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第36話 マネージャーキララ様、降臨っ
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その後の私は、現代知識を使って無双することもなく(現地の取り決めとか色々ややこしくて、改革なんかは結構手間というかめんどくさそうなのだ)平穏な毎日を過ごしていた。
紋章を覚えたり、歌うたったり、法律を覚えたり、グラジオスにちょっかいかけたり、ハイネの練習に付き合ったり、エマとお茶したり、皆で練習したり。時間はあっという間に過ぎていった。
課題と仕事(ちょっとした手紙などの確認で、字が読めるなら誰でも出来そうな仕事だ)を終わらせた私は、目的もないのに領主館内を散策していた。
忙しいときは手が足りないほど忙しく、暇なときは滅茶苦茶暇なのが最近の生活だ。
オーギュスト伯爵の領主館は、広いくせに使用人の数がとんでもなく少なく、維持が結構大変そうである。エマは毎日パタパタと部屋の掃除をして回っていた。
「あ、ハイネ~。グラジオス知らない?」
私は廊下を歩いていたハイネを見つけ、手を振りながら彼の横にまで駆け寄った。そのまま歩調を合わせて一緒に廊下を歩く。
ハイネは肩に木剣や防具を担いでおり、これから剣の練習に行くことが伺える。
「姉御、ちょうどいいっす。殿下と自分はこれから地元の騎士に交じって剣の稽古っすから、一緒に行けば会えるっすよ」
「そなんだ。ふふっ、でも剣の稽古かぁ~。見ないでおいてあげた方がいいかな?」
グラジオスは、体格に恵まれ力も強い。しかし、剣の腕はさほどというか、並、平凡、ザ・普通って感じだ。
あの父親が絶望したのも仕方ないのかなってくらいに剣に向いてなかった。
「見る見ないについては、自分には何とも言えないっす」
「それって言ってるのと同じじゃん」
一方、ハイネは体格でグラジオスに劣るのにも関わらず、それ以上の腕力を持ち、剣の腕も明らかに優れていた。
あれだけドラムを素早く叩き続けられるハイネなのだから、腕の筋肉が練り上げられているのは当然といえば当然なのかもしれない。
「ま~今は行かないでおいたげよ。グラジオスによろしく言っといて」
「うっす!」
「あ、それから指だけは怪我しないようにって」
「だから強くなれないと思うんすけど……」
確かに正論かもしれない。
でもグラジオスも剣より音楽の方が優先順位が高いはずだから構わないと思う。
「じゃ~ね~っ」
私は逃げる様にその場を離れたのだった。
また暇になってしまった私は、頭を悩ませていた。
「どうしよっかなぁ~」
街に繰り出して歌でも歌っておひねりを稼ごうかとも思ったが、オーギュスト伯爵の領主館が郊外にあって移動に少し時間がかかる事と、私一人はやはり危ないと判断して断念する。
洗濯や掃除の手伝いをする、衣裳を作るといった事も選択肢にあったが、なんとなくそんな気分じゃなかった。
「訓練の応援にって歌を歌ったら、騎士さん達が集中できなくってオーギュスト伯爵に怒られちゃったしなぁ……」
私は暇だった。やる事はあるけど暇だった。
廊下の真ん中でしばらく棒立ちしたまんま考えに考えた私は……。
「お菓子作ろ」
なんて結論に至った。
「体動かした後の甘いものって美味しいし、騎士さん達に差し入れすれば、きっと喜ばれるよね、うん。それにレモネード作れば汗かいた後だからちょうどいいだろうし」
そう思えば思うほど名案な気がしてくる。
「よしっ、じゃあ善は急げ!」
私は急いで厨房へと向かった。
私はコックさんに頼み込んで厨房を借り、スコーンと冷たいレモネードを、訓練で疲れているであろう騎士さん達のために沢山準備した。
