『歌い手』の私が異世界でアニソンを歌ったら、何故か世紀の歌姫になっちゃいました

駆威命(元・駆逐ライフ)

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第38話 路上ライブ

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 白いテントが立ち並び、多くの買い物客が行きかう市場で、突然音楽が溢れ出した。

 人々は慣れ切った様子で足を止めると、その音楽に耳を傾ける。

 中心に居るのは、台の上に立つ私だ。

 そんな私を囲むように私の仲間たちが各々得意な楽器を奏でている。

 メロディにエマの竪琴、ハイネがドラムでリズムを刻み、グラジオスがヴィオローネというコントラバスより一回り小さい低音の楽器で音を引き締め、支配する。

 多くの音が絡み合い、草花が萌える様な喜び溢れる音楽になって、聴く者全てを魅了していく。

 でもそれはまだ序章に過ぎない。本番は、私の歌が始まってからだ。

 聴衆たちも耳をそばだて、歌の始まりを今か今かと待ち望んでいた。

 私は上を向いて、晴れ渡る空の恩恵を胸いっぱいに吸い込むと――。

――教室モノクローム――

 歌い始めた。希望と、喜びに満ちた歌を。

 その歌の柔らかさ、優しさに、聴衆は思わずため息を漏らす。

 それもそのはずで、この曲は何気ない日常が自分の居場所となり、その日常という幸いを噛み締め、心からの感謝を抱くという内容になっているからだ。

 感謝されて、あなたが居るから幸せだと歌われて、嬉しくならない者が居るだろうか。

 笑顔の輪が歌の波と共に広がっていった。

 やがて歌が終わり、私は聴いてくれた人にお辞儀をする。

 人々はそれに対して拍手という形で返してくれた。ついでにおひねりなんかも飛んでくる。

「ありがとーっ! あんまりやり過ぎちゃうと迷惑になるから、今度またここで歌いま~すっ。よろしくね~っ!」

 本来は人々が行き交うべき道が、今は私の歌を聴こうと詰め掛けた人達で大渋滞を起こしてしまっている。

 ちょっと物足りなさそうにアンコールを求める人たちも居るが、これ以上は難しいだろう。

 私はもう一度お辞儀をした後、台を降りた。

「ごめんなさい、店のおじさん。隣でうるさくしちゃって」

「とんでもない! 君らが歌ってくれた後は、こうしてお客さんがうちらの店を覗いて行ってくれるからね。感謝しかないよ」

 おじさんの言葉通り、客が商品を求めておじさんに声をかけ、その対応に大わらわだ。

 おじさんはお店が大繁盛で笑いが止まらないといった様子である。

 明るい歌を聴くと、人は財布のひもが緩むというし、そういうのが後押ししているせいもあるかもしれなかった。

「みんなもありがとねっ。こうして私のわがままに付き合ってくれて」

 私は大切な仲間の方へと振り向いて、感謝をする。

 特に今日は四人で演奏出来て楽しかったから余計に嬉しかった。

 いつもはハイネと二人だったから、ここまで重厚な音は出せなかったのだ。

「いいえ、とんでもありません。私も楽しんでますし」

「そうっすよ。自分もこれだけ喜ばれると、こう……ねえ、グラジオス様」

 ハイネがなれなれしくグラジオスの肩を叩く。

 グラジオスもハイネの事を呼び捨てているし、最近二人は仲が良さそうだ。

 ……男の子二人の仲が良いっていうのは素晴らしいよねっ。もちろん何の含みも無いよ。うんうん。

「まあ……な」

 グラジオスは満更でもないといった感じで頷く。

 だが、私は少し気がかりな事があった。

 確かにグラジオスは音楽が好きだし歌も好きだ。でも今はそれよりもしたい事があって、無理に私に付き合っているんじゃないかと不安になる。

 もっと構え、なんて言わなきゃよかったなぁ……。

「じゃ、じゃあおひねり拾おっ」

「はいっ」

 さすがにこの国の王子様がお金を拾う様を見られる訳にはいかないので、この作業は私とエマとハイネの三人で行うのだが。

 私達はちょこちょこ動き回って、硬貨を拾い集めていく。

「雲母さん、今回も結構ありますね」

「だねぇ」

「姉御、足元踏んでるっす」

「あ、ホントだ。ありがと」

 ほとんどは銅貨だが、たまに銀貨が混ざるのでなかなか侮れない収入になるのだ。

 このお金で演奏するための場所を借りたり楽器の購入や整備を行っているのだが、それに使ってもなお、今まで稼いだ分と合わせればかなりの額が貯まっていたりする。

 もっとも、ある意味大金持ちのグラジオスとハイネからしたらはした金だろうけど。

 今回は銅貨が三桁にギリギリ届くかなってくらいの額になった。日本円に直せば数万円といった所か。

 日本だとこの成果は考えられないため、圧倒的に娯楽の不足しているこの世界ならではの成果じゃないだろうか。

「じゃあ、今回の分はグラジオス持っててね」

 集まった硬貨を革袋に全部入れると、私はその袋をグラジオスに押し付けた。

「なんで俺が」

「女の子がこんなお金持ってたら襲ってくださいって言ってるようなものじゃない」

 ついでに結構重いし。

「……分かった」

 グラジオスはしぶしぶ了承すると、革袋を懐に仕舞いこんだ。

 グラジオスの胸元は、かさばる革袋のせいでぷっくりと膨れ上がり、まるでおっぱいのように見える。

 でもそれを指摘するときっと機嫌を悪くしちゃうだろうから、私は口にチャックをしておいた。

「……さすがに両替しにいくか」

 面白いからそのままがいいのに……。

「あ、じゃあちょっと飯屋か屋台覗いてかないっすか? 自分腹が減って……」

「む、そうだな」

 二人共貴族なのに随分と下町に馴染み過ぎである。

 私としては王族と言えば毒見だのなんだので冷えたご飯しか食べられないイメージがあったのだが。

 その事を聞いてみると、グラジオスお付きのメイドにして淡い恋心を抱いているエマが、本人に変わって答えてくれた。

「殿……グラジオス様は冷遇されてらっしゃいましたから、昔から勝手に城下町に下りてらっしゃったそうですよ。それでミサに忍び込んで聖歌隊の合唱を聴いてらしたり、オルガンの演奏方法を教わったりなさったそうで」

「うわぁ、グラジオスらしー」

 くすくす笑う私の横で、小さい頃のヤンチャぶりをバラされてしまったグラジオスは眉根を寄せてちょっと不機嫌そうにしている。

「行くぞ」

 あ、誤魔化した。

 気持ちは分かるけどね。お母さんが友達にアルバム見せた時みたいなむず痒い感じに似ていると思う。

「あ、ちょっとゆっくり歩いてよね。はぐれちゃう」

「ならエマと手でも繋げ」

「子ども扱いするなっ」

 そんな風に私は怒鳴りながら、人ごみの中みんなの背中を追いかけたのだった。
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