に寄って厚いカーテンの隙間から外をのぞいてみる。


  そこはまだ日が昇る前の青い光に照らされた、白銀の世界だった。

 雪だ!

   領地のほうではもっと早く雪が降る。年によっては大雪になることもある。しかし、温暖な王都ではめったに雪は積もらないと聞く。それが、今年の冬初めての雪が庭や屋敷をうっすらと白く覆っていた。

 陽が昇れば溶けてしまうだろう。こんな時間に誰かを呼んで、身支度してもらうのも悪い。それに止められる可能性が大きい。
 庭に出たい気持ちを抑えられず、息を殺してそのままバルコニーへ忍び出た。


 雪は好きだ。
 いろんなものを覆い隠してくれて、違った景色を見せてくれる。白一色で覆われた世界は力強く、いつも胸が詰まる。
   登り始めた朝陽を浴びて表面がキラキラと輝き、きちんと目を開けていられない。

 足首までもないくらいの積雪は、そこまでの迫力はないけれど、いつもの庭が別世界に見える。
   新雪に足痕をつけて、ふわふわした感触を確かめる。雪が残るほどの冷え込みでもなく、すでにやんでいるし、やはりすぐに溶けてしまうだろう。

 そろそろ戻らないと、旦那様が起きてしまうかもしれない。室内履きのまま来てしまって、濡れた足先が冷たいけれど、もうちょっとだけ、そう思って新しい雪に足跡をつける。

 その時、突然バンという音と、自分の名を呼ぶ声が世界の静寂を壊した。

 背後を見上げると、バルコニーの手すりから体を乗り出した、寝乱れた寝衣姿のままの旦那様が見えた。

「おはようございます」

 いつものように挨拶をすると、グッと息を飲み、何も言わずに部屋に取って返された。
 どうしたのだろうと思っているうちに、手に何か持って現れた旦那様は、声を掛ける前に手すりに足を掛け、バルコニーからひらりと跳んだ。

 あまりのことに事態を把握する前に、大股で駆け寄られ、無言で毛布に包まれる。そのまま抱え上げられ、あっという間に気付けば暖炉の前にいた。驚きで固まっているうちに、クッションの上に降ろされ、後ろから抱きしめられる。

「こんなに冷えて!何をしているのです」

   表情が見えないが、いつもより低い、焦ったような声で叱られる。

「あの、……申し訳ありません」

「目が覚めてあなたがいないので肝が冷えました」


 声は厳しいけれど、抱きしめる力が緩んで、室内履きを脱がされ、柔らかなタオルで足の指一本一本を丁寧に拭われる。ちょっと感覚がなくなっていた指に血が通ってくる。

「こんなに冷えて」

「雪がつもっていたので、つい……。すみません」

「ああ、そういえば、こちらでは初雪ですね」

 悴んだ指を大きな手で包んでくれる。先程くべた薪がいい具合に火がついて、部屋が温かくなっているのが嬉しい。

   寒いのがかなり苦手な飼い猫ミーが、暖炉の火が弱いと薪を足せとばかりに鳴くので、見よう見まねでやって、失敗を繰り返して、最近ようやくコツをつかんだのだ。
   侍女たちにはお申し付けくださいと何度も窘められたが、暖炉の近くに設置しているベッドで寛ぐ姿は何物にも代えがたいので、満足している。

 しばらくすると冷えた体も、毛布と旦那様の温かさでほかほかになってくる。そういえば旦那様は薄着だった。

「旦那様は寒くないですか?」

「いいえ。あなたがいるので温かいですよ。シェリルノーラ様は雪が好きなのですか?」

「はい。ご苦労をなさる方がいるのは分かっているのですが。子供っぽくてお恥ずかしいのですが、雪遊びに憧れもありまして」

   くすりと笑われる気配がした。

「もうちょっと私の心配が減ったら、お付き合いしますよ。今年はだめですけど」

「っ!ほんとですか?」

   思ってもみなかった提案に、思わずその指を握り締める。

「ええ約束します。体調次第ですよ。ただその前に南に景色のいい保養地があるので、一度行きましょうか。どこにも出かけていませんし。
   私の故郷にも連れていきたいですし、来年は星見祭りにも他の祭りにも城下町にも連れていきたいと思ってます。

   あなたがやれなかったことを、これから一緒に経験したい。私も鍛錬と戦に明け暮れて、普通の生活をあまりしてないのですけどね」

   そう言うと、ぎゅっと優しく抱きしめられた。

   どんな場所かわからないけれど、一緒に過ごす未来を想像すると、心もじんわりと温かくなる。嬉しくて頬が緩むのも気づかなかった。

「また、あなたはそんな顔をして」

   小さく呟かれた声が聞き取れず、体を捻って後ろにいる旦那様を見上げる。
   思ったより近くにその精悍な顔があり、あ、と小さく声が出た。

 そのままその声は重ねられた唇に吸い込まれた。


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