スコーンは砂糖を使わずに甘みを出すため中にジャムを入れて焼き、レモネードには少しの塩とハチミツをたっぷり入れておく。
これで絶対疲れなんて吹っ飛ぶはずだ。
「グラジオス喜ぶかなぁ」
そんな風にワクワクしながら私は訓練場へと向かう。
訓練場には大勢の騎士達が、オーギュスト伯爵の号令に従って木剣を交わらせていた。
もちろん、その中にはグラジオスやハイネもいる。
誰もが身分などお構いなしに、訓練に励んでいる様だった。
台の上に立って全員を監督しているオーギュスト伯爵が、手に色々持っている私をチラリと見やる。
私はオーギュスト伯爵に、スコーンの入った包みと木製のコップを掲げてみせた。
オーギュスト伯爵はそれに大きく頷いてくれる。
……差し入れしてもいいのね。ありがとうございます。
私は邪魔にならないように、荷物を持って訓練場の隅っこの方で待つことにした。
うんうん、男の人たちが真昼間からくんずほぐれつする光景ってはぁはぁす……じゃなくて、頑張ってるのっていいよね。
「全員、やめぃ! 一通り型をこなした者から休憩してよしっ!」
オーギュスト伯爵の号令がかかる。騎士たちは打ち合いを止めて、全員が同じ方向を向いて剣を振り始めた。
「それから今日はキララ殿が差し入れを持ってきてくれた様だ! 心していただく様に!」
それを耳にした瞬間、ほぼ一斉に剣を振る速度が上がったのだが……。
「……ただし、手を抜いた者にはないっ」
オーギュスト伯爵の無情な言葉に、慌ててやり直さざるを得なくなってしまうのだった。
私はその間に井戸端に走り寄り、持ってきたコップをイドの縁に並べていく。その中にレモネードの原液を注ぎ入れ、井戸からくみ上げたばかりの冷たい水を加えて準備を整えていった。
「姉御、ホントありがたいっす!」
「コップは悪いけど使い回してね」
一番乗りはハイネで、たどり着くや否やレモネードの入ったコップを奪う様に取ると、中身を一息に飲み干してしまった。
「カーッ、生き返るっす! ありがたいっす! さすが姉御っす!」
その後を争うように騎士たちがやってきて、冷たいレモネードで喉を潤していく。
「うめ~っ!」
「だぁ~~……ふぅ~……」
「ありあっとあぁっす!」
「あっしゃっしゃ~っ」
もはや何を言っているのか分からない者も居るが。
「スコーンもあるからね。一人ひとつ……だぁぁっ! もぉぉ~っ 三つも持ってくなっ! 今の聞いてなかったの!?」
人数を余裕で上回るほど焼いて来たのに、人数以上なくなっているのは間違いなく不届き者が何人も居るからだろう。
……まあ、美味しかったっていうなら許すけど。
そんな風に全員に配ったはずなのに……私はグラジオスがやってきた記憶が無かった。
急いで辺りを見回すと、グラジオスは一人広場の中心に残り、一心に剣の型を振るっていた。
「むっ」
せっかく差し入れを作って来たっていうのに無視するなんて酷い。
でも一生懸命やってるなら仕方ない、かな……。
私はそう思い直すと、スコーンとレモネードのコップを手に、グラジオスの方へと歩いて行った。
「ねえグラジオス。差し入れ持って来たんだけど」
グラジオスは一切答えず、視線すらこちらに向けないで、一心不乱に剣を振っている。
「せめてレモネードだけでも飲まない?」
それでも無視。気付いていないわけではないだろう。
ただ練習の方が大事、といった感じだ。
「水分取らないと体壊しちゃうよ?」
そう言ったことで、ようやくグラジオスは手を止めた。
グラジオスは私の手からコップをふんだくると、その中身を一気に呷る。
数秒でカラになったコップを私の手に押し付けると、グラジオスは再び剣の練習に戻った。
その間、一切の言葉もない。
ありがとうも、美味かったも。
私はその事が無性に腹立たしく思えてきてしまい、
「グラジオスのばかっ!」
もったいないとは思いつつも、手の中のスコーンをグラジオスに叩きつけた。
「ばぁーかっ!!」
私はもう一度そう言うと、井戸端に戻ってコップをかき集め、訓練場を走って逃げだしたのだった。
紋章を覚えたり、歌うたったり、法律を覚えたり、グラジオスにちょっかいかけたり、ハイネの練習に付き合ったり、エマとお茶したり、皆で練習したり。時間はあっという間に過ぎていった。
課題と仕事(ちょっとした手紙などの確認で、字が読めるなら誰でも出来そうな仕事だ)を終わらせた私は、目的もないのに領主館内を散策していた。
忙しいときは手が足りないほど忙しく、暇なときは滅茶苦茶暇なのが最近の生活だ。
オーギュスト伯爵の領主館は、広いくせに使用人の数がとんでもなく少なく、維持が結構大変そうである。エマは毎日パタパタと部屋の掃除をして回っていた。
「あ、ハイネ~。グラジオス知らない?」
私は廊下を歩いていたハイネを見つけ、手を振りながら彼の横にまで駆け寄った。そのまま歩調を合わせて一緒に廊下を歩く。
ハイネは肩に木剣や防具を担いでおり、これから剣の練習に行くことが伺える。
「姉御、ちょうどいいっす。殿下と自分はこれから地元の騎士に交じって剣の稽古っすから、一緒に行けば会えるっすよ」
「そなんだ。ふふっ、でも剣の稽古かぁ~。見ないでおいてあげた方がいいかな?」
グラジオスは、体格に恵まれ力も強い。しかし、剣の腕はさほどというか、並、平凡、ザ・普通って感じだ。
あの父親が絶望したのも仕方ないのかなってくらいに剣に向いてなかった。
「見る見ないについては、自分には何とも言えないっす」
「それって言ってるのと同じじゃん」
一方、ハイネは体格でグラジオスに劣るのにも関わらず、それ以上の腕力を持ち、剣の腕も明らかに優れていた。
あれだけドラムを素早く叩き続けられるハイネなのだから、腕の筋肉が練り上げられているのは当然といえば当然なのかもしれない。
「ま~今は行かないでおいたげよ。グラジオスによろしく言っといて」
「うっす!」
「あ、それから指だけは怪我しないようにって」
「だから強くなれないと思うんすけど……」
確かに正論かもしれない。
でもグラジオスも剣より音楽の方が優先順位が高いはずだから構わないと思う。
「じゃ~ね~っ」
私は逃げる様にその場を離れたのだった。
また暇になってしまった私は、頭を悩ませていた。
「どうしよっかなぁ~」
街に繰り出して歌でも歌っておひねりを稼ごうかとも思ったが、オーギュスト伯爵の領主館が郊外にあって移動に少し時間がかかる事と、私一人はやはり危ないと判断して断念する。
洗濯や掃除の手伝いをする、衣裳を作るといった事も選択肢にあったが、なんとなくそんな気分じゃなかった。
「訓練の応援にって歌を歌ったら、騎士さん達が集中できなくってオーギュスト伯爵に怒られちゃったしなぁ……」
私は暇だった。やる事はあるけど暇だった。
廊下の真ん中でしばらく棒立ちしたまんま考えに考えた私は……。
「お菓子作ろ」
なんて結論に至った。
「体動かした後の甘いものって美味しいし、騎士さん達に差し入れすれば、きっと喜ばれるよね、うん。それにレモネード作れば汗かいた後だからちょうどいいだろうし」
そう思えば思うほど名案な気がしてくる。
「よしっ、じゃあ善は急げ!」
私は急いで厨房へと向かった。
私はコックさんに頼み込んで厨房を借り、スコーンと冷たいレモネードを、訓練で疲れているであろう騎士さん達のために沢山準備した。
スコーンは砂糖を使わずに甘みを出すため中にジャムを入れて焼き、レモネードには少しの塩とハチミツをたっぷり入れておく。
これで絶対疲れなんて吹っ飛ぶはずだ。
「グラジオス喜ぶかなぁ」
そんな風にワクワクしながら私は訓練場へと向かう。
訓練場には大勢の騎士達が、オーギュスト伯爵の号令に従って木剣を交わらせていた。
もちろん、その中にはグラジオスやハイネもいる。
誰もが身分などお構いなしに、訓練に励んでいる様だった。
台の上に立って全員を監督しているオーギュスト伯爵が、手に色々持っている私をチラリと見やる。
私はオーギュスト伯爵に、スコーンの入った包みと木製のコップを掲げてみせた。
オーギュスト伯爵はそれに大きく頷いてくれる。
……差し入れしてもいいのね。ありがとうございます。
私は邪魔にならないように、荷物を持って訓練場の隅っこの方で待つことにした。
うんうん、男の人たちが真昼間からくんずほぐれつする光景ってはぁはぁす……じゃなくて、頑張ってるのっていいよね。
「全員、やめぃ! 一通り型をこなした者から休憩してよしっ!」
オーギュスト伯爵の号令がかかる。騎士たちは打ち合いを止めて、全員が同じ方向を向いて剣を振り始めた。
「それから今日はキララ殿が差し入れを持ってきてくれた様だ! 心していただく様に!」
それを耳にした瞬間、ほぼ一斉に剣を振る速度が上がったのだが……。
「……ただし、手を抜いた者にはないっ」
オーギュスト伯爵の無情な言葉に、慌ててやり直さざるを得なくなってしまうのだった。
私はその間に井戸端に走り寄り、持ってきたコップをイドの縁に並べていく。その中にレモネードの原液を注ぎ入れ、井戸からくみ上げたばかりの冷たい水を加えて準備を整えていった。
「姉御、ホントありがたいっす!」
「コップは悪いけど使い回してね」
一番乗りはハイネで、たどり着くや否やレモネードの入ったコップを奪う様に取ると、中身を一息に飲み干してしまった。
「カーッ、生き返るっす! ありがたいっす! さすが姉御っす!」
その後を争うように騎士たちがやってきて、冷たいレモネードで喉を潤していく。
「うめ~っ!」
「だぁ~~……ふぅ~……」
「ありあっとあぁっす!」
「あっしゃっしゃ~っ」
もはや何を言っているのか分からない者も居るが。
「スコーンもあるからね。一人ひとつ……だぁぁっ! もぉぉ~っ 三つも持ってくなっ! 今の聞いてなかったの!?」
人数を余裕で上回るほど焼いて来たのに、人数以上なくなっているのは間違いなく不届き者が何人も居るからだろう。
……まあ、美味しかったっていうなら許すけど。
そんな風に全員に配ったはずなのに……私はグラジオスがやってきた記憶が無かった。
急いで辺りを見回すと、グラジオスは一人広場の中心に残り、一心に剣の型を振るっていた。
「むっ」
せっかく差し入れを作って来たっていうのに無視するなんて酷い。
でも一生懸命やってるなら仕方ない、かな……。
私はそう思い直すと、スコーンとレモネードのコップを手に、グラジオスの方へと歩いて行った。
「ねえグラジオス。差し入れ持って来たんだけど」
グラジオスは一切答えず、視線すらこちらに向けないで、一心不乱に剣を振っている。
「せめてレモネードだけでも飲まない?」
それでも無視。気付いていないわけではないだろう。
ただ練習の方が大事、といった感じだ。
「水分取らないと体壊しちゃうよ?」
そう言ったことで、ようやくグラジオスは手を止めた。
グラジオスは私の手からコップをふんだくると、その中身を一気に呷る。
数秒でカラになったコップを私の手に押し付けると、グラジオスは再び剣の練習に戻った。
その間、一切の言葉もない。
ありがとうも、美味かったも。
私はその事が無性に腹立たしく思えてきてしまい、
「グラジオスのばかっ!」
もったいないとは思いつつも、手の中のスコーンをグラジオスに叩きつけた。
